叛逆者(トリーズナー)
通用口の警備は甘かった。
鉄腕は当然のごとくドアノブを回し、そのまま破壊して中へと侵入した。もともと潜入などガラではない。
通用口のそばには、警備室。応対用カウンターは閉まっている。アクリル板の奥ではシャッターが降りている。ベコベコに凹んでいる警備室の扉を見て、彼女は何かを察した。
「誰か立て籠もってるんだ」
クリスはスマートフォンで市庁舎内の見取り図を見ながら言う。
「通路の奥見て。多分バリケードを張ったんだ。……でも通用口からでようにも、コンソールが壊されてるし出られない。バリケードは突破したけど、この扉はどうにも破れなかったってところかな」
「……そんじゃま、ひとつお話でもしてみるか?」
鉄腕は言うが早いが、蝶番ごとドアノブを引っこ抜いた。直後、中から本やマイク、銀トレイにマグカップやらが投げつけられる。鉄腕は本をはたき落とし、銀トレイを左手で掴み、マグカップを避けて言った。きれいな音と同時に破片が飛び散り、カップは無残に生涯を終えた。
「コーヒーが入ってなくてよかった」
「誰だ、君は!?」
「殺さないで!」
六十代の太った黒人警備員と、赤毛のスーツを着た女性が怯えながら部屋の隅にへばりついている。とにかく刺激しないように、鉄腕はホールド・アップしたまま彼らに声をかけた。
「すまないが話をしようじゃないか。──暖房が効いてる。ありがたいね」
「皇帝の仲間か!」
「いいや、レジスタンスさ。暗殺者と言ってもいい」
鉄腕はゆっくりと右手袋を外し、その場に落とした。鈍く光る鋼鉄製の右義手。
「あんたはまさか、鉄腕──助けに来てくれたのか。軍や、警察は!?」
「残念だが来ない。皇帝とやらにビビって腰を抜かしてる」
「そうじゃなくて、警戒してんの。なにせ訳わかんないまま市庁舎落とされたんだから。付近の警察まで取り込まれたとあっちゃ、新しく軍だの特殊部隊だの派遣しても無駄になるかもってさ」
クリスがまるで外交官のように丁寧な説明をしたことで、二人はどうにか混乱をせずに済んだようだった。
胸をなでおろしたところで、赤毛の女性が分厚い眼鏡を押し上げながら口を開いた。
「まだ、洗脳が効いてない人がかなりの人数ロビーに集められてるの。お願い、助け出して」
「洗脳ね。穏やかじゃないが、その皇帝とやらはどうやってこの市庁舎の人間を洗脳したんだ? ヤクじゃ時間も金もかかるはずだ」
「目だよ。……やつは目を合わせた人間を操れるんだ」
ひゅう。鉄腕はバカにするように口笛を吹いた。クリスは眉を寄せながら、監視カメラのモニタをみやり、映像を確認した。
「確かに、ロビーに人が集められてる」
クリスはそこで奇妙な違和感を覚えた。男女比率がおかしい。女性はほとんどおらず、圧倒的に男性が多いのだ。
「アンタは効かなかったのか」
「ああ。……ここにいるシンディは、近視でね。他にも、目の悪い連中やら、洗脳が効かなかった連中がたくさんいる」
「なんで効かなかったの? おじさんは目が悪そうには見えないけど」
警備員は頭を振る。
「わからない。女には見境なく効きが良いようなんだが、男にはどうも相性があるらしい」
クリスと鉄腕は、お互い目を合わせて唸った。二人は馬鹿では無いし、慢心するばかりの愚か者でもない。目の悪くない女ならば、洗脳を成功させられる。それは鉄腕もクリスも洗脳の対象に入ることを意味する。
しかも目を合わせれば、どんな命令でも──それこそ、殺人ですら──実行させられるのだ。襲撃者に対して皇帝が願うことなど、死以外にあろうはずがない。さぞや、無残な死が下げ渡されることだろう。
「参ったな。サングラスで防げるかな?」
「UVカットにしとくんだったね。紫外線じゃないことだけは確かだけどさ」
鉄腕はしばらく顎に手をやり、指で鼻の下を叩いていたが、やがて結論に至ったようだった。
考えても仕方がない。
「皇帝ってのは? 市庁舎内にはいるんだろ」
「市長室が気に入ってるみたいでな。警察官や警備員を中心に階段を塞いで引きこもってる」
「なら、すぐに洗脳完了ってことはないな」
コートを翻し、鉄腕は部屋を出る。クリスもそれに続く。皇帝はこの上だ。謁見は面倒なようだが、会うだけの価値はある。
「アンタら、ここを出ろ。セントラルパークのほうが安全だ。伯爵の仕事は今夜お休みだぜ」
「で、ロビーの人たちはどうするの」
クリスは警備室からくすねたチョコ・バーをもそもそ食べながら言った。
「皇帝の命令を守るためならゾンビみたいに動く連中だよ。ちょっかい出したら頭からかじられてもおかしかない」
「ゾンビは苦手だ。死なねえからな」
「しかも今回は走るしね」
「おい。ワールド・ウォー・Zの悪口を言うな」
「コーラの宣伝映画のことは知らない」
鉄腕はクリスの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、ブラッド・ピットとゾンビのことを考えていた。
ゾンビにはいろいろな種類がいる。食欲を元に動くものはすべて捕食するもの、特定の条件に基づいて行動し、合致しない場合は捕食を行わないもの──。
皇帝の部下には知性がある。武器を使い、車に乗り、敵味方を判別して攻撃を加えることができる。何故だ?
「なあ、ハニイ。お前の尊敬するホーキング博士が、人を殺せっていったら殺せるか?」
「馬鹿じゃないの。そういうのは尊敬じゃなくて盲信って言うんだよ。それに、皇帝のこと言ってるなら、妙に命令が的確だよね」
「的確?」
「敵から自分を守れ、って言うにしろ、仲間を増やせって言うにしろ、とってる作戦がやたら細かい。警官も確かにまじってたけど、ここは市役所。ほとんど一般人だよ? たまたま社会保障カードの申請に来た優秀な作戦指揮官でもいるって言うの?」
「市長の映画じゃあるまいし、まさかな」
そろそろと階段を上がり、ロビーへ。柱の脇にしゃがみ込みながら、外を伺う。
地のとんだワイシャツに、アームカバーをつけたまま、鉄尺やカッターナイフで武装した女性の市職員が十数人、怯えた風の人質たちの間を練り歩く。
大きなコブを作ったり、流血していたり、被害は大小様々だが──やはり男性が多い。
つまり、男手を外の警備に割いているのだ。
いい兆候だ。鉄腕は口角を上げると、銀色の葉巻ケースから、葉巻を取り出した。すでにくわえているヘンリエッタ・Y・チャールズとは異なるものだ。
「それ、いつものやつの二倍値が張るやつじゃん」
「こういう場だと二倍効率がいい。──クリス、こっからはアタシだけでダンスだ。ソロパートってやつさ。警備室まで戻ってくれ。こっからはナビがいる」
「はいはい。邪魔だってんでしょ。ついたら連絡するから、電話出てよ」
クリスの姿が見えなくなってから、鉄腕は葉巻を捻り、それを投げ捨てた。コロコロと床を転がったそれは、マグネシウム光と共に発火し、一瞬で煙が噴出。ロビー中を覆う煙幕が、混乱を巻き起こす!
鉄腕は煙の中を泳ぐように進み、優雅に、優しく、一人ずつ、女性職員の喉をめがけて右手を伸ばし、的確にチョークを決めて気絶させた。
女性の扱いなら慣れたものだ。
しかし、異常を察した他の職員達が数人蛍光灯を持って現れるのにそう時間はかからなかった。彼ら彼女らは二階から煙が上がるその瞬間を目撃し、慌ててロビー中央にある大階段を降りようとしたのだ。
鉄腕は煙を纏いながら階段を登る。蛍光灯を振りかぶった大柄な男性職員が、鉄腕めがけ奇声を挙げた!
彼女はサムライが決闘に応じるように、手刀で蛍光灯を叩き割ると、そのまま股ぐらから手を入れショルダースルーで投げ飛ばした。そのまま一気に駆け上がると、女性職員の手を掴むと、抱き寄せ、蛍光灯を奪い取った。そして別の女性職員めがけて突き飛ばす。その隙を縫って、今度は男性職員が蛍光灯で突きを繰り出してきた!
「のろいぜ!」
鉄腕はそれを掌底で受けると、蛍光灯がバキバキ砕け散り、職員は思わず前のめりにつんのめった。差し出された頭に、鉄腕は左手に持っていた蛍光灯を振り下ろす! 男性職員は血だるまで昏倒!
空気を読まずに、鉄腕のスマートフォンが震えた。
「もしもし」
『労災になるのかな?』
「市長次第だろ。アタシは知らねえ」
クリスはどうやら監視カメラで今の惨状を見ていたようだった。もそもそ何かを食べているような咀嚼音と共に、ナビを始める。
『とりあえず、上を目指して。真面目に洗脳済み職員を相手にしてちゃ身体が持たない。下の人質は、もう外に出てったみたいだから、少なくとも暴れるのに気を使わなくてもいいんじゃないの』
「──まさか、まだいるのか? さしずめ一回表ってことか?」
喧嘩は好きだが、市職員を殴っても何も面白くはない。ただただ面倒なだけだ。できるなら、避けたいと考えるのは、自然な流れだった。
『そういうこと。二百人ってとこかな。大会議室で待機してるみたい』
鉄腕はふと廊下の天井付近を見上げる。『大会議室』のプレート。公的機関らしい、そっけない鉄扉。わずかに漏れる人の声のざわつきと、足音──。
とっさに彼女はドアノブをへし折ると、廊下にあった菓子の自動販売機を倒し、その上にコンセントを引っこ抜いたコーヒー販売機をぶん投げて載せた。
壊れた自販機からキャンディ・チョコの袋が転がりだす。
「永遠に待機になった」
『そう。──そのチョコ食べないで持ち帰って。ザラッと流して一気に食べるの好きだから』
クリスの声を無視して、鉄腕は袋を開けると中のチョコを口の中に放り込んだ。葉巻には合わない。こういうのはきついウィスキーとやるのがいい。
「全部お前にやるよ」
『ありがと。優しいね』
「これから人を殴りに行くんじゃなきゃ、イエスって言ったろうな」
鉄腕はそう言って三階へ続く階段へと足を載せた。階段の先には市長室の扉。そしてその扉の前には、人影が二つ。男女。
一人は、明らかに市職員の女。そしてもう一人は、大袈裟なマント──市の旗でできている──高級そうな黒スーツに身を包んだ黒髪の男。手にはサムライソード。
こいつが皇帝だ。鉄腕は言葉なくとも、彼が何者なのかを察した。
「俺が何を望むか、分かるか?」
「さあ。生憎やんごとなき方とお話するのは初めてでね。シンデレラじゃあるまいし、社交ダンスはお望みじゃないだろ?」
皇帝は含ませた笑みを浮かべて、言った。
「面白いヤツだ。……だけど、そういうやつほど面倒なんだ。お前は、ここで死ね」




