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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第十二話・天探女
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 警視庁に戻った阿弥陀たちは捜査本部……、ではなく、鑑識課へとやってきていた。

「やはり、頚動脈洞反射による扼殺でしたか」

「はい。徹底的な死因は、その後に首を吊らせた時の縊殺(いさつ)でしょうが、阿弥陀警部の言うとおり、吉永教授はその前に失神状態にされ、首を釣らされたものと思われます」

 パソコンで作業をしていた(ゆえ)は、視線をパソコンに向けながら返事をする。

「でも手で首を絞めたとしても、妙な形でしたよね」

「ええ。むしろ感情的に殺したとは思えない。それから胃の中を調べたけど、薬物反応はなかった」

「睡眠中に絞め殺したということはないんですね」

「首に残った手の痕からして、犯人は女性と見て間違いないでしょう。ただ親指が下に向けられているのが不自然すぎる」

 (ゆえ)はそう言うと、パソコンに映っている遺体の写真を拡大し、阿弥陀たちに見せた。

 吉永の首元には首を絞めた両手の痕と、それに重なるように縄の痕がある。

「縄の種類は?」

「ホームセンターならどこにでも売っているビニロンロープじゃったよ。一応佐々木たちに調べてもらってはいるが、まぁ期待はできんじゃろうな」

 メガネをかけながら作業していた湖西が、メガネを額に上げ、目頭をマッサージしながら阿弥陀たちに話した。

 湖西は別件で作業をしており、今件は(ゆえ)と晶が担当することになっている。

「警察が通報を受けた時、吉永教授は自分の部屋で首を吊っていた。つまり犯人は自殺と見せかけた……」

「だけど不運にも手の痕が残ってしまった。よほど力を入れていたんでしょうね」

 大宮の言葉を、(ゆえ)は否定するように首を振った。

「逆よ。わざと痕をつけた。そう受け取ることもできるんじゃないかしら?」

「どういうことですか?」

「考えてもみなさい、手の痕なんて残っていたら、犯人は自分が殺したって言ってるようなものじゃない? そんなだったらわざわざ首を吊らせはしないだろうし、首に縄を巻いている時点で手の痕に気づくはずよ」

「興奮していて気づかなかったんじゃ?」

「犯人はいたって冷静に犯行を行った。それから現場にはポリエチレンロープがあったけど、人を釣り上げるほどの長さが使われたという形跡はなかったわ」

 それに対して、大宮はどうしてなのかと質問した。

「現場にあったロープの束は、おおよそ二百メートルの小さなもの。主に書物を縛って使うもので、しっかりしたものじゃない。現場にあったすべてのロープを晶に調べてもらったけど」

 (ゆえ)は、視線を右手前で作業をしていた摺屋晶に向ける。

「部屋にあったすべてのロープを調べると大体一メートルから、長くても二メートルくらいのものばかりでした。ほとんどが本を束ねるために使ったんだと」

「それと、仮にそれを使って吊り上げたのだとしても、耐久性の問題で、引っ張っている時に引きちぎられているでしょうしね」

 (ゆえ)は肩をすくめる。晶も同じ考えだった。


「ところで阿弥陀」

「なんですかな? 薬師如来」

 声をかけられ、阿弥陀は湖西の方に顔を向ける。

「今回の事件なんじゃが、聞いた話だと、アリバイは一人を除けばないようなものだというではないか」

「ええ、そうですが」

 阿弥陀は首をかしげる。ここに来てから話しただろうかと思ったのだ。

「それでしたら、私が説明いたしました」

 そう声が聞こえると同時に、大宮は背筋をゾワッとさせた。

 大宮はゆっくりとうしろを振り向く。うしろから(つや)やかな匂いがし、さらには柔らかい感触が背中を這っていく。

 その正体は、十二神将の一人である丑神の招杜羅(しょうとら)であった。

 彼女は大宮をからかうように、うしろから腕を首にからませ、豊満な胸を押しつけていく。

「あ、ちょ、ちょっと……」

 大宮は動転し、言葉がしどろもどろになっていく。

 それが招杜羅にはおもしろく感じ、今度は耳元に息を吹きかけた。

「~~っ!」

 大宮の口から、なんとも言いがたい嬌声が発せられる。

「……なぁにをしてるんですかな? 招杜羅――」

 阿弥陀がため息混じりにたずねる。

「ちょっとからかっただけですよ」

 招杜羅は目を細め、大宮の頬に軽く口吻(くちづけ)をした。


「阿弥陀如来さま、鬼頭と北沢に関してのアリバイは、招杜羅からすでに聞いているんですよ」

 (ゆえ)が頭を抱えながら言った。

「やはり、あの時北沢さんに声をかけていたのはあなたでしたか」

「はい。こちらでは『桂聖子(かつらしょうこ)』という名前で大学生をしております」

 招杜羅の言葉に、大宮も彼女がT大学にいた事を思い出す。

「しかし、招杜羅さんはどうしてそのような名前を?」

「私の梵名(サンスクリット)は『チャトゥラ』。これを英文で表記すると『Catura』になります」

「なるほど、それから(もじ)って『桂』ですか」

 阿弥陀はあきれた表情で言う。

「鬼頭についてですが、特に変わった噂はありませんでした。北沢のほうも吉永の間に噂もなし。研究を手伝っているだけというのが大学に潜入して分かったことですね」

 招杜羅は空いていたチェアに腰を掛けた。丈の短いタイトスカートだったためか、足を組むさい、危うく見えそうになる。

 ちょうど正面に大宮が立っており、招杜羅の方を見ていたせいで、

「なにを見てるのかしら?」

 と大宮は(ゆえ)に注意を受けてしまう。

「み、見てませんよ」

 大宮は必死の表情で否定する。

「まぁ、たかだか二十何年しか生きていない人間に見られたところでどうということではないけど」

 招杜羅はそう言って笑うや、キッと、さきほどの温厚な雰囲気を薙ぎ払うかのような、険しい表情を浮かべた。


「ただし、妙な噂は吉永の方にありました。彼が研究をしている女性ホルモンに関してなのですが、この研究において実験的なこともしていたそうなんです」

「鬼頭さんからあまり詳しいことは聞いてませんでしたね。どのような実験をしていたんですかな?」

「『異性逆転』の理論……」

 招杜羅の口から、聞き覚えのない言葉が発せられ、阿弥陀たちは怪訝な表情を浮かべる。

「それは、いったいどういうものですかな?」

「そのままの意味で男性を女性に、女性を男性にできないかという研究です」

「言ってる意味がよく分かりませんが。それに道徳的にどうなんですかねぇ?」

 阿弥陀は眉をひそめる。

「まぁあくまで理論ですから、成功してもしなくても良かったらしいです。そもそも大学側に提出している研究とは別にしていたらしいですから」

「そちらの研究は?」

「自然科学の研究みたいですね。詳しいことは、まぁ興味がないので」

 要するに覚えていないのだなと、阿弥陀たちは肩を落とした。



「あ、瑠璃さん、皐月いますか?」

 稲妻神社の境内で掃除をしていた瑠璃に、買い物の帰りに立ち寄って来た信乃がそうたずねる。

「皐月なら十時くらいから出て行ってますけど、信乃と一緒じゃなかったんですか?」

 そう聞かれ、信乃は首を降る。

「いや約束とかはしてませんでしたけど、でももうそろそろでお昼になりますね」

 信乃はジャケットのポケットからスマホを取り出し、時間を確認した。デジタル表示で『十一時二三分』を示している。

「そう思って、先ほど連絡をしたんですけど、携帯を切っているみたいで取れないんですよ。信乃はなにか聞いていませんか?」

「いや、特に聞いてはいませんけど」

 信乃はゆっくりと視線を、鳥居の、笠木の上に座っている毘羯羅に向けた。

「毘羯羅はなにか聞いていないの?」

「私はなにも知らないわよ。なぁにもね」

 不貞腐れたように、毘羯羅は信乃たちに目もくれない。

「まぁ、皐月も高校生ですし、危ないことはしていないとは思いますが」

 瑠璃は失笑する。

「いいんですか? 皐月はああ見えて結構モテますよ。もしかしたら大宮さん以外の人と会っているかもしれませんね」

 その言葉に、瑠璃は驚いた顔を浮かべる。

「あら? 家ではそういったことは話しませんけどね」

「本人が気づいてないだけですよ。それに近寄りがたいってイメージがあるみたいですし」

 談笑をしている信乃と瑠璃を横目に、毘羯羅は落胆した表情を浮かべた。

 ――まったく、少しは思い出してやりなさいよ。


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