弐
その翌週末。皐月、信乃、希望の三人は朝八時三六分、東京駅発の新幹線あさま五〇九号に乗り、長野県佐久平駅に着いたのは九時五四分ごろのことだった。
一度新幹線のホールを降り、そこから十時十六分発の小海線中込駅行きへと乗り換えて行く。
普段あまり電車を使わないせいか、乗り換えが少ない割に天手古舞な皐月と希望とは対照的に、イベントに行くのに乗り換えなどをしている信乃が優先的に誘導していた。
「それでネットで調べてみたんだけどさ」
ちょうど佐久平駅から乗り換えの電車に乗る時だった。
「その耶麻神幻奏館だっけ? 結構口コミによる評判はいいみたいよ。特にファミリーで来る客とかには」
「卓球とかゲームセンターとか、遊びに充実してるのかな?」
「そうじゃないみたい」
信乃の言葉に、皐月と希望は首をかしげる。
「ネットの書き込みを見る限りだと、なんか地元の子どもも遊びに来るみたいでね。それでよく子どもたちが意気投合して遊ぶんだって。で、お母さんとお父さんは綺麗な露天風呂で一息ってわけ」
「それにしても葉月ちゃん文句云わなかったね」
顔を覗かせるように、希望は皐月にたずねた。
「取った本人はもともと行く気はなかったみたいだし、まぁたまには執行を忘れてのんびり温泉もいいんじゃないかな」
皐月は窓際に座ると腕を伸ばした。
「コロロロ」
希望の肩に乗っているコロロが欠伸をする。
「あれ? コロロって寝不足? 新幹線の中でも寝てたけど」
「クアニのせいかも。本州に来てからそんなに遠出したことなかったし、皐月ちゃんたちとは初めての旅行だから興奮しちゃってあまり寝てないから、それに付き合ってたのかもしれない」
そう言うと、希望はうたた寝をするかのように、身体を椅子に預けた。
「云われてみるとわたしも遠出は修学旅行以来だわ。皐月わたしもちょっと寝るからよろしく」
「了解」
信乃と希望が寝ていく中、皐月は東京では見られない幻想的な森林の物珍しさからか、中込駅までの間、長野の風景を車窓から見ていた。
中込駅に着いたのは、十時二八分頃のことだった。
頼まれた通り、皐月は信乃と希望を起こし、電車を降りる。
「えっと、駅前に送迎バスが来てると思うけど」
皐月はパンプレットを見ながら言う。
「それにしても思ったほど寒くはないわね。逆にちょっと着過ぎたって感じかな」
そう言いながら信乃は襟元のボタンをひとつ外した。
「希望は大丈夫?」
「な、なんとか。これでも二枚くらいしか着てないんだけど」
希望はそう言うと、売店で買ったスポーツドリンクを一口飲む。
「北海道でもこの時期は三〇度近くいくことはあるけど、滅多なことじゃないからあまり暑いのは苦手」
「旅館に行けばクーラーきいてるだろうから、あと少しの我慢だよ」
駅を出ると、一台のバンがすこし離れた停留所に停まっていた。
「もしかしてアレかな?」
皐月はそのバンに目をやった。車体には文字がラッピングされており、『耶麻神幻奏館』と描かれている。
「でも見たところ誰も居ないわよ?」
信乃が運転席を覗きこんだ時だった。
「これこれ、なにをしておるかな?」
声が聞こえ、皐月たちがそちらに目をやると、五〇歳ほどの白髪交じりの、頬の焦げたがたいのよい男性が、コンビニ袋を持って皐月たちを訝しげな目で見ていた。
「すみません。あの予約をしていた黒川ともうしますが」
皐月が小さく頭を下げると、男性はにこやかな声で、
「社長から連絡は聞いていますよ。それにしても東京からの長旅で疲れたでしょ? あ、バスの運転手をしている御厨と申します」
「御厨さんはなにか買い物だったんですか?」
「いえいえ、ちょっと朝飯を食い損ねましてね。今朝早くも客を送り届けていたところだったんですよ」
御厨は運転席に座ると、バンの自動ドアを起動させる。
「すみませんが荷物はご自分の隣にでも置いてください」
「でも人が多い時って大変じゃないですか?」
「ほとんどが自家用車で来られるようですし、歓迎バスはたまにしか予約がないんですよ。それにうしろの座席の下が荷物入れになっているんですわ」
信乃は立ち上がり、そちらを見る。ちょうど床下収納のように平べったい取っ手が付けられている。
そこを開けると、屈めば大人一人が入るスペースがあった。
バスは駅から東へと走らせ、森林の奥へと入っていく。
「それにしても黒川さんにこんな可愛らしいお孫さんがいたとは」
「爺様とは知り合いなんですか?」
「ええ、昔一度うちの旅館にお泊りになったことがあるんですよ。その時に若い女性と一緒でしたが」
皐月はそれが瑠璃だとは思えず、
「それっていつの話ですか?」
とたずねた。
「えっと、たしか十年くらい前ですね。なんでも出張でこちらの県警と合同で事件を調べていたらしいですが」
「それってどう言う?」
「まぁ、ちょっとした事故なんですけどね、長野市内で小学四年生くらいの女の子が東京から逃走した強盗の車に轢き逃げされたそうで」
「拓蔵さんって警察辞める前は公安にいたんだっけ? そうなるとその強盗も組織的犯行だったんじゃないかな?」
「まぁもう十年前の話ですし、事件も解決してますよ」
そう話をしていくと、バスは目的地の『耶麻神幻奏館』に到着した。
旅館の外見は、さほど珍しくもない和風旅館だった。
「いらっしゃいませ。黒川さんですね」
玄関ロビーに入ると、奥から女将と思わしき女性が皐月たちに声をかける。
見た目は二十代と若く、どちらかというとホステスに近い雰囲気があった。
「わたくし、この旅館の女将を任されている耶麻神深夏ともうします」
そう言うと、深夏は皐月たちを部屋へと案内する。
その手前、御厨に目をやり、
「お食事まだでしたよね? 厨房にお願いして軽食を作ってもらいましょうか?」
とたずねるが、御厨は首を横に振った。
「実は黒川さんを迎えに行ったさいにコンビニで買物をしましてね」
そう言うと、御厨はコンビニ袋を深夏に見せた。
「そうですか。それでは黒川さんこちらへ」
皐月たちは二階の客間へと案内されていく。
その階段に上がる時だった。
「あれ? あの深夏さん、部屋の扉開いてますけど?」
階段の隣に小さな部屋があり、障子戸が開いているのに信乃が気付いた。
「ああ、そこ建付けが悪くて、隙間が開いちゃってるんですよ」
すこし気になったのか、信乃はその部屋を覗きこんだ。
「ちょっと信乃、勝手に部屋を覗きこんだら」
皐月があきれた表情で信乃に声をかけた時だった。
「あ、あの深夏さん? この部屋って」
信乃がなにかに驚いた表情で深夏を見る。
「この部屋においてあるおもちゃって総額いくらくらいするんですか?」
「はぁ? なにを言って」
狼狽している信乃に、皐月と希望が首をかしげる。
「いや、私ってアニメとか好きでしょ? なにかないかなと思ってアキバとか行くけどさ」
「それがどうかしたの?」
「そこでおもちゃのお宝とか見るんだけどさ、それと同じやつが置いてあった。超合金とかソフビ人形、ブリキのおもちゃもあったし、もしかしたら五百万以上はあるかもしれないわよ。それに幻と云われている『レインボー・ドリーム』の試作品が置いてあった」
そういう趣向に詳しくない皐月と希望は、話を聞き流す以外にすることができなかった。
「まぁ、うちは座敷童子がいるって昔から噂になっててね。たまにおもちゃを持ってくるお客様もいらっしゃるんですよ。ご年配の方がお孫さんの健康や成長を願ってお供えしてくるので、在庫は増える一方ですが」
「遠野の温泉みたいですね」
皐月も部屋を覗き込む。
「無造作に置かれてるって感じだけど」
「保存場所がいいのかしら? あまり埃っぽくないわね。風通しもいいみたいだし」
そう言いながら、信乃は鼻をひくつかせる。
「二人とも早く部屋に行こう」
先に二階へと上がっていた希望にそう言われ、皐月と信乃が部屋から目を離した時だった。
――あれ?
皐月は一瞬部屋の中から子どもの遊び声が聞こえ、そちらに目をやった。
「どうかしたの?」
「いや、さっき子供の声が聞こえて」
「そう? わたしには聞こえなかったけど?」
信乃にそう言われ、皐月も気のせいだったのではないかと思った。
「黒川さんが聞いたのは、この旅館に住んでいる少女の声ではないでしょうか?」
深夏が階段を登り終えた時、振り向くように皐月たちに言った。
「少女の声?」
「この旅館は、特にお子様連れのお客様がご利用されるのですが、その子どもはまるで誰かと遊んでいるようにはしゃいでいるそうなのです。特にあの部屋の中でおもちゃを取り出して遊ぶそうですが、遊んでいるのはその子どもたちだけで、少女の姿を見たものは一人もいないそうですよ」
深夏はそう言うと、荷物を二階の客室へと運んでいった。




