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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第十話・遺念火
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 翌日、東条と榮川の二人は、鴨瀬病棟へとやってきていた。

「井口看護師はいらっしゃいますでしょうか?」

 ナースセンターでそうたずねてみたが、対応した看護師は小さく首を振るだけでなにも答えない。

「病院の中にはいらっしゃらないんでしょうか?」

「ですから、井口看護師は席を外しています」

「どこに行ったかくらいはご存知なんでしょ?」

「しつこいですね、今朝から連絡が来ていませんし、医院長も留守にしているんですよ」

 看護師は喚くように云った。

「二人とも、今朝から来ていないみたいですね」

「あの二人が今回の事件の最重要人物だってことには変わりないし、なにより殺された車田さんが警察病院にいて、しかも鴨瀬優作の看護を担当していたことを知らないはずがない」

「応援を呼びましょうか?」

「鴨瀬忠市。ならびに井口翔子の自宅に急行するよう連絡を入れて。それから二人が行きそうな場所にも」

 東条がそう命ずると、榮川は足早に外に出ると、車に備えている無線で他の警官たちに連絡を入れた。



「先生、本当にこんなところに?」

 鴨瀬忠市の実家である、福嗣町から二十キロほど離れた古い民家の蔵の奥。忠市はうしろに立っている井口の声を無視するかのようになにかを探していた。

「あの女がようやく口を割ったんだ。親父が残したもんがどれくらいの価値かは知らないが、売れば借金の足しにはなるだろうさ」

「でもあの女も素直にはけばあんなことにはならなかったでしょうね?」

 井口は暗闇の中で、歪んだ笑みを浮かべる。

「前の院長が、息子である先生に病院以外なにも残さなかったのは、先生が下に見られていたからでしょうね」

「よしてくれ。わたしだって医者の端くれだ。親父が築いた病院を継いであげられたのは嬉しく思っているよ。でもね、先立つものは結局お金なんだよ」

 忠市はそう言いながら、奥へとライトを向ける。

 そこには古い木箱が置かれており、

「あの女が言っていたのはコレのことか?」

 と、その箱を手に取った。

「封筒が入っているな」

「きっと株券かなにかじゃないですかね?」

 興奮した表情で井口は覗き込む。

 忠市は喉を鳴らし、意を決するや、ゆっくりと封筒の中を取り出した。

 そして、それをライトに照らす。


「うっ? うわぁあああああああああああああっ?」

 二人は、そこに写っている手術写真に、思わず悲鳴を上げる。

 その写真に映っていたのは、顔が破裂しているかのように膨らんだコブを持った老婆。顔半分が火傷で爛れた赤ん坊。赤黒い染みが全身を侵食している少女。手術痕が顔一面にある男性の写真である。

「な、なんなんだこれは? こんなものがどうしてここに」

 震えた声で忠市が言葉を発した時だった。

 閉めていた蔵の扉が開き、明るい光が蔵の中を照らし始める。

「だ、誰だっ?」

 今まで暗闇の中にいたせいもあり、突然の光で、忠市の井口は誰が入ってきたのかわからなかった。

「お前さん、優作さんがどうしてそれを見せようとしなかったかわからんようじゃな?」

 そこには拓蔵と小鳥遊刑事の姿があった。

「だ、誰だ? あんたたち?」

 狼狽する忠市を、拓蔵は片目で見やる。

「まぁお前さんの父親とは飲み仲間なだけじゃよ」

「鴨瀬忠市、お前を車田貴理子殺害の容疑で連行する」

「連行? バカを云ってはいけませんよ。わたしにはアリバイがある」

「じゃが、お前さんが車田貴理子を殺した時のアリバイはどうなんじゃ? お前さんが考えているアリバイというのは、火事があった時のアリバイじゃろ? 遺体を中途半端に火傷を負わせたのは、云ってしまえば殺された時間を暗示させないため」

 拓造の言葉に、忠市はゴクリと喉を鳴らし、冷や汗を垂らす。

「もう一つ、お前さん他のところからかなり借金をしているようじゃな、財産は病院しかもらえなかった。それで鴨瀬優作が車田貴理子に遺言を残していないか聞こうとした」

「じゃが、彼女は頑なにそれを拒んだ」

 忠市は膝をつくと、

「あ、ああ。親父が残したのはあの病院と、以前から働いていた職員だけだった。他には、直ぐに欲しかった金は一切残してくれなかったんだ。オレは確かに医院長の席は手に入れたけど、金が欲しかったんだっ!」

 悔しがるように、喚くような咆哮を繰り返す。


「お前さん、あの写真を見てどう思う?」

「あの写真? あんなスプラッターな写真を見て? 気持ち悪いとしか思えませんよ。だいたいなんであんなのを親父は大切に保管していたんですか?」

 忠市は何言もないように云った。

 しかし、拓造の険しい表情を見るや、背筋を凍らせる。

 それはかつて彼が父親に本気で怒られた時と同様のものだった。

「あの写真に写っていた患者はな、優作さんが若い頃、まだ未熟じゃった時に夜勤の際に救急で運ばれたり、病院に入院していた患者ナンじゃよ。その中には助かった人もおったが、ほとんどは助けられずにいた。あの人はな、助けられなかった自分の未熟さへの戒めとして、そして同じ過ちを繰り返さないように、自分が担当した手術の資料は全部大事にとっていたんじゃよ」

「そ、そんなこと、親父は一度も……」

「あの人の中では、あんたはまだまだ未熟じゃということだ。でもな他の医者に病棟を任せるより、お前さんに任せたほうが良いと判断したんじゃよ。あの人は医者じゃ。自分がパーキンソン病にかかって手術が出来なくなるよりもお前さんに任せた方がいい。自分の散り際くらい見極めておる」

 拓蔵はそう言いながら、ゆっくりと表情を柔らかくしていく。

「じゃからな、これ以上、あの人を苦しめるな」

 その言葉に、忠市はまるでタガが外れれたかのように、両目から大粒の涙を流した。

「け、刑事さん……」

 忠市はゆっくりと立ち上がり、拓蔵たちに歩み寄る。

 そして小鳥遊刑事の前に立つと、両手を差し出すや、

「車田貴理子さんを殺したのはオレです」

 と、告白した。


「……っ!」

 静寂した空間の中で、その舌打ちが大きくこだまする。

「あぁあつまんない。結局殺し損じゃないですか?」

 井口はあきれた表情で両手をブラブラとさせる。

「井口くん?」

 忠市は、そんな井口を、信じられないと言った表情で見つめる。

「お前さんにもひとつ聞きたいんじゃがな? あの火事があったのは本当に正しいのか?」

 拓造が井口を睨みながらたずねた。

「なにを言ってるんですか? 火事がなかったら通報なんてできないじゃないですか?」

 井口はちいさく口角を上げる。

「あの部屋にある火災警報器が壊れていたことくらいもう調べがついてるんじゃよ。あんたはあの部屋の風が通るところを目張りで封じ、ロッカーに隠した車田貴理子の遺体を焼こうとしたんじゃ」

「そ、そんなことが可能なんですか?」

 驚いた表情で小鳥遊刑事は聞き返す。

「燻製くらいは知っておるじゃろ? あれと同じようなもんじゃ。遺体の皮膚が中途半端に焼け爛れていたのは、一種の低温やけどと同じもんじゃと思えばいい」

 拓蔵の言葉に、井口はその場にもたれかかる。

「なんでそんなことまでわかったんですか?」

「水じゃったからじゃな。あの現場にあったという煙式の害虫駆除のやつが、火を使ってではなく、水を沸騰させて煙を出すタイプのやつじゃったから、可笑しいと思ったんじゃよ」

「そ、それだけのことで?」

「あとは部屋が空き病室だということも視野に入れておかんとな」

 拓蔵はそう言うと、小鳥遊刑事の肩を軽く叩いた。

「ここから先はお前さんたちの仕事じゃ。老兵はただ去るのみよ」

 そう言うと、拓蔵はその場から立ち去った。



 小鳥遊刑事から、鴨瀬忠市。並びに井口翔子の身柄を確保したという連絡を受けた東条たちは、鴨瀬宅へと集まっていた。

 そして事の経緯を聞くや、全員が唖然としていた。

「そ、そんなことまで」

 東条は驚きのあまり、言葉を失っていた。

「しかしどうしてその人は、現場が空き病室だったからこそ出来たと思ったんでしょうか?」

 榮川がそう言うと、全員がうーんと唸る。

「お前たち、例えばカーテンがずっと閉まっている部屋があるとする。その部屋は夜になっても明かり一つ点いていない部屋じゃ」

 小鳥遊刑事にそう言われ、東条たちは考えこむ。

「もしかして、部屋に誰かがいてもまったく気付けない?」

 東条の言葉に、小鳥遊刑事はちいさくうなずいた。

「あの病室が空いていることを知っていたのは病院の人間だけじゃ。新しい空気を入れるために窓を開ける。だがあの病室は一年以上窓を開けていなかったそうだ」

 ――そんなちいさな、誰も気にしないことにどうしてあの人はそんなところまで気付けたの。

 東条はそう考えながら、ふと空を見上げた。

 藍色の空に一筋の雲が浮かんでいる。言うなれば飛行機雲だ。

 その雲の周りには、大きな雲があり、飛行機雲を覆うように動いている。

 しかし飛行機雲はその大きな雲から逃れるかのように、ゆっくりと姿を消していった。

 それがまるでたとえ相手が権力であろうと、自分の考えを曲げない拓蔵とダブって見え、

「勝てるわけない。まだまだ未熟なわたしがあの人に勝てるわけない」

 と、東条はちいさく言葉を発する。

 それと同時に彼女の中で、出来る限り拓造に近付こうという決意も生まれていた。



 それから二日後。大宮は、遼子と瑠璃を連れて、警察病院へとやってきていた。理由は皐月が退院するからである。

「それじゃぁ、お母さんは退院手続きを済ませてくるから」

 そう言うと、遼子は病室を出て行った。

「これで全部だね」

 大宮は、皐月の服などをバッグの中に詰め込む。

「済みません、事件が解決したのに、もうすこし入院してたほうが」

「それは仮病じゃないですかね? だいたいもうほとんど回復していたんですから」

 部屋の整理をしている瑠璃が、注意するように言った。

「じょ、冗談ですよ。入院している間ほとんど身体が動かせなかったから。これ以上入院してると身体が自分のじゃないって感じがして気持ち悪いんですから」

 皐月は苦笑いを浮かべる。

「――ところで爺様は?」

「拓蔵ですか? ちょっと知り合いの墓参りに、今度の事件の報告をしに行ってますよ。あの小娘と一緒に」

 瑠璃の表情を見るや、皐月と大宮は互いの顔を見やった。

「二人とも、どうかしたんですか?」

「いや、なんでもないです」

 瑠璃の鋭い表情に、皐月と大宮は慌てて弁解した。

 ――瑠璃さん、やっぱりあの東条って女の刑事さんとなにかあったのかな?

 皐月はそう思って仕方がなかった。

 一瞬見せた瑠璃の表情が、女性の負の感情を覗かせている。そんな雰囲気であった。


「優作さんや、まぁ安酒じゃが一杯飲みなさい」

 拓蔵はカップ酒のフタを開けると、並々と墓石にかけるように注いだ。

「息子さんは自分のやったことを後悔しておったよ。もう医者としては働けんが、お前さんの思いはきっと違う形で実現してくれるじゃろ」

「お優しいんですね。嘘を吐いてまでいうことじゃないと思いますが」

「わしは嘘は吐けんよ。息子の考えじゃって間違ってはおらん。結局医者も先立つモノは金じゃからな」

 拓蔵はそう言いながら、もう一本のカップ酒のフタを開けるや、自分の口へと運ぶ。

「でもどうして車田貴理子さんは本当のことを彼に伝えなかったんでしょうか?」

「恐れていたんじゃろうな。息子があの写真を優作さんの一生の宝だと思わず処分することを」

 その言葉に、東条は首をかしげる。

「いったいどうして?」

「お前さん、例えば昔同じような事件があったとして、それが同じ手口だと断言出来るか?」

「いえ、犯人の特徴は十人十色。たとえ同じような事件であったとしても、犯行理由や使った凶器は決して似通うことは……」

 東条はそこまで言うと言葉を止めた。

「もしかして、十五年前に起きた小火騒ぎを調べたのは……」

 東条はゆっくりと拓蔵を見やった。

 その視線に気付かないわけもなく、拓蔵は振り向きもせず、ただジッと何も言わぬ墓前の前で手を合わせていた。


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