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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第十話・遺念火
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 鴨瀬病棟の病室で女性の焼死体が発見されたその日の晩である。

「へぇ~、あの小娘と共同捜査ですか?」

 普段ならあまり見せない不満気な表情で、瑠璃はたずねに来ていた阿弥陀と大宮を一瞥していた。

 阿弥陀から事件の概要を教えてもらい、更には東条たち警察庁との捜査協力も承諾されたことを知って、不機嫌なのである。

「しかし奇っ怪なことじゃな。火のないところに煙は立たないとは言うが、火どころか出てきたのは女性の遺体とは」

 カップ酒を飲みながら、拓蔵は言った。

「しかも中途半端にですからね。犯人は遺体を別の場所に遺棄しようとしたが、発見されるのを恐れて誰も使わない部屋に一時的に保管しようとした」

 瑠璃はそう言ったが、納得のいかない表情を浮かべる。

 今言った自分の考えがバカバカしいと思ったのだ。

 遺体を遺棄するということは、見つからないようにするためであり、それならば焼死体をそのまま遺棄すればいい。

 わざわざ病室の、ロッカーに隠さなくてもいいのだ。

「まるで発見してくださいって言っているようなものですね」

「まぁ煙の原因はすぐに分かりましたけどね」

 阿弥陀の言葉に、大宮たちはギョッとする。

「なにか分かったんですか?」

「部屋に入った救急隊員から、ロッカーを開けた時に煙が出てきたという報告があったでしょ? それでロッカーの中をよく見たら――死体があったんですよ、ゴキブリの」

 その言葉に、拓蔵と瑠璃は首をかしげる。

「それで煙の元がコレだったんです」

 そう言って、阿弥陀は稲妻神社に来る途中コンビニで購入したものが入った買い物袋から、半円柱の商品を取り出し、テーブルの上に置いた。

「害虫駆除用の煙薬品ですか?」

 と瑠璃は先ほどの商品を手に取り、使用説明文を読む。

「中に水を入れて発煙させるタイプみたいですな。つまり黒の絵の具を溶いた水を入れたため、黒煙が出ていたと考えてもいいでしょう。使用されたと思われるやつが、ロッカーと壁の隙間に入ってましたよ」

 そう言いながら、阿弥陀は続けざまに、

「現場で発見されたやつは、容量が十二から十六畳のものでしたよ」

 と言った。

「病室の間取りは大体六畳くらいでしたから、窓が開いていたとはいえ煙が充満するには十分な量ですね」

 大宮がそう言った時、居間の障子戸が開いた。

「お父さん、お客さん」

 と、遼子が入りざまに言った。

「客? こんな時間にか?」

 拓蔵は首をかしげ、遼子に聞き返した。

「凄く可愛い人だったわよ」

 その言葉を聞くや、瑠璃は鋭い目で拓蔵を見た。

「客は玄関で待っとるのか?」

 その言葉に答えるように、遼子はうなずく。

 拓蔵はちいさくためいきを吐くと、ゆっくりと立ち上がり、玄関へと向かった。


「夜分失礼致します」

 玄関にいたのは、東条だった。

「おまいさんか」

 拓蔵は困った表情を浮かべながら、頭のうしろをかく。

「要件は、今回の事件についてか?」

 拓蔵がすでに阿弥陀たちから今回の事件のことを聞いていると判断した東条は、特に否定するわけでもなく、

「はい。被害者の身元が判明しましたので、その報告に」

 と告げた。

「今阿弥陀警部や大宮くんも来ておるからな――今日は一人か?」

「榮川刑事には神社の駐車場で待ってもらっています。まぁ話をしたところで彼が信じるとは思えませんから」

 東条の言葉に、

「――人の仕業ではない……。と言いたいのか?」

 拓蔵は怪訝な表情でたずねた。

 東条は、静かにうなずいた。


「やっぱりあなたでしたか」

 拓蔵が東条を連れて居間に戻ってくるや、不貞腐れた声で瑠璃は言った。

「お久しぶりです福本巡査長。あの時はお世話になりました」

 東条はちいさく頭を下げる。

「もう四十年も前の話ですよ、東条李巡査長――。いえ、(さとり)

 瑠璃の言葉に、大宮と遼子は驚きを隠せないでいた。

「えっ? もしかしてこの人妖怪?」

「正確に言うと、覚が持つ人の考えを見透かす力を持った人間と云ったほうがいいな」

「人の考えが分かるですか。便利な力ですね」

 大宮の言葉に、東条はもの悲しそうな目で彼を睨んだ。

「忠治くん。彼女はその力のせいで他人に疎んじられ、人とのつながりを絶とうとしたんですよ。たしかに人の心が読めるというのは便利な力でしょうが、人はかならず裏表があります。それがたとえきれいな人であっても同じことです。君だって知られたくないことだってありますよね?」

 瑠璃は忠告するように、大宮に言った。

「す、すみません。軽はずみな発言をしてしまって」

 大宮は東条に向かって、深々と頭を下げた。

 ――なんてことを言ってしまったんだ。彼女はその力で傷ついていたというのに。

 大宮が思ったことを聞いた東条は、

「もう慣れましたから大丈夫ですよ」

 そう大宮に言った。

「それで、被害者の身元の件だが」

 拓蔵がそう言うと、東条は慌てた表情で、

「あ、はい。こちらがその被害者の身元と、発見された時の焼死体の写真です」

 とバックから二枚の写真と身元証明書を取り出し、皆に見せた。


「被害者の名前は車田貴理子三二歳。身長一六三センチ。体重は五七センチの中肉中性。職業は看護師で、発見された鴨瀬病棟に勤めていました。それから今日、つまり事件が発生した日、彼女は夜勤明けで、その日は非番だったそうなんです」

「つまり被害者は夜勤明け……大体午前一時頃から行方が分からなくなっていたということですか?」

「それが被害者からメールが来ていたようで、その時間が火事と誤報された時間だったんですよ」

「それじゃとすでに被害者は死んでおるじゃろうしな。誰かが混乱させるために送ったんじゃないか?」

 拓蔵の言葉に、東条は小さくうなずく。

「拓蔵さんの仰る通り、こちらもそう考えてはいます。しかし電話会社に捜査依頼をしても通らないのが」

「個人情報か。で、そのメールは誰のもとに来たんだ?」

「鴨瀬忠市。鴨瀬病棟の医院長です。メールの内容は『仕事が終わりましたら、後でお会いしましょう』とのことでした」

 東条の報告に、瑠璃は首をかしげる。

「医院長と看護師がそんな会話をしますかね?」

「なにか二人につながりがあると考えたほうがいいな」

 瑠璃と会話をしている拓蔵を見ながら、東条は小さく息を吐いた。

「どうかしたんですか?」

「たまにあの人の考えていることを読もうとするんですけど、口より先に手が出ると云うべきか、思ったことを隠せないと云うべきか」

 大宮の言葉に、東条は答える。

 たしかに歳相応の、経験豊富な拓蔵が自身の考えや知識、知っていることを隠しもせずに話すのはそういう意味なのだろうが、覚の力を持つ東条ですらわからない拓蔵の深層心理が有るのではないかと大宮は思った。

「それで李さん、恐らくですが警察庁の人と一緒に来ていたんですよね?」

「はい。ですが今回の事件果たして人がしたことか」

「たしかにな。焼死体を使用していない部屋に遺棄した。殺された時間はわかったのか?」

「殺されたのは火傷の具合からいって、夜勤明けの午前一時より後。大体午前六時から火災報告があった午後二時頃となっています」

「中途半端に燃やされていたようですしね、途中で火が消えたんでしょう」

 瑠璃はそう言いながら、死体が写った写真を凝視する。

 半分焼けたその死体は、衣服を着てはおらず裸身だ。

「発見された時からこうだったんですよね?」

 瑠璃の問いかけに阿弥陀たちはうなずいて答える。

「彼女の実家は?」

「東京近辺のアパートにひとり暮らしでした」

「まっすぐ帰っても大体午前一時から二時前後じゃろうし、深夜じゃからそれに気付いた隣近所がおればいいんじゃがな」

 拓蔵がそう言うと、

「そちらの方も明日調べてみます。ただやはり気になることがありまして」

 東条はそう言いながら、卓袱台の上に置かれている、害虫駆除用の煙薬品に目をやった。

「犯人はどうしてバレるようなことをしたんでしょうか?」

「たしかに、まるで見つけてほしいと言わんばかりのことをしておる。害虫駆除をするのなら、火災警報器にカバーをするじゃろうし、そもそも窓は閉めるしな」

 拓蔵たちが話している中、瑠璃がつまらない表情を見せているのを見て、

「瑠璃さんと東条刑事は何かあったんですか?」

 と、大宮は阿弥陀にたずねた。

「彼女も女性だということですよ」

 阿弥陀は煙を巻くような口調で言った。


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