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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第九話:赤マント
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「――大山くんと美耶ちゃん見なかった?」

 体育館から抜け出すように出てきた葉月が、目の前にいる少年に声をかけると、少年は黙って校舎を指差す。

「……ありがとうね。響くんもいなくなってるし、なんで誰も気が付かなかったんだろ?」

 そう愚痴をこぼしながら、校舎の中に入ろうとした時である。

 葉月は立ち止まり、少年がいた方に振り返ると、すでに少年の姿はなかった。

 ――あれも幽霊だったのかな?

 と思ってしまうのも無理はない。

 霊感が三姉妹の中ではかなり高く、本来なら視えないはずの人ならぬものも、葉月にとっては最早普通に見えてしまったり、会話ができてしまう。

 こんな深夜に(とはいえ夜の十時前なのだが)子供が校舎にいること自体が可笑しいので、先程の少年は、学校に住みついている幽霊にほかない。

 葉月は気を取り直して、校舎へと入っていった。



 葉月が校舎に入る三分ほど前のことである。

「――へ?」

 と、親番であった垢嘗(あかなめ)は、我が目を疑った。

 三階にある六年三組の教室では、福嗣町で暮らしている妖怪たちが、挙ってたむろっており、鬼火たちの灯りに照らされながら、花札ゲームのひとつである『花合わせ』を興じていた。

 が、彼らの様子から察するに、ただならぬ様子である。

「ご、五光(ごこう)?」

「ついでに月見と花見だから、合計して二四〇点」

「一気にトップかよ」

 周りの妖怪なり幽霊が驚きとどよめきを隠せない中、その大役を出した当の本人である響は、ボーッとした表情を浮かべていた。

「え、えっとね? 君が出したやつは五光って言って、花合わせの中では一番強い役なの。それから菊に盃の絵がついてるでしょ? これに桜に幕か(すすき)に月の札があると――って理解してないか?」

 隙間女が説明するが、途中で諦める。

 当の響はまったく聞いていなかったためだ。

「こ、この子も朧といっしょで、強運の持ち主なんじゃろうか?」

「いや、朧の場合は、わしらにとっては凶運じゃったからな。それと一緒じゃないか?」

 小豆洗いが片目を瞑りながら、愚痴をこぼす。

「よしまだ半年も有るんじゃから、今度は勝つぞ」

 小豆洗いの近くに座っている垢嘗(あかなめ)が札をかき集めると、山札を切り、札を七枚ずつ渡していき、場には『菊に青短』、『桐のカス』、『菊のカス』、『牡丹に蝶』、『菖蒲のカス』、『紅葉のカス』の六枚が置かれる。

 残った札は、山札として、場の横に置いた。

「半年も遊べません」

 と、響は言った。

 もちろんそのままの意味での半年ではなく、垢嘗が言ったのは、花札のゲーム回数のことで、残り六回という意味である。

 花札のゲームは一年十二ヶ月。つまり十二回行われるからだ。

「よし、次こそ勝つぞ」

 気合を入れるように小豆洗いは言ったが、

「あっ!」

 と、響の手札を覗き込んだ隙間女が声を上げた。

「なんじゃ隙間女。なにかあったのか」

「……いや、なんでもない」

 垢嘗の問いかけを、隙間女は否定するように首を横に振った。

 響の手札は『藤のカス』、『萩に猪』、『桐に鳳凰』、『菖蒲のカス』、『柳に短冊』、『松のカス』、『芒のカス』と、運が良ければ五光とまではいかずとも、雨四光が作れる手札となっている。


 一巡目。まず親である小豆洗いが手札から『紅葉のカス』を出し、場に出ている『紅葉のカス』を取った。

 次に山札の上から一枚札を取り、場に出した。『桜のカス』である。

「うーむ、一枚目で乗らないのはキツイな」

 愚痴をこぼしながら、小豆洗いは重なった『紅葉のカス』二枚を、自分のところへと持っていった。

 山札から出た『桜のカス』は、場に桜の絵札がなかったため、そのまま場に残る。

「それじゃぁ、オレの番だな」

 二番目である垢嘗が手札から『菊のカス』を出し、場の『菊に青短』を取る。

 山札から出た札は『藤に短冊』で、これも場に藤の絵札がないため、場に残った。

 三番目の響は、手札から『藤のカス』を出し、先ほど山札から出た『藤に短冊』の上に乗せる。山札を引くと『萩のカス』で、場には萩の絵札がないため、そのまま場に残る。


 二巡目。小豆洗いが手札から『桜に赤短』を出し、場に出ていた『桜のカス』の上に乗せる。

 山札から引いた札は『桐のカス』で、最初の時点で場に出ていた『桐のカス』とともに、自分のものとした。

 垢嘗は『菖蒲に短冊』を手札から出し、場に出ている『菖蒲のカス』と合わせる。

 山札からは『牡丹に青短』が引かれ、場の『牡丹に蝶』で自分のものにした。

「よし。青短二枚だ。後一枚」

 垢嘗は自分の手札を見た。彼の手札の中には『紅葉に鹿』があり、青短を成立させる最後の一枚は、山札の中にある可能性がある。

 たとえ他の人が出しても、紅葉はすでに二枚取られているため、取れるのは垢嘗だけである。

 そんな垢嘗の下心とは裏腹に、響は手札から『萩に猪』を出し、場の『萩のカス』を取る。

 山札から出たのは『牡丹のカス』だったが、場に最後の一枚である『牡丹のカス』はない。

「どうした響? このままじゃ誰かが先に上がるぞ」

 垢嘗が、冷やかすように云ったが、響はジッと自分の手札を見ており、まったく聞いていなかった。


 三巡目。小豆洗いはからかうように手札から『松のカス』を出す。

 場には松の絵札がないが、小豆洗いはちいさく笑みを浮かべると、山札の札を捲った。

 山札から出たのは『桐のカス』で、そのまま場に残ってしまった。

「うーむ、読み違えたかなぁ」

 そう言う小豆洗いに違和感を持ちながら、垢嘗は『藤のカス』を出す。これも場に藤のカスがない。

 山札から札をめくると『柳に小野道風』だった。

 ふたり連続で札をとれず、響の番になった。

「…………っ」

 響は、頻りに唇を動かす。

「響――くん?」

 隙間女が声をかけたが、集中しているのか、響の視線は自分の手札に向いている。

「どうした響、早くきれい」

 垢嘗が急き立てると、響は手札から『柳に短冊』を出し、先ほど場に出た『柳に小野道風』の上に乗せる。

 そして山札から一枚めくると、『柳のカス』だった。

 どちらにしても、響は『柳に小野道風』をとれていた。

「うわ、おしい」

 隙間女はちいさく舌打ちに似た言葉を発する。

 ここで手持ちにあった『桐に鳳凰』を出していれば、五光のうちの二枚が響のものとなっていた。

 ただし、『柳に小野道風』は五光の札ではあるが、必要となる『雨四光』にするには、他に三枚必要となるため、最初に取っても意味はないとされる札ともいえる。

「おしい? なにがじゃいな?」

 小豆洗いが、隙間女にたずねた。

「い、いや……。なんでもない」

 隙間女は、視線をそらした。


 四巡目。小豆洗いは手札から『松に赤短』を出し、場の『松のカス』の上に乗せる。

 これで小豆洗いの場に、赤丹が二枚揃い、垢嘗の青短と同様、残り一枚となった。

「響、早くしないとイカンぞぉ」

 小豆洗いは山札から一枚引き、場に出した。

 出たのは『藤に不如帰(ほととぎす)』で、場に出ていた『藤のカス』と一緒に自分のものにした。

「青短……、青短」

 垢嘗は手札から『柳に燕』を出し、場に出ている『柳のカス』の上に乗せる。

 山札からは『牡丹のカス』で、場に出ていた『牡丹のカス』とともに、自分のものとした。

 響の番、手札から『菖蒲のカス』を出す。場に菖蒲の絵札が無いため、山札の絵札が菖蒲の絵札でなければ、そのまま場に残ってしまう。

 山札から出たのは『桜に幕』であった。

「くそっ! そんなところにあったのか」

「カードを出すのは時の運だな」

「この順だ。この順でアオタンで上がってやる」

 五巡目。小豆洗いは気合を入れるように『芒に雁』を出すが、芒の絵札は出ていない。

 山札から出たのは『菖蒲に八橋』。場に残っていた『菖蒲のカス』とともに自分のものとした。

「うーん、コレしか出せん」

 垢嘗はそう言うと、手札から『萩のカス』を出す。

 山札から出たのは『萩に短冊』で、小豆洗いが出した『萩のカス』が、かれのものとなってしまった。

 響の番となり、手札から『桐に鳳凰』を出し、場の『桐のカス』で取る。

 響が山札に手をかざした時だった。

 対面している小豆洗いと垢嘗もそうであったが、それ以外の、教室にいる妖怪たち全員が、まるで響とは違う誰かみんなの中にいて、この遊びを、心のそこから楽しんでいるという錯覚に陥る。

「――朧……?」

 小豆洗いは、懐かしむような声でつぶやいた。

 山札から出たのは、『桜のカス』で、場に出ている『桜に幕』は響の物となった。

 ――こ、これであと一枚五光の札が響のものになったら。

 そう思った時、隙間女はふと違和感を覚える。

 どうして、響は最初から手札として持っていた『桐に鳳凰』を出さなかったのだろうか。

 まるで自分の番で引く山札の一番上か、その前に場に出ることがわかっていたような。

 ――そんなわけないか。

 そう違和感を抱えながらも、隙間女は三人の勝負を見守ることにした。


 六巡目。ここで赤丹を取らなければと、小豆洗いは手札から『梅に鴬』を出したが、場に梅の絵札はない。

 山札の一番上を捲り、場に『芒のカス』を出す。その札は、先に出ていた『芒に雁』と一緒に、小豆洗いのものとなる。

 垢嘗は手札から『梅のカス』を、先ほど小豆洗いが出した場の『梅に鶯』の上に乗せる。

 小豆洗いは、一瞬垢嘗を睨んだ。

 山札からは『芒に月』があらわれ、

「――っ! 出た」

 と、隙間女が声を上げた。

「出た? いったいどういう意味じゃいな?」

 小豆洗いが怪訝な表情でたずねる。

「ま、まさか……響のやつ――」

 ハッとし表情で、垢嘗は上ずいた声を出した。

 響はゆっくりと手札から『芒のカス』を出し、場の『芒に月』の上に乗せた。

「これで雨四光の完成」

 隙間女は響を見やる。

 響の表情は、落ち着いており、楽しいそうにちいさく笑みを浮かべていた。

 響はゆっくりと山札に手を翳したその一瞬、響とは違う誰かが、その場を支配する。

「こ、この感じ……。間違いない――朧じゃ」

 小豆洗いがちいさく笑みを浮かべた。

 その笑みは引き攣っており、喩えるならば目の前に強敵があらわれたことによる恐怖心と、それとは違い対峙できる楽しさが交わった複雑な笑みだった。

 山札から出たのは『菊に盃』だった。

「な、なんじゃとっ?」

 小豆洗いと垢嘗が、ハモるように悲鳴をあげた。

「雨四光に花見と月見――。これで最後に残ってる『松に鶴』が乗れば、さっきと同じだけども」

 普通なら欲を出さず、このまま勝負してもいい役だ。

 花合わせの場合。この時点で勝負がつくのだが、こいこいのルールも加えている。

 そもそも次の番。全員が残り一枚となっており、前の二人が上るという危険性を考えれば、このまま上がったほうが無難である。

「響くん、どうする? こいこいする?」

 隙間女はどうしてか、そうたずねてしまった。

 普通なら、勝負をするかとたずねるのだが、隙間女自身、見てみたかったのだ。このあり得ない響の強運に。

 響はちいさくうなずいた。


「くそ、このまま負けてたまるかぁ」

 最後の七巡目。小豆洗いは手札から『梅に赤短』を出す。

「なんだよ小豆洗い。お前三枚とも持ってたのか?」

 垢嘗は先に梅を封じておいてよかったと思った。

 彼の手札に、最後の一枚である『梅のカス』があったのである。

 山札から出たのは『紅葉に青短』で、垢嘗が欲しい札だった。

 しかし、垢嘗は睨むように響を見る。

 そしてゆっくりと手札から最後の一枚を出した。

 ……『梅のカス』で、そのまま場の『梅に赤短』を取った。

 山札からは『松に鶴』が引かれ、場に残る。

「勝負あったな」

 と、教室のうしろにあるランドセルをしまうロッカーに凭れていた毛倡妓が告げた。

 全員が、響を見やった。

「そうじゃな……。ひさしぶりに楽しめたわい」

 小豆洗いはちいさく笑みを浮かべる。

 最後の四枚である『松のカス』と『松の鶴』。『紅葉に青短』と『紅葉に鹿』は、いずれにしても響のものとなり、どちらにしても響の五光は完成されていたのだ。

「すごいよ響くん。連続で五光だよ?」

 隙間女が興奮するように言ったが、当の響はまったく反応しない。

「……響くん?」

 疑問に思った隙間女が、響の顔を覗きこむと、響はまぶたを閉じ、深い眠りについていた。

「ね、寝ちゃってる?」

「こ、こんな緊迫していた状況でか?」

 垢嘗はふと、

「響のやつ、いったいいつ頃から寝ておったんじゃろうかね?」

 と言った。

「え? っと……」

 響とある妖怪を除いた全員が、考えこむように唸った。

「雨四光が完成した時じゃよ。それに、そもそもわしらが、他の人の目を盗んで、寝ていた響をここまで連れてきたんじゃからな。本来なら寝ていても可笑しくない時間じゃったし」

 と老人火が言った。

「それじゃぁ、あれって項垂れてたの?」

 隙間女が驚いた表情で声を上げた。


「ははは……、寝てくれて助かった」

 小豆洗いは苦笑いを浮かべる。響が寝たことで、勝負が不成立で終わってくれたからだ。

「こいつの強運も、わしらにとっては凶運か」

 老人火はからかうように小豆洗いを見やる。

「でもほんと、響くんって不思議だよね? わたしたちみたいな妖怪と一緒にいても、パニックを起こさないし、むしろわたしたちが一緒にいたいって思ってしまう」

 そう言いながら、隙間女は窓の方を見た。

 その表情は、険しい。

「どうした、隙間女」

「ごめん、ちょっと用事ができた」

 そう言うと、隙間女は教室のドアのスキマに入り込むかたちで、姿を消した。

「どこに行くつもりじゃろうな」

 小豆洗いは首をかしげ、周りの妖怪にたずねる。

「――夜の校舎に入り込んだ子供が、例の男に襲われておったよ」

 天井に大きな目が現れる。

「一目連か……。子供は無事なんじゃろうな?」

「隙間女が異空間を作って、保健室に運んだ。ついで遊火が探しておったし、皐月にも伝えに行っておった」

「その男、わしらと同じ妖怪なのか?」

 小豆洗いがそうたずねるが、

「わからぬ。ただひとつ言えることは――彼女たちの力では勝つことができんということだ」

 一目連は、気になる言葉を残すと、目を瞑り、消えた。


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