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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第六話・封(ほう)
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 宴会をした翌日の夕方、阿弥陀と大宮の二人は、稲妻神社に訪れていた。

「それで、なにかわかりましたかね?」

 阿弥陀は、目の前で霊視をしている葉月にたずねた。

 角川の遺体が写った写真に手を翳していた葉月は、難しい表情を浮かべている。

 そして、徐ろに手を退けた。

「――ごめんなさい」

 その言葉に、阿弥陀と大宮は首をかしげる。

「葉月、どうかしたの?」

 皐月がそうたずねると、

「雨の音が強くて、足音もなにも聞こえなかった。たぶん被害者もそれで気配に気付けなかったんだと思う」

 葉月が、阿弥陀と大宮に向かって頭を下げた。

「葉月ちゃんの力は、被害者が最後に聞いた音が聞こえるからね。もしかすると他にも聞いていたんじゃないかと思っていたんだけど」

「ですが、これであの人の言葉にあった、妙な違和感がはっきりしましたな」

 阿弥陀がそう言うと、葉月はゆっくりと顔を上げた。

「葉月さん、雨の音で周りの音が遮断されていたんですな?」

 葉月は答えるようにうなずき、

「まったくなにも。轟音のような感じで全然。皐月お姉ちゃんだったら、近くに人がいても聞こえないって感じだった」

「でも、写真を見る限りでは……あれ?」

 皐月は写真を手に取り、凝視する。

「……濡れてない? 発見されたのは?」

「港の倉庫の入り口近くだね。おそらく犯人はガイシャが倉庫に入ろうとしたところをうしろから襲ったんだろう」

「それはそうなんでしょうけど」

 妙に納得のいっていない皐月の言葉に、大宮は怪訝な表情を見せた。


「なにか気になることがあるのかい?」

 大宮の問いかけに、皐月は少しばかり考える。

「なんか納得がいかないというか、どうして被害者はそこに迷わず行けたのかなって」

「もしかして、視えないってことですか?」

 瑠璃の言葉に、皐月はちいさくうなずいた。

「視えないって、でも現にガイシャは倉庫の入り口に――」

 大宮がそう言うと、

「ガイシャは倉庫の入り口近くで殺されたんですよね? だけど、あの晩はゲリラ豪雨で視界も最悪な状況だった。誰かに待ち合わせを食らってやってきたとしたら、殺されるのは倉庫の中って考えられません?」

「もしくは、どこの倉庫かを指定して(おび)き寄せた」

「それから、さっき阿弥陀警部が言っていたことですけど、違和感って?」

 そうたずねられた阿弥陀は、すこし咳払いをしてから、

「ああ、葉月さんが霊視してくれたおかげで、角川が誰に殺されたのかがわかりましたよ」

 と言った。

「わかったというより、聞こえないものが聞こえたという言葉がね」

「それに、視界が悪いということは」

 大宮がもう一度同じことを言う。

「第三者による目撃証言をしたとしても、雨で視界が遮られ、立証ができない」

「灯台の光も頼りにならなかったじゃろうし、ガイシャは倉庫の光がなければ、中に入ることもできんかったじゃろ」

 拓蔵はそう言いながら、阿弥陀を一瞥する。

 阿弥陀は、砂川が経営している小料理屋での話を、皆にした。


「たしかに妙な話ですね。それにその志水って男はどうして犯人の後を追わなかったんでしょうか?」

「それに、その人が言っていた証言には不自然なところが多すぎる」

 瑠璃は、霊視の疲れで眠りこけていた葉月にタオルケットを被せる。

 それを見て、

「――あれ?」

 と、大宮は首をかしげた。

「どうかしたんですか? 忠治さん」

「いや、葉月ちゃんの力って、妖怪や幽霊じゃなかったら、そんなに体力を消費されないはずだよね?」

 そう聞かれ、皐月はすこし考えて、

「言われてみればそうですね。葉月、本当はどうだったの?」

 皐月は起こすように、葉月の肩を揺すった。

 むりやり起こされた葉月は、不機嫌そうな目で皐月を見る。

「聞こえなかったのは本当だよ。だからどっちかも分からなかったの」

 と答えた。

「あ、なるほど」

 皐月と大宮は同時に発した。

 葉月は、ふたたび眠りについた。


「とにかく、もう一度、その志水という男に、当時のことをたずねてみてはどうかな?」

「ですな。それから湖西主任が刑事部に渡した検死結果なんですけど、撲殺に使用されたのは細長いものらしいんですよ。しかも先じゃなくて、中心あたりで殴ってるみたいで、遺体の傷跡が細長かったらようなんです」

「凶器はたしか鈍器と言っていましたね。ということは棒状のもので叩いたということでしょうか?」

 瑠璃は、パイプのようなものを凶器に使ったと考える。

 ……が、

「それが五ミリほどの細さだったようなんですよ」

「五ミリ? それって結構細い気が」

「まぁ、致命傷になった部分はハンマーのようなもので叩いたと考えられてますけど」

 阿弥陀がそう言うや、皐月は大宮を一瞥する。

「致命傷って、犯人は二人組?」

「とは限らないんじゃないかな? まず相手を気絶させて、とどめを刺した。という考えかたもできる」

 ――またまどろっこしいことを。

 葉月の力は、写真に写っている遺体が最後に聞いた音を聞くことができる。

 が、それは死ぬ直前ではなく、意識がなくなる直前までの記憶になるため、どういうふうに死んだのかまでは把握できない。


「妙な気分ですね」

 瑠璃の言葉に、

「たしかにな。まるで葉月が霊視することを、あらかじめ知っておったと云う感じじゃ」

 と、拓蔵が付け加えた。

「葉月の力を?」

 たしかに、言われてみれば、二回も殴ることはない。

「それに、細長いもので殴ったとしても、打ちどころが悪ければ殺人になりますけど、おそらく犯人は気を失わせるためだけにしたんだと」

「つまり、実際は殺す気がなかった?」

「それも含めて、調べてくれんか?」

 拓蔵がそう言うと、阿弥陀と大宮は了解するようにうなずいた。


 阿弥陀たちが去った後、皐月は頬杖を付きながら、眠っている葉月に目をやっていた。

「どうかしたんですか?」

 天井近くで浮遊していた遊火が、首をかしげながらたずねる。

「犯行が行われていた時、外はゲリラ豪雨だったのよね?」

「まぁ、聞く限りではそうだと思いますけど」

「爺様の話だと、灯台の明かりも頼りにならない。ガイシャは前々からどこに指定されているのかがわかっていたんじゃないかしら」

 皐月の言葉に、

「それじゃぁ、ガイシャはいつも利用していた場所で殺された……、ということですか?」

 遊火が聞き返すと、皐月はすこしばかり考えたが、しっくりいかないような表情で見返した。

「それってつまり、犯人もその場所を知っていたってことになるでしょ?」

「でも、本来聞こえないはずの音が聞こえて……」

 遊火は言葉を止め、

「そうか……、だから視えなかったんだ」

 と言うや、皐月も自分の中にあったもやもやが晴れたように、スッキリとした表情を浮かべる。


「警察もバカじゃないだろうから、すぐに捨てられる海の中を捜索していたと思う」

 皐月は、携帯をかけようとしたが、

「でも、今は運転中じゃ?」

「あ、そうか。それじゃぁ阿弥陀警部に……」

 ……はて?

 皐月は、携帯をいじる指を止め、遊火を見る。

「なんで私が忠治さんに電話かけるって思ったの?」

「――いや、なんとなくですけど」

 遊火は視線を逸らす。

 それを見て、皐月は納得のいかない目で遊火を見たが、

「あ、阿弥陀警部ですか?」

 と、阿弥陀警部に電話をかけた。


「はい。ええ、わかりました」

 皐月からの電話を終え、阿弥陀は携帯を閉じる。

「誰からなんですか?」

 運転中の大宮がたずねる。

「いや、皐月さんからすこし気になることがあるとのことでね」

「気になること?」

 阿弥陀は、皐月が気になっていたことを、大宮に伝える。

「たしかに、角川を殺した犯人が海になにかを投げ捨てた。という志水が言っていたことが本当だとしても、実際に凶器だったのかは確認できないはずですよね」

「現場捜索の時はどうだったんでしたっけ?」

「鑑識課の摺屋巡査からの報告によると、凶器と思われるハンマーが、近くの海から見つかったとのことでした」

「私たちはそれで凶器はハンマーのような鈍器と思っていたわけですが」

 阿弥陀はそう言いながら、見えてきた角川と志水が務めている金融会社の看板に目をやった。


 車を停め、二人は金融会社のドアをノックすると、

「んあぁ、誰だぁ?」

 黒のスーツを着た男が、応対に出た。

「夜分遅くまでご苦労さまです」

 阿弥陀と大宮は懐から警察手帳を取り出し、目の前の男に見せた。

「け、警察?」

「ええ、ちょっと聞きたいことがありまして、志水さんはいらっしゃいますかな?」

 そう聞かれ、男は、

「志水だったら、今出て行っていていねぇよ」

 と、視線を事務所の方へと向ける。

「それに礼状は出てねぇんだろ?」

「まぁ、そうですけどね」

 阿弥陀は男の脇から、事務所を覗きこむような仕草をする。

「なにしやがるっ?」

 当然の反応で、男が中を見せない。

「いや、ちょっと気になることがあったんでね」

「あんたら志水に用があったんだろ?」

「ええ、そうですけど……」

 阿弥陀はそう言うと、

「実は凶器が見つかってですね、指紋が付着していたんですよ」

 と、男を睨んだ。

「で、調べたところ、その指紋が志水さんのものだったんですよ」

 阿弥陀の言葉に、男はあからさまに視線を逸らした。


「それで、志水さんはどこに行ったか知りませんかね?」

「あぁ、多分……小料理屋だろうぜ」

 観念した男がそう伝える。

 ――それって、たしか角川が借金の取り立てをしていた。

 大宮がそう阿弥陀に耳打ちをする。

「貴重な情報ありがとうございます」

 阿弥陀は笑みを浮かべると、一礼し、その場から去っていく。

 大宮も、それを追いかけるように去った。


「迷企羅」

 事務所のあるビルを出てすぐに、阿弥陀は迷企羅を呼び出した。

「志水が事務所に戻ってくるかもしれませんから、見張りおねがいしますよ」

「――御意」

 迷企羅は頭を下げると、姿を消した。

「さてと、わたしたちは店の方に行きますか」

 阿弥陀が大宮の車に乗ろうとした時、

「大宮くん、どうかしましたか?」

 視線を感じ、大宮を一瞥した。

「凶器に志水の指紋があったという報告はまだでしたよね? そもそも志水が犯人だという決定的な証拠がまだ」

「まぁ、そこは伝家の宝刀ってことで」

 阿弥陀が含み笑いを浮かべる。

 それを見て、大宮はためいきを吐いた。

「そんな顔しないでくださいよ。むこうもグレーなことをやってるわけですし、それ以上調べられると困るでしょ?」

「だから、志水の居場所を教えたと?」

「まぁ、それが本当かどうかはわかりませんけどね」

 車に乗り込んだ阿弥陀たちは、福嗣町北部にある小料理屋へと向かった。


「草屋さん」

 店内の掃除を終えた草屋に、砂川が声をかける。

「砂川さん、どうかしたんですか?」

「いや、今日はこのまま帰るんかなと思ってな」

 そう聞かれ、草屋はすこし考えて、

「いえ……、ちょっと買い物してから帰ろうかと」

 と答えるや、砂川は封筒を渡した。

「これは?」

「今月の給料じゃよ」

 砂川の言葉に、草屋は驚いた表情で、

「でも、この前もらったばかり」

「あれは個人的な金銭じゃよ。それから……、そろそろ別れたほうがいいんじゃないか?」

 砂川が真剣な表情で言う。

「ですけど、やっぱり大切な人ですからね。それにちゃんとした給料で返したいですから」

 草屋は頭を下げると、封筒を砂川に返した。

「そうか。まったくあんたは男運がないな」

 砂川は封筒を受け取る。


「正直、あんただったら返すと思っておったがな」

「そうですか」

 草屋は満更でもない表情を浮かべる。

「まぁ、中身はなにもないんじゃがな」

 そう言うと、封筒の中身を見せる。

 三〇万円ほどの厚みがある札束だが、上の一枚だけが本物の一万円札で、あとは新聞紙を同じ大きさに切っただけのものだった。

「わたしが受け取っていたらどうしていたんですか? もしかしたら欲深い女だったかもしれませんよ」

「欲深かったら、こんな客も期待できない小料理屋なんぞにこんよ」

 砂川はそう言うと、

「わしはな、一日に来る客が少なくても別にいいんじゃよ。来てくれる客がわしや生野が作った料理を食べて、美味しいと満足して帰ってくれればそれでいいし、元気になればいい。利益なんぞ二の次じゃからな」

 その言葉に、草屋は目を細めるや、

「砂川さんみたいな人が夫だったらよかったんですけどね」

 と、呟いた。

「なにか言ったか?」

 砂川は首をかしげる。

「いえ、なにも……。ほうきとちりとり直してきますね」

 そう言うと、草屋は店の奥へと入っていった。


 砂川は、足元に置いていたアタッシュケースを台の上に上げた。

 そして中を開けるや、そこには、赤黒い染みの付いた新聞紙が巻かれた刺身包丁が入れられている。

 それを砂川は手に取り、思いつめた表情を浮かべた。

 ――商売道具であんな使い方をしてしまうとはな……。

 包丁をケースの中にしまい、それを手に店を後にする。


「砂川さん?」

 戻ってきた草屋は店内とカウンター、厨房と見て回ったが、砂川の姿はどこにもない。

「草屋さんお先に失礼します」

 生野が店内に入るや、

「生野くん、砂川さんを見なかった?」

「い、いや見てないっすよ?」

 切羽詰まった表情の草屋に、生野はあたふたとする。

「連絡入れたんですか?」

 そう聞かれ、草屋は慌てて、砂川の携帯に連絡を入れるや、店の中で音が鳴った。

「店の奥からだ」

 生野は、奥に入った。

 一、二分ほどして戻ってくる。

 彼の手には、携帯が持たれていた。

「草屋さん、携帯を止めてください」

 そう言われ、草屋は携帯を切った。

 それと同時に、生野の持っている携帯の呼び出しも止まる。

「それって、砂川さんの?」

「そうだと思いますよ」

 それを聞くと、草屋は顔を俯かせた。


「砂川さん、いったいどこに行ったのかしら?」

 草屋は思い当たる場所を考える。

 しかし、まったくと云っていいほどに思い浮かばない。

 早朝に行われる卸売場に行くとは考えられないし、他に用事があるとも云っていない。

 だが、早く見つけないと――。

 草屋はそう感じていた。

 取り返しの付かないことになるかもしれない……と。


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