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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第六話・封(ほう)
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 福嗣町の北部にある住宅地に、ひっそりと営業している小料理屋がある。

 敷地面積は十坪ほどで、二十人くらいでギュウギュウになるほどに小さい。

 その近くで、新しくマンションが建築されており、昼時ともなれば、そこで働いている大工たちが(こぞ)っと集まるので、決まって忙しくなっていた。


「女将さん、焼肉定食」

「餃子まだぁ?」

「豚の生姜焼きお願いね」

 と、土埃だらけのラフな格好をした、ガタイのいい男衆が、忙しく動きまわっている着物姿の、三〇代ほどの綺麗な女性に声をかけていく。

「あ、ちょっと待ってください。砂川さん、追加だよ」

 女将は厨房に声をかける。

「ほら、餃子焼けたぞ」

 砂川という、少し白髪の目立つ料理長が、出来上がった餃子の皿をカウンターに乗せる。

 女将がそれを注文した客のテーブルへと持っていった。


「お待たせしました」

「やっとだ。女将さん店員増やしたほうがいいんじゃないか?」

 客は割り箸を割りながら、女将にたずねる。

「あんたたちが早く仕事を終えれば、店は落ち着くんだけどねぇ。お前さんたち、嫁さんはいないのかい? いたら弁当くらい作ってくれるだろ?」

「あははは、痛いところをつかれたな。まぁこういう仕事をしてると、あんまりそういう出会いがないんですわ。でも女将さんみたいな美人がいるから、こういうところも繁栄するんでしょうね」

 大工たちは特に気にすることなく会話を交わしていた。

「女将さん、焼肉定食できあがりました」

 厨房から若い男の声が聞こえ、草屋がカウンターに戻ろうとした時、

「すみません八宝菜ください」

「はーい。生野くん。八宝菜お願いね」

 草屋は厨房に顔を覗かせた。


「おい生野、手際が遅いぞ。豚のしょうが焼き定食できたぞ」

 料理を終え、炒飯を作りはじめた砂川が、生野に怒鳴りつける

「すみません」

 生野は謝りながら、中華鍋に油をひき、急いで、それでもきちんと料理を作っていく。

「八宝菜できました」

「炒飯できたぞ。豚汁まだか?」

「あとは味噌入れるだけです」

「味噌は最後に入れろ。沸騰させたら味噌の美味しさがなくなるからな」

 砂川は怒鳴りながらも、しっかりと指示を出していく。

 調理師が二人しかいないせいか、注文が多いと、それだけで料理をつくる時間も遅くなっていく。

 店が落ち着いたのは午後二時を少し回ってのことだった。


「ありがとうございました」

 最後の一人がいなくなると、草屋はホッと息を吐いて、近くの椅子に座った。

「女将さんお疲れ様です」

 生野がコック帽を外し、水の入ったコップを渡す。

「ありがとう。生野くんもお疲れ様。休憩していいわよ」

「いえ、これから食器洗いとかありますし、夜の下拵えもありますから」

 生野は小さく頭を下げると、厨房へと戻っていった。


 入り口の戸がガラガラと音を立てる。

「すみません。いま休憩中でして」

 草屋が応対に出ようとした時、客の顔を見るや、足取りを重たくした。

「まだやってたんですかい?」

 スーツ姿の、背の高いサングラスの男と、その脇に小太りの男が店に顔を出す。

「まだ支払いまで日にちはありますが?」

「いやいや、今日は客としてきたんですよ」

 サングラスの男は、草屋の顎に人差し指を持っていく。

「角川さん、そういう冗談はやめていただきますか?」

 草屋は角川の手を払いのける。

「おやおや、釣れないお人だ。こんなちいさな店を切り盛りするのは大変でしょう? それに、旦那さんが残していった借金を返すために、タダ同然の働きだ」

「あんたたちが非合法的なことをしてるからでしょう」

 草屋が食って掛かる。角川は両手をあげ、

「あんたの旦那は、ギャンブルで負けてオレたちに借金をした。その借金でまたギャンブルをしている」

 角川は口角を小さく上にあげる。

「ギャンブルで負けて作った金を、またギャンブルで返そうっていうんだ。こんなに馬鹿げた返済方法があるかい?」

 角川は草屋に顔を近づける。

 草屋は顔を背けた。

「いいかい草屋さん。死んだ旦那が作った借金は、妻である奥さんが返さなきゃいけねぇんだよ」

 角川は懐から紙切れを取り出し、草屋に渡す。


 紙切れには草屋の夫が作った借金の返済リストが書かれている。

 利子は二五%。借りた金は十万となっており、それこそ、最初の借金分は返済できていた。

 ただし、それは最初のことで、そのあと草屋の夫は、十万ずつ借りており、総額は五百万となっている。

「こんなところで金を作ったって、ほとんど雀の涙だろ? オレたちが紹介した店で働けば、あんたはすぐに返せるんだ」

 角川は草屋に視線を向けた。

 草屋は青褪めた表情で、返済金リストを見ていた。


「どうした?」

「角川さん、この前来た時は月々の返済は五万といいましたよね?」

「ああ、そうだが」

 草屋はわけが分からなかった。

 普通、借金の返済は、借金の残りの内、利子分の金が返済の計算になる。

 たとえば、十万借りたとして、利子が十八%とする。

 それを十ヶ月計算ですると、月々の返済は一万と利子分の一五〇円である。

 それがどういうわけか、返済金リストは、合計分の利子となっている。

 つまり、総額の五百万の利子がそのまま返済となっていた。

「こんなのが許されるんですか?」

「客は積み重ねて借金してるんだ。いやだったらオレが紹介した店で働くんだな。まぁ、あんただったら年をごまかしても大丈夫だろう」

 角川は含み笑いを浮かべる。そして、厨房の方に視線を向けた。

「今日はちょいと顔を見に来ただけさ。だから――そんな怖い顔をしないでくれ」

 そう言うと、角川と志水は店を後にした。

 草屋はうしろを見遣った。

 砂川が包丁を持って、それこそ仁王のような憤怒の表情を浮かべている。

 角川はそれで帰ったのだと、草屋は思った。


「あいつら、また来たのかい?」

「――はい」

「まったく、あいつが借金なんて作るからだ」

 砂川は包丁をカウンターに置く。

「草屋さん。休憩が終わったら手伝ってくれ」

 そう言われ、草屋は、

「はい」

 と答えた。



「――うるさいです」

 と、一人の少年が愚痴をこぼした。

 近くでマンションの建築がされており、その騒音で耳をふさぎ、身体を動かせないでいた。

 少年は、見知らぬ道に入ってしまったため、一般的に道に迷ったのだと、一言で済むのだが、当の本人はそうとは思っていない。

「しっかし、あの女も頑固ですね」

「どうせ時間の問題だ。あんな小料理屋に働いて、借金が返せるわけがない」

「だいたい、ギャンブルで返そうというのがおかしい話だ。いや借金を借金で返そうと考えてる時点で可笑しいか」

 角川は高笑いする。

「それにな、本当は五百万じゃないんだ」

「へぇ、嘘を云ったんで?」

「いや、嘘は言ってない。うちで借りたのが総額五百万なのは本当だが、あの男、他のところにも借金をしていてな」

「雪だるま式というわけですか?」

「あの女は気付いてないだろうぜ? その借金をオレが払って、その分の借金をオレが懐に納めてるんだからよ」

「ってことは、実際は返済されてないんで?」

「そういうことになるな」

 角川は小さく笑みを浮かべる。

「しっかし、鬼のようなことをしますね」

「鬼なのは、その借金を作ったあの男だろ?」

 志水は大笑いした。

 ちょうど二人が先のマンション建築現場に差し掛かろうとした時、目の前に一人の少年が座り込んでいるのが目に入った。

「おい坊主。こんなところで座り込んでると邪魔だぞ」

 角川が、少年の肩に触れた時だった。

「――えっ?」

 角川の身体が、それこそ綺麗に宙に舞い、背中から地面に落ちた。

 道は整備されたコンクリートであるため、痛みは半端ではない。

「うぅくう」

 突然のことで、角川は受け身が取れず、呻き声をあげた。

「角川さん大丈夫で? こいつっ!」

 志水は少年に殴りかかろうとした時だった。


「――響」

 と、遠くから女性の声が聞こえ、角川と志水は声がした方に目をやった。

 そして途端に「ほう」と、関心というよりも、見惚れたといってもいいほどに、気の抜けた声をあげた。

 目の前の女性の、それはそれはしっとりと濡れた長髪と、少し乱れた和装に目がいっていたのだ。


「すみません。怪我はありませんでしたか?」

 女性が慌てた表情で、角川に謝る。

「いえいえ、大した怪我ではありませんよ」

 角川は(あばら)何本か折れたなと思いながらも、それを顔に出さず、冷や汗を垂らしながら言った。

「ほら、響も謝りなさい」

 女性にそう言われ、少年――響は立ち上がり、

「ごめんなさい」

 と、相手の目を見ずに言った。

 角川は人の目を見て謝れと口にしようとしたが、綺麗な女性の手前、それが言えなかった。

「おいあんた、こっちは怪我をしてるんだ」

 志水が女性に食ってかかったが、それを角川が制止する。

「いやいや、ちょっと注意が行き届いてませんで、ほら、さっさといくぞ」

 角川は志水の耳を引っ張りながら、その場を去っていった。


 女性は角川たちが姿を消すのを見届けてから、響に視線を向ける。

「古武術を教えたのは拙かったかしら。まぁ、響は首元触られるの嫌うしね」

濡女子(ぬれおなご)夜行(やぎょう)さん、いません」

 響は、不思議そうに首をかしげた。

「そりゃぁ、いないでしょうね。響がさっさか先を歩いて、ただでさえ入り組んでる路地に入ったんですもの」

 濡女子は響の肩に乗った、紙でできた人型に目をやる。

「ありがとう。こういう時に式神は役に立つわね」

 濡女子は携帯を取り出し、夜行に連絡を入れた。

 数分して、虚無僧の姿をした男が現れ、響に近付いた。

 そして笠を脱ぎ、素顔を見せてから、

「勝手に先に行ってはいけません」

 と、響と同じ視線の高さにして、小さく叱った。

 響は怒られたと理解したのか、小さく震え、

「はい。ごめんなさい」

 と、ちいさく謝った。



 その日の晩、角川は波止場に来ていた。

 理由は事務所に戻った後、ある人物から連絡を受けてのことだ。

「ったく、こんなところに呼び出すんじゃねぇよ」

 そう言いながら、角川は待ち合わせ場所へと向かう。

 雨が轟々と音を立てている。

 音はかき消され、自分の足音さえわからない。

 周りは薄暗く、灯台の灯りすら頼りにならなかった。

 ――こんな時に呼び出さなくてもいいだろう

 と思いながら歩いていると、小さくシャッターが開いた倉庫が見え、角川はそこだろうと考える。

「おい来たぞ」

 中を覗いだが、真っ暗でなにも視えない。

「誰もいないのか」

 そう思いながら、角川が中に入ろうとした時だった。

 うしろに誰かいる気配がし、角川はそちらに振り向いたが、鈍い音が、角川の頭全体に響いた。


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