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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第四話:蛇帯
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陸・劈


 翌朝、大宮と阿弥陀は朝一番の便で、羽田から札幌空港までやってきた。

「むこうと違って、こっちは涼しいですな」

 片道約一時間半のフライトは退屈だったのか、阿弥陀は首を鳴らすように動かす。

「北海道警察から迎えが来るらしいですが」

「あれがそうじゃないですかね?」

 そう言いながら、阿弥陀はロビーを見渡した。

 すると、奥の方で自分たちに気付いたのか、ちいさな、一六〇センチあるかどうかも微妙な子どもが大宮たちに近づいてきた。

「子ども……ですよね? もしかして、あれが迎えの警官ですか?」

 阿弥陀は首を傾げるように、大宮にたずねる。

「お待ちしておりました。警視庁の大宮巡査長。並びに阿弥陀警部とお見受けいたしますが」

 子どもはちいさく頭を下げる。それに習って(というより勢いで)大宮と阿弥陀も頭を下げる。

「えっと、君は?」

「わたくし、北海道警察刑事捜査一課の海阿(かいくま)ともうします」

 そう言うや、子ども……いや、海阿警官は二人に対して敬礼する。

「滝沢一成の一件について調べたいことがあるとか」

「ええ。実は私たちのところの警官が先日殺されましてね。一連の事件となにかしら関係がありますし、ちょっと滝沢に聞きたいことがあるんですよ」

「わかりました。こちらに車を用意していますので」

 海阿に案内されながら、大宮と阿弥陀はロビーを後にした。

 ふと、「そういえば、大宮くん」

 と、阿弥陀が問いかける。

「なんでしょうか?」

「君、いつの間に巡査長になったんですか?」

 基本的に巡査長という階級はない。勤務成績が優秀で、実務経験が豊富。勤務年数が六年に達し、なおかつ指導力のある巡査が昇級出来る。

「てか、部下の階級くらい記憶していてくださいよ」

「いやぁ、私からしたら、六年なんて分単位にもなりませんからね」

 阿弥陀――もとい阿弥陀如来からしてみれば、人間の一生など、刹那でしかない。

 八大地獄の最上階に位置する等活地獄でさえ、一日が人間世界で云う五〇〇年とされており、六年だと、約三六秒という時間となる。

 とてもじゃないが、時間の感覚が可笑しくなるのは言うまでもなかった。

 そんな二人の会話を、海阿は横目で一瞥するように耳を傾けていた。


「滝沢のアリバイですが、最初に殺された栗山警官はどこで殺されたかですね。そちらはまだわかっていないのでしょう?」

「ええ。発見されたのはつい昨晩ですからね、ただ死後一週間とこちらは考えているので、その時のアリバイがわかれば」

「元妻である青松に関しては?」

「そちらもいつ傷を負わされたのがわかればいいんですが、なにせそれがわかったのも彼女の遺体を検死してからですからね」

「それまで誰も気づかなかったと?」

 そう言われ、大宮と阿弥陀はうなずいた。

「しかし、発見されてから半日で死後一週間がわかるとは、いやはや警視庁は最新医療でも取り入れてるんですかね?」

「いえいえ、こちらには薬師……んぐぅっ?」

 阿弥陀がその先を言おうとした時、大宮が彼の口を塞いだ。

「ふぁ、ふぁにふぉふるぅんふぇふふぁ? ふぉふぉふぃふぁふん?」

「阿弥陀警部や湖西主任たちが神仏だというのは、秘密裏なんですよね? そんな簡単に口走って大丈夫なんですか?」

 大宮に耳打ちされ、阿弥陀は冷や汗をかく。

「どうかしたんですか?」

「えっ? あ、いやいや。それで、滝沢は一週間前前後のアリバイは?」

「すべて勤務ですね。ただ足の骨折もありまして、指示みたいですが」

「骨折? でもDVによるものだとしても、未だに完治していないというのは不自然では?」

「ええ。わたくしどももそう思いまして、彼の通院記録を調べたんですよ。骨折があったのは右足のようですね。あ、それから……」

 海阿はダッシュボードから一枚の写真を取り出し、それを大宮に渡した。

「これって、」

 そこに写っていたのは滝沢が再婚のさいに行った結婚式での一枚である。

 それを、大宮は凝視するように見た。

「――あれ?」

 ふと大宮は違和感を覚える。写真に写っている滝沢は右腕側に松葉杖を突いている。

「えっと、たしか現在は右足を骨折しているんですよね?」

「いいえ、以前も右足でした。こちらは病院のカルテコピーですね」

「たしかに右足骨折になっていますね。左足には異常はなしと」

「写真はこれだけでしょうか?」

 海阿はダッシュボードから写真をもう一枚取り出す。

「これも右腕側に松葉杖がありますね」

「そもそも骨折をしているのに、自由に動けるとは限らないでしょ?」

「こちらに来る前に調べたことですが、札幌空港で滝沢を見たという乗務員はいませんでしたよ」

 海阿が話をしている中、大宮はジッと写真を見ていた。

「なにかわかったんですか?」

「いや……。妙だと思うんですよね。この写真」

 大宮は、写真に写った滝沢の足を見ていた。

「なんで、足元が写っていないんだ?」

 二枚の写真を見比べてみたが、そのどちらにも足元が写っていなかった。


「滝沢が東京にいた時に通院していた病院でのデータを送ってもらった。たしかに滝沢は右足を骨折していたようだな」

 北海道警察庁に訪れた大宮と阿弥陀は、まず最初に湖西に連絡を入れていた。

「つまり、同じ場所を二度骨折しているということですか? でも、それなら先ほど送った写真には違和感がありますね」

 大宮は電話をする前、携帯のカメラで先の二枚の写真を取り、メールしていた。

「うむ。松葉杖が逆の方にある。大宮、普通松葉杖はどっちに使う?」

「えっと、骨折した方ですかね? 逆だと軸足が骨折した足になってしまいますから」

「それじゃないか?」

「――えっ?」

 大宮は一瞬、湖西が何をいっているのかが分からなかった。

「軸足がなかったんじゃないかと言っとるんじゃよ」

「ちょ、ちょっと待ってください? 軸足がないってどういう意味ですか?」

「少し落ち着け。えっとな、噛み砕いて言うと、滝沢は子供の頃、父親が経営していた土木関係の現場で事故に遭っておるんじゃよ。その時に左足を潰してしまってな」

「左足を――」

「治療の甲斐なく左太ももより下は壊死してしまってな。たしか今現在は義足をしているみたいじゃな」

「でも、軸足はあるじゃないですか?」

 大宮は、ふと違和感を覚える。

「大宮、お前さん気持ちを落ち着かせて、真っすぐ足元を揃えて立ってみろ」

 大宮は何をさせたいんだと思いながら、云われた通り気持ちを落ち着かせながら、真っすぐ足元を揃えて立ってみた。

「立ちましたけど」

「うむ。その時足元に違和感を持たんか? なんか微妙にズレているとか」

「そうですね……」

 云われてみて、ハッと気づく。体の傾きが微妙に左側に寄っているのだ。

 それを湖西に報告する。

「足の長さが微妙に違っていたり、骨盤が歪んでいるとそうなる。まぁほとんどの人間が微妙に関節がズレていたりするんじゃがな。つまり、義足が本来の足と長さがズレているんじゃよ」

「たしかにそうなると右腕側に松葉杖を持っているのはその軸足がズレているということでしょうね。でもそれだったら二本使えばいいんじゃ?」

「大宮くん、滝沢が住んでいるアパートに行ってみますよ」

 警察庁から出てきた阿弥陀が大宮に声をかける。

「あ、はいわかりました。湖西主任、また連絡を入れます」

「ああそうじゃ。毘羯羅から聞いたんじゃがな、皐月ちゃん今日はケーキバイキング行っとるみたいじゃぞ」

「――独りでですか?」

 大宮は心当たりがあったため、そう尋ねた。

「じゃろうな。最近はお前さんとのデートに着ていく服とかに小遣いを使うみたいじゃから、ほとんど手作りお菓子くらいしか食わんらしいぞ。まぁ帰ってからの埋め合わせは相当大変じゃろうな」

 湖西はそう言うや携帯を切った。大宮は少しばかりため息を吐いてから、「すみません海阿さん。この近くで北海道名物のスイーツってあります?」

 と、尋ねた。

「そうですね。それだったら――」

 海阿はスイーツの説明をしながら、車のエンジンをかけた。


 一方その頃。

「そりゃぁ、仕事だから仕方ないのはわかってるよ。でもさぁ、佐々木のおじいちゃんもおじいちゃんだよ。別に忠治さんを北海道に向かわせなくてもいいでしょ?」

 都内の某ケーキバイキングにて、皐月は一人、店に出されているケーキをひとつずつ。それこそ全種類のケーキを皿に乗せて、口に運んでいた。

「さ、皐月さま。あまり一気に頬張って食べるのは体に悪いですし、そもそも太るんじゃ?」

 遊火が、心配しながらも、若干あきれた表情で言った。

「大丈夫。霊力使うと普通に運動するよりもカロリー消費するから。だから私太ったことがないんだよ」

 そう言いながら、皐月はものの十分もかからず、皿の上のケーキを食い尽くした。

「忠治さんが戻ってきたら、この倍は奉仕してもらおう」

「なんか皐月さまって変わりましたよね?」

「そう? 変わっていないと思うけど」

「変わりましたよ。だって大宮巡査と付き合いだしてから、本当になにかご褒美的なこと以外に、ストレス発散のバイキングとかなかったじゃないですか」

 云われてみればそうなのかもしれないと、皐月はふと思った。

 お小遣いも、大宮に出会う前までは、こうしてお菓子に費やしていることが多かったが、今ではお菓子作りを趣味にしているほど、お金の使い道が逆転しているのだ。

 昔だったら、オシャレよりも新作お菓子を先に食べる方を優先しているほうだった。

「女の子は恋すると変わるとイイますからね」

「まぁ、今回は仕事だから仕方ないけどね。お母さんが私と同じころもこんな気持だったのかな?」

 皐月の祖父である拓蔵も警官である。現役の頃はほとんど仕事詰めの毎日であったため、たまの休みがあったとしても、家では寝ているだけで、遼子はほとんど遊んでもらえなかったと云う。

 そんな経験をしている母親からしてみれば、自分なんて恵まれているのだと、皐月は反省した。

「もし結婚とかしたら、子どもにはそういう寂しい思いとかさせたくないな」

 皐月がふとぼんやりとつぶやいた。本人が無意識に発する言葉というのは、大概が本心である。

 ふと、皐月は妙な視線を感じ、遊火を見やった。

「な、なんで笑ってるの?」

「いえいえ」

 遊火はそれ以上何も言わず、ただただ未来予想図を描いている皐月を、静かに見つめるだけだった。


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