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3/3

異世界で、初めて「信じてもらえた」

森を抜けると――


目の前に、大きな街が見えた。


石造りの城壁。


その向こうには、たくさんの建物が並んでいる。


人の声。


荷馬車の音。


遠くから聞こえる、何かの鐘の音。


「……街や」


恭平は、しばらくその景色を眺めていた。


「……ほんまに、異世界なんやな」


隣では、アキも街を見つめている。


「……人、たくさんいる」


「ああ」


「……ちょっと怖い」


アキが恭平の服を掴む。


「大丈夫や」


恭平は、その手を握った。


「俺がおるから」


「……うん」


アキは少しだけ笑った。


⸻


街の入口には、大きな門があり、二人の門番が立っていた。


「止まれ」


「……はい」


恭平が立ち止まる。


「旅の者か?」


「えっと……まあ、そんな感じです」


「身分証は?」


「……ないです」


門番が眉をひそめる。


「ない?」


「はい」


「どこから来た?」


「……」


恭平は言葉に詰まった。


異世界から来ました。


そんなことを言えるわけがない。


「……遠くからです」


「どこの街だ?」


「……」


完全に詰んだ。


門番がため息をつく。


「身分証がないなら、仮市民証を発行する必要がある。銀貨一枚だ」


「銀貨……」


恭平はポケットを探った。


何もない。


当然だ。


この世界に来たばかりなのだから。


「……どうしよう」


そのときだった。


「あ」


足元に、小さな黒い石が落ちている。


恭平は拾い上げた。


「……なんや、これ」


なんとなく《価値視認》を使う。


【対象:???】


【価値:★★★★☆】


【重要度:???】


【魔力含有量:高】


「……また、これか」


「どうした?」


門番が声をかける。


「いや……」


そのとき。


「おい、それ」


後ろから声がした。


振り返る。


荷物を積んだ馬車の横に、商人らしき男が立っていた。


男は恭平の手元を見ている。


「どこで拾った?」


「森ですけど……」


男は石をじっと見る。


「……それ、魔力石だぞ」


「魔力石?」


「しかも、かなり純度が高い」


「……これが?」


恭平は石を見る。


【価値:★★★★☆】


「買い取ろう。銀貨十枚でどうだ?」


「……十枚?」


思わず聞き返す。


男は頷いた。


「嫌なら他を当たってもいいが、俺ならその値段を出す」


恭平は少し迷った。


そして――


「お願いします」


銀貨を受け取る。


ずしりと重い。


初めて、この世界で自分の手に入れた金だった。


「……これで」


恭平は門番に銀貨を一枚渡した。


「仮市民証、お願いします」


門番は銀貨を受け取り、小さな木札を恭平に渡した。


「これでセレナには入れる。ただし、正式な身分証が必要なら冒険者ギルドや役所で登録しろ」


「分かりました」


恭平は木札を握った。


――とりあえず。


これで今日を生きられる。


そのことに、少しだけ安心した。


⸻


街の中へ入る。


人が多い。


服装も様々だ。


耳の長い人。


獣の耳を持つ人。


見たことのない種族。


「……ほんまに何でもありやな」


恭平が呟く。


アキは少し不安そうに周囲を見ている。


「大丈夫やって」


「……うん」


二人で歩いていると、アキのお腹が小さく鳴った。


ぐぅ……。


「……」


アキが恥ずかしそうに俯く。


恭平は思わず笑った。


「腹減ったんか?」


「……うん」


アキは少し恥ずかしそうに答えた。


そして、恭平の顔を見る。


「……恭平と一緒だから、大丈夫」


「……」


恭平は、一瞬言葉を失った。


「……そっか」


それだけ言って、アキの頭を軽く撫でる。


「ほんなら、まず飯やな」


「うん」


アキは恭平の手を握った。


その手は、さっきまでより少しだけ強くなっていた。


⸻


しばらく歩いていると、一軒の宿が目に入った。


木製の看板。


そこには、月と猫の絵が描かれている。


【月と猫亭】


「……ここでええか」


恭平は扉を開けた。


カラン、と小さな鐘が鳴る。


「いらっしゃい」


カウンターの向こうから、女性の声がした。


四十代くらいだろうか。


赤茶色の髪を後ろでまとめている。


恭平とアキを見ると、女性は少し目を細めた。


「二人かい?」


「はい」


「泊まり?」


「そうです」


「一泊なら銅貨八枚だよ」


恭平は銀貨を取り出す。


「これで」


「お釣りは――」


女性が言いかけて、アキを見る。


そして、少しだけ表情を変えた。


「……ちょっと待ちな」


「はい?」


女性がカウンターから出てくる。


アキの前にしゃがみ込んだ。


「お嬢ちゃん」


「……?」


「お腹、空いてるんじゃないかい?」


アキは少し迷ってから、頷いた。


「……うん」


女性は笑った。


「そうかい」


そして恭平を見る。


「先に飯にしよう」


「いや、でも……」


「宿代の心配かい?」


「……まあ」


「大丈夫だよ」


女性は厨房を指差した。


「飯くらい、食べさせてやるよ」


「でも――」


「子どもが腹を空かせてるのに、金の話ばっかりするほど私は冷たくないよ」


恭平は黙った。


「……ありがとうございます」


「礼は食べてからでいいよ」


女性は笑った。


「私はマリア。この宿をやってる」


「神谷恭平です」


「恭平ね」


マリアはアキを見る。


「お嬢ちゃんは?」


「……アキ」


「アキかい」


マリアは優しく笑った。


「いい名前だね」


「……ありがとう」


⸻


しばらくして。


テーブルに料理が並んだ。


パン。


温かいスープ。


肉と野菜。


アキは目を輝かせた。


「食べていい?」


「もちろん」


「いただきます」


アキがパンを一口食べる。


「……おいしい」


「そうかい」


マリアが嬉しそうに笑う。


恭平もスープを口に入れた。


「……うま」


温かい。


それだけなのに、不思議と胸に染みた。


ふと――


昔、京子と茜と三人で飯を食べていたときのことを思い出した。


「パパ、これ食べていい?」


「おう。好きに食べ」


そんな、何気ない会話。


ほんの一瞬だった。


恭平は、目の前のアキを見る。


「……」


また誰かと飯を食ってる。


それだけのことなのに。


少しだけ、嬉しかった。


⸻


食事を終えた頃。


マリアが恭平の向かいに座った。


「それで――」


「はい?」


「その子のお父さんなのかい?」


「……違います」


恭平は正直に答えた。


「今日、森で初めて会いました」


「今日?」


「はい」


「じゃあ、なんで連れてきたんだい?」


「……」


恭平はアキを見る。


「一人にできなかったんです」


マリアは黙っている。


「この子、何も覚えてなくて」


「……そうかい」


「名前も、家族も、自分がどこから来たのかも」


恭平は少し笑った。


「俺も似たようなもんなんですけどね」


「……?」


「俺も、この街のこと何も知らないんで」


マリアが笑った。


「じゃあ、あんたたちは二人とも迷子ってことかい」


「……まあ、そうなりますね」


「変な二人だねぇ」


「よく言われます」


マリアは少し考えるように黙った。


そして――


「まあ、いいさ」


立ち上がる。


「部屋は二階。好きなだけ休みな」


「ありがとうございます」


「それと」


マリアが振り返る。


「この街で困ったことがあったら、私に聞きな」


「……いいんですか?」


「うちは宿屋だからね」


マリアは笑った。


「泊まる客が困ってたら、助けるのも仕事さ」


⸻


二人が階段を上がっていく。


その背中を、マリアは静かに見送った。


そして――


小さく呟く。


「……あの子、本当に何も覚えてないのかね」


マリアは、アキが座っていた椅子を見る。


「それに、あの男……」


恭平。


身なりは普通。


言動も普通。


だけど――


どこか違う。


マリアは目を閉じた。


淡い光が瞳に宿る。


【固有スキル:《真偽眼》】


【対象:神谷恭平】


【敵意:なし】


【虚偽:なし】


【他者への悪意:極めて低い】


【善性:高】


【判定――】


マリアは目を開いた。


「……悪い人じゃない」


二階を見る。


「むしろ……」


少しだけ笑う。


「この子を守ろうとしてる」


マリアは、それ以上何も言わなかった。


ただ――


「……変な男だねぇ」


そう呟いて、厨房へ戻っていった。


⸻


二階の部屋。


小さなベッドが二つ。


アキはすぐに眠ってしまった。


恭平は窓の外を眺めていた。


知らない街。


知らない世界。


知らない人たち。


そして――


自分の隣で眠る、謎の少女。


「……ほんま、どうなってんねやろな」


そう呟く。


アキが寝返りを打った。


「……お父さん……」


寝言だった。


恭平は苦笑する。


「……俺は、お父さんちゃうって」


そう言いながら。


その声は、どこか優しかった。


恭平はベッドに横になる。


そして目を閉じた。


異世界に来てから初めて――


明日のことを考えながら眠ることができた。


その夜。


恭平にはまだ分からなかった。


自分が手に入れたのは、ただの宿ではない。


この「月と猫亭」が――


これから始まる長い旅の中で、


何度も自分たちを迎えてくれる場所になることを。


そして


ここで出会ったマリアという女性が、


いつか自分にとって大切な存在になることを。

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