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1/3

人生、詰んだと思った

初めまして。

「もし、もう一度人生をやり直せたら」

そんなことを考えたことがある人に、少しでも届けばと思って書き始めました。

35歳、バツイチ。

正直、自分に照らし合わせてます。笑

人生に一度つまずいた男が、異世界でもう一度「家族」を作っていく物語です。


それでは、第一話をどうぞ。

「……今月、どうすっかな」


神谷恭平は、スマートフォンに表示された銀行口座の残高を見つめながら、小さく呟いた。


三十五歳。


会社員。


そして――バツイチ。


仕事はしている。


毎朝起きて、満員電車に乗り、会社へ行く。


上司に頭を下げ、客に頭を下げ、数字に追われる。


決して楽ではない。


それでも、仕事があるだけマシだと思っていた。


問題は、給料が入っても金が残らないことだった。


借金。


養育費。


生活費。


そして、離婚してから増えた出費。


通帳の数字は、毎月のように綺麗になくなっていく。


「……まあ、なんとかなるか」


そう言ってスマートフォンをポケットにしまう。


昔なら、もっと焦っていたかもしれない。


でも最近は、もう慣れてしまった。


金がないことにも。


一人で飯を食うことにも。


家に帰っても「おかえり」と言ってくれる人がいないことにも。


そして――


子どもたちと暮らせないことにも。


恭平は、もう一度スマートフォンを取り出した。


写真フォルダを開く。


そこには、二人の娘が写っていた。


姉の京子。


妹の茜。


二人とも、笑っている。


何気ない休日に撮った写真だった。


「……元気にしてるかな」


最後に会ったのは、一ヶ月前。


一緒に飯を食って、公園へ行った。


茜が転んで泣いて、京子が笑って。


「パパ、また来てね」


そう言われた。


「もちろん。また来るよ」


笑って答えた。


――本当は、その言葉を言うたびに胸が痛かった。


会えるのは月に一度。


それが今の自分にできる、精一杯だった。


恭平は写真を閉じる。


「……俺、何やってんだろ」


結婚した。


子どもが生まれた。


家族ができた。


あの頃は、それがずっと続くと思っていた。


けれど、現実は違った。


妻の不倫。


終わらない言い争い。


何をしても否定される毎日。


自分にも悪いところはあった。


それは分かっている。


だから、誰か一人を悪者にすることもできなかった。


ただ――


気づけば、家族はなくなっていた。


離婚した。


親権は元妻に渡った。


残ったのは借金と、月に一度だけ会える二人の娘。


「……人生って、難しいな」


苦笑する。


時計を見る。


もう夜の十一時を過ぎていた。


明日も仕事だ。


帰ろう。


恭平は歩き出した。


外は雨だった。


傘を開く。


街灯に照らされた雨粒が、まっすぐ地面へ落ちていく。


交差点に差しかかる。


信号は赤。


恭平は立ち止まった。


ふと、スマートフォンを見る。


待ち受け画面には、京子と茜の写真。


「……また来月な」


誰に言うでもなく、呟いた。


信号が青になる。


恭平は歩き出した。


その瞬間――


「――ッ!」


けたたましいクラクション。


顔を上げる。


視界いっぱいに、白いヘッドライトが広がった。


車が迫ってくる。


身体が動かない。


いや――


動かす暇がない。


時間だけが、異様なほどゆっくりになる。


雨の音。


クラクション。


光。


そして――


娘たちの顔。


「……まだ、死ねない」


足が動かない。


「まだ……」


京子。


茜。


「まだ、何もしてやれてない……」


あと一回。


あと一回だけでも、二人に会いたい。


ちゃんと笑って、


「大きくなったな」


って言いたい。


そして――


「……もう一回だけ、人生やり直せたらな」


次の瞬間。


世界が白く染まった。


⸻


「……ここ、どこだ?」


目を開ける。


白い。


何もない。


床もない。


壁もない。


空もない。


ただ、どこまでも白い空間が広がっている。


恭平はゆっくり身体を起こした。


「……病院?」


返事はない。


「……夢?」


「いいえ」


突然、声がした。


女性の声だった。


恭平が振り向く。


そこに、一人の女性が立っていた。


白く長い髪。


透き通るような肌。


そして、人間とは思えないほど美しい瞳。


「あなたは死にました」


「……やっぱり?」


女性は少し驚いた顔をした。


「驚かないのですか?」


「いや、驚いてるよ」


恭平は頭を掻いた。


「ただ……なんとなく分かってた」


「そうですか」


女性は恭平をじっと見つめた。


「神谷恭平。三十五歳」


「……俺の名前、知ってるんや」


「あなたが生きてきた人生は、すべて見ています」


女性の言葉に、恭平は少しだけ眉をひそめた。


「……全部?」


「はい」


結婚したこと。


子どもが生まれたこと。


妻との関係が壊れていったこと。


離婚したこと。


借金を抱えたこと。


そして――


子どもたちと離れて暮らすことになったこと。


全部。


女性は知っていた。


「……だったら、分かるやろ」


恭平は目を伏せた。


「俺、たいした人生じゃなかった」


「そうでしょうか?」


「そうやろ」


苦笑する。


「家族も守れなかったし、金もない。借金まである。三十五にもなって、何一つうまくいってない」


女性は何も言わない。


恭平はしばらく黙っていた。


そして、ぽつりと言った。


「……でも」


「はい」


「最後に、子どもたちに会いたかったな」


その瞬間。


女性の表情が、ほんの少しだけ変わった。


「あなたは……最後まで自分のことではなく、子どものことを考えていたのですね」


「……親だからな」


恭平は笑った。


「大した親じゃなかったけど」


女性はしばらく恭平を見つめていた。


そして――


「神谷恭平」


「ん?」


「あなたに、一つだけ選択肢を与えます」


女性が手を差し出す。


白い空間に、巨大な光が浮かび上がった。


そこに映し出されたのは――


恭平の人生だった。


結婚。


子ども。


笑顔。


喧嘩。


涙。


不倫。


離婚。


借金。


仕事。


そして、最後の交差点。


恭平は黙ってそれを見つめた。


「……もう一度」


女性が言う。


「人生をやり直しませんか?」


恭平は顔を上げた。


「……できるのか?」


「できます」


「若返れる?」


「できます」


「金持ちになれる?」


「できます」


「美人の嫁さんも?」


女性は一瞬、黙った。


「……努力次第です」


「魔法は?」


「あります」


「剣は?」


「あります」


「……異世界?」


女性が微笑んだ。


「はい」


恭平は少しだけ考えた。


そして――


「行く」


即答だった。


「分かりました」


女性が手をかざす。


光が恭平の身体を包み込んでいく。


「ただし、一つだけ」


「条件?」


「あなたが次の人生で何を得るのかは――」


女性は静かに微笑んだ。


「あなた自身が決めてください」


光が強くなる。


意識が遠ざかっていく。


最後に聞こえた声。


「――あなたの人生は、まだ終わっていません」


⸻


鳥の声が聞こえた。


風が頬を撫でる。


草の匂い。


「……ん」


恭平は目を開けた。


「……?」


見知らぬ森だった。


木々の隙間から、青い空が見える。


「……マジか」


起き上がる。


身体が軽い。


あまりにも軽い。


恭平は自分の手を見た。


細い。


傷も少ない。


「……え?」


慌てて近くの水たまりを覗き込む。


そこに映っていたのは――


知らない少年だった。


十七歳くらい。


「……誰や、これ」


頬を触る。


水面の少年も頬を触る。


「……俺?」


しばらく呆然とする。


そして――


「……若返っとる」


思わず笑った。


その瞬間。


頭の中に、見知らぬ文字が浮かび上がった。


【転生特典】


【固有スキル:《価値視認》】


「……なんやこれ」


文字が続く。


【人・物・場所が持つ、本当の価値を視認することができます】


「……価値?」


恭平は首を傾げる。


「戦闘能力とかじゃないんかい」


苦笑する。


どう考えても地味な能力だった。


剣も持っていない。


魔法も使えない。


金もない。


土地勘もない。


「……またゼロからか」


そう呟いたときだった。


森の奥から――


声が聞こえた。


「……たすけて……」


恭平の顔から笑みが消える。


「……誰かいる?」


声のした方向へ走る。


木々を抜ける。


そして――


一人の少女が倒れていた。


銀色の髪。


白い肌。


服は泥だらけで、身体にはいくつもの傷がある。


「おい!」


恭平が駆け寄る。


「大丈夫か!?」


少女はゆっくりと目を開けた。


青い瞳。


その瞳が、恭平を捉える。


「……あなた……」


「喋れるか?」


少女は震える手を伸ばした。


そして――


恭平の顔を見つめながら、呟いた。


「……お父さん?」


「…………え?」


恭平の思考が止まった。


次の瞬間。


視界に、あの文字が浮かび上がる。


【固有スキル:《価値視認》】


【対象:???】


【価値:★★★★★】


【重要度:測定不能】


【魂の親和性:99.8%】


【対象情報――ERROR】


「……なんや、これ」


少女は、恭平の服をぎゅっと掴んだ。


そして、もう一度。


今度は確かに――


「……お父さん……」


恭平は、少女の顔を見つめた。


頭の中に、二人の娘の顔が浮かぶ。


京子。


茜。


「……俺の娘は――」


少女の瞳から、一筋の涙が落ちた。


そして恭平は、まだ知らなかった。


この少女との出会いが――


自分だけではなく、この世界そのものの運命を変えることになるということを。

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