SIDE リリアーヌⅡ
そして、あの夜がやってきたーー。
リリアーヌは悪役令嬢として断罪され、婚約破棄を言い渡された。
王宮の一室に、リリアーヌはひとり座っていた。
拘束された身で、それでも彼女の胸を占めているのは、アレクシスへの失望でも、婚約破棄の屈辱でもなかった。
ただ一つ――妹のことだけだった。
(ロザリーは……大丈夫かしら)
断罪の場で見た妹の顔が、何度も脳裏に浮かぶ。
青白く色を失った頬。声も出せずに立ち尽くしていた、あの小さな姿が。
きっと今頃、ひとりで泣いている。
姉が罪人として糾弾されたのだから、周囲から何を言われているか分からない。
ロザリーは、強い子ではない。小さなころからそうだった。
転んでは泣き、夜に雷が鳴けば怖がって、そっと姉の部屋に忍び込んできた。そのたびに、リリアーヌは抱きしめて背中を撫でた。
「大丈夫よ」とそう言えば、妹はいつも安心したように笑ってくれた。
だから今回も――。
リリアーヌは、ゆっくりと顔を上げた。
「……お願いがあります」
扉のそばに立つ護衛――カヴェインに向かって、静かに声を掛ける。
「妹に……ロザリーに会わせていただけませんか。少しだけでいいのです。話をさせてください」
カヴェインは一瞬戸惑ったように眉を寄せたが、やがて小さく頷いた。
「……上に確認して参ります」
扉が閉じられ、再び部屋は静寂に包まれる。
リリアーヌはそっと視線を落とした。
断罪されたことよりも、これから自分がどうなるのかよりも――
ただ、妹のことが心配だった。
(早く。大丈夫よ、と言ってあげなくては)
心配しなくていいのだと。何も怖がることはないのだと。
だって、わたくしとロザリーさえいれば、何の問題はないでしょう
そう伝えれば、きっと妹は落ち着くだろうから。
***
だが、待っていたのはロザリーからの拒絶の言葉だった。
扉が閉まった。ロザリーの足音が、廊下の奥へと遠ざかっていく。
リリアーヌは動けず、足音が完全に消えてもなお、ただ扉を見つめていた。
今の出来事を、うまく頭の中に収めることができなかった。
ロザリーが——泣いていた。
あの婚約者に、捨てられたのだと言っていた。
(……そう、あの男は)
ロザリーを誰にも奪わせないために、リリアーヌが選んだ婚約者だった。
決して妹を愛することのない、あくまで政略のために結婚する男だったから決めた。
そのせいで――その男に捨てられ、ロザリーは傷ついている。自身が婚約破棄という失態を犯したせいで。
だから——だから、ロザリーは。
――はじめから、いなければよかった。
耳の奥で、その言葉だけが何度も反響している。
「あ……」
その事実が、遅れて胸に落ちてきた。
重く、どうしようもなく、逃げ場のない現実として。
「……ああ」
喉から、かすかな声が漏れる。
思考が、白くなる。部屋の輪郭が、ぼんやりと滲む。
(……ロザリーに、嫌われた……?)
自身でも気づかない内に心は疲労していたのだろう。
悪役令嬢と囁かれ、陰口を叩かれ、視線を逸らされる日々。
けれど、何を言われても、毅然としていた。
ロザリーがいるから。妹さえ信じてくれていれば、それでよかった。
――けれど。
その妹に、いなければよかったと言われた。
胸の奥で、何かが完全に折れた。
リリアーヌはふらりと立ち上がった。
足元が頼りない。床の感触さえ、どこか遠い。
それでも、気づいたときには足が動いていた。どこかへ。どこへとも知れず。
夜風が頬を撫でる。
テラスに出ていた。いつの間に、扉を開けていたのだろう。
月明かりの下、王宮の庭園が広がっている。
薔薇の香りが夜気に溶けていた。
「……ロザリー」
大切で、守り続けてきた存在。
リリアーヌにとって、世界の中心で、全てだった。
その妹に――存在を疎まれた。
(……これから、何を頼りに生きていけばいいの?)
答えはどこにもなかった。
ただ、胸の奥にぽっかりと穴が開いている。
何もない空洞だけが残っていた。
ロザリーがいない世界の輪郭が、リリアーヌにはどうしても掴めなかった。
存在の仕方が、分からなかった。
次の一歩を、どこへ踏み出せばいいのか——
リリアーヌはゆっくりと手すりへと歩み寄り、その冷たい鉄に指先を這わせて、
ふと、思いついた。
「――嫌われてしまったのなら、せめて」
(せめて、あなたの胸に刻まれた傷として。消えることのない痛みとして。
わたくしのことを——ずっと、忘れないで)
その願いだけを胸に。
リリアーヌはーー手すりの向こうへと身を投げた。
加害者であり、被害者だった妹。そして元凶とも言える姉でした。歪でも愛ゆえに





