一.記憶喪失のベイビー
(どこだ……ここは? 以前来たことがあるような……)
薄暗い空。荒れ果てた大地。じっとりとした空気。ゆっくりと辺りを見回した西本は眉をひそめた。
「おい、ベイビー。さっさとこっちにこい。ガルヴァン様がお待ちだ」
「はぁ? てめーは何もんだ? ベイビー? ひょっとして俺の事か?」
小さい角を生やした若い男。こちらを不審そうに見ている。西本は呆気にとられた。こいつは人間か?
「あー、まだあっちの記憶が混在してやがるのか。まあいい、とにかくついて来い」
戸惑いながらも、行く当てもない西本は鬼男の後をしぶしぶついて行った。
※
どれくらい歩いただろうか。額の汗をぬぐった西本は遠くに立つ大きな建物に気づいた。まるで戦場にそびえる要塞のような外観。朽ち果てた外壁に絡みく蔓が、青白い月影でぼんやりと輝いている。
(なんだ、あれは?)
戸惑う西本をよそに、鬼男は建物まで歩を進め、巨大な扉の前で止まった。
「俺だ、開けてくれ」
唸りを上げながら扉が動き始めた。錆びついたヒンジが軋みを立て静寂を切り裂き響いた。
「先に入れ」
「なんだと?」
一瞬、身構えた西本だったが、有無を言わさぬ鬼男の視線になぜか狼狽えた。
(この感じ……以前、どこかで感じたような……)
逆らい難い何かを感じて、仕方なく、注意深く足を踏み込んだ。
(これは?)
西本は目前に広がる不気味な光景に息を飲んだ。かび臭い匂い。壁にかかる古びたトロフィーやメダル。先の見えない漆黒の廊下。
「ったく、ここまで記憶がぶっとんでるとは……」
呆然と立ち止まる西本の背中を、鬼男はあきれたようにどんと押した。
「て、てめぇ、何しやがる」
西本は鬼男をギロリと睨んだが、その鋭い視線に再び黙りみ、渋々、後に続いた。
しばらく暗闇を歩くと、巨大で重厚な扉にたどり着いた。その中央には、見た事がある丸い絵。
(あれは、バスケット……ボールか?)
唖然と見上げる西本を横目に、鬼男がゆっくりと扉を開いた。真っ赤な絨毯が敷き詰められた巨大なホール。天井を覆うきらびやかなシャンデリア。中央の巨大な玉座に座る獣の顔をした人物に西本は呆気にとられた。
(まさか、あいつはDunk of Destinyのアルヴァン?)
「遅かったな、ドラゴン」
玉座に座る獣男が鬼男に鋭い視線を向けた。
「申し訳ございません、ガルヴァン様」
ドラゴンと呼ばれた鬼男は深々と頭を下げた。
(ガルヴァン? アルヴァンにそっくりじゃねーか)
「おい、ベイビー。お前も頭を下げろ。もとはと言えばお前がうろうろとしていたせいだぞ」
「まあ、いい。で、どうなった? あれは見つかったのか?」
獣男は目を輝かせて前に乗り出した
「は、その件は抜かりなく」
ドラゴンはポケットから何かを取り出してガルヴァンに近づき差し出した。おお、ガルヴァンが目を輝かせて手に取った。
「これで、あの忌々しいイカロスに復讐ができる。そして、その為にも……」
ガルヴァンとドラゴンが西本の方へ振り返った。突然の展開に西本は戸惑った。俺に何をさせる気だ? ガルヴァンが妙に優しい顔をして西本に語り掛けた。
「ベイビーよ。疲れただろう。今夜はゆっくり休め」
笑う口元とは裏腹な冷徹な両目に西本はぞっと背筋が凍った。