第五話 老婆
目を覚ますと、その世界は変わらずそこにあった。顔を千の蟲が這う不快な感触に地面から頭を起こす。顔に拭った左手についた吐瀉物に混じった血に、美貴の中で気を失っていたことに気づいた。
後ろで音がした。振り返った。
老婆が兵の死体をあさっている。よくよく周りみたら、周りの兵も、真加髪ナリトも、纏っていたものが剥がされていた。老婆だけの仕業ではないだろう。彼女は手ぶらで、何か良いものがないかと、乱雑に死体たちの間で動いている。
食べ残しを漁りに来たようだ。あの時からどれほど時が経ったのか、既に死体漁りも老婆以外の姿はない。
ふと、老婆が己の視線に気がついたようで、顔を上げてこちらを向いた。
数瞬の見つめあいの後、醜下の老いた女はまるで心を許した仲間に見せるような屈託のない笑みを、卑下を含んだ侮蔑の目を、見せた。次に己の下に倒れている美貴であった屍骸を指さし、声を上げて笑った。
不快な嗤いが耳に障る。こいつは美貴の中で気絶していた意味を正確理解しているような気がした。
そして、己だけが鎧もそのままの装いをしていることに気が付いた。老婆だけでない。死体漁りにきた醜下たちも分かっていたのだ。気色の悪い心の通いができたような気がした。いや、そもそも彼らと己の違いなどない。
老婆を見て、周りの剥かれた死体を見て、故郷を思い出した。かつてのその時も天は地の不浄を罰すように炎熱を注いでいた。
天を見上げる。
息を大きくした。久方にできた深呼吸は、何か満足感のあるものであった。
びゃんと、鋭い一方の線が顔を剃るように走った。
同時に、頭蓋が地面に叩きつけられる音を聞いた。不快な笑い声が止んでいた。矢が老婆の頭に刺さっていた。
飛んできた方向を見やると、そこには馬に跨り弓を持った、美貴の姉の姿があった。
一揆という天に唾を吐く行為をした醜下に対して美貴は救うことがなかった。
姉は美貴たる父に無断で醜下の母がいる村に来た。姉もまた、美貴の中においては蔑みの対象でしかなく、それは父の娘に対するものも同様だったという。
村はとうに飢饉で壊滅していたが、唯一人、己だけが微かに息があった。そして、姉は父の元に帰ることなく、己を連れて彷徨い、この別根院に行き着いたのである。
追い剥ぎに襲われているとでも思ったのか、姉は老婆の倒れるのを見るや駆け足で己のところまで来た。抱きしめようとして、己が酷い姿をみて躊躇った。やがて恐る恐る頭を撫でた。
その感触は確かに家族のものであった。躰の芯が熱くなった。同時に恥ずかしくなった。顔を見ることすら罪悪感を覚えた。考えてしまった。想い馳せてしまった。
この美しい姉も、皮を裂かれたらあんなに醜くなってくれるのか。
その姿を想像することは、禁忌的で、これまでになく心臓が強く打った。




