五章八節 コノ記憶ガ偽リダロウト
各地で戦火が広がる中で、ある一点に置いて誰一人として立ち入る事が出来ない強者のみの場所が現れた。
元は海底の奥底に存在していた峡谷が、過去の大戦によって隆起した場所。
そして、現在は雷を纏った翔と直刀片手に宙を舞う五右衛門の二人が峡谷の形を変形させるほどの激闘が行われていた。
岩壁を走る五右衛門とその背後を追う翔達の剣幕は凄まじく、何人足りとも介入する隙を与えない。
もしも、万が一にも介入したとしても、、二人の動きに付いて行けずに殺されるだろう。
翔が雷を放ち、岩壁を砕く。
五右衛門が岩壁を蹴り、向かってくる雷を砕けた破片で軌道を反らす。
地上に降りた五右衛門とそれを見下ろす翔、両者の眼光が鋭く光を放つ。
次の瞬間、周囲の岩盤が落雷と刀の一閃によって散り散りに砕け、峡谷が平地へと変化していく。
翔の雷を先ほどまでは、反らす躱わすなどで捌いてきた五右衛門だが、今は刀で雷を弾き跳ね返すなどの手段へと変わっている。
本来の刀であれば、雷が刀を伝い肉体にダメージが通る。
今の翔の雷は魔力で操っているため、絶縁体でも魔力でコーティングされた雷は絶縁体を貫通する。
しかし、五右衛門は翔の雷を刀身に纏わせた魔力で相殺し続けながら捌いていた。
少しでも、魔力濃度や魔力制御などの微調整を間違えれば一瞬で塵となる紙一重の攻防戦。
当然、翔もその仕掛けを瞬時に見極め、雷の出力を出来だけ抑え出力ではなく一撃で仕留める為に、抑えに抑えた一点集中の雷へと変化させる。
大出力の落雷を避けつつ、研ぎ澄まされた一点集中の雷槍は五右衛門が弾いても、何度も追撃する。
そして、本体である翔も義手から放出する雷や、雷を纏った状態での瞬発力や身軽さなどの利点を存分に活用した体術に、五右衛門は苦戦を強いられる。
五右衛門が気を緩めれば、翔の姿は視認できない速度で死角から追撃するだろう。
「…クソッ、味方なら頼もしいことこの上ねぇが…敵に回ると、死ぬほどうぜぇ」
五右衛門は刀を逆手に持ち替え、地を這うような電撃を跳躍で躱わし、上空から落下する翔の雷を纏った掌底を刀で流し、義手の付け根に刃先を突き刺す。
甲高い音共に、両者はその場から離れる。
義手の付け根を押さえる翔は、問題なく左腕の義手が動く事を確認しつつ、正面の五右衛門を睨む。
五右衛門は、自分の知らない未知の金属を使用しているのか、ドライバなどに本来使用されている金属や岩石などであれば、先ほどの突きで確実に義手は破壊していた。
義手に何かしらの仕掛けか、ドライバや神器などの物とは違った材料で作られている可能性が高い。
それが分からぬ今は、刀を用いた義手の破壊は得策ではない。
万が一にも、義手が古代兵器並の強度を持っていてれば、五右衛門の神器【白無垢】は容易に砕ける。
手持ちの使える武器は、この神器のみである。
「翔! その義手一体何だ? 何か仕掛けでもあんのか?」
五右衛門が刀を軽く回し、鞘に納める。
「バカが、敵に回った奴に親切に情報渡すと思うか? 昔味方でも…今は違う」
翔は義手の付け根を軽く押さえたまま、腕を上げ下げする。
まるで、付け根への攻撃によって義手が壊れていないか確認しているかのように、その行動の意味を五右衛門は瞬時に見極める。
「付け根が痛むのか? それとも…そこが弱点か?」
五右衛門が刀を上空に佇む翔に向けて投擲する。
あまりの理解できない行動に、翔は刀に注意が向く。
そして、真横から現れた五右衛門の蹴りを背中に受ける。
五右衛門が起こした理解不能な作戦に釣られ、意識が一瞬だけ五右衛門から離れその隙を突かれる。
背中に受けた蹴りは強化魔法が施され、幸いにも力が完璧に入って無かったのか、骨は折れてはいない。
背中の痛みに耐え翔は空中で体を捻り、空中で身動きが取れない五右衛門の顔面に蹴り入れる。
真下へ落下する五右衛門と空中の翔では、立ち位置的にも相手の頭上を取った翔が有利であった。
「まさか、唯一の武器を投げる何て…気でも触れたか? 勝てないと理解したら、潔く降伏しとけよ……五右衛門」
翔は義手に纏わせていた雷の出力を高め、降伏すると見せ掛けて不意討ちがあり得る可能性を考慮している。
昔からの顔馴染みであり戦友であった者だからこそ、その思考や戦いの癖も理解している。
五右衛門の癖として―――諦める事を知らない。
どんな逆境だろうが絶体絶命の状況下でも、諦めずに生還や任務遂行を目的に突き進み、その手に勝利を掴み獲る。
そして、今なお勝利の為に用意した罠に翔を嵌めようする。
依然として、その場から動こうとしない翔に五右衛門の頬から汗が滴り落ちる。
見抜かれているのか、それとも気付いていないが警戒しているのかは定かではないが、翔があの場から動かない限り、五右衛門に勝ち目はない。
今現在の装備では破壊不可能に近い義手と、翔自身の圧倒的なまでの力。
差が昔からあったにはあったが、これほどまで差が広がっていたとは思わなかった。
「流石は、帝王だな。名ばかりの称号も人に寄っては…飾りじゃねぇって訳か?」
五右衛門は武器を持たずに、翔睨みつつ拳を握り構える。
どこからどう見ても、翔とまともに戦える状況では無いことは一目瞭然。
死を覚悟した男にしては、どこか余裕を感じさせる雰囲気に翔は、不気味な違和感に警戒を強めその場から後ろに2歩下がる。
次の瞬間には、翔の左腕が急に真上に上がり身動きが取れない状況へと変化する。
原因は不明ではあるが、一番可能性が高い原因の1つに挙げられる魔力での精神干渉を振り払う為に、高めた魔力を辺りに放出するが変化は無い。
キリキリと体を締め付ける謎の感触に、翔に焦りが見え始める。
一瞬でも気が抜けない同レベル同士での戦い。
その戦いに、決着を左右する要因は――一方的の体力の限界。
つまり、集中力の欠如による油断や、動きのキレの無さからくる。
今現在の翔は体の自由を奪われ、纏っていた雷を一旦体外に放出しており。
再度全身に巡らせ纏わせるのには、数秒の時間が必要。
そして、それを見逃すほど五右衛門は優しくも無く背中を向けて逃げる相手にも同情も情けも無い。
「クソッ! おい『雷帝』!」
翔が身に宿す魔物を呼び、全身に魔力を巡らせる手伝いを頼もうとするが、それよりも速く目の前に現れた五右衛門。
閃光の様な一閃が翔の首を切り落とす。
翔の油断から来た生死を分けた判断に、五右衛門は敵ながら拍手する。
「やっぱ、その義手はお前の神器だったか…」
巨大な落雷が落ちた様に岩壁や岩盤が溶け、地面が一瞬で粘土質へと変化する。
金色の鎧甲冑に身を包んだ翔ではあるが、黒と戦った際のように全身ではなく。
下半身と左腕のみの中途半端な甲冑姿に、五右衛門は心の中で恐怖する。
(先まで、使うのを躊躇ってたってことは――五右衛門に使うよりも暁に使おうとしてた。…てことは、ここからが正念場か…)
翔が立ち上がると、甲冑が互いに擦れる音が聞こえる。
鎖が擦れる様な音にも似た音は、五右衛門に生唾を飲ませ一歩下がらせるのには十分であった。
何度か過去に試合と言う名目で手合わせも幾度と無く行い、神器を発動させた鎧姿の翔も数え切れないほど見て来た。
しかし、それは試合であり黒の様に途中で止めに入る者がいた、試合関係無く翔と本気で戦うのはコレが初めてである。
体の一部が無くなって引き分けか、どちからの死でのみ決着が着く。
背筋が凍りそうな極めて高濃度な魔力に、五右衛門は唇を噛む。
恐怖を痛みで誤魔化し、刀を持つ手の震えを抑えるために唇を噛み続け正面を睨む。
目の前に立つのは、黒と同等の『帝王』クラスの男。
「出来るなら…逃げ出したいな」
五右衛門が小声で呟くが、その言葉は当然翔には聞こえない。
「最悪だよ。暁の為に残しといた解禁を、お前に使うとはな…これで暁と正面切って戦えるのが黒だけか」
翔は出来る事なら、黒ではなく自分が暁と戦い黒と暁の因縁を断ち切りたかった。
2年前は止められなかった黒の暴走は、自分力が無かったからと後悔し続けた。
だからこそ、未来を殺した暁を黒でなく自分が殺すことで黒の精神は保たれると踏んでいた。
万が一にも、暁と対面して黒が正気で居られる保証など無いのだから――
「…? ――黒兄何で泣いてるの?」
丘上の本陣内にて、来るべき暁との一戦を前に一人意識を集中させていた黒の頬を伝う涙に驚いた茜が兄に尋ねる。
頬を拭い、確かに手に滴る涙を見つめ黒は自分でも何故涙を流したのか理解できずにいた。
「茜ちゃん。兄さんも…何か思う所があるんだよきっと…」
本陣に建てられたテントを抜け、砂埃や爆炎が上がる戦場を見詰める姉妹の瞳に、怪しく蠢く異形の姿を捕らえる。
「行こう、碧姉!」
「うん!」
戦場へと向かう姉妹の背に目も暮れない黒は、ただ静かに心を落ち着かせる。
「ハァ…ハァ……面倒くせぇことこの上ねぇ」
翔は乱れた呼吸を整えつつ、左腕に視線を落とす。
何度見ても、左の二の腕部分に取り付けられたドライバから先が綺麗に抜け落ちていた。
崩れた瓦礫から顔を少し覗かせ、正面から向かってくる五右衛門ともう一人の女を睨む。
「すまねぇ黒…俺はここいらが、潮時らしい……」
五右衛門が直刀を鞘から抜き、隣の女が手に持つ翔の神器をその場に放り投げる。
義手の核である神器本体は、翔から見ればまだ無傷であった。
その為、義手を取れさえすればこの絶望的な状況も回避できる。
この絶体絶命のピンチに陥ったのは、翔の油断とここが戦場であると言う認識の問題であった。
その問題が起きたのは、今から数十分前に遡る―――
七つある解禁を外し【七解禁】を使用する事となった翔は少しでも暁戦での余力を残しとくべく、五右衛門の側まで一瞬で移動する。
翔の動きを予知した五右衛門が地面を蹴り、蹴りの反動で後方へと向きを変え捻りを加えた蹴りを叩き込む。
しかし、翔は左腕1つで五右衛門の足を掴み自由になっている右腕で五右衛門の脇腹、溝内、左肩を殴る。
掴んでいた足を持ち上げ、地面に叩きつけると同時に特大の雷を放出する。
黒焦げになった地面と、人の様な肉がその場にあるのみ。
翔はゆっくりと後ろへ振り返り、隆起した岩盤を雷槍で吹き飛ばす。
地面を転がりながら現れた五右衛門に、透かさず雷槍を数発放つ。
五右衛門が落とした神器『白無垢』に向けて勢い良く走りだし、後方から迫る雷槍に怖じけず走る。
翔が雷槍の軌道を変え、五右衛門の前方にわざと爆発させ砕けた岩の破片が五右衛門を襲う。
一瞬でも身動きが止まった五右衛門を、雷槍で止めを刺す。
圧縮させた魔力で、雷槍の軌道を胴体から左肩へと反らし即死と言う結果から免れる。
しかし、左肩を貫きはしなかったが少し掠りはした肩からは、血が流れる。
見れば分かるが、とても刀を振る力所か拳を握る力さえも無いだろう。
一歩一歩確実に距離を詰める翔の姿に、五右衛門は笑みを浮かべる。
その笑みの正体に気が付いた翔は、跳躍しようと脚に力を入れる。
跳躍した場所から一歩前には、地面に何らかの糸の様な物が張り巡らされており、日に照らされた糸はキラキラと光を反射する。
跳躍し上空に逃げた翔に向けて、五右衛門は動く右腕で指を指す。
「ドライバ『起動』!」
その声に反応するかのように、翔の右袖から小型の独楽が射出される。
上空に向けてされた射出された独楽が、岩盤や地面に衝突し軌道を変えつつ翔の周囲を駆け巡る。
そして、翔はある事に気付き、その場から急いで脱出しようとする。
しかし、右足を締め付ける謎の感触に翔は『遅かった』と心の中で呟く。
次の瞬間、五右衛門の拳が翔の顔に叩き込まれ、翔の顔が赤くなり、周囲に血液が飛び散る。
鼻の骨が折れているのか違和感が凄まじい。
鼻に触れ、回復魔法を掛けて何とか出血と折れた骨を元に戻す事には成功する。
あのまま鼻を治療せずに五右衛門との戦闘を続けていれば、出血多量で意識を失う可能性があった。
そして――この治療魔法が最後であろう。
次に治療魔法を使うときは、五右衛門が悠長に待っている事はない。
先ほどから、五右衛門の様子も可笑しい為、早々に決着を付けるべきと判断する。
「翔! 悪いが、お前にはここで退場してもらうぜ? 暁が勝利した後の世界をここでゆっくりと見物してろッ!」
右袖から5個の独楽が飛び出し、壁や地面に跳ね返りながら空を駆け巡る。
そして、独楽が衝突した箇所から微量な魔力で編まれた目に見えない糸が張り巡らされる。
翔が魔力探知で周囲の状況を確認すると、独楽から伸びる糸が蜘蛛の巣状に張り巡らされている。
1つの独楽が翔の後方から迫り、義手に接触し軌道が変化する。
「しまッ――!」
雷で糸を焼き切る前に、義手が持ち上がり翔を上空へと浮かせる。
真横から糸を踏み台に五右衛門が跳躍し、翔の脇腹を殴打する。
五右衛門は糸が常に見えているのか、止まって魔力探知をしている様子は無い。
糸の上に着地し、キリキリとワイヤーの様な音を挙げる糸の上を歩く。
五右衛門が左肩を治療し、肩の調子を確認するために肩を回す。
治療した肩に問題が無いことを確認した五右衛門は、真下に見える自身の神器を左腕から伸ばした可視化している糸で掴み手繰り寄せる。
鞘から神器を抜き見えない糸の上を器用に走り、目にも止まらぬ速さで糸をバネ代わりに速度を更に早める。
どうにか義手の糸を焼き切る為に雷を放出し、自由に鳴った義手と同時に地面に落下する翔。
丁度翔の真上に貼られていた糸に掴まり、五右衛門の体が大きく糸から投げ出される。
糸を掴む五右衛門が空中で静止し、手を離すと同時に糸がちぎれる音共に五右衛門が真下目掛けて刀を突き立てる。
砂埃で視界は閉ざされているが甲高い音によって、五右衛門は翔が義手で刀を受け止めた事を察知する。
左袖から発射された独楽が大きく湾曲しながら、壁に接触し貼られた糸に引っ張られるようにして五右衛門がその場から下がる。
雷槍が何本も煙の中から発射され、岩壁を幾つも吹き飛ばす。
翔の義手が青白い雷を放ち、視界に捕らえた五右衛門に向けて指を指す。
「――【迅雷】」
翔の姿が五右衛門の視界から一瞬で消え、気付いた時には翔はすぐ真横に立ち。
青白い雷を纏った義手で五右衛門を貫こうとする。
紙一重で翔の拳を躱わした五右衛門だが、避けた反動で体勢が崩れ、翔の雷を防げずに体を貫かれる数秒後の景色が目に浮かび上がる。
翔が体を捻り二発目の一撃で五右衛門を仕留めようとする。
―――が、未だ笑みを浮かべている五右衛門に翔は一瞬冷静になる。
そして、翔が五右衛門を仕留めようと事を早め、自身の背後から迫る気配に気付かなかった。
周囲の警戒を怠った事と最後の最後で油断したのが、そもそもの原因であった。
五右衛門は独楽を発射し、体の向きを一瞬で変えて翔の背後から迫り来るある物を避ける。
「ごめんね――コレも、私が取り戻したい宝物の為なんだ」
翔の義手が付け根のドライバが一瞬で砕かれ、翔の腕から神器である義手が綺麗に剥がれる。
背中越しに謝る者の顔を見て、翔は驚愕のあまり掠れた声でその者の名を呟く。
「何でお前がそっち側何だ…!? ――ミシェーレ・オンズマンッ!」
翔がミシェーレに向き直り、怒りを露にする。
ミシェーレは申し訳無さそうに目を瞑り、翔から少し離れた位置まで飛んでいった義手を拾う。
思考が追い付いていなかった翔が、少し遅れてミシェーレの持っていた神器を奪おうと飛び出す。
だが、ミシェーレの砂鉄が翔を弾き飛ばし翔の妨害をする。
「形勢逆転だな? 翔には悪いが俺らは、戦争してんだ。一対一を正面きってやる訳ねぇだろ?」
「大丈夫、殺しはしない。でも…少し間は寝てて貰うよ?」
直刀を握る五右衛門が独楽を射出し、翔の身動きを止めに掛かる。
後方と左右を独楽が塞ぎ、正面からはミシェーレの砂鉄が津波のように押し寄せる。
「轟け…雷帝!【建御雷神】ッ!」
翔の言葉に反応するように出現した金色の鎧に身を包んだ雷神が、振り上げた拳で砂鉄を吹き飛ばす。
「まだまだこんな物じゃないでしょ? そらそらッ!」
ミシェーレが翔の背に回り込み、砂鉄の雨を降らせる。
翔が自身の雷で発生させた強力な磁場で、砂鉄を絡め取りミシェーレに投げ返す。
砂鉄が辺りに散らばり、ミシェーレの操る砂鉄の量も次第に減り始める。
五右衛門の独楽が糸を張り巡らせ、糸の上からの攻撃に対応しようとすると手薄になった体を砂鉄が縛り上げる。
息の合った連携に翔は、次第に身動きが取れなくなり初め魔力も枯渇し、体力的限界を迎える。
既に限界に近い【七解禁】を使用し、その上で魔物である『雷神』の力を酷使する。
異族であれば魔力量が高い種族も多く存在し、魔法関連の発明品が多く製造設計されている人に付いて、勘違いされがちであるが――人族は魔力量が比較的少ない。
無論、五右衛門もミシェーレも翔と同じ条件下で戦っている。
二対一と言う状況では、翔の魔力量では二人を相手取るには魔力が足りず。
五右衛門との戦いで消耗が思った以上に激しく、翔の体からは悲鳴が聞こえる。
骨が軋み、魔力の酷使による吐血と言った症状が出始め、次第に翔の視界は掠れていく。
「クソッ……」
雷で地面を穿ち、発生した砂煙で身を隠す翔にミシェーレと五右衛門は辺りを見回す。
ミシェーレが翔の義手を拾い上げ、辺りをゆっくりと動きながら微かな魔力反応を探す。
五右衛門の独楽が糸を張り巡らせ、五右衛門が上空から辺りを見回す。
近くに点在していた崩れた瓦礫に身をひそめた翔は息を整えつつ、顔を少し覗かせ二人の姿を確認する。
そして、独楽の1つが翔が隠れている瓦礫の正面で急に止まり、不安定にカタカタと揺れる。
その音を確認した五右衛門は、全ての独楽を手元に戻しミシェーレと共に翔の元へと歩き出す。
ミシェーレが放り投げた神器を取れば、この状況も上手いこと何とかなるかもしれない。
しかし、それには二人の間を突っ切り、神器を勝ち取れる保証は無い。
一か八か、全てを掛けた賭けに身を投じる。
「【7弾】」
ミシェーレが左手を虚空を切るように真横に振ると、瓦礫に向けて7発の空気弾が飛び出した翔の体を貫く。
体に7発全弾を受けた翔は吐血し、力無くその場に崩れ落ちる。
体の限界を絞り出した力で飛び出したその体は、身動き1つ取れない。
微かに動く指先で、地面を撫でる事しか出来ずに無我夢中でもがく。
「残念ですけど…ここが翔さんの限界です。五右衛門と私相手に、ここまで耐えれた事は誇って良いですよ?」
唇を噛み締め、自分を見下ろすミシェーレを睨み付ける。
それしか出来ない今の自分が情けなく、黒や仲間達に申し訳ない気持ちが溢れてくる。
(大勢の仲間に期待させといて…現実はコレか……何も成し遂げてねえじゃねぇかッ! クソッ――!)
ミシェーレの指先が翔の額に触れ、次の瞬間、翔の脳内を電気が駆け巡り、脳から全身に衝撃が走り微かな痛みと共に記憶が塗り替えられる。
そして、今まで靄が掛かっていたかのように過去の鮮明に記憶が思い出す。
忘れていたのか、それとも意図的に記憶を塗り替えられていたのか、真っ黒に塗り替えられていた記憶が真っ白に移り変わり、消えていく。
そして、本来の記憶が鮮明に思い出される。
『翔ちゃん。翔ちゃん! ねぇ…聞いてる?』
『何だよ…聞いてる。なぁ黒?』
『…あ?』
芝生に寝転がった黒が覚醒しない意識のまま返事をする。
その姿に、翔と未来は笑う。
『ねぇ…翔ちゃん。お願いがあるんだ……』
夜風が心地よく二人の背中を押し、新宿を彩る街灯やネオンの光が合わさって、未来が一人眺める夜景が綺麗に輝く。
靄が掛かっていて朧気だが、口調や仕草から未来だと判断できる。
『この先、何が合っても…黒ちゃんの味方で居てあげて。…黒ちゃんと対等なのはザザッと私達くらいだもん』
未来が優しく微笑み、夜空を彩る星空に向けた手を伸ばし同じように自分も夜空へ手を伸ばす。
『――だから、黒ちゃんの側で私が守れない時は、翔ちゃんが黒ちゃんを守ってあげて、あの人は誰かに支えられてないと直ぐに折れて泣いちゃうから……約束だからね』
気付いた時には、既に隣に立っていた未来が翔の手を優しく触れる。
その瞳から、微かに涙を見せつつ決して態度では見せない。
そこが、未来の強い部分であり――弱い部分でもある。
そうだ――俺は、支える為に…帝に着いたんだ。あの人が悲しまないように……黒が…未来が泣かないように――――
意識を失い地面に倒れている翔の紙を掻き分け、瞼が閉じて穏やかな呼吸になっていることを確認した五右衛門とミシェーレは、早々にその場から立ち去ろうとする。
しかし、ミシェーレが微かに揺らいだ空気中の魔力濃度の微小な変化に気付く。
「―ん? どうしたんだ。翔はやったし、後は禁忌とか言われてるアイツらと、黒焔で仕事は終わりだろ? 銀隠とマギジ達が押さえてる内に背後からやろうぜ」
五右衛門が背後を見詰めているミシェーレに溜め息を溢し、一人その場から立ち去ろうとする。
そして、頬から汗が伝うミシェーレは五右衛門を引き留めようと、声を挙げる。
しかし、その声は落雷と地面を走る稲妻によって掻き消され、目の前に歩いていた五右衛門が粉砕された壁に埋まっている光景が目に入る。
背後で倒れていた翔の姿は無く、荒々しく上空を飛び交う雷と全身をチリチリと刺激する急激な魔力の濃度変化に、ミシェーレは速くなる鼓動を深呼吸して、鼓動を抑える。
「終ッタカ? 準備運動ハ――」
ミシェーレの背後に立つ、金色の鎧甲冑に身を包んだ翔の姿にミシェーレは涙を浮かべる。
2年前よりも前に、ハートに連れられてある男の元へと向かった際に自分達を威嚇として肌を刺激したあの魔力――
未だ鮮明に思い出す、黒と初めて対面した際に隣で常に解禁を発動し妙な動きをすれば透かさず殺しに掛かったあの男の瞳。
今になって、富士宮 翔の十解禁の恐ろしさにその場で尻餅を着く。
先ほどの中途半端な鎧よりも強固な鎧、黒と対峙した時よりも、強固にそして無駄を省いた完璧に近い鎧甲冑。
全身を包み込んだ鎧は装飾や肩当てと言った突起物は無く、体を覆っている鎧のみがある。
そして、頭部は鬼の様な仮面に銀髪の鬣が頭部から肩に掛けて伸びていた。
「コノ記憶ガ偽リダロウト、ソウデ無カロウト。最早関係無イッ! 俺ハ…俺ガ信ジタ約束ヲ、果タスダケダッ――!」
振り下ろされる金色の腕がミシェーレを襲う。
目を瞑り、現実から逃げようとするミシェーレが甲高い音共に目をゆっくりと開く。
目の前には、宙を舞う神器【白無垢】と数十にも及ぶ独楽型ドライバ。
直刀を受け止めた翔の四方から迫る独楽に、翔は微動だにしなず落雷で全てを吹き飛ばす。
落雷に跳ね返された直刀を掴み、額から流血する五右衛門が翔の腕を斬り捨てる。
「…やっぱり、左腕が生えた訳じゃねぇんだ。ただ魔法で再現してるだけか―――」
白無垢を片手で軽く回し、刃先を左手で軽く触れる。
徐々に白無垢の刃先から刀身全体が真っ白く変化し、五右衛門の黒色の頭髪も白無垢同様に白く色付く。
「見渡せ…この世全ての醜悪をッ! 【五右衛門】」
五右衛門の背後に現れた歌舞伎物の服装に、脇差し2本と火縄銃を片手に持った魔物が現れる。
『んじゃ…相手さんもやる気みたいだな?』
「バンバンぶちかますぞ。先に根を上げんなよ?」
二人の五右衛門が笑みを浮かべ、正面に構える翔と雷神は暁との戦いに温存と考えていた力の全てを、目の前の敵に奮う。




