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難攻不落の黒竜帝  作者: 遊木昌
五章 虚ろな夕闇の摩天楼
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五章七節 戦う戦士達


 戦場を一人駆ける幸崎の目には、涙が浮かんでいた。

 過去に命を救ってくれた恩人であり、今も変わらず自分の目標であり続けていたヴォルティナ。

 そして、それとはもう一人の憧れの先輩である黒の存在もあったからこそ、今の自分がいる。


 だが、時が立つに連れて彼らの思想は変わっていた。

 昔の様に自分に『誰かの為に命を張る』そんな格好いい事を教えてくれたヴォルティナ。

 姉の様に慕い続け、念願の団長として認めれらた時も、まず一番に連絡した。

 そんな彼女に――『上役の機嫌を取ってろ』

 まるで、人を守る職務である騎士の本来の役割を否定する言葉に彼女の心はズタズタに切り裂かれる。

 そんな言葉は求めていない、彼女が求めた言葉は―――



 「『一緒に()()()』…でしょ?」


 幸崎の耳元で囁く声に、全身が凍り付き全身を舐め回されているような魔力が全身を縛り付ける。

 いつの間にか、幸崎のすぐ目の前で腰を下ろしている暁とその部下達。

 幸崎の頬を優しく触れるマギジは、幸崎の耳元で呪文を囁く。


 「ノグシュ・ワドネクト・オグラード」


 幸崎の耳元で唱えられた呪文はすぐに幸崎の意識を刈り取り、マギジの胸に顔を埋める。

 「暁さーん。この子も終わったよー」

 マギジが幸崎をゆっくりと下ろしその場に寝かせる。

 暁が笑みを浮かべ、マギジがその場から笑みに応えるように空間魔法バジリスクの背に戻る。


 「全員配置に着いた? それじゃ――世界と言う悪に反逆しようか…」

 暁の言葉に応えるように各地から怒号が上がり、地面が揺れ動く程の異形の第軍勢が押し寄せる。

 一斉に迫り来る異形の数は、先ほどまでとは比べ物にならない。

 多くの騎士達がそう確信する。


 「ハート…頼む」

 その一言でハートは動き、ハートの騎士団【黒き戦神(ブラック・オーディン)】が動く。

 巨大な盾を構えた団員の背後に銃型ドライバを持った団員が並び、銃口からの一斉射撃。

 そして、数人の魔導師が互いの魔法を合わせる調律魔法を用いた殲滅方法に、その場の騎士達は呆気に取られる。


 『これが、禁忌の名を冠した聖騎士の団員達なのか』


 迫り来る異形種の尽くが塵へなり、辺りの灰が風によって散らばる。

 まるで、灰の大地のような地面を踏み締めて歩くハートとその後ろを付いて進む団員達。

 天童やアリスもハート同様に、自分の背後に大勢の騎士を率いて進む。

 遮蔽物1つ無い開けた場所には、異形種と人型異形種【ハンター】が待ち構えるように配置されていた。

 正面からハート達を潰す余裕が有るのだろうか、異形達の表情はどこか余裕を持っている。

 「後方の黒に連絡を頼む。『暁の存在を確認した。来るなら来い』」

 ハートの側に控えていた団員がハートと後方で構える黒との連絡を担う。

 しかし、幾ら待っても連絡の返事が帰って来ない事にハートは鼻で笑い、自身の背後に見える丘上を見詰める。

 「全騎士戦闘準備。異形種共を一掃し、反逆者を討ち滅ぼせッ!」

 ハートの号令と共に、一斉に走り出す騎士達と異形種。


 ――そして、その遥か上空から飛来する巨大な影に反逆者と騎士達は驚愕を露にする。




 「…頭は何て?」

 「聞くまでもねぇ…()()()()()()()()()

 銀隠とブェイが戦場から少し離れた竹林の中から戦況を眺め、数秒前に飛来した巨大な影にブェイはイライラを抑え込み、冷静さを取り戻す。

 「俺は、マギジに連絡を入れる。最悪の場合を想定しとけよ?」

 「分かってる。今騎士達に死なれては、頭の作戦に関わる」

 銀隠は振り返り、マギジに連絡を入れているブェイを横目に一人竹林から戦場に向けて飛翔する。


 「……勝手に動くなよ。俺も出るタイミング逃したし…」

 マギジに連絡を入れ、ついでとばかりに後方から現れた般若の仮面と竜の仮面を身につけた老人と男性に銀隠が居なくなった経緯とこれからの動きを指示する。

 無論、指示を聞くとは思っていないが念のために指示を出し、後の事は任せて自分も竹林を後にする。

 「さて…ボチボチ行きますか? 義父さん(おとうさん)

 「やれやれ…孫と戯れるだけの事に、些か時間と人材を掛けすぎじゃ無いか?」

 般若の仮面を外す川柳は、後方から襲い掛かる異形種を左手1つで吹き飛ばし竹にその体を突き刺す。

 「全く…異形種共も、この混乱の最中に俺達を潰そうっていう魂胆か? 舐められたもんだ」

 竜玄が太刀を振るい、周囲の竹を両断する。

 そんな二人の姿に、異形種達の動きは止まり警戒する動きが見える。

 「奴らに暁の()()が感付かれるのも時間の問題だ。今の内に作戦を早めるように言っておこう。…都合が良い事に、奴らの雑兵(異形)が儂らに集中しておる間のう」

 川柳と竜玄を囲むようにいつの間にか現れていた異形種の数に、川柳は少し昔に若返った気分になる。

 「暁の考案した作戦と魔法の事がバレたら…考えたくもないですね。義父さん」

 「その、『義父さん』て呼び方はよしてくれ…昔の様に『川柳』で構わん」

 川柳と竜玄が竹林の更なる奥へと向かい、立ちはだかる異形種を倒す。

 暁の作戦が終わるそれまで、作戦の邪魔をする可能性がある者達が自分達に集中している間。

 一人でも多く排除するために、竹林に群がる異形種を蹴散らす。



 「うん…話は聞いてる、銀隠はそのまま行かせて良いよ。マギジとブェイは、作戦を継続何かあったら報告してね。じい様とフローネは後方から二人の援護。ノラと道化は僕の護衛をよろしく」


 各々に作戦を伝え終わり、椅子に凭れ掛かった暁の目線の先には異形と騎士が激しく衝突する。

 砂煙が立ち込め爆炎と爆音は鳴り止むことなく響き、戦いの激しさを物語る。

 そんな中でも、暁の全身を痺れさせる程の威圧的な魔力に暁の頬が緩む。

 「黒ちゃんの熱烈なアピールに、僕の表情筋がイカれそうだよ……」

 そんな事を呟きながら、笑顔で椅子に座っている暁の姿にノラと道化は溜め息を溢す。

 普段は、恐ろしいほどの魔力によって反逆者側へと付いた荒くね共を力で支配し制御している。

 純粋な力のみの戦いであれば、現在の騎士最高峰である『円卓騎士(ロイヤルパラディン)』にも引けを取らないだろう。

 しかし、そんな暁にも力だけでは勝てない相手の一人や二人は存在する。


 「だから、私の力を頼ったんでしたよね? 橘黒を殺す為に――」

 暁の隣に突如として、その男は現れる。

 ノラと道化は、額から流れる汗を隠すように目線を反らす。

 「おやおやおやー? 護衛の方々は、何か後ろめたい事でもあるのですか? 目線を合わせない何て…」

 シルクハットを少し下げ、不気味な瞳がノラを睨む。

 「オグヴェーレ卿、僕の部下をあまり虐めないで頂きたい。それよりも、ここに来たと言うことは?」

 オグヴェーレと呼ばれている蛇の仮面を身に付けた男は、シルクハットから杖を取りだし、片手で軽快に回す。

 「何でも…ノウマン伯爵が何者かに襲撃を受けて、命を落としたそうです。風のような物で切り刻まれたその体は酷すぎて、目も当てれませんでした…ッ…ゥゥゥ…」

 オグヴェーレが涙を流し、その姿を見た暁は眉間にシワが集まる。

 オグヴェーレがシルクハットから取り出した真っ白なハンカチで鼻をかむ。

 凄まじい音が周囲に響き、オグヴェーレが一呼吸置いて話を戻す。

 「…私達()()()は、その風のような物の正体を……銀隠さんの【嵐魔法】ではと考えております。しかし、そうなると暁さんが裏切ったと言う事にも繋がります」

 「確かに…銀隠は風魔法の上位である『嵐』を使えます。しかし、そうなると僕が皆さんを裏切った事になりますが、そんなことはまずあり得ません。銀隠は僕の命令以外聞きませんし、僕もそんな命令を出した覚えはありません」

 オグヴェーレが驚いた表情で数秒間停止する。

 そして、仮面を身に付けていてもわかるほどの満面の笑みで暁の手を握る。

 「そうですね! そうでよね! 暁さんが私達を裏切り筈がありませんよね。世界から()()()()()()()を消す同士ですもの」

 それだけ言い残し、オグヴェーレは姿を消す。

 その気配が完全に消えた事を確信したノラと道化は堪えていた息を吐き出す。

 「ブハッ! ハァハァ…暁。問題はありませんか?」

 「フィー…暁さんも、なかなか演技が上手いね」

 ノラと道化が暁に近付くと、暁の顔がまさに鬼のような形相で椅子の肘当てを握り砕く。

 「…敵を騙す為とは言え……黒ちゃんを『悪』と言い放ったアイツを見逃す苦痛。アイツをらに、何倍にして返してやる……」

 そんな暁の元に紫色をしたぼた餅と類似する物体が現れる。

 その物体が口の様な部分を開き、その物体を通して遠い場所の者と連絡を交わす。


 『遠目からだが、オグヴェーレと対面したな? それで、未だ記憶を弄られたままだと認識してたか?』

 紫色のぼた餅から発せられる声は竜玄であり、その呼吸は少しも乱れている様子はなかった。

 ここか感じられるだけでも、一個師団並みの量を越える異形種と対峙したのに呼吸の1つも乱さない。

 流石は帝王であり、黒の父親だ。

 「相手は完全に、僕の思考を操ってると勘違いしている。『黒を殺せば世界は救われる』っていう妄想染みた考えに、僕自身が過去に支配されていたと考えるだけで…吐き気がする…」

 暁は椅子から立ち上がり、黒がいるであろう場所を見詰める。


 「竜玄さん、黒には手を出さないんだよね? 僕の作戦通りに行けば…確実に黒を敵に回すよ?」

 『親が子供に負けるかよ。それより、本題何だが…お前の作戦を少し早めないと、元老院に俺達に記憶改竄の解除方法が有るとバレるぞ。出来るだけ、早め早めに動いてくれ』

 それだけの言い残し、竜玄の使いであった紫色のぼた餅が煙のように消える。

 それを確認した暁は、マギジの通信端末へと連絡を入れる。

 「マギジ作戦変更。すぐに畳み掛けるから、ブェイと両方向から仕掛けてくれるかな? じい様とフローネが援護するけど、期待はしないでいた方が良いよ」

 『りょーかいー…私はアリスって女を潰すから、良いよね?』

 「うん、構わないよ。でも、決して殺しては駄目だよ」

 「暁ー…俺は適当に相手してればいいだろ? それよりも…元老院の動きを監視させてくれ」

 先ほどまで前線付近に居た筈のブェイが暁の隣に現れ、ノラと道化は揃って驚く。

 「んだよ…いつもの空間だよ」

 暁の返答を待たずしてブェイは片手で空間を切り裂き、開いた空間を通り前線へと戻っていく。

 多くの反逆者達が各々の場所へと向かい、各自の準備をはじめる。


 異形の数が少なくなってきた所を見計らい、暁はフローネの隣に佇むじい様に連絡を入れる。

 『じい様? フローネの精神魔法を解いて良いよ。異形はもう必要ないから』

 手短に用件を済ませ、暁は正面へと向き直る。

 目線の先には、ハートを先頭に騎士団の面々が異形との戦闘を始めている。

 そして――現在一番の面倒事を暁は見詰める。



 ハートの頭上へと飛来した新種の異形種『大型竜種』通称【ワイバーン】に暁は舌打ちする。

 (元老院が寄越した新種の異形種…この戦いで確実にこちら側を勝たせたいんだな…。そうじゃ無かったら、こんな切り札を序盤で切る筈がない)

 暁は近くに居た女性に、テーブルに置かれていた自身の神器を持ってくる様に命令する。


 刀剣型神器モデル『七支刀(ななつさやのたち)』【十國(とおくに)】を手に持ち、魔力を全身に巡らせる。

 「行くよ? 【九尾(キュウビ)】」

 『あいあい。久し振りに、本気で良いんだよな? 牙が疼いて仕方ねぇ』

 暁の頭部から銀色の耳と腰から3本の狐の尾が現れ、その姿から発せられる異様な魔力を黒は瞬時に感じ取る。



 「起きろ…【黒竜】」

 「惑わせ…【九尾】」


 両者の魔力が時間が立つ度に高まり、周囲からメキメキと音が聞こえてくる。

 あまりの濃さの濃度に、空気が圧縮され草木が塵へと変化する。

 天候が怪しく動き、二人が衝突すればここら一帯は消える事が容易に理解できる。

 しかし、そんな二人の後頭部を小突く人影により、高まっていた魔力が途切れる。

 「物語でも、主役が登場すんのは重要な場面だ。今は違うだろ? そこら辺のモブに巻かせとけよ」

 「暁は、そこで見てれば良いんだよ。余興に主役が出たら余興の意味がねぇだろ?」

 翔と五右衛門の二人が二人の高めていた魔力を途切れさせ、正面で暴れる竜型異形種を睨む。

 いや、正確には異形の先に立つ男を睨んでいた。


 「んじゃ…暁は暁のするべき事をしろよ? 俺は、邪魔する奴を片っ端しから潰すだけだからよ」

 五右衛門はその場から勢い良く跳躍し、竜型異形の首筋に向けて刀剣神器。

 モデル『白鞘(しろさや)』【白無垢(しろむく)】を抜刀し、次の瞬間にはワイバーンの巨体は綺麗に2つへと両断される。

 しかし、五右衛門はワイバーンを両断した後に、急ぎ辺りを見回す。

 目標である人影を探し、周囲の微かな魔力反応も見逃さないように神経を集中する。

 微かに頭上の空気が揺らいだ反応に、五右衛門は瞬時に反応し直刀を振る。

 かん高い金属音が響き、五右衛門の前には左腕を義手へと変えた翔の姿を確認する。


 「やっぱり、お前が俺の相手か…翔ッ!」

 「悪いが、お前相手にあんま時間割けねぇんだよ。さっさと――クタバレッ!」

 凄まじい雷が空中で身を捻る五右衛門に降り注ぐ。

 真下に存在した異形は灰へと変化するよりも、速い速度で塵へとなり消える。

 地面を穿ち、岩石を砕く落雷の雨を前に五右衛門は少し困った表情を浮かべる。

 その要因として上げられるのが、今回の大規模戦闘が始まる数時間前の事。


 「―作戦? んなもん必用ねぇよ。翔と正面からやりあった方が直ぐに済む」

 「勝算があるようですね…でしたら、何も問題はありません。――ですが、今回は貴方のワガママ1つで勝手をやっていい状況ではありません。勝算が無いのなら従いなさい…一手一手の行動が重要なのですよ」

 「…ハァー……わーた。従えば良いんだろ? なら、さっさとその勝算に近づくっていう作戦をご教授願いたいね」

 扇で口を隠す孔明の表情はどこか近寄り難い雰囲気であり、魔力が人より少なく。

 魔導師も騎士にも不向きなこの者に、称号を与えざるを得ない実力は計り知れない。

 

 だからこそ、五右衛門は孔明の作戦に乗った。


 2年前からの付き合いである翔を正面からぶつかりたいと言う願望よりも、優先すべき事があるからこそ――五右衛門は己の胸に手を当てる。


「――隙だらけだぞ…五右衛門ッ!」

 雷を纏った義手から放たれる高密度な魔力で形成された雷は、自然に発生する雷よりも威力は桁違いであった。

 皮膚に掠れでもしたら、一瞬で黒炭は確定。

 流石に、上級騎士や金騎士でも所詮は肉や水分で構成された生き物に他ならない。

 人が自然を前に勝てる保証は存在しない。

 例えそれが、人よりも少し頑丈な異族であってもその事実は変わらない。

 しかし、その雷を制御する者は人であり――生物―


 「その雷は、いつまで保ったられるかな?」

 両足強化魔法を施し、姿勢を低く保ち風の抵抗を魔法で極端に軽減させる。

 地面すれすれを走り出し、落雷や翔の雷系魔法を微小な空気の揺らぎから予測し、背を向けたまま疾走する。

 その姿は、追う者から巧みに逃れるまさに『世紀の大泥棒』と言われた【五右衛門】であった。

 しかし、当然五右衛門の予測以上の速度で逃げることは把握済み。

 翔も全身に強化魔法と雷魔法でのドーピングを施し、目にも止まらぬ速度で繰り広げられる攻防に、騎士達はただ立ち尽くす。


 尋常ならざる者の戦いがヒートアップしている最中でも、異形達は進むのを止めない。

 着々とその足で大地を踏み締め、突き進む。

 設置されていた地雷によって足や体が吹き飛び、その体の半分が灰へと変化しても進む事を止めない。

 だが、前線に立っているハートやその騎士団団員達により、異形達は前線に付く前に静かに散る。

 後方の医療部隊が集まる簡易テントには、先ほど現れた新種の異形種によって傷付いた者達が多く運ばれ、その数は先ほどの倍であった。

 それでも、医療部隊の者達は焦らず急がず、確実に治療を行う。

 当然救えない命も少なからず現れる、そんな現実を目の当たりにし隅で泣き崩れる新米騎士が多くいた。

 そこは、薬品の香りが充満し、配属されて間もない医療部隊の新米騎士が赤く色付いた包帯を持ち、同じ通路を行き交い。

 そこで、放心状態の新米騎士の若者を見付けた包帯だらけの老兵が、水の入ったコップを片手に放心した若者騎士に歩み寄る。

 「…辛いか? 流石に、若者には堪えるだろう」

 老兵の左足は包帯が巻かれており、膝下から足がなくなっていた。

 そんな老兵の姿に、若者は恐る恐る尋ねる。

 『痛くはないか?』『怖くはないのか?』『死ぬことに、恐怖は何のか?』

 何個かの質問をすると、若者は自身の持ってい仲間の団服を握り締める。

 「……仲間が死んだのか…さぞ辛いだろうな。今もこうして何人もの仲間が死んで行く、先日まで飲み明かした同士が次々と倒れる…」

 若者はボロボロに破けた仲間の団服を抱き締め、涙を流す。

 体は戦いの恐怖で震え、自分の耳には直前まで一緒に戦っていた仲間の断末魔が耳から離れない。

 武器を持つのさえも恐怖を覚え、あの場に立つのを拒む。

 「もう…嫌だ。戦いたくない……死にたくないッ!」

 そんな若者に老兵は、水の入ったコップを手渡しやさしい手付きで頭に触れる。


 「それで良い…恐怖を持ち続ける事でしか、見えてこない景色もまた存在する。人間が一番恐れないといけないことは『慣れる』事だ」

 老兵は「場所を変えようか」と言い若者を連れ、簡易テントの外へとむかう。

 外では、軽症な者や治療が済んだ者達で溢れていた。

 老兵は近くの木陰に座り、若者の隣で煙草に火を付ける。

 「初めは、自分や仲間が死ぬことに恐怖して、何度も任務を放棄しようとした。でもな…それでも、戦うしかなかった。自分の背中に託された想いや守るべき家族を思うと、逃げ出せなかった…」

 煙草の煙を吐き出し、空を仰ぐ。

 目を瞑れば、鮮明に思い出す壮絶な戦いの記憶――しかし、老兵にはその記憶に何の感情も湧かないと接げる。

 「多くの同胞を失い。多くの異形を倒した者は…いつしか、恐怖すら感じなくなり…同胞の死にさえ涙が出なかった」

 老兵は煙草の火を地面に擦り付け消し、若者の肩にそっと触れる。


 「何事も初心を忘れるな。恐怖があると言うことは、感情がある証拠だ。この戦場で、感情を無くした者達は戦士でも人間でもない――ただの兵隊だ。今のお前の背中に託された想いや仲間を守るために戦え。倒すためでなく――守るために…」

 老兵はゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと戦場へと向かって進む。

 「…守るために…戦え……」

 いつの間にか、若者の心から戦いに対する恐怖が和らぐ。

 失った仲間の団服を握り締め、仲間の顔を思い返す。


 「守るために……俺は戦う」


 若者は再度戦場へと向かう。





 五右衛門と翔の戦闘が激しさを増す中で、多くの異形者達が反逆者との戦闘を一斉に開始する。


 天童とアリスの戦闘部隊は各々前線から『右側』と『左側』と別かれて進む。

 天童が任された右側の前線では、中型異形種【ケルベロス】が暴れまわり、騎士達を弾き飛ばす。

 「天童さん! 中型異形種がいっぱいきちやってるんですけど? 仕掛けるのはまだなのかしら?」

 天童の微動だにしない姿勢に、ミッシェルはオロオロとその場で動き回る。

 「――ミッシェル、出番だ。前線の騎士を一旦下がらせ、後方の部隊と連携し一斉射撃を始めろ。その間にミッシェルは分厚い岩壁を作って異形の足止めをしてくれ」

 「うん。分かった」

 ミッシェルの跳躍によって発生した凄まじい風圧により、多くの砂が天童の顔面に直撃する。


 「……口に入ったんだけど…」


 退却を始める騎士達の背中目掛けケルベロスが牙を突き立てる。

 そこに割って入ったミッシェルの強烈な殴打によって、ケルベロスの三つある首の1つがへし折れる。

 「土魔法――【拒絶する長城の障壁バーレーン・グランプリナ】ッ!」

 魔法と呼ぶにはいささかミッシェルの『愛』が込められた岩壁に、天童は全身の毛が逆立つ。

 頑丈な岩壁に阻まれ、異形達が壁に群がる。

 ケルベロスなどの中型異形種はどうにか壁を越えようと、もがき壁を噛み砕こうとする。

 そして、そんな隙だらけの異形目掛けて、後方から前線の部隊と合流を果たした後方部隊からの一斉射撃。

 ミッシェルが魔法を解くとそこは、灰の山が辺りを埋め付くしており。

 灰色1色の大地に、ミッシェルは妙な胸騒ぎを感じる。


 「――階級金騎士以下の者達は、即座に医療部隊が置かれている作戦本部に撤収せよ。今すぐッ――!」

 突如聞こえてきた天童の叫び染みた声に、ミッシェル達は驚き一瞬硬直する。

 そして、次の瞬間には――砂煙を巻き上げて進む人型異形種【ハンター】の大軍勢に恐怖を覚える。

 まだ距離が十分あるのに対して、その異形達の表情は獲物を求めて一心不乱に突き進む怪物であった。

 急ぎその場から逃げ出そうとする騎士達だが、ハンター驚異的なまでの移動速度よって、あっという間に背後まで近付かれる。


 「ヒャッハハハハ―――! 開幕速攻で、騎士共の頭蓋骨粉砕してやんよッ!」

 ハンターの一人が騎士の肩を掴み、力を入れる。


 「そう簡単には、一人一人殺れると思うなよ?」

 ハンターの側頭部に天童が蹴りを叩き込み、ハンターの首と胴体を2つに分ける。

 背中からはあまりの衝撃により背骨が露出し、砕けた頭蓋と真っ赤な血潮を挙げる胴体を次に向かってくるハンターに向けて蹴り飛ばす。

 飛んできた胴体に躓き、数人のハンターがよろめきその隙に天童の回し蹴りが炸裂する。

 透かさず、ハンターの頭部を片手で掴み大きく振りかぶったハンターの体は、大きく反れながら宙を舞う。

 地面に体を打ち付け、砂煙を挙げながら地面を転がる。

 天童は次々と異形達を殴る蹴るなどの体術を駆使し、ハンター達の体を的確に破壊する。

 その正確なまでの一打一打は、天童の強さを象徴する力その物であった。


 「来てくれ、Σ2(シェルヒィー)。異形共の正確な数と位置を教えろ! 早くッ!」

 腰のホルスターから抜いた拳銃の引き金を引き、発砲音と共に空の薬莢が辺りに散らばる。

 Σ2が高速演算を始め、数秒後にハンターの数と位置を予測した情報が天童の持つ端末に送信される。

 その情報を確認した天童は、強化魔法を施した脚で戦場を走る。

 数体のハンターを横目に走り、頭部を的確に銃弾で吹き飛ばす。

 接近したハンターは踵や肘で顎や頭部に強い衝撃を与え、透かさず関節を砕く。

 ハンターの腕を掴み、そのまま背後に迫ったハンターに向けて叩き落とす。

 遠くから迫るハンターは、持っていた手榴弾で地面諸とも吹き飛ばし、足や腕を失ったハンターに止めを刺す。


 冷静に空になった弾倉を交換し、手早く次弾の準備をする。

 先ほどまでのハンター達の威勢が消え失せ、遠くから天童の様子を伺ってる様にも見える。

 ――だが、それ間違えであって()()()()()()()()()()()のであった。

 

 「『旧黒焔騎士団第7師団所属。その精密機械の様に、敵の体を正確に破壊する戦闘スタイル。その姿はまるで、()()()()()』報告書では、貴方の攻撃を食らったら…タダでは済まないらしいですね」

 全身を炎で包まれた馬に騎乗したノラが、天童の正面に立つ。

 「ですが、私の()()()()の前では、ただの棒と何ら変わりないでしょう」

 両腕を上段に構え、ムエタイ選手の様な構えに似た構えを取り音速に近い速さで繰り出される蹴りに、天童は咄嗟に右腕で足を叩き落とす。

 天童の右腕は真っ赤に腫れ、天童の顔は苦痛に歪む。

 「矛も、所詮強固な盾を前にすれば…砕ける物です」

 天童が上段からの蹴りを紙一重で躱わした所で、ノラの下から抉るような殴打に天童の体は既に限界を迎える。


 「諦めたらどうですか? …反逆者の構成員は少なく見積もっても、お前達と同等の金騎士が半数です。潔く降参した方がいい」

 「冗談言ってんじゃねぇよ……俺達の目的は、暁だけだ。つまりそれは――()()()()()()()()()()()()()()()()…俺達はな」

 笑みを浮かべる天童と、その役割を聞いたノラの表情は焦りを隠せずにいなかった。

 手元の端末に向けて声を張り上げる。

 その直後、暁が居る方角から巨大な黒炎が上がり周囲の岩盤諸とも吹き飛ばす。

 あまりの衝撃に硬直するノラの背中を狙う天童だが、振り返ったノラの表情は先ほどまでとは打って変わって焦りは1つ見えない。

 ――まるで、天童を油断させる()()とでも言うかのように…





 アルフレッタと美月の二人が、竜型異形種の出現によって散り散りになってしまった部隊に退避を命じる為に馬を走らせる。

 生き残った者達や負傷者は早急に後方の笹草率いる医療部隊の元へと向かわされるが、その数は増え続ける一方。

 そんな現状に、アルフレッタは唇を噛み美月は向かってくる【ハンター】達を睨む。

 ハートとヴォルティナが前線を拡大しようと奮闘するが敵の数は少なくなっては来ているが、反逆者も少なからず介入し初める。

 大型や中型の異形種の変わりに人型異形種である【ハンター】が戦場をかき回す。

 アルフレッタと紅の二人は、出来るだけ早く負傷者の救護を行い。

 前線に立つハートの元へと向かいたい一心で馬を走らせる。


 「みんなー…急がずに焦らずに慎重にだよー。ハートちゃん達が異形を抑えてる今のうちにー」

 瓦礫の下敷きになった者を助けるために、美月は水魔法を使い瓦礫をどかす。

 多くの騎士達が後方へと退く最中、アルフレッタはある一点を見詰める。

 そこには、多くの反逆者達の姿が確認され、アルフレッタの背後から【炎神(イフリート)】が姿を現す。

 「――紅は後方に退く騎士達の護衛に専念しろ! ここは…俺が食い止める」

 炎神が背後に向けて左腕を真横に振り、地面から巨大な炎壁が出現し反逆者の行く手を阻む。

 「さて…俺も仕事するか……」

 一斉に走り出す反逆者達を睨むアルフレッタはその場で構えを取り、炎神は巨大な炎剣を持ち構える。

 アルフレッタの姿を遠目から見詰める銀隠が、その手に持つ拳銃に銃弾を装填する。



 天童の任された右側の前線と逆の左側の前線の指揮を行うアリスは迫り来る自身と同等な力を有する反逆者達に苦戦を強いられる。

 その上、何故か自分にばかり突っ掛かってくるマギジの相手に骨が折れる。

 「あんた見たいな面倒くさ過ぎる女は、直ぐに男に逃げられるわよ? それとも……逃げられた後かしら?」

 「ハァ? あんた見たいな、ババァに心配される事じゃねぇよ! それに、まだ若いから~」

 アリスのカトラスとマギジの2丁拳銃が火花を散らし、辺りを巻き込みながら両者の衝突は激しさを増す。

 次第に広がりを見せる反逆者と騎士達の戦いに、多くの同胞である騎士達も集う。


 そして、そんな戦況を一人見詰める孔明の背に異形が忍び寄る。



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