五章六節 佇む過去の背中
黒が寝込んで2日が過ぎ、流石に心配してきた碧と茜が1人だけ眠り続ける黒の元へと向かう。
扉を少し開け、中を覗くが変わらず眠り続ける兄の姿が見える。
ゆっくりと扉を開き中へと足を踏み入れると、突然黒が起き上がり二人はその場で軽く飛び上がり盛大に悲鳴を挙げる。
それに驚いた黒が布団から出るよりも速い速度から襲い掛かる。
アリスのドロップキックに黒の意識は再度闇の中へと沈んでいく。
「…何もしてないのにコレか? 痛くてしょうがねぇよ」
黒は首の骨をボキボキ鳴らしつつ、軽く肩や腰を動かすストレッチを行う。
「妹ちゃん達が悲鳴挙げてたから、痴漢とかの類いかと…」
アリスが座敷の上で正座をしつつ謝罪し、黒もアリスの反省している態度にアリスを許す事にする。
約1週間の休暇を終えた黒達は、アリスの戦艦に荷物を次々と乗せていく。
その中には、対異形用の特殊銀弾が入った弾倉が大量に積み荷として倉庫へと持ち込まれる。
それを見た新米団員達は、いよいよ反逆者との全面対決へと踏みきったのだろうと理解した。
天童や大輝達の装備も各々が持つ神器よりも、そのアーマーやプロテクターが目につく。
動きやすさを重視し下半身は出来るだけ動きやすくするために、膝下のみのプロテクターを装備している。
上半身には、アーマージャケットと肩から腕全体を保護するプロテクター。
アーマージャケットはまるで服の軽さと着心地からは、想像出来ないががその強度は申し分無い。
製作者曰く『並の攻撃なら、そのアーマージャケット一枚で十分。その代わり動き下半身の動き易さを重視したから、下半身を狙った攻撃には注意した方が良い』
黒達が各自で装着と最終チェックを終えた黒を先頭に、翔達『四天』が並び天童とアリスの背後に元部下のミッシェルと千夏という面子。
もしそこに、未来や五右衛門達が居れば、本当『黒焔』の完全復活だったのだろうか。
「――翔は五右衛門の足止め、大輝とユタカタは妨害してくるであろう異形を蹴散らしつつ全軍の援護。天童とアリスは周囲を警戒しつつ、指揮官経験のあるお前達で全軍の指揮をしろ。佐奈は出来うる限りで構わないが、ロークと綾見の援護をしてくれ…二人が先走らない様にしとけよ?」
黒の命令を受け全員が静かに頷き、それに応えるように黒が全団員の前に立つ。
その表情はどこか上の空にも思えた。
「――俺の為に死んでくれ。今、俺が言える事はこの言葉1つだ。勝てる保証も生き残る保証も無い今だから、希望を抱かせて後々辛くなるより事実を述べる。…この戦いは、暁達反逆者を殲滅しない限り終わらない」
黒の話に震える手を必死に抑える者や死への恐怖を募らせる者達が目にはいる。
当然の黒も、自分が生き残る事は考えていない。
それ以上に、自分のワガママ1つで彼らの命を捨て石の様に利用してい良いのかと思う。
しかし、今さら考えを変えては、それこそ彼らの決意を踏みにじる行為になってしまう。
(……こんなんだから、黒焔は一度消えたんだよな…)
すると、黒の頭部を突如襲う衝撃に黒は船首から転げ落ち、甲板に顔面をぶつける。
黒は頭上を見上げ、衝撃のした方を振り向き睨む。
そこには、衝撃の光景に黒は笑みを浮かべる。
「お前らは、関係ねぇだろ? それとも、ただ暴れたいのか?」
黒の頭上には、巨大な鷲の背に立つ『禁忌の聖騎士』の面々がいた。
腹が立つほどの見下した様な目線と全員揃っての仁王立ち姿は、壮観である。
恥ずかしさを隠すように、黒と目線を合わせようとしない笹草や黒を見ては満足気にしているヴォルティナ。
クッキーをリスのように頬張る紅とそんな紅にため息を溢すアルフレッタ。
「…禁忌同士。手を組んで打倒反逆者ってのはどうだ? 黒」
ハートが黒の待つ甲板へと降り立ち手を差し出す。
当然のように、黒はその誘いを受ける。
固く結ばれる両者の握手と、次々と甲板へと降り立つ同士達はそれぞれが行うべき事を理解する。
笹草は前進し続ける全軍の救護と広域支援を行う。
アルフレッタは前線を買って出て、強固な異形の壁を貫く。
紅もアルフレッタ同様に前線に立ち、壁役として異形の進行を抑える。
ヴォルティナは後方から自身が造り出した巨像兵を用いての中距離から砲撃支援地面を利用した壁としての役目を担う。
ハートは黒に言われずとも、黒の左側に立つ。
禁忌の中でも、黒と2年前からの付き合いなハートは黒の考えを理解している。
正面から暁とやり合うとすれば、暁率いる金騎士級の幹部達をこの少数で相手にしないと行けない。
禁忌の五人が率いる団員達を合わせても、数が有利でもその戦力はこちらが不利である。
しかし、黒は思うのであった。
この仲間達並ば、勝てるやもしれん。
暁と最後の決着を付ける為に、多くの仲間の亡骸を踏み締めないと行けないと思うと頭が痛い。
そんな黒の背を支える暖かな温もりに、黒は後ろを見る。
大切な妹達二人が黒の背を軽く押す、その顔は笑みを浮かべており。
きっと大丈夫だと思っているのかもしれない。
過去に『日本列島』と呼ばれていたその大地は、多くの異形防衛装置により豊かな自然は数える程度しか無くなった。
一部の海上は過去の大規模戦闘で干上がり、今では草木一本育たない死の大地が存在した。
そして、その地に黒達黒焔は立っており、その目線の先には多数の異形種を引き連れた反逆者が現れる。
黒達黒焔を含めた多くの騎士達が陣形を整え終わり、各陣形からの合図を待つ天童。
「黒、全部隊の用意が出来たぞ」
「そうか、全軍……突撃」
黒の合図と共に、多くの騎士が声を挙げて敵目掛けて突き進む。
「皆……計画通りにね。目的は、あくまで黒ちゃんだからね?」
2つの勢力が怒号を挙げて、見渡す限りの大地を突き進む。
ドライバとドライバがぶつかり、魔法と魔法が衝突する。
魔法で造形した地面の壁や、足下から出現した遮蔽物に身を隠しながらの銃撃戦が勃発する。
流れ弾で肩を射ぬかれた者や、魔法の衝撃で遠くに吹き飛ばされた者達が笹草やその団員達の元へと運ばれる。
手当てを繰り返しても減らない負傷者に、団員達は焦り始める。
しかし、笹草は今だ余裕の笑みを浮かべ手当てを行う。
慎重かつ手早く的確な処置に多くの負傷者が瞬時に復活する。
「皆さん、焦りは禁物です。焦っていては、余計な手間と時間を浪費する原因となり。的確な処置を行う思考を乱します」
治療した幹部に優しく手際よく包帯を巻き、負傷者に優しく微笑む姿はまさに『聖女』であった。
「今は、信じましょう。あなた方の団長方が、必ずや戦況をひっくり返すその時まで……私達は多くの命を救うのです」
笹草の言葉に後方支援を任された医療部隊は大きな返事と共に、周囲から焦りが消えていく。
そして、自分達の団長に応えるために多くの新米騎士や黒焔団員が奮闘する。
目まぐるしい成長度合いに、暁は『今の黒ちゃんが出会った新米団員の子達は、並の騎士より強くなる』
そう言葉にすると、ブェイや銀隠らも頷く。
マギジは暁が召喚した甲殻型異形種である『バジリスク』の背に揺られながらある一点を見詰める。
同様にマギジが見詰めている者もマギジを見詰める。
両者の凄まじい眼光に、周囲の仲間は少し引き気味であった。
「暁…ごめん。あの女やっぱり殺して良い?」
空間を開き、まるで首が浮いているように見えるなかで暁とマギジは話をしている。
「ダメだよ。彼女達も、僕の大事な計画の一部何だ。それに、面識は無くとも昔はお世話になってたかもしれないよ?」
そう言われたマギジはバジリスクの頭を軽く小突き、指を指した方角へ行くようにバジリスクに指示を飛ばす。
バジリスクを先頭にヘカトンケイルなどの大型種や中型種の『ケルベロス』『リザードマン』などが地を走る。
銀弾が何千と宙を駆け巡り、異形種の体を貫き灰へとその姿を変化させる。
騎士達の足下には空薬莢がそこらかしこに散らばり、薬莢が抜けた弾倉もまた地面を覆い隠す。
「このまま撃ち続けろ! 奴らに反逆の透きを与えるなッ!」
天童とアリスの指揮の下、数名の指揮官が天童達の作戦を各前線で戦う者達の耳に入る仕組みになっていた。
新米や未だ未熟な騎士達は、後方から遠距離型ドライバなどで敵の足止めや弱った敵を仕留める。
その間に、懐に潜り込んだ騎士達が前線を引き上げていく。
後方からの援護射撃と気付いた時には懐に入られ内部と外部からの2つの力により、異形種の大軍勢はたちまち崩壊する。
しかし、簡単に倒される敵ほどその数は多く。
簡単に倒されると言うことは、簡単に量産されていると言う事にも繋がる。
一向に数が減らない異形達の進行と、徐々に減り始める銀弾や騎士達の体力。
状況は極めてマズイ状況へと向かい始める。
元々不利な戦況化での戦闘を強いられており、物資の補給も望めない状況なのは元より承知である。
しかし、いざその状況に陥ると不安が募るばかりであった。
「―――野郎共。一掃しろ…」
その一言が発せられた次の瞬間には、前線近くの異形以外は全て大きな土煙と凄まじい爆発音により一掃された。
数分後に、土煙が収まり辺りを見回すと巨大なクレーターが幾つも存在した。
しかも、それを行ったのがたった1人の上級騎士であった。
「ヴォルティナ! 第2波が来るぞ。さっさと準備しろ」
「なに他人事見たいに報告してやがんだッ! お前らもさっさと前線上がれ!」
ヴォルティナと言い争うアルフレッタに騎士達は、目を丸くする。
「良くやった。後は残りの異形共を一掃し、反逆者との全面対決だ。俺達の背中は任せたぞ?」
「はッ…! …はい! お任せ下さい!」
騎士の肩を軽く叩き、ハートは遮蔽物を乗り越え更地となった前線に足を踏み入れる。
アルフレッタ、ヴォルティナ、紅、碧、茜、天童、アリス、ヘレナ、佐奈、ユタカタ、大輝、翔。
かの者達の正面に立つハートの見詰める先には、暁とそれに付き従う下上級騎士の面々。
ブェイ、銀隠、マギジ、道化、ノラ、じい様、フローネの姿も当然存在する。
そして、彼らとは別に凄まじい魔力濃度の般若の仮面を身につけた老人と竜の仮面を身につけた男の姿も確認できた。
そして、翔との一騎討ちで勝敗が決まると言っても過言ではない。
問題の『五右衛門』と『孔明』の二人が暁の背後から姿を現す。
「――絶景かな? あっ絶景…かな? …いや、そうでもねぇな」
「それを言ったらダメですよ。ましてや、使う場面をもっとちゃんと考えてください。その称号と貴方の頭は噛み合っていませよ」
「まぁまぁ…二人共、仲良くやろうよ。それと、孔明は五右衛門に指示を出すだけでいいから、後は僕達でやるよ」
暁が片手に持っていた太刀を鞘から抜き取り、黒の立っているであろう方向へと刃先を向ける。
五右衛門は、煙菅をくわえゆっくりと歩くヘカトンケイルの頭に乗り移り戦況を眺める。
孔明が扇で口元を隠し、戦況をじっと見詰める。
再度出現する異形の群れに、ヴォルティナは片手を軽くあげる。
その動きと呼応するように足下の地面が動き出し、他の巨像兵とはうってかわって約40メートルもする巨大な巨像兵がヴォルティナの背後に造り出される。
背中の排熱機関からは大量の蒸気が吹き出し、その他の場所からも少なからず蒸気が漏れ出ていた。
ヴォルティナが指を指し、巨像兵が指を指した方角へと向きをゆっくりと変え口を大きく開く。
開口部に向けてヴォルティナの魔力が徐々に集まり、巨大な魔力の塊が形成される。
巨像兵の両腕が辺りの地面を吸収し腕の形を変形させ、地面に固く固定する。
巨大な魔力砲に巨像兵自身が耐えれる様に、前のめりな状態で停止する。
開口部が埋まるほどまで膨張し続ける魔力に、巨像の口もその形を変形させ口が裂け始める。
全身から漏れ出る蒸気の量が一気に増え、凄まじい熱気が辺りを呑み込む。
開口部に蓄積された魔力が一瞬で弾け、ヴォルティナの正面に迫っていた異形種は地面諸とも塵へと帰る。
しかし、異形種を格段に減らせたとしても、ヴォルティナの目的であった暁達の寸前で魔力砲は霧散する。
「結界か? いや…そんな類いの物で、私の魔力砲を打ち消せるわけがない」
ヴォルティナが再度巨像兵に魔力を与え、第二射の用意に入る。
しかし、そんな透きを与えるほど敵は優しくもなく。
1回目の第一射で異形ではなく、反逆者の幹部数名を葬れなかったことは今後の戦況に大きく響く結果になった。
それをヴォルティナは理解しており、自分の心の中で一番の失態だったと怒りを抑え込む。
ヴォルティナが怒りを抑えたのには意味がある。
ここで自分のペースを崩せば相手に自分のペースを握られ、終始相手の思い通り動かされる。
ヴォルティナは、瞬時に状況整理と視覚から情報を集め、迫り来る小型異形種を巨像兵で蹴散らす。
自分のペースを崩さないように、後方へと一旦下がろうとする。
しかし、ヴォルティナの行く手を遮るように元金騎士級の反逆者がヴォルティナを囲む。
「――ッ…! クソうぜぇ…」
前に進めば四方を更に大人数の異形に囲まれ、後方の自陣に戻ろうならば多くの仲間を危険に晒してしまう。
退路を断たれたヴォルティナは、懐から金色に輝く小さな笛を取り出す。
金騎士級ともなれば、それがヴォルティナが有する『神器』である事は瞬時に理解できる。
「…一旦退くぞ」
その場の反逆者達を束ねる指揮官らしき男が瞬時にヴォルティナから距離を取るように命令を出す。
多くの戦場を経験しているのか、集団戦闘ではヴォルティナよりも遥かに経験が積まれている。
瞬時に距離を取り、全員が全員ヴォルティナの射程範囲ギリギリで待機している。
当然の如く敵は戦い慣れており、相手が苦手とする陣形や立ち回りを瞬時に判断し実行する。
ヴォルティナやその他禁忌などの主力騎士が単身で、反逆者と立ち回ろうとした浅はかな考えを生んだ原因が、ヴォルティナの目の前に存在した。
黒達が反逆者の戦力を見誤る原因の1つに挙げられる物に、黒達が最も重要視していたのが、暁や表立って動く幹部達の実力であった。
その為、他の金騎士の実力をあまり重要視していなかった。
単身で挑めば、黒やハートならば造作もなく蹴散らせるであろう者達が五人以上のチームで動く。
これらの動きを予想していなかった黒達には、敗北への兆し見える。
「――クソッ…! こうも雑兵が多いと、邪魔で仕方ねぇ」
『諦めなー…ましてや、コイツらの相手に集中し続けると前線が総崩れだ』
ヴォルティナの耳に取り付けられたインカムからは、アルフレッタの声が聞こえてくる。
あちらもヴォルティナ同様に、既に戦闘を始めている模様であった。
当然ヴォルティナも、そう何分も突っ立ていては禁忌としての名前が現在の黒同様に名ばかりの代物へと変わってしまう。
しかし、ヴォルティナは自身で戦うよりも巨像兵が主に主力である。
それを知っているのか、反逆者達はヴォルティナの巨像兵が万全な状態で活動できる射程範囲内に入らず、範囲外からヴォルティナの様子を見詰める。
ヴォルティナがその気になれば巨像兵を範囲内から出させて、範囲外にいる反逆者を討ち取れる。
だが、範囲外に巨像兵を操るとなると途端に崩れてしまう。
範囲外に出てから体が崩れる時間よりも早く、巨像の再構成を行えば不可能ではない。
しかし、巨像兵の射程を越えての無理な再構成を行うための時間。
ヴォルティナが全神経を研ぎ澄まし数秒だけ早く行ったとしても、そんな所を彼らが黙って見ている筈がない。
「―ドライバの起動と、必ず二人以上で行動してください。……参りますよッ!」
指揮官の号令と共に、一斉に動き出す反逆者達にヴォルティナは四方八方に動き回る相手の動きに完全に反応出来ない。
中距離型の拳銃や自動小銃が一斉に起動し、銃弾の雨を降らせる。
瞬間的に、銃弾が自分の体を貫く前に自身の周囲に巨像兵を展開し壁となって銃弾からヴォルティナを守る。
土人形の巨像兵は、何千何万と増え続ける銃弾に岩盤で出来た装甲が次第に崩れ始める。
ヴォルティナが再構成を考えはしたが、これ以上余計に魔力を浪費してしまうと、反撃時の魔力が無くなってしまう。
巨像兵の装甲が完全に砕かれ、砂と土で原型を形作った巨像兵が撃ち抜かれその場に崩れ落ちる。
次々と巨像兵が破壊され、ヴォルティナがその場から逃げようと背後を見せた次の瞬間――指揮官の男が剣を構え、ヴォルティナの背後目掛けて跳躍する。
一瞬にして間合いを詰められたヴォルティナは、魔法で障壁を展開するよりも速い速度で振り下ろされた剣先を見ていた。
「【巌拳】ッ! 」
目前に迫っていた男が螺旋を描くように回転しながら、遠くの岩影にまで吹き飛ばされる。
「貴女は…確か……」
「お久しぶりですッ! 【瑠璃の皇女】の称号保持者。幸崎 千歳。恥ずかしながら、ヴォルティナ姉様の元へと馳せ参じましたッ―――!」
千歳が正拳突きや回し蹴りなどの武術を巧みに使い、ヴォルティナに迫っていた反逆者をヴォルティナと協力して撃退する。
「1つ聞かせて…この戦いは、議会も連盟にも連絡はしてない。完全に私達禁忌同士での勝手な戦いだ。それなのになぜ千歳はこの場に立っている?」
ヴォルティナの唐突な質問に、幸崎は苦笑いを浮かべつつその問いに返答する。
「…一応、私にも上役から『黒竜帝と反逆者の事が済み次第、戦場へと迎え』との命令だったんですけど……来ました。命令違反です」
幸崎が笑みを浮かべながら、上役の命令に背いたと軽々しく断言する。
ヴォルティナは理解できない表情で幸崎の額小突く。
「お前達のような、新参者の騎士は私情で動く事よりも、上役のご機嫌を精一杯取ってれば良いんだ。私達の様に、力に嫉妬した他の騎士から後ろ指を指される可能性だってあるんだぞ」
しかし、以前として幸崎はヴォルティナの目を真剣な表情で見詰める。
「……な…何?」
幸崎がヴォルティナの背後に迫る異形を拳1つで吹き飛ばし、背中をヴォルティナに向ける。
「私は悲しいです、ヴォルティナ姉様に心配されてる事ではなく。―私が黒先輩よりも憧れた騎士から、上役の機嫌を取ってろ。…何て言われた事が、非常に悲しいです」
ヴォルティナを戦場に残し、幸崎は一人異形の群れに向けて巡る駆け出す。
そんな幸崎の後ろ姿に、ヴォルティナは過去の自分が1人の少女に見せた後ろ姿を思い出す。
「…全く……情けないったらありゃしねぇー…時が立つのも早いし、自分の理想が変わった事を常々感じるよ。…全く」
ヴォルティナが一人静かに空を見上げる。
爆炎が辺りから立ち込み、ドライバなどから香る硝煙と異形の変わり果てた灰が空に舞う。
(久しぶりに、空をゆっくりと眺めた気がするな…)
目を閉じれば、頭の中に浮かぶ光景。
そこは、廃棄品や鉄屑がゴミ溜めの様に手付かずのまま放置された世界。
しかし、それはしの世界の裏の顔でしかない。
表の光輝かしい世界から、溢れるような日を浴びる事しか出来ない子供達とそれを仕方の無いことだと決め付ける表の人間達。
小型の異形に囲まれていたボロボロの服装に身をつつんだ少女、彼女を助けた自分が無責任に言い放った言葉。
『生きたいなら強くなれ。異形にすら屈しない者が騎士になり、英雄に成るのではない。誰かの為に命を張った者こそが――真の英雄に成るのだ』




