五章五節 動く暁と留まる黒
竜系魔物以外にも多種多様な魔物が多く存在し、現在ではその数も数え切れないほどに多く誕生している。
母体として生まれ落ちた魔物と、母体である魔物から産まれ派生した魔物。
母体から派生した魔物とは違い、母体よりも優れた能力を持った『亜種』として生まれた魔物の種類も少なからず存在した。
そんな魔物の中でも、特殊な力を宿した魔物が竜系魔物。
魔術王から特別に与えられたその力は、他の魔物達よりも頭1つ勝っていた。
それの力を竜達は――『継承』と呼んだ。
『継承』の力は、祖竜として存在する『祖竜』と人の間から生まれた数名の竜人から、祖竜と同じ力を継承した者や、新たな力に目覚め派生させた者達もいた。
祖竜は自身を宿した宿主が、その人生を終えるその瞬間まで自分の力を『継承』していった子供達を遠目から眺めていた。
幾百の月日が立ち、祖竜の力の一部分を『継承』した竜達が増えて行く。
気付けば、竜人族と言われる様になった頃には、自分を宿す可能性が極めて高い『皇族』と言う原種の竜人族の一人が皇帝と名乗り、その一族が治める【皇宮】で祖竜は長い眠りから目を覚ます。
「――つまりは…主殿と同じ竜人族は、魔物の血を直接継いでいる。簡単に言えば、竜人族は『魔物の守り人』じゃ」
鑪は鬼極の説明を聞いた上で、思い返して見る。
腕力では我々鬼人族に劣る種族が、魔物の力を完璧に使いこなすのであれば、鬼人族でさえも魔物の腕力には歯が立たない。
生まれた時点で魔物が覚醒するのは、『継承』により魔物の力を確実に受け繋ぎ、古代兵器と共に魔物を守護する為。
黒の身に本来宿っている黒竜とは別に存在する鬼極丸が、黒の体を介しても魔物としての戦闘能力を発揮出来たのは、その血筋による物。
古代兵器が魔物の思い通りに動かないただの部屋だとするならば、さながら竜人族は勝手が聞く乗り物。
竜魔物の以外の魔物も自由に乗り降り可能な自分達の意思で動かせる乗り物が竜人族。
「話は終わりだじゃ……そう言えば、答えを聞いてなかったのぅ? 世界か種族かどちらを取る?」
鬼極の質問に鑪は即答で『世界』と答え、その答えに鬼極は、満足した表情で社を後にする。
日咲や峰親がその場で崩れ落ちる鑪の側に寄る。
「儂の答えは…正解なのか? 日咲よ……どう思う?」
「お祖父様の考えは、いつも正しいです。あの人の人生を『道具』として終わらせないように、一人で立ち向かったのは正しい答えだよ……」
「そうか…それと、儂の先の行動で、1つ分かった事がある」
「分かった事…ですか?」
日咲が地面に座り込んだままの鑪の側へと近付く。
「かの竜帝…橘殿は力を封印されてはいない。そう思い込んでるだけだ!」
鑪は背を向けて歩く黒の背を睨む。
「橘殿に『力は封印され、思うように力を発揮出来ない』と信じ混ませ、橘殿と言う力を上手くコントロールしている。その証拠に、橘殿の魔物である鬼極丸は自身の力を存分に使っているのにさえ、宿主である橘殿は倒れる素振りすらない」
鑪は硬い地面を力強く叩き、小さな亀裂が生まれる。
「―何と戦ってるのだ一体。敵を欺くために、子供の力を利用している。そこまでしても、この世界に反逆したいのかッ……! ――川柳よッ!」
鑪の額に血が集まり、鑪の発する威圧のみで周囲の木々が軋みだす。
「ですが、もしも彼らに手を出したら…流石の我々では歯が立ちません。過去に『帝』と呼ばれた橘殿を入れて、二人の帝王。その他にも並々ならぬ猛者の集まり、そんな彼らが一同に世界へ挑んでるんですよ? 規模も力も全くもって別次元です」
日咲は鑪に手を貸し、未だにふらつく鑪を支えながら下山を始める。
その後ろ姿を見詰める峰親と晴明は、目先に迫る種の絶命を避ける為に今一度『世界』へと戦う意思を固める。
しかし、それは――今すぐに『世界』の敵に回る事であり、目先の危機が消え。
予測不能な『世界』からの侵略や刺客等の危機が訪れる事が決まった。
「目先の危機よりも、対策を取れる『後々の危機』を選ばれたと言う事か…」
「峰親はどう思う? 反逆者の味方に付く?」
「『付く』『付かない』そんな問題じゃない。付かなければ、『種の絶命』付けば『反逆者』どちらを取っても…修羅の道。……いや、絶命の道か?」
日咲達の後を追うように、峰親と晴明の二人が下山を始める。
――社の茂みからは、暁と銀隠の二人が恐る恐る顔を出し鑪達4人の様子を伺っていた。
「…結果的にみれば、鬼極丸が鑪さん達を力でねじ伏せた事になるよな?」
「まぁ…結果オーライだよ。僕達が鑪さん達と話をしても、余計に彼らのプライドを傷付けてしまう恐れがある。その点、鬼極丸は強者としての力でねじ伏せた。…多くの人が力でねじ伏せるのは良くないと言うが、彼ら鬼人族のような種族は力でねじ伏せた方が力の差を理解してくれるから、まだ従順だよ」
暁は茂み近くに小さなカプセルを投げ捨て、弾けたカプセルから出現した空間魔法の特有の裂け目に飛び込む。
真下へとゆっくりと降りていく感覚は、まるで水中にいる様な感覚と似ている。
銀隠も暁の後を追い裂け目に飛び込む、連盟や議会の様な言わば世界側に付く異族や騎士が多い現状。
反逆者側が世界側に勝る点と言えば、その戦闘能力の高さであった。
世界側が騎士や同盟異族の数で圧倒するように、暁達反逆は個々の力でねじ伏せようとしていた。
だがしかし、幾ら個々の力が優れていても濁流の様に迫り来る敵の猛威に必ずしも対抗出来る訳ではない。
多勢に無勢と言う言葉があるように、暁達には力よりも人数が必要であった。
鬼人族がもしも反逆側から抜けてしまったら、それこそ一大事であった。
「それよりも、頭はこのままで良いのか? 俺達が手を打たないでいると、黒焔の連中と正面からやりあうのも時間の問題だろ? それに前と違って、何人も旧黒焔の奴も集まりだした」
銀隠が浮遊落下する空間内をまるで泳ぐように、移動し暁の正面で止まる。
正面で腕組みする銀隠に暁は少し困った様に苦笑いを浮かべ、空間の流れに身を任せる。
「確かに手は打って置かないと行けない。…でも、黒ちゃんの事だから大多数の団員を引き連れて正面から来るよ。絶対にね、だから僕らも正面から迎え撃つ」
「その言い方だと…正面から来るのが前提の話だろ? もしも、裏から回ってる別動隊がいたらこっちの負けじゃねぇか」
銀隠の指摘に暁は再度苦笑いを浮かべて、銀隠に頭を軽く下げる。
その行動の意味を銀隠は理解し、それ以上は何も聞かないし聞かなくても理解しているつもりであった。
(正面から迎え撃つんじゃ無くて…頭は正面から黒と一騎討ちって考えか……マキジ辺りが猛反発するな。ハァー…)
銀隠は流れに身を任せている暁の背を見詰め、このまま二人を正面から戦わせて良いのだろうか考える。
今は敵同士だが――2年前は違っていた―
つい先月までは、記憶の中にすら無かったが今となっては忘れていた自分を悔いている。
ブェイも自分同様に心底後悔し、暗い微睡みから救ってくれた暁の為に武器を取る。
微睡みの中にいたと言う自分やマキジ、ブェイやじいさん。
そしてまだ小さかったフローネもその者の背中を昔から見ていた。
常に周囲の緊張をほぐすと言う名目で、よく新人達にイタズラをしていた道化も今となっては懐かしい。
いつか、昔の様な関係に戻れたらノラもその中で優しく微笑む事ぐらいはするだろう。
「…『黒焔』…か。名前は大分変わったけど、その呼び方だけは変わらないんだな。なぁ――黒団長」
銀隠は右手を力強く握りしめ、魔法で髪型崩れる。
「頭と未来様の為にも、今度は負けねぇ。 ――絶対にな…」
銀隠は静かに闘志を燃やす。
2年前のあの一夜を繰り返さないために、尊敬し常に自分の目標としていた偉大な恩人の二人がこの世から消えたあの日の屈辱を晴らすため。
銀隠の力が入った拳がその場の大気を震わせ、暁が気付き銀隠は慌てつつも拳の力を緩める。
「――分かってる。銀隠が世界を相手に本気になってくれたことは、だから僕や皆を頼ってくれ…今度は負けないからさ」
暁は銀隠に向けて優しく微笑むが、銀隠はその微笑みの意味を知っている。
暁が優しく微笑むのは、不安に押し潰されそうな自分を必死に隠し押し殺している時だけ。
どうにもならない時ほど、暁は周りに笑みを浮かべ平気なフリをし続ける。
それほど、黒との戦いを恐れている。
それか、その後の戦いを最も怖れているのだろう。
暁が反逆者の仲間に事前に話していた事にあるように『黒ちゃんと僕は、本気で戦った事が無い』その言葉が嘘では無いのであれば、結果は誰も予想出来ない。
銀隠は疑問に思う―本気の黒と戦った事が無い―その言葉は、黒が本気を出した時には自分は負けていたと言う事なのだろうか。
それとも、暁と黒が本気を出す前に、誰かが二人を止めていたと言う事なのか。
2つの解釈に取れる暁の言葉だが、大半の者達はその言葉が意味する事は理解している。
「頭は、死ぬ気なのか? 刺し違える覚悟で挑むのか…?」
「そうかもしれないのかな? 自分でも良く分からないんだ。ただ――次に黒と面と向かって対峙したら、全てが終わる気がする」
先ほどと変わらず、暁は銀隠に向けて笑みを見せる。
本当に次の大規模戦闘で黒や世界へのケリを付ける気なのだろう。
暁が死ぬ覚悟で世界と黒と衝突する。
しかし、銀隠のやる事は以前と何ら変わることはない。
銀隠はこの2年間で多くの強敵や刺客と戦い、その全てを暁の邪魔になる前に葬って来た。
中には所帯を持った者やまだ小さな子供を連れていた者達も当然存在した。
目的の為ならばと自分に言い聞かせ、銀隠は心を押し殺し標的を葬る。
自分の手は真っ黒に染まっていても、自分に生き方を示してくれた暁の為にその身で血に覆われた世界を一人孤独に歩く。
―それが、自分に出来る最大限の恩返しであると理解している。
暁はただ呆然と死ぬのを待つしか無かった自分に、新たな道を指し示しただけでなく。
人としての幸福や生きる事の素晴らしさを教え、家族の温もりを教えてくれた。
黒と未来を中心に存在していた銀隠にとっての家族は、今は崩れている。
何度もあの日の自分を恨んだ。
もっと速く側に駆け寄るのが速ければ――と、覆ることのない願望を毎晩夢見る。
だからこそ、今回の大規模戦闘では命を賭けて暁の目的達成を叶える。
二人が裂け目から飛び出ると、そこには数多の兵隊が集まっておりその全てにドライバや神器を有していた。
二人が真っ直ぐ瓦礫やゴミが所々に散乱する地下水道を歩く。
コンクリートを叩く足音が、水道全体に響き渡る。
「さぁ…行くよ。銀隠…ブェイ…マギジ…じい様…フローネ…ノラ…道化。それと――川柳さん。竜玄さんこの戦いに勝利した方が世界を手に入れる」
遠目に光が溢れる地を目指して暁は歩みを進め、暁の背後には多くの兵隊と仲間達が集う。
「――さぁ、思い残す事なく。お前達の思想に反逆しようじゃないか…」
不適に笑う暁は、世界との戦いは勝ってると確信を持って言えるが黒との戦いには確信は無い。
つまり、黒との一騎討ちこそが勝負の鍵である。
「黒兄ー……。黒兄…? 何処に居るの?」
パタパタと鬼人族の集落で営まれている旅館内を歩き周り、目的の兄を探す茜。
旅館で用意された浴衣に着替えて辺りを隈無く探す。
『幾ら探しても見付からない。…寝てるとかじゃないの?』
茜の魔物である【爛陽竜】が背後から現れる。
黒の様に魔力で造られた体を経由しての顕現体ではなく、純粋な魔力のみの顕現の為その体は透き通った茜色をしていた。
「部屋には居なかったよー。それに、黒兄が部屋に行ってたら部屋の方向から黒兄の魔力を感じ無い訳無いじゃん。でしょ?」
『確かにねー…。あれ…? あれじゃない?』
爛陽竜が茜の肩から指差し、その方向は下の階から中庭へと続く渡り廊下を指差す。
そこには、数体のぼた餅とその場で浮遊し続ける黒竜の姿があった。
黒竜が居ると言う事は、近くに黒が居ると言う事でもある為、茜は急ぎ足で黒の元へと向かう。
中庭へと続く渡り廊下を進み、趣ある植物が計算された位置取りで中庭を飾る。
そんな趣ある中庭に、小さな池の前で座禅を組む黒の姿があった。
その場に真剣な空気が漂っている事に直ぐに気付いた茜は、ゆっくりと黒の背後へと回る。
静寂が辺りを包み、鳥達のさえずりと木々が風に揺れる音がするのみ。
翌朝まで降り続いていた雨が木々の葉から伝わり、池の中へと落ちていく。
池には数個の波紋が現れては消えてを繰り返す。
「黒兄――」
茜が黒の肩に手を伸ばそうとするが、隣の黒竜がその手を掴み首を横に振る。
「今の黒を途中で起こしてはならん。私も先ほど起きて来てみれば、昨晩から全く動いておらぬからな」
「ウソッ…! 昨日の夜からここに居るの!? …風邪引いちゃうよ」
「むん…お前の心配する所はそこか? 黒は制限付きのあの状態を何とか制御しようとしておる。無論一瞬でも気を緩めば制限と封印を無理に外している為、体力は空になるがのぅ」
すると、黒の左半身に黒の魔力が集中し始めている事に二人は気づく。
次第に黒の左肩から液状化したら魔力が現れ、黒の左肩から左肘を覆い始める。
気付けば、右腕は赤黒い皮膚へと様変わりし、左肩から肘に掛けて鎧の様な強固な黒竜の鱗が現れる。
竜の鱗が現れ黒竜は黒の中へと戻ると、一瞬で黒いだけの鱗が赤黒い竜の鱗へと変化する。
黒の左目が青色の瞳へと変わり若干の変化だが、髪も少し伸びた気がしなくもない。
「おう、茜。おはよう」
「うん、おはよう。その姿って…七解禁?」
そう言われた黒は両腕の皮膚の色が赤黒く変色し、爪が鋭く強固な物へと変わっていた事に気が付く。
そして、左肩から肘に掛けて現れた竜の鱗を模した鎧に黒は、現時点での解禁限界である【七解禁】をコントロールする。
「茜も、いつか修業を積めば出来るぞ」
「良いよ私は、黒兄のサポートだけで手一杯だから」
茜は中庭を出て行こうと黒に背を向ける。
しかし、自分が黒を探していた本当の理由を思い出し、七解禁を解いた黒の右手を掴み旅館の外へ向かって走った。
「茜ッ…! おいおい! いったいどうしたんだ? こんなに走らせて」
「言って伝えるよりも、実物を見た方が何十倍も速いよ!」
茜に引っ張られる手を最初は振り払おうとしていたが、久しぶりの妹の嬉しそうな笑顔に振り払うのを諦める。
旅館のエントランスを抜け旅館の出入口近くでは、数名の鬼人が大きなトランクを抱えていた。
鬼人が抱えていたトランクを見ると、茜は跳び跳ねるようにそのトランクを受け取りに走る。
「何なんだ?」
「いやー…待ったかいがあれば良いんだがな…」
黒が首を傾げていると、翔が黒の隣に歩み寄っていた。
その左腕の袖はヒラヒラと風に靡いている。
暴走した黒を止める為に犠牲になった翔の左腕を見て、黒は翔の顔を直視出来ない。
すると、翔は黒の脛を軽く蹴る。
突然の痛みに黒はその場で軽く跳び跳ねてその場から二歩下がる。
「いつまで気にしてんだよ。それに、左腕1つでお前を助けれたんだ。2年間の修業が意味を成したと、俺は思ってる」
翔は黒の項垂れた頭を軽く小突き、笑みを浮かべる。
すると、翔に向かって手を振る茜に気付き二人は茜の元へと向かうと、茜が開いたトランクには銀色の義手が1つだけ収納されていた。
「私と頭脳と鬼人族が有する特殊鉱石の加工技術を用いて製造された義手。翔さんの雷にも耐えられて、魔物使用中での雷にも耐える事が可能な上に、電気を蓄電し意のままに放出可能な機能付きです。…微調整したいから着けて貰っていいですか?」
その後、集落内にある診療所へと向かった茜と翔は加工を行った鬼人の数名で翔の左腕に義手を取り付ける。
診療所の待合室で翔の義手が取り付けられるのを待っている黒達旧黒焔の団員達は、数分後に病室から響く翔の叫びに驚く。
数分と聞いていた簡単な義手の取り付け作業が、数十分伸びた時は生きた心地がしなかった黒達。
茜と数名の鬼人がぞろぞろと病室から出てくると、一人病室に残っていた翔の左腕には銀色の義手が取り付けらていた。
二の腕から肘に掛けて装着された『義手接続アダプタ』と言うドライバに一同は声を挙げる。
「義手を腕に取り付けるだけの部分だけにドライバ数個を利用する。金掛かってんな茜の発明品は」
「ふッ…どうよ。翔さんの魔法に対応出来る様に義手の表面装甲を出来るだけ薄くして、内部装甲を厚くしてどんな濃度の魔力や雷でも簡単には吹き飛ばない様になってるよ。義手内部に搭載した魔力炉で、充電と放出機能付きだよ」
「…充電と放出か……スゲェ物貰ったんだよな? コレ?」
翔が左腕に装着された義手を軽く動かしつつ、細かな動作確認を行う。
翔が戦闘で良く使う左腕に雷を纏わせると、義手の装甲部分が少し展開され、薄い装甲から流れた雷が義手全体を覆い右腕と同様に雷を纏った左腕がそこには存在した。
義手の掌に設計された放出口の存在を知った翔は、義手に搭載された魔力炉に魔力を少量ずつ流し込む。
次第に炉に魔力が溜まり、炉が活動を始める。
炉内部の魔力濃度が徐々に上昇していき、駆動音に似た音が義手内部から聞こえてくる。
装甲に纏わせていた雷の出力を上げていき、義手全体を覆っていた金色の雷が腕の形をしているように見えていく。
義手であった腕が雷に呑まれていき、翔の全身が魔物である【建御雷神】の力を最大限発揮した姿である金色の鎧甲冑へと変化する。
「今気付いたけど、それって…雷帝の解禁だよな? 十解禁以上は使えるのか?」
黒の質問に翔は首を横に振り、自身のこの状態は七解禁であり無理して九が限界である事を告げる。
無論黒が先ほど使用していた七解禁の上位解禁である『八解禁』は翔とて身体的疲労が凄まじいらしい。
黒焔で魔物に覚醒している者達は、約半々で三解禁止まりと六解禁と別れている。
『ステラ』『碧』『茜』『ミッシェル』『千夏』『リーラ』が三解禁止まりであり、残りの旧黒焔の『アリス』『天童』『大輝』『佐奈』『ユタカタ』などの主なメンバーは六解禁止まり。
黒と翔の二人が六以上の七解禁を体得している状況であった。
この中で最も戦力として重要視されているのは、翔であった。
反逆者側へと移った『五右衛門』と『孔明』の二人を相手取るには、翔が五右衛門を相手にする必要がある。
五右衛門は旧黒焔でも名の知れた猛者であり、なぜ『四天』のような特別な席が儲けられなかったのか理解できないほどの実力者。
「翔が十解禁を使えれば、こっちの戦力は五分って所か……Σが抜けたのは大分痛いな」
ここ、鬼人族集落に訪れる前日の事であった。
天童がΣのメンテナンスを兼ねて、Σが普段から良く居る食堂へと向かうと、再起不能にまで追い詰められたΣとココアを飲み干した佐奈と対面する。
天童が佐奈と食堂内で衝突している際に、近くを通り掛かったリーラと千夏が天童と佐奈の二人を取り押さえつつ大輝達を呼ぶ。
すると、Σを破壊した要因を佐奈は黒達に喋る。
――簡潔に説明するならば、佐奈が本部内に不穏な動きが無いか見ているとΣが暁と繋がっていた事が判明した。
その為、これ以上の情報流失を押さえる為に佐奈は渋々Σを破壊した。
証拠として、Σの動力源と大量のデータが保管されているコアとAIチップは無傷で取り外していた。
「…佐奈…1つ聞くけど、コアとAIチップの場所って分かってたのか?」
「ううん…分からないから、全部バラしてから取り出した」
それを聞いた天童はその場で崩れ落ち、涙ながらにコアとAIチップを抱き締める。
その後、集落へと着いた団員達に、部分の調達を頼み一人戦艦内で新たなΣ機の製作に入った。
それから約4日後のある朝。
戦艦内部にある大きな武器や火器などの保管や点修理を行う『倉庫』内で武器の手入れや、技術スタッフが鬼人族の加工技術を応用した新たなドライバ製作を計画している者が集まっていた。
そして、そんな彼らは今現在鼓膜を驚かせるほどの怒号と艦内を走り回る足音、そんな悩みの種を振り撒く天童の姿に悩んでいた。
(もう…2日も……あの調子だよ)
天童は、一睡もしてないのか目の下には大きなくまが出来ており、ボサボサな髪型に丸眼鏡を掛けていない見た目で一瞬誰か見分けが付かない者が続出する。
「夢ェェェェェッ…! 何処なんだッ! 夢ちゃーん…! 出ておいでぇ…夢ちゃーん…ッ! 夢ェェェェェ―――ゴブンッ!」
「先から夢ちゃん夢ちゃん。うるさいんだけ…どッ! 他に作業してるスタッフも居るんだ配慮しな」
廊下を走り回っていた天童を止めるために、アリスが艦長室の扉をおもいっきり開き天童を扉に衝突させ、倒れたところに追い討ちと顔面を踏む。
そのアリスが抱き抱えている小さな赤ん坊を見つけた天童は後方へとバク転し、アリスを睨み付ける。
「その赤ん坊を離しな…アリス。出来れば、小さな子を前に血を見せたくない」
「血なら、お前が今流してる鼻血が見えてるぞ?」
鼻血を指摘された天童はポケットティッシュを鼻に突き刺し、締まらない顔面でアリスに再度忠告する。
「その子を離さないと…ここで貴様を倒すッ! 覚悟しろ!」
決め台詞を吐き捨て、アリスの胸の中で眠る赤ん坊に手を伸ばす。
すると、アリスの胸の中でスヤスヤ眠っていた赤ん坊が泣き出した。
アリスは赤ん坊をあやしつつ、つい今しがた大声を挙げた天童を睨む。
「どうちまちた~? こわいでちゅね~あのおじちゃん……。…何してんの? 速く視界から消えてくれない」
真顔で天童を切り捨てるアリスの言葉に、天童はその場で崩れ落ちる。
2年前も何度かアリスと天童は意見の違いやら何やらで、互いに衝突する事がしばしばあった。
しかし、その中でも今の様にアリスが真顔で天童を切り捨てた事は一度もなく。
心の底から『失せろ』と思い、天童の存在が赤ん坊の気分を害する存在であると認識している。
廊下で倒れる天童に艦長室から出て来た小学3年生並の身長をしたアンドロイドに天童は瞳を輝かせる。
「おぉー…Σ2号機。通称『シーちゃん』アリスからあの子を取り戻してくれ…」
「了解しました。マスター泣き虫」
壊れたΣ機の後続機として作り出されたΣ2号機『Σ―972』通称『シェルヒィー』は少しだけ、一言多いのが特徴。
「マスターアリス。彼女を渡して頂けますか? 彼女はマスター天童の娘なのだから」
「へぇー…娘何だ。……え? 誰の?」
アリスは今日一番の驚愕の事実に戦艦内にアリスの声が響き渡る。
「アリスは知らなかったのか? 俺は産まれたその日に写真付きのメールが来たぞ」
黒が天童が送ってきたと思われるメール文と涙目の天童とスヤスヤ眠る赤ん坊が写った写真を見せる。
天童の腕の中でスヤスヤと眠る可愛く愛らしい表情で眠る赤ん坊に茜と碧は目を輝かせる。
「まさか、天童が一児のパパだったとは…お祝いすら出来てねぇぞ…」
「そうですね。仲間の祝い事を祝えない私達は…本当に仲間と言えるのでしょうか?」
翔と大輝にヘレナはオドオドしながら、天童に任された夢を抱き抱える。
「まぁー…唯一連絡出来たのが、黒ぐらいだったからな。他の奴らとは音信不通だったからなー…ヘレナに連絡行けば自然と全員に連絡行ったかもな」
「黒焔全員の連絡先を持ってるのが、私だけと言うのは、もしも私が音信不通になったらどうします?」
ヘレナは抱き抱えていた夢を天童に返し、自分の端末に入っている連絡先を確認する。
すると、気が付かなかった異様な光景にヘレナは驚愕を露にする。
「何で…知らない人の名前が連絡先に入ってるんだろ?」
ヘレナの持つ連絡先には、『ラウサー』『ベルガモット』『磯部浜吉』『アッシュ』『シャリリーン・ラクベンナー』『御劔桃子』などの見知らぬ名前が多く登録されていた。
そして、反逆者側である暁の名前が登録されていた事も判明する。
「――まさか、裏切りって訳か?」
ヘレナを睨み付ける翔の目は殺気に満ちており、並の者だあれば失禁物であろう。
「…ち…ッ! …違う! 裏切る何て、そんな事は決してありませんッ!」
ヘレナが裏切りの烙印を押される前に何とか裏切り者では無いと訴えるが、その場の全員が苦しい表情を浮かべる。
「本当に…違うんです。…私は、黒焔を誰よりも…大切…だと」
ヘレナがその場に力無く座り込み、翔がヘレナに手を伸ばそうとした。
すると、シリアスな展開を壊す様な笑いを堪える声で全員に謝罪する。
「悪い…俺もあった」
一同が天童の方へと向き直り、手に持っていた端末に目を落とす。
そこには、連絡先を交換していたのか黒の下に暁の連絡先が表示されていた。
これにより、天童とヘレナの二人が暁と繋がっていると言うのは可能性は格段に減る。
ヘレナが暁と繋がっているとすれば、ヘレナが黒達の動きを暁に流し、暁達がこちらの動きを把握している事の裏付けとなる。
しかし、ヘレナと天童のが連絡先を持っていただけで二人が裏切り者と判断するのは疑問が残る点が多い。
ヘレナ1人であれば、直接手が出せない分を暁が動きこれまでの両者の衝突を誘発していたと考えれる。
だが、天童とヘレナの二人が裏切り者だと判断したら、今の黒焔を相手取るのに天童1人いれば事足りる。
どちらかが暁達の仲間だとすれば、既にこちらは敗北している。
天童の持つ神器の力を持ってすれば、暁が直接動くよりも確実に全員仕留める事が可能。
黒焔を油断させる為にわざと手を出さなかったとは考えにくい。
「裏切り者がいろうといなかろうと関係ねぇ。――邪魔するなら、お前らでも躊躇無く殺すからな…」
殺気を込めた黒の瞳は、黒竜の力を無意識に使ったのか薄い青色の瞳がその場の全員を睨む。
裏切り者が本当に居るのか居ないのかは、誰にも分からないが黒には分かっている。
――裏切り者は誰も居ない――
その証拠に、自分の連絡先の欄に『暁』と言う名前が登録されている。
未来や碧達妹の連絡先と同じように表示されているその名前を見ると、黒は頭痛と胸の苦しさに苛まれる。
(あぁ…どうしようもないほど、イライラするッ…! …何だこの胸のざわつき…)
おかしくなりそうな頭を抱えて、旅館の自室に戻る。
茜と翔は診療所で取り付けを終えた義手に不備が無いかの最終チェックと更なる改良義手の計画をするため、工房へと走っていた。
碧達は、天童の娘である夢と遊ぶ為に旅館の中へと黒よりも先に戻っていた。
壁にもたれ掛かりながら、黒は激しい頭痛に耐えながら自室を目指す。
しかし、限界が来たのか自室の前で倒れしまう。
運良く、風呂上がりのミッシェルと部屋の中に待機していた千夏がいち早く気付き黒を布団の上へと寝かせる。
「…悪いな…迷惑かけた」
ミッシェルと千夏に謝る黒に二人は笑みが溢れる。
「言ったでしょ? 昔はこんな感じだったって…また皆と団として組めるのが私は嬉しいのよ」
「ミッシェルさんの言うとおりですよ。黒団長が思ってる以上に、僕らは団長と組めるのが嬉しいんです」
ミッシェルと千夏の二人が自分の看病をしてくれている。
一時の休暇満喫している碧達に出来るだけ心配させないように、二人だけで黒の看病を行う。
我ながら情けないの一言である。
『確かに情けないな』
『全くだ。主殿は、もう少し肩の力を抜いた方が良い』
(っせぇな…今度はもっと…楽にしてみるよ…)




