五章三節 仲間とは儚く脆い関係である
突如現れた謎の女性に団員達にどよめきく。
そして、黒の目の前に立つ天童と大輝達が女性を前に構える。
大輝達の頬から汗が滴り落ち、ゆっくりと黒の前へと振り替える彼女の一つ一つの動作に過剰に反応する。
その風貌は、女性ながら乏しいほどの胸のなさと黒色のマフラーで隠した口元。
黒と同色の真っ黒なショートヘアーが特徴的な女性が音もなく団員達の前に現れていた。
服装は黒色一色のセーラー服に、太股には数本のナイフと拳銃を携帯している。
まるで、現代風の風貌に昔話に出てくる『忍者』の姿に数名の団員がマジマジと佐奈を見詰める。
一人の団員が足下に転がっていた空き缶につま先が接触し、コロコロと音を奏でる。
次の瞬間―――団員達の目の前で、黒に向かって走った大輝とアリスの二人が宙を舞い。
二人に続いて動いた翔とヘレナの立っていた場所が入れ替わり、二人してテーブルに突っ込む。
Σが上空から黒を狙おうと両腕を銃器へと変形させ弾丸を黒と佐奈に浴びせる。
しかし、銃弾のことごとくが佐奈の左手に存在する小刀によって両断される。
「…ケンカ……ダメ……」
口元を隠すマフラーを直しながらそれだけ口にすると、風を切るような音を立てて姿を消す。
「ハァ……風式に言われちゃ終いだな。やめやめッ! だぁーッ!」
黒が突如として、大声を挙げて全員の動きを止めさせる。
それに続くように、アリスとヘレナが微笑み大輝と翔が笑う。
呆れる天童とやれやれと手を後ろに組むΣ達の光景に、どこか懐かしさを感じる黒は密かに庭園が存在する自身の精神世界に意識を集中させる。
「黒竜…俺が今使える【解禁】の上限ってどこら辺だ?」
「むん…。今は制限を掛けられとるから……負荷無く使えて、五解禁だ。理性が不安定になるが、理性を代償に七解禁までかな?」
「んだよ、十解禁まで使えねぇのかよ。意味ねぇな」
黒が愚痴を溢しつつ、未だに真っ暗な牢屋の空間を甲高い足音と共に黒竜の元へ向かう。
「全く…懐かしい物だよ。良く団員同士の口論とか揉め事も全部、風式が未来さんにチクるんだよな。どこから見てるか分からないってこえーな」
「そうそう。そんで、未来さんの後ろに隠れてこっちに向けて注意すんだよな」
天童と翔が懐かしい話に花を咲かせる。
自然と先程までの雰囲気が和み、いつもと変わらない平凡な日常へと戻っていく。
もしも、風式が止めに入らなければ本気同士の黒と天童達の乱闘が始まっていたのかもしれない。
しかし、それは風式が好きであった未来達が残した『黒焔騎士団』では無い。
「佐奈ちゃん……ありがとうね。頭に血が上った私達を正気に戻してくれて」
アリスとヘレナが本部屋上にアリス達三人は揃って腰を下ろしていた。
「佐奈ちゃんはさぁ…今の黒焔は居心地が悪い?」
アリスの質問に佐奈は無言で首を横に振る。
「じゃあ……私達が争うのは見ていたい?」
再度首を横に振り、顔を隠すように組んだ足に顔を埋めて小さくなる。
「…未来様が好きだったこの騎士団を守る。…だから、団員同士で争って欲しくは……無い…」
小声で風が吹けば風の音に掻き消されてしまう程に弱々しい声だが、アリスとヘレナにはしっかりと聞こえていた。
「なら…守ろうよ、未来様が愛した。この騎士団を」
無言で頷く佐奈はアリスの肩に体を傾け、アリスが佐奈の全身を包み込む様に抱き締める。
その後、天童とΣが加わった新たな黒焔騎士団に急展開が訪れる。
それは、先日に行われていた騎士団同士の決闘に付いての議論であった。
場所は、大和に置かれている連盟の支部に呼ばれた黒達黒焔騎士団の団員と相手側の騎士が勢揃いしていた。
対戦相手であった『真光騎士団』の団長と副団長と思われる者と数名の団員達が既に机に着いていた。
その姿は、まだ傷が治っていないのか至る所に包帯や絆創膏が確認出来る。
黒焔騎士団の常人離れした数人も2日か3日もすれば、元の状態に完治する。
そこが、既に連盟直属の部隊である黒焔とただの騎士団との違いであろう。
真光騎士団員達の瞳は見た目に反して力強い物ではあるが、心構えと見た目の差が激しすぎる。
この騎士団ならば、禁忌入りしても佳いだろう。
―――精神力だけで言うなら、禁忌をも上回る最強の騎士団であろう。
「今回話し合う件は、先日に行われた試合の事についてだ。試合よ最中に反逆者の侵入により、妨害されてしまい結果はうやむやとなった。しかしながら、ルール上では先に作戦本部である本陣を潰されていた黒焔は試合上では負け。……しかし、ルールとは言え陣を取り合うだけの試合で『禁忌』入りを決め付けていては判断基準が低過ぎると…上から言われてしまいかねん」
連盟の上層部も、騎士団の中でも最も異質な力を持っている事を世間的に分かりやすくまとめた組織『禁忌の聖騎士』。
それが、一試合で禁忌入りが決まってしまえば全ての騎士団が「試合に勝てば禁忌の枠に入れて貰える」そう勝手に解釈してしまう。
それだけは、連盟も議会も避けなければならない。
出来る事ならば、真光騎士団の『禁忌』入りを白紙に戻したい所ではあるが、試合に勝った騎士団を『力不足』『役不足』などの理由で白紙にしてしまえば。
『力が全ての世界ではあるが、約束を果たさずに力を見せ付けた騎士団を捨て駒のように切り捨てる』『弱者を蹴落とすやり方』『卑劣ここに極まり』などと世論から言われてしまう。
面倒な事になったと、黒を含めて連盟上層部は常々思っているであろう。
事の発端である黒の挑発から、黒の耳に情報が入らない間に『試合で勝てば禁忌入り決定』と言う流れが出来てしまった。
きっとコレ以降に、騎士団同士の決闘は禁止されるであろう。
最も行うとなると、連盟上層部が介入した連盟指示の元によって公平な決闘となるであろう。
実際に、隣の部屋から聞こえてきた討論の様子を見れば一目瞭然。
問題とすれば、彼ら真光騎士団が禁忌入りから手を引くのか引かないのか……コレが一番の悩みだろう。
真光騎士団の団長は、既に自分達が呼ばれた意味を理解しているのか一言も喋らない団長と先程の禁忌入りの件が無くなった事に不満を抱く真光騎士団の団員。
(ここで、切り出せないとなると……余計にややこしくなるぞ? 議会と連盟の上層部さん?)
黒は片目を瞑り、テーブルで上層部の数名と討論している真光団員達を見詰める。
一向に話が終わりそうにないこの感じは、いつまで立っても好きになれない。
今も昔も変わらず、『力』を有している者達が上級階級や特殊な部隊に着任するのではなく。
『野心』『欲望』『計算』力とはかけ離れた者達が大半を占めている現在。
ただ『人より偉くなりたい』『人を顎で使える』『今度は、自分が見下す側』などとマルグスが知っている本来の『英雄像』などとかけ離れた聖獣連盟と世界評議会の上層部。
そして、それを良しとする――全ての人種。
人を動かす軍事力を持つ者は、たぐいまれな努力と力で勝ち取った地位ではなく。
多くの人脈と他者を蹴落とす小汚いやり方で、『奪い取った地位』。
そんな者達がゴミのように溢れてしまったこの世の中で、自分の力が不足していると高い地位を降りる者はそうそういない。
「――この話は無かった事にして頂きたい」
唐突な発言に全員が真光騎士団団長の方へと振り向く。
当然の如く団員からは、反論されている。
それと同じように、黒の口からも心の中では禁忌入りを断ったその本心ご知り合い系が為に尋ねる。
「何で…禁忌入りを蹴ったんだ? 誰もが望む筈だろ。他人より優れた地位を…残念な事と言ったら、意味嫌われた俺達黒焔と同じ地位になる事ぐらいだな」
黒は静まり返っているこの場で真光団長にその心意を確かめる。
その答えは単純であり、その場の誰よりも現実を見ていた。
「――禁忌入りの話はとても魅力的な話だ。他の騎士団では、銅や銀の階級に登るのは容易い。しかし、金となれば絶え間ない努力と結果を求められる。そして、その先の世界となると生涯掛けても、辿り着けない場所である事は理解している。だが……私達にはそれに見合う力を持っていない」
真光騎士団団長は、今の地位には満足してはいないが今すぐに禁忌などの上位騎士を背負いきれる程の力を持ち合わせていない。
自分は、碧以上の役不足だと知っている。
「――試合の最中には、恐怖に怖じ気付き。反逆者の乱入にさえも反応出来ずにただ逃げていた。…そんな私が、禁忌に入っても数日と持ちませんよ」
上位階級の騎士になれば、国家機密と同等の国家からの秘匿任務や依頼が来る事が多くなり。
無論、その実力に見合った依頼である為。
上位階級に上がって直ぐの秘匿任務では、死亡率が高い。
そんな過酷な世界に、今の実力では通用しない事を団長は知っていた。
その話を聞いた真光団員達は意見を述べることを止め、ただ静かに時が過ぎるのを待っていた。
話し合いが始まって、二時間が過ぎた頃には両者で『禁忌入りは白紙にする』と合意された。
黒が団員達を先に行かせ、一人のんびりと近くのソファーで缶ジュース片手にリラックスしていると、隣に腰を下ろした真光団長が黒に質問する。
「――失礼とは重々承知ですが…。橘さんは、何故上位階級に上がろうとしたのですか?」
団長の真剣な眼差しに、黒は首を横に捻り間を開けて答える。
それは、ただ大和に暮らす妹達を養うために上の世界へと踏み出しただけと答える。
「――上位階級に上がれば、それなりの報酬と金が手に入る。別に、泉の爺と婆さんが居るから金には困らないけど…妹達を守るには力と金が必要だった」
多くの権力者達が、竜人族である碧と茜の二人を手にしようと影で暗躍した。
その為、泉家だけで事に対処するには人手もお金も足りない。
そこで、黒は数多くの異形を蹴散らし大金を集め多くの権力者を圧倒的な力で踏み砕いてきた。
そのお陰で、二人は狙われなくなり黒の悪名と共に絶対的な強者までの道程を歩む事となる。
「だから、上位階級に上がると後戻りも立ち止まることも出来ない。したら…誰かがこの世界から消える事になる。その事だけを心に留めときな」
黒は飲み干した缶ジュースを片手で握り潰しゴミ箱へと放り投げる。
握り潰した際に飲み残しが手に着き、トイレで軽く手を洗っていると――背後から感じる視線に違和感を覚える、
透かさず、端末で碧に『急な用事で遅れるから、俺を待たなくて良い』と連絡を送り。
碧からの返事を確認すると、足早に支部から出て行き薄暗い路地へと向かう。
すると、背後の暗闇から黒に話し掛ける声が聞こえ、黒は足を止める。
「久しいな…『五右衛門』。風の噂じゃ…孔明と接触したって話だな?」
「おーおー、大分話が伝わってるな。流石は俺らの団長だ! てことは……言いてぇ事は分かるな?」
「あぁ?」
黒の威圧的な魔力が路地裏に充満し、影でこちらを見詰める五右衛門に魔力を集中させる。
五右衛門は堪らず影から出ると、一人の男の背後に隠れる。
「成る程…残念だよ。お前ら二人が――敵になる何て…」
黒焔の羽織を羽織っていた『孔明』が手を軽く振ると時分の背後から吹く強風に黒が一瞬目線を反らすと二人の影は無く。
未だに黒の頬を撫でる様なそよ風が、妙に心地いいのは何故なのか黒は分からなかった。
二人の生存が嬉しいのか、暁達反逆者側に着いた二人を酷く哀れんだのだろうか。
どちらにせよ、暁に着いたのであれば黒は昔の仲間でさえも容赦はしない。
その事を哀れんだのだろうと、心の中で決め付ける事にした。
数日後、黒焔本部へと帰って来た黒は自身の部屋である執務室に天童を先に呼ぶ。
その後に、大輝や翔達旧黒焔の団員を呼び真剣な眼差しで構える天童と黒に集まった者達は驚く。
丁度長期任務から帰って来たミッシェルと千夏が加わり、執務室で緊急の会議が催された。
ミッシェルと千夏の二人は、正式な黒焔団員ではなかったため議会や連盟から通達される任務が重なり長期任務並のスケジュールをこなすエリート騎士である。
その為、黒焔騎士団に旧黒焔騎士団団員が加わった事を知らず。
執務室の扉をいつもの様に、開いたミッシェルはその場で凍り付いていた。
「何だ? 今の『呼んだ~? 呼んで無くても~き・ちゃ・っ・たッ!…』少し見ない間に大分イカれたな。ミッシェル」
「あっ…宗近さんも……お変わりなく…お久しぶりです」
縮こまった様に隅で正座するミッシェルに、千夏は冷や汗を掻く。
「ハァ…ミッシェルも大分変わったのに、千夏は何も変わらないのね」
「――ッ…!」
アリスに突然話し掛けられた千夏は驚きのあまり、腰に携帯していたカードをその場にぶちまける。
急ぎ近くのカードだけをかけ集めるが、運悪く最後の1枚だけがアリスの足下に落ちていた。
「その…不思議なまでにおかしな挙動を治しなさいと、あれ程言ったのに……治ってないのね」
アリスの鋭い目付きに、千夏は再度かき集めたカードを足下にぶちまける。
「昔の師弟が久しぶりに再会した所で悪いが……五右衛門と孔明が敵に寝返った。それも、暁の所だ」
それを聞いた翔は未だに包帯を巻いてある右腕に電気を迸らせる。
アリスが胸の前で組んでいた腕を組み直す、大輝は残念そうに自身の足下に視線だけ向ける。
天童は千夏が落とした数枚のカードから1枚を手に取り、表を確認する。
「――ジョーカー…。全く付いてねぇな。あの二人が暁側に着いたってことは、相当戦力に偏りが出るな。コレじゃ…俺達黒焔だけでケリは付けれねぇぞ?」
天童の言うとおり、暁側の元々の戦力では黒焔との差が激しく。
手負いの翔は半分の力を現在失っおり、天童やΣと言った戦力の拡大を図っても、天童や翔と同等な力を有した二人が敵に着いたとなれば現状は変わらずのまま。
強いて言うならば、左腕を失った翔の戦力が落ちこちらの戦力は少し落ちたと言って良い。
「…クソッ! 翔の腕があれば五右衛門と互角だったが、片手でアイツとやり合うとなると…厳しいか?」
黒の問いに翔は雷を抑え、無言で頷く。
「元々…『黒焔騎士団』創設メンバーは、ほとんどが黒以下ではあるが、メンバー同士の力は互角だ。五右衛門一人に俺と大輝をぶつけたら、他の所が手薄になる。それに、孔明の策に五右衛門の場をかき回す立ち回りは最悪のコンビだ。唯一助かった点は、孔明が創設メンバーの中でも最も力が無く。頭がキレるだけの人間って所だな」
孔明は魔物も神器も有しておらず、策に頼る立ち回りで黒を支えていた。
黒焔創設メンバーである天童やアリスと『四天』である翔と大輝が知っている事実。
『五右衛門』と言う男の真の実力は、現在の暁と黒の勝敗を分ける切り札と言っても良いだろう。
それでも、暁以上に厄介な力は持った危険な者がコレ以上増えるとなると、厄介としか言えない。
五右衛門の対策は一旦置いとくとして、それよりも先に片付けないければならない問題が五右衛門と孔明が寝返った事で現れた。
「―ヘレナに頼んで集まった者達も少なからず存在するが……変わらず俺達と暁には埋めても埋まらない戦力差がある。そこで――まず先に、四天最後の男を探す。この件に異議はあるか?」
黒の案に全員が全員の顔を見合い、笑みを浮かべる。
「異議何かねーよ、黒!」
翔が右腕を強く握りしめる。
「異議何か唱える必要性を感じませんね」
大輝がゆっくりと頷く。
「やっと、四天が揃うのね。あの頃の写真と同じ事になりそう」
アリスが組んでいた腕をほどき笑みを浮かべ、隣に立っていたヘレナのアタマを優しく撫でる。
「やっと……本当の黒焔に戻ってきた」
ヘレナはアリスに撫でられている頭と一緒に体が左右に揺れる。
「黒焔最強の部隊…【四天】をまた拝める何て……ステキッ!」
両手で口元を隠しながら、その場で跳び跳ねるミッシェル。
「さーて…どうでるかな? いや、占う必要すら無いですね」
タロットを捲る手を戻す千夏。
「――新米共にも連絡回せよ? 碧と茜も同伴で、『閻魔』が待つ秘境の地へと黒焔騎士団総出で行くぞッ!」
黒が椅子から立ち上がり、黒焔本部全域にアナウンスが流れる。
その放送を聞いた団員達は、各々の準備を大急ぎで始める。
「…やっと、本来の黒焔になってきた…」
本部内を慌ただしく走り回る団員達を眺めながら、佐奈が本部内の食堂から貰ったココアを片手に嬉しそうに頬を染め、にっこりと微笑む。
「――ピピ―…『風式 佐奈』黒焔騎士団【四天】『朧月』の一人であり、現黒焔騎士団最強の隠密能力を有する。『天童 宗近』『富士宮 翔』『氣志真 大輝』『アリス・ジ・エルーナ』『ヘレナ』他にも、数名の創設メンバーの中でも群を抜いての隠密能力に長けた『猛者』である。――それらを踏まえ、演算開始……演算終了。離脱可能数値。0.0000ザザッ000000ガガッ…ピギーッガガガッ…ッゥー…」
Σの頭部からは盛大に煙が立ち込み、壊れた機械のような音を立ててΣは完全に沈黙する。
「やっぱり、所詮機械は機械…脆くて…儚い…」
Σの全身を無数のナイフが突き刺さり、至る所からショートしたのか電流が流れる。
Σを再起不能にまで追い込んだ佐奈の心意とは―――




