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6 王子が綴る事のあらまし

 歴史は繰り返す、というが繰り返すにも程があるのではないかと思う。自国そして周辺国を含むこの大陸では、とある出来事が十数年周期で起こっている。通称『聖女騒動』。


 世界を創った神により異世界から神子がつかわされ、世界の危機を救う、といったものが本来の出来事だったのだろう。各国に残る神子または聖女に関する文献の初期は、どれも同じようなものだったのだから。

 しかし、初代の聖女と極一部の聖女達を除き、繰り返される国全土を巻き込むような争乱。各国上層部は頭を抱える事となる。


 神の為された事とはいえ、聖女にとっては本人の許可無く攫うようにこの世界に連れてきたあげく、関係のないもののために働けと言われるのだ。理不尽を一方的に押し付ける手前、こちら側としても譲歩し、便宜を図る義務があろう。

 始めの内はそれで良かった。聖女にこの世界に慣れてもらうため、この世界のために力を貸してもらうため、と皆が助力を惜しまなかった。だが、それが当たり前になりすぎた聖女の要求は段々と遠慮のないものになっていく。

 豪華な服や装飾品が欲しい、色々な物が食べたい、見目麗しい者だけ側に置いておく、など。国の現状も把握しようとはせず、己の欲求だけを押し通す。

 結果、聖女に惑わされた者達が当時の権力者、もしくはそれに近しい立場の者が多かったために、国内が混乱する事態を招いた事も数知れずあったようだ。事が国内だけで済んでいればまだマシで、他国にまで飛び火し戦争になった時もあったという。

 当時の顛末書を見ると自分がその場にいなくてよかった、と心から思うほどに厄介な事になっていた。


 だが、各国上層部もただ手をこまねいて現状を嘆いていただけではない。聖女によって巻き起こされる騒動を観察し、考察し、記録した。そして代々王家に伝わるよう手引書として残した。自国を滅ぼしかねないような出来事が複数回にわたって起こったために、愚かなことは起こさぬようにと戒めとして。

 その手引書は王家だけではなく、高位貴族の家にも渡されている。そして代々同じことを起こさぬよう教育される。はずなのだが、それをかいくぐるように聖女は問題を起こすのだ。

 異世界の人間故にこちらの常識が通じず、突拍子もないことをされて後手後手にまわってしまう。あの手この手で騒動を起こさないで欲しい、本当に。


 活用されないことを願われるこの書物は、残念ながら常に活用され続けている。活用出来なかった国は聖女が原因で起こった争乱のおりに地図上から、歴史上から消えている場合が多い。

 神の試練というには些か頻繁に。神の気まぐれかと思うと傍迷惑極まりない。


 一つの国で起こったそれが同じ国で起こるには二百年前後の期間があく。我が国で再び聖女騒動が起こるのは二百年前後先だろう。だが油断はならない。十数年単位で起こる他国による次の聖女騒動が自国に影響を及ぼすことはない、などと誰が楽観出来るだろうか。

 歴史と手引書が常に王族を警戒させる。それだけの国の危機なのだから。






 今代の聖女も数多の過去の聖女よろしく、頭の中に花畑が存在しているようだ。なぜ初代の聖女のような、人柄的に良好な人物は皆無と言っていいのだ……。

 『聖女』の名が泣く。いっそのこと『性女』とか『精女』とか呼びたいと思うのは自分だけじゃないはずである。聖女に会うたび、下から上がってくる報告書に目を通すたび、本当に頭痛と溜息しか出てこない。最近のやつれ具合に婚約者も心配顔だが、王子という立場上、聖女関係には否が応でも関わらなくてはならない。

 婚約者が心配してくれるのは嬉しいが、くれぐれも聖女に関わろうとはしないでくれ。こちらの心の安寧のためにも。過去には冤罪で表舞台から消された女性もいるという。もしも君がそんな事になってしまったら……と思うと、持てる権力の全てをもって原因を排除してしまうだろう。私情によってそんな事をしたくはないという王子としての誇りを慮ってくれるなら、わかってくれるね?


 出来るだけ国の有力者・実力者は聖女の周囲からは外させたが、そう出来なかった者もいたのは口惜しい限りだ。あの、的確に容姿もよく有能な者を狙っていく様には得体の知れない寒さを覚えた。

 だが、聖女から接触はされたが、誰もその手管に落ちはしていない現状はまずまずだと言えよう。各自これからもそのまま聖女のお守りという名の任務に励んで欲しい。

 心労をかけてしまうが、そこは性女に目を付けられた者として諦めろ。心労手当は王子の名においてはずむことを約束する。王子とてやっているのだ、下の者が出来ないはずは無いだろう?


 逃がすと思っているのか、生け贄仲間を。






 そうこうする内に、自分付きの近衛騎士である幼馴染みが切れた。最近は射殺さんばかりの殺気を込めた目で聖女を見ていたため、そろそろかと思ってはいたが。斬り付けなかっただけでも善しとしなければな……。溜息が出るのは止められないけれど。


 密かに溺愛している婚約者からの不意打ちともいえる婚約破棄の手紙に、動揺するなと言えるほどあいつの惚れっぷりを長年眺めていない。

 現状は、お守り役が一人消えてもさして障りは無いくらいにはなっている。そろそろ次の段階に移る時期だろう。『聖女様』にはいい加減、浄化の旅に行ってもらわねばならない。そのための神による召喚だ。このままちやほやされた現状が続くわけがない。そこの所は考えていたのだろうか?あの性女は。


 たとえどんなに駄々を捏ねられても関係ない。やるべきことはやってもらわねばならない。そのための国税を使った贅沢なのだから。存分に満喫しただろう。

 聖女の浄化の旅だ。国の精鋭とまではいかないが、闘いに関して経験豊富な手練た者を多数含めた部隊を付けよう。精鋭は王都襲撃などの不測の事態に備えるためにも、王族の警護や国防の任務に就いている。護らなければならないものが複数ある以上、浄化の旅に付いては行けない。そのためにこの旅には国軍から人数を割いているのだ。

 それに昔の人も言っていた。戦争は数である、と。

 少数の実力者がいるよりも、それなりな実力を持つ者が多くいた方が取れる手段も多くある。それが常に団体で訓練をしている者達ならば尚更に。戦うにしても逃げるにしても、連携とは大切なものだ。付け焼き刃で窮地がどうにか出来るほど、現実は優しく出来てはいない。






 こまめに上がってくる旅路の報告。報告者の『困惑』も『憤激』も『諦観』も聖女のお守り役を務めた誰もが通った道だ。微笑んで頑張れ、としか言えない。うん、頑張れ。


 しかしまあ、旅の間も聖女は相変わらずのようだ。複数ある目的地に出来るだけ迅速に向かいたいこちら側の思惑を無視し、寄り道三昧。


 ある都市の、秘匿された違法奴隷市で奴隷を拾ってきたり。

 その際に騒ぎを起こし、奴隷商人は逃亡。黒幕含め一斉検挙しようとしていた領主軍から泣きが入った。

 後日、騎士団の派遣と捜査協力を約束。拾ったと聖女が主張する獣人奴隷はまだ子どもで衰弱が激しかったため、そこの領の医者に一時預けることに。聖女は自分が保護したのだから旅に連れて行きたい、などとほざいていたらしい。歩くどころか、食事を自力で出来もしない者を連れてなど行けるわけがないだろう。

 事後処理として、捕らえられていた奴隷達は親元など元いた場所に帰せるならばそれでいいが、できない場合は助けた手前、後の身の振り方をこちらで考えねばなるまい。


 ある宿屋では、そこで雇っている腕の良い吟遊詩人にまとわりついたり。

 昼夜問わずまとわりついて、その詩人は仕事にならず、宿との契約日数に満たない期間で契約破棄。詩人と宿側の両方に迷惑料を払うはめに。

 確かに、各地を旅する詩人や楽師、芸人には己の芸の他に身体も商品にしている者もいる。だがしていない者もいるのだ。その詩人は己の芸のみで旅していた者だったのだろう。そんな詩人にあからさまな身体接触をしてしつこく声をかける。その様は痴女と言われても仕方がないほどだったようだ。

 迷惑料を渡した後、詩人はにこやかに、しかしそそくさと爽やかに去っていったらしい。大変ですね、と慈愛の笑みを浮かべた彼の美貌に泣きそうになった、と報告者は書いていた。


 ある日は、精霊術師と極一部の者以外は禁足地となっている精霊の多く住む森に侵入したり。

 精霊の森は、精霊との接し方を知らない人間には危険なのだ。精霊には精霊のしきたりがある。それを侵す者には厳しい対処がなされる。それがやった本人のみに向けられるのならいいが、それ以外にも向けられることが多々。国の一部が一瞬にして焦土と化した、という伝承が残るくらいに物騒なのだ。なので精霊と接触するのはしきたりに精通している者、精霊に気に入られている者に限定されている。

 しかし聖女は注意されていたにも関わらず、野営の時に勝手に出歩き、人目の無い隙に入り込んだらしい。そして、人の気配を嫌う精霊との契約交渉に来ていた精霊術師の契約現場を邪魔してしまい、その契約は駄目になった。

 幾重にも手間と暇をかけて場を整えたのに契約出来なかったことを怒った術師には、高位精霊を集めるのに有効な宝石を融通する。精霊の怒りに触れて災害が起きなかっただけマシだ。


 ある時は、迷宮探索のために訪れていた傭兵団に突撃したり。

 普通ならば『傭兵』という職種上、依頼されれば人に雇われるのが彼らだ。しかし向こうは迷宮探索のために来ており、そこで彼らを今すぐ浄化の旅の護衛として雇う、と言っても無理があるだろう。

 何事にも準備が必要であるし、彼らにだって予定というものがある。事前の準備もなく、命の危険もある旅にそう簡単には『はい』なんて言えるわけがない。そこを命令で無理矢理連れて行くなんて事をしたらどうなることか。

 各国を渡り歩く彼らの横の繋がりは計り知れない。いざという時に、彼ら以外の傭兵もこの国からの依頼を受けない、なんて事態もあり得るのだ。一応事無きを得たが、危ない橋を踏み抜く勢いで問題行動をしないでほしい。切実に。






 そして胃の痛くなる日々も終わる。やっとか……という思いでいっぱいだ。無事、世界を浄化し終えた聖女は自分の世界に還っていった。最後は泣き叫んでいたから、彼女も世界を救うという重い肩の荷が下りて嬉しかったのだろう。ははは。






 数代前の魔術師達よ。『召喚』ではなく、『送還』魔術を開発した貴方達に万感の思いで拍手を送ろう。

 ありがとう!

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