第十八話『圧倒』
入団試験当日。
まだ夜も明けきらぬ午前四時。ルーカスと白亜は、ニューヨーク拠点の巨大な試験会場に足を踏み入れていた。
すでに会場には、二人と同じように試験を受けるであろう猛者たちがひしめき合っている。
「俺が聞いたところによると丸一日フルで使う試験らしいぜ」
(ざっと300人程度か。施設がバカでかいせいで、めちゃくちゃ人が入るな)
「ねえルーカス。ここって、一年で何人ぐらい受けるんだ?」
「大体300人ぐらいだな。ただ、一次から最終まで通って合格できるのは、毎年20名程度だった気がする」
「へぇ。中々の狭き門だな」
(人数予想があってたな)
「まぁ、俺たちなら余裕だろ。最悪、おじさんのコネを使う! へっへっへ」
(なんて悪い顔をしてるんだ、この少年は……)
ルーカスは周囲を見渡し、得意げに言った。
「噂によれば、この試験のために拠点の内部構造を変えてるらしいぜ」
「ふーん(°_°)」
会場の一番奥には、運動会でよく見る朝礼台をさらに巨大化したような高い壇上が設置されており、どこからでも見えるようになっていた。
「試験開始は午前五時。あと1時間待つか」
「寝よう」
「寝るか(適当)」
実は、二人は会場の端っこにパイプ椅子が置かれているのをすでに見つけていた。誰も座っていない上に、三つしかない。
「誰かが気づく前に急ぐぞ」
「ああ」
結局、試験開始までその椅子に座っていたのは、図太い神経を持つこの二人だけだった。
「おい、ルーカス。起きろ、なんか挨拶っぽいのが始まってるぞ」
「……あと5分」
「ふざけんな!」
白亜は容赦なくルーカスのほっぺたを思いっきりつねり上げた。
「イタッ!? いたいいたい痛い!」
飛び起きたルーカスを、白亜は強引に人混みの方へと引っ張っていく。
白亜は壇上にいる人物を見上げて言った。
「おい、あれルジェクさんじゃん」
「ほんとじゃん。何してんだよ、あの人」
マイクの前に立ったルジェクが、静まり返った会場に向けて重厚な声を響かせる。
「――受験生諸君、今日はよく集まってくれた。これより、ニューヨーク妖撃士団入団試験を開始する。妖撃士団において最も求められるのは、何よりも生存能力だ」
「ルジェクさんって、俺たちが思ってるより結構すごい人だったのかもな……」
ルーカスが感心していると、いきなり天井から無数の紙吹雪のようなものが降ってきた。
それは正確に、受験生一人につき一枚ずつ手元へと落ちてくる。
白亜がキャッチした紙には『269』と印字されていた。
「ルーカスのにはなんて書いてある?」
「俺は『149』だ」
ルジェクが説明を続ける。
『それは君たちの受験番号だ。その番号をよく見て、該当する番号が記された扉の中に入ってほしい。この会場の壁側には合計五つの扉がある。その先で一次試験を行い、勝ち抜いた者だけが最終試験へと進むことができる。それでは、移動したまえ』
「一旦お別れだな」
「ああ、また後で会おうぜ」
二人は拳を軽く合わせ、それぞれの扉へと向かった。
白亜は『267〜』と書かれた扉を開け、中へと足を踏み入れた。
「……は?」
扉を潜った瞬間、白亜は驚愕した。
周囲を見渡すと、そこは鬱蒼と生い茂る完全な森の中だった。おまけに、振り返っても入ってきたはずの扉はどこにもない。
ひらりと、また空から一枚の紙が降ってきた。
(えーと、なになに……)
『ここでサバイバルを行ってもらう。殺人行為は禁止とする。戦闘可能な者が残り20名になった時点で終了。残っていた者が一次試験合格とする。現在残り:68名』
(ほう、面白そうじゃないか)
さらに紙の端には、小さな文字が添えられていた。
『*ここでの時間は現実には反映されない』
「……なるほど、空間拡張だけじゃなく、時空までいじったか」
白亜は感心したように口角を上げた。
(現代の人間がここまでやれるとはな。だから一日で全試験が終わるのか。そして、この森の中での時間は⋯)
「無制限か、いいね、やってやるよ」
――と、意気込んではみたものの。
森の中を歩けども歩けども、一向に他の受験者と出くわさない。
「ぴよぴよ……」
暇を持て余した白亜が紙を確認すると、文字が更新されていた。
『現在残り:63名』
(ちゃんと減ってるな……)
その時、突如として頭上から大声が響いた。
「見つけたぞォォォ!!」
(上か)
白亜が見上げると、巨漢の男が木の上から凄まじい勢いで拳を振り下ろしてくるところだった。
「やっと会えたよ」
白亜は歓喜の声を上げながら、最小限の動きで真横に飛んでそれを避けた。
ドゴォォン! と、男の拳が空振って地面に深くめり込む。
「イッテー!?」
体勢を崩したその隙を見逃さず、白亜は男の顔面に無慈悲な右ストレートを叩き込んだ。
男は「ぶべっ」という間の抜けた声を上げて数メートル吹っ飛び、そのまま白目を剥いて気を失った。
(……弱っ)
白亜からすれば、あまりにもあっけない幕切れだった。
白亜はもう一度紙を確認する。
『現在残り:59名』
(……これ、私から動いて探さなくても、勝手に向こうで潰し合ってくれるんじゃないか? 私、何もしなくてよくない?)
白亜はその場にどっかりと座り込み、自ら歩き回るのを早々に諦めた。
数時間後――。
(……出会っても雑魚ばかりだな)
白亜の周囲には、襲いかかってきては返り討ちに遭った受験生が10人近く、屍のように転がっていた。
「ルーカスが異常に強いだけだったんだな……。あいつ、やっぱり人間のくせにおかしいじゃねーか」
手元の紙を確認する。
『現在残り:21名』
(よし、あと一人減れば終わりだな)
すると、不意に背後の茂みから何者かの気配を感じた。
(……なんかいる。油断したフリでもしとくか)
白亜がわざと隙を見せた、その瞬間。
ピィィィィィィィィッ!!
突如、終了を知らせる甲高い笛の音が森全体に響き渡った。
ガサッと茂みが揺れ、息を切らした男が姿を現した。
「い、いやー……よかった。これで終わりだ。君とやり合わなくて済んで助かったよ」
男は安堵の溜息を吐いてへたり込む。
「ふむ。私も無駄な体力は温存したかったからな。助かったよ」
直後、二人の目の前の空間が歪み、見覚えのある扉が現れた。
白亜は小さく伸びをすると、その扉を開けて外へと出た。
一方その頃。場面が変わって、ルーカスの視点。
「オラァッ!!」
(これなら、余裕でいけるな!)
ルーカスは白亜とは対照的に、木刀を片手に森の中を猛スピードで駆け回り、遭遇する受験生を片っ端からなぎ倒していた。
「ハァ……ハァ……。歯ごたえある奴がいねーな。あの悪魔の方がよっぽど強かったぜ」
手元の紙を確認する。
『現在残り:25名』
(あと少しで終わりだな。……白亜は白魔結晶を二つも取り込んでるし、絶対残れるだろうな)
その時。
ヒュンッ!
死角から、ルーカスに向かって鋭い何かが飛んできた。
「おっと!」
ルーカスは咄嗟に反応し、それを木刀で的確に叩き落とした。
(石、か……?)
飛んできた方向へ視線を向けると、そこには自身の周囲に無数の石をフワフワと浮遊させている異能者の男が立っていた。
(なるほど、念動力か何かか。あんなの、頭に当たったら一発で気絶するかもな)
しかし、ルーカスの目に恐れはなかった。石の飛翔など止まって見える。
ルーカスは大地を蹴り、男めがけて一直線に走り出した。
「舐めるなよ! 来てみろ!」
男が腕を振るうと、無数の石が弾丸のようにルーカスへ向かって発射された。
だが、ルーカスは一切スピードを緩めない。
「甘いぜ!」
飛来する石の軌道を完璧に見切り、木刀による最小限の弾きと体捌きで全てをいなし、一瞬で間合いを詰める。
「な、何っ!?」
男が驚愕に目を見開いた時には、すでにルーカスの木刀がその腹部に深々と叩き込まれていた。
「ぐはっ……!」
男がくの字に折れ曲がって吹き飛んだ、その時。
ピィィィィィィィィッ!!
終了の笛の音が鳴り響いた。
(おっ、試験終了か)
ルーカスが息を整えていると、目の前に空間の扉が現れる。
「さて、白亜はどんな顔して待ってるかな」
ルーカスは木刀を肩に担ぎ、意気揚々と扉を開けて外へと踏み出した。




