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用意された  作者: ロア丸ばなな
第三章[再臨]
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第十六話『天使』

「そういえばさ、妖撃士団の入団試験っていつなの?」

「明日らしいぞ」

「ンッ、聞いてないんだけど」

ニューヨークの喧騒を歩きながら、白亜は思わず変な声を出した。

「悪い悪い、言ってなかったわ。ニューヨークには妖撃士団のデカい本部があってな。で、そのすぐそばにあるニューヨーク拠点で俺たちは試験を受けるんだとさ」

「なるほどね」

白亜は周囲の建物を見上げながら、密かに思考を巡らせた。

(アメリカと言えば、あの化け物どもが巣食っていた場所だ。1000年前の戦いで、もし古の賢者を完全に殺しきれていなかったら、かなりマズいな。残党がまだ隠れているかもしれない。気を引き締めないと……。そういえば、ロイって炎使いだったよな。昔、ここらへんで炎の精霊を呼び出そうしたことがあったような……)

そんな数千年前の記憶を掘り起こしていると、ルーカスの足が止まった。

「おじさんが言ってた住所は、ここだな」

「これまた……随分とデカい家だね」

二人の目の前には、大都会のど真ん中とは思えないような、重厚で立派な邸宅が建っていた。


ゴンゴンッ!

ルーカスは躊躇いもなく、いきなり巨大な扉を叩いた。

「すいませーん! 誰かいませんかー!」

すると、中から落ち着いた、しかしどこか威圧感のある声が響いた。

「――ロイの甥と、その友達だな。入っていいぞ」

ガチャリと、触れてもいない扉が自動で開く。

(ほう、空間魔法の応用か)

「よーし、やっと休めるぜ」

ルーカスは遠慮なく中へと足を踏み入れた。

案内された広大なリビングでは、青い髪と青い瞳をした壮年の男性が、優雅にソファでくつろいでいた。

「あなたが、妖撃士団幹部のルジェク・ヨザットさんですね」

ルーカスが尋ねると、男性は静かに頷いた。

「そうだ。私があのルジェク・ヨザットだ。長旅で疲れただろう、楽にしてくれて構わないよ」

ルジェクが温かいお茶を勧める中、白亜は出されたカップには手をつけず、ルジェクの周囲をじっと観察していた。

(……なんだ? こいつから、奇妙な違和感を感じる。ただの魔力じゃない、もっと別の……)

「実は最近、天使様から神託を授かってね」

ルジェクの唐突な言葉に、ルーカスが目を丸くする。

「天使様、ですか?」

「ああ。私はたまに、天使様から直接助言をいただくことがあるんだ」

ルジェクはどこか誇らしげに、しかし視線を少し宙に彷徨わせながら言った。

「そう。それで、どんな神託を?」白亜が探るように問う。

「近日中、友の甥と、その友達の少女がここを訪ねてくる、とね。そして……白亜くんと言ったね。天使様は、私が管理している白魔結晶を君に渡すようにとおっしゃられた」

「マジかよ! すげえな!」ルーカスが身を乗り出す。

「私としても、その天使様にはこれまで幾度となく世話になっていてね。……だが、これほどの物を、流石にタダで渡すわけにはいかない」

(なるほど。そう上手くはいかないか)

白亜は内心で舌打ちしつつも、ルジェクの言葉である確信を得ていた。

(カマをかけてみるか)

「タダだったら助かったんだけどね。まあ、白魔結晶がタダってわけにはいかないか」

「ああ、そのようだな」

白亜はゆっくりとお茶を一口すすると、不意に、誰もいないルジェクの背後の空間を真っ直ぐに指差した。

「――お前はどうなんだ。いい加減、コソコソ隠れてないで出てきたらどうだ?」

「ん? 白亜、誰に向かって言ってんだ?」

「ここには私以外誰もいないよ。侵入者かい?」ルジェクが怪訝な顔をする。

白亜は冷たく言い放った。

「最初からそこにいただろ。あんたの言う天使様だよ」

「「えっ!?」」


ルーカスとルジェクの声が重なった瞬間。

ルジェクの背後が、突如として神聖な水色の光に包まれた。

部屋の温度が急激に下がり、清浄な空気が満ちる。光の中から現れたのは、水色の巨大な翼を持つ、青髪の美しい女性だった。

しかし――その背中にある四枚の翼のうち、右側の一枚が根本から無惨にちぎれていた。

「久しいな。ルミエルじゃないか」

白亜が名を呼ぶと、ルミエルは静かに首を垂れた。

「……気づいておられましたか。白星神」

「当たり前だ。私を舐めるな」

「そうですね……。あなた方、星神がいなくなったおかげで、天界は地獄を見ました」

ルミエルの声には、深い疲労と悲哀が滲んでいた。

「地獄?」

「はい。あなたたちが姿を消した後、悪魔どもが活発化し、大量の堕天使たちと共に天界へ直接攻め込んできたのです」

「自ら敵陣に攻め込むとはな……。それで、結果は?」

ルミエルは痛ましそうに目を伏せた。

「――神側が、負けました」

「なんだと!?」

白亜は目を見開いた。

(神が負けた? よく見れば、このルミエルもボロボロじゃないか……!)

「そうか。確かに、あの大罪を冠する悪魔どもが本気になれば、あり得ない話ではない。……だが、完全に滅んだわけではなかろう。神々が完全に復活できるまで、あと何年かかる?」

「あと……一万三千年ほど」

「くそっ!」白亜は感情を露わにした。「そんなにかかるのか! その間にまた攻め込まれたら終わりじゃないか。その戦いで、相手の戦力はどれだけ削れたんだ?」

「大罪クラスは誰一人として倒せませんでした。弱い悪魔はほとんど浄化しましたが……真に強大な者たちには、手も足も出ませんでした」

白亜は小さく息を吐き、頭を掻きむしった。

「そうか……。とりあえず、お前の考えは分かった。私に白魔結晶を渡し、私の復活を手伝う代わりに、天界に協力しろってことだな。いいぞ、お前もよく耐えて頑張ったようだし、協力してやろう」

「その通りです。話が早くて助かります」

「おい! 俺たちを置いてけぼりで話を進めないでくれよ!」ルーカスが慌てて割って入る。

そして、その横では――ルジェクが完全に青ざめ、魂が抜けたような顔で震えていた。

「な、なぜ……本物の天使様が、私の後ろに……!?」

ルミエルはルジェクを振り返り、慈愛に満ちた声で告げた。

「ルジェク。その子に、白魔結晶を渡してあげなさい」

「は、ははっ! 直ちに!」

ルジェクは這うようにして立ち上がり、いそいそと部屋の奥へと消えていった。

「おい白亜、どういうことだよ!」

「こいつはルミエル。希望の大天使の一人だ」

「大天使!? そんな大物が、なんでおじさんの知り合いの家なんかに……」

白亜は呆れたようにルミエルを見上げた。

「あの男を利用するのは、お前自身の回復を早めるためだな。自身の力をあの男に分け与え、同時に男の生命力や魔力を還元する。天使は霊的な存在だからな、あの男に取り憑いて共生関係を築けばいいわけだ。聞こえはウィンウィンだが……実質的には半強制的な契約状態だろ。お前がこんな泥臭い手段を使うなんて、よっぽど追い詰められてるんだな」

「その通りです。……白星神、私の友人たちを覚えていますか?」

白亜は出されたお茶をようやく飲み干し、静かに頷いた。

「ああ。いつもお前と一緒にいた、賑やかな五人組だろ」

「はい。――彼らは全員、殺されました」

白亜は、弾かれたように立ち上がった。

「はっ!?」

(そこまでか……。 想像以上にマズい。悪魔どもは、神を完全に滅ぼす気か!? 確かに悪魔にとって、神は邪魔な存在であり、同時に最も近しい存在でもある。もし神が消えれば、悪魔は神の真似事すらできるようになる。世界が悪魔だけで回ることになる。大罪の悪魔はどうしているんだ!?絶対そんなことはしないと思っていたんだが)

白亜の脳裏に、かつての強敵たちの顔がよぎる。

(大罪の悪魔ども……奴らは人を食って回復・強化できる。文明が発達した今の時代、人間の栄養価は1000年前よりはるかに高いはずだ。私一人じゃ到底無理だ……!)

「……黒星神は、まだこの世界のどこかで生きている。私だけじゃ限界が来る、あいつの復活を最優先で手伝え。……それと、忠告しておく。もし大罪に、私と敵対する意思がないのなら、私からわざわざ戦いを挑むつもりはないからな」

「わかっています。最初からそのつもりです」

ルミエルの冷静な返答に、白亜は少し安堵してソファに座り直した。

「他にも、1000年の間に時代は本当に変わりました。神々も世代交代を余儀なくされ、今やあなたの知る者はほとんど残っていないと言っても過言ではないでしょう。あなた方が消えてから現在に至るまで、世界は激動の時代だったのです」

「……少し聞きたい。あの古の賢者はどうなった?」

「死んだはずです」

「『はず』とは?」

「死体は見つかりませんでした。ですが、世界のどこを探しても、彼の魔力の痕跡は一切感知できなかったのです」

「なるほどね……」

「ですが、気をつけてください。現代には、古の賢者の復活を望む、カルト教団のような危険な連中が暗躍しています」

「そいつらの正体は?」

「過去に古の賢者の眷属だった悪魔の生き残りと――狂気に満ちた、一部の人間たちです」

その時、慌ただしい足音と共にルジェクが戻ってきた。その腕には、厳重な箱に収められた純白の結晶が抱えられている。

「こちらが、私の管理している白魔結晶です……!」

「ご苦労様です、ルジェク」

「白亜くん、私は天使様の仰る通り、君にこれを……!」

「ありがたい」

白亜がルジェクから白魔結晶を受け取った瞬間、部屋中が目を開けていられないほどの凄まじい白光に包まれた。

ルーカスとルジェクが思わず目を瞑り、やがて光が収まると、そこには平然と立つ白亜の姿があった。

「これで、協力してくれますね?」ルミエルが問う。

「ああ、そうだな」

白亜は自身の体を軽く動かしながら、内なる力を推し量った。

(……体感、本来の約12%ってところか。まだまだ先は長いな、どうしたもんかね)

「おい白亜、今回は気絶しなかったんだな?」

ルーカスが恐る恐る尋ねる。

「あの時は、私の体があまりにも弱すぎた。魔力に慣れてない状態でとんでもない量を流し込まれたからショートしただけ。今はもう大丈夫だ」

「なるほどな」

ふと、ルジェクがハッとして頭を抱えた。

「ま、待ってくれ! 上司には、白魔結晶を失ったことをどう説明すればいいんだ!?」

「少しの間なら、適当に黙秘しておいても大丈夫でしょう」ルミエルが涼しい顔で答える。

「あ、はい! そうします!」

(なんて適当な天使様と信者だ……)

白亜が呆れていると、ルミエルの体がふわりと宙に浮かび上がった。

「それでは、私は一度姿を消します」

「天界に戻るのか?」

「いえ。天界も決して安全というわけではありませんし、しばらくはこのルジェクに憑いたままにしておきます。ただ、常に実体化していては周囲の邪魔になるでしょうから、霊体化して姿を隠すだけです」

「そういうことか」

「それでは白星神、またいずれ話し合いましょう」

ルミエルはふっと微笑むと、空気に溶けるようにして幻のように消え去った。

ルジェクはその場にへたり込み、大量の冷や汗を拭った。

「ま、まさか……本物の天使様に、現実でお会いできる日が来るとは……」

「あんた、今まで会ったことなかったの?」

「いつも、頭の中に直接声が響いてくるだけだったんだ……。はぁ、少し胃が痛い。……昼メシを用意してくるから、少し待っていてくれ」

完全に魂の抜けた足取りで、ルジェクはフラフラと食堂の方へ向かっていった。

「なんだか、すげぇもんを見ちまったな……。この後、どうするんだ?」

ルーカスが呆然と呟く。

「とりあえず、ニューヨークでも観光するかな。明日は試験だし、息抜きも必要でしょ」

「そうだな、それがいいかもな」


やがて豪勢な昼食が運ばれ、二人でそれを平らげた後、ニューヨークの街へと繰り出すことになった。

「夕飯前までには必ず戻ってきてくれよ! ロイからも、君たちをしっかり保護するように頼まれてるんだからな!」

背後から響くルジェクの過保護な叫び声を背に、白亜とルーカスは、未知なる大都会の散策へと足を踏み出すのだった。


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