第十五話『転換点』
翌日の朝――。
うっすらと朝靄の立ち込めるロイの屋敷の前で、それぞれの旅立ちの準備が整っていた。
「私はお家に帰るから、こっちの方角だけど……ルーカスと白亜はこれからアメリカに行っちゃうんでしょ? なら、もうここでお別れだね」
ソフィアが寂しさを隠すように、少し大袈裟に手を振る。するとルーカスは、どこぞの舞台俳優のように大仰に胸を張ってみせた。
「我が妹よ! 強く生き、母上をしっかりと支えるのだぞ!」
「……ちょっと、何のキャラよ、それ」
ソフィアが呆れたように突っ込むと、別れの空気がふっと和らいだ。
その少し後ろで、白亜はロイをじっと見つめて声を潜めた。
「……ところでさ、ロイ。監視、やめてくれない?」
どうやら昨夜から、白亜の周囲にはロイの手による隠密の監視術式が張られていたらしい。
ロイはバツが悪そうに肩をすくめた。
「おや、気づかれていたか。すまないね。まぁ、頑張れよ。お前さんは……やりようによっては、人類の最大の味方になる可能性を秘めているんだからな」
「それにしても……現代の天使たちは、人間に味方してくれたりしてないの?あいつら調和をだいじにする存在だからな、人間が減りすぎたら大変だろうに」
白亜の問いに、ロイは厳粛に首を振った。
「敵が強すぎるんだ。特に大罪教帝と呼ばれる連中はな。俺も直接会ったことはないが、噂では一人一人がこちらの最高峰である至上クラスすら凌駕する化け物だと聞いている」
「……だろうね。私の全盛期、全力が出せたとしても、あんな奴らとは正直殺り合いたくないよ」
「幸い、今はその大罪教帝たちも表立っては暴れていない。だから天使たちも、来たるべき決戦の時のために、どこかで力を蓄えているらしい。今の地球全体の人口は、10億人くらいか」
「……え?」
白亜は息を呑んだ。1000年の間に、随分と世界はすり減ってしまっている。
だが、それ以上に――白亜の脳裏に、ある奇妙な違和感が引っかかった。
(なんで人間であるロイがさも当然みたいに天使の事情を知っているんだ……?)
「1000年前のお前さんからすれば、随分と寂しい世界に見えるかもな」
「おい、白亜ー! そろそろ行くぞー!」
遠くからルーカスが呼ぶ声が響く。
「ああ、今行く!」白亜はロイを振り返った。「ロイ、色々とありがと。またよろしく頼むよ」
「ああ、さっさと本来の力を取り戻してくれ。前も言ったが、お前はこれからの人類にとって、必要な戦力になるかもしれない」
「確証もないくせにさ。……まったく、わかってるよ。めんどくさい協力関係に縛られちゃったなぁ」
「はは、安心しろ。俺の勘は昔からよく当たるんだよ」
「白亜、頑張ってね! ずっと応援してるから!」
ソフィアは胸の奥の寂しさを振り払うように、満面の笑顔で叫んだ。またすぐに、笑って会える。本気でそう信じていた。
「ソフィア、ありがとう」白亜もまた、優しく微笑みを返す。
「それじゃあ、行ってくるぜ、おじさん!」
「ああ、死ぬんじゃないぞ、ルーカス」
「分かってるって。タダでは死なねえよ!」
「色々ありがとう。また今度」
こうして、白亜とルーカスは西へ。ソフィアとロイは東へと、それぞれの道を歩み出した。
(白亜とは、なんだか不思議と気が合ったんだよなー。次に会うときは、もっとたくさんお喋りしよう!)
ソフィアは再会を楽しみに、初夏の陽気の中で楽しげに足を弾ませていた。
本当に楽しかった。
一方、アメリカへと向かう道中。
「いやー、それにしてもさぁ」ルーカスが歩きながら、隣の白亜をまじまじと見つめた。「白亜が本当は神だったとはなぁ。まだちょっと信じられねえよ」
「はっはっは! ほら、もっと奉れやー、崇め奉れー!」
「はいはい、ありがたや、ありがたや。……ってことは、最初に行き倒れてた時の記憶喪失ってのも、全部嘘だったんだな?」
「ああ、あれは全部ただの演技。人間社会に馴染むための大人の知恵ってやつさ」
「まぁいいけどよ。……そういえばさ、白亜って普段使ってる氷魔法以外に、何か使えないのか? 神様なんだろ?」
「使えるに決まってるじゃん。そもそも、氷なんてただのサブだよ」
「マジかよ、あれでサブかよ……。じゃあ、お前の力は何なんだ?」
白亜は歩みを止め、人差し指を立てた。
「――“崩壊”」
「なんて? ( ^ω^ )」
ルーカスは思わず、間の抜けた顔で聞き返した。
「私の持つ、『異能』というべきかな。私の本質はね、万物を崩壊させる力なんだよ」
「なんだよそれ、物騒だな……」
「異能っていうのは、あれだよ。魔術の理論とは一線を画す、血筋や魂に刻まれた特殊能力ってやつさ。この現代でも、強い奴はみんな独自の異能を持ってるんじゃないか? 私たちが異能を使う時、それは通常の魔力とは少し違うエネルギーを使っているんだ。まぁ、結果的にその力が魔力に作用したり、魔力に変換されたりするものもあるけどね」
(……そういえば。現代人が魔力って呼んでるこのエネルギー、私らで言うところの霊力のことじゃん。今まで全然気にしてなかったわ。異能は霊力とは完全に別次元の力を使うから、戦闘中に並行利用するのはバカみたいに難しいんだよな。だから普通はどっちかに特化するものなんだが……。異能がなくても、ただの霊力の出力だけで狂ったように強い奴も、ゴロゴロいたなぁ。酒呑童子とか。あいつマジでおかしい)
白亜がそんな昔の記憶に浸っていると、ルーカスがガックリと肩を落とした。
「いいなぁ、俺にはそんな便利な能力、何一つないんだが……」
「まぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁ……気にするなよ、少年」
「まぁが多い多い! で、その崩壊っていう異能は、具体的にどんなことができるんだ?」
「簡単に言ったらね。この世の万物、あらゆる現象をぶっこわす。それだけだ」
「なるほどな (゜∀゜) ――つまり、ただのチートか」
「確かにチートだけどさ。強いやつはもっと強かったんだ」
「ほ〜ん (^o^) 例えばどんな奴がいたんだ?」
白亜は指を折りながら、かつての同胞たちの顔を思い浮かべる。
「例えば……すべての対象自由にいじれる奴とか」
「ほ〜ん……??」
「あらゆる出力や存在自体が、最初から全部無限になってる奴とか」
「へぇ……??」
「時空を操る奴とか」
「……もうええわ」
ルーカスはこれ以上聞いてもよく分からないと思い、話を遮った。
白亜はドヤ顔で胸を張る。
「ちなみに私は、そんな奴ら揃った星神7人の中で、上から4番目ぐらいに強かったんだ」
「ヘェ~……おっ、ここか」
ルーカスが足を止めた。
目の前には、やや大きめの、ごく一般的な一軒家がぽつんと佇んでいた。
「ここが、前に言ってた遠距離移動専門の転移屋さんだよ」
「なるほどね、便利な時代になったもんだ」
「さっさと入ろうぜ」
扉を開けて中に入ると、受付には誰もいなかった。
建物の奥の床には、複雑な幾何学模様が刻まれた、三つの転移魔法陣が鈍く佇んでいる。不思議なことに、それぞれの魔法陣の前には、神社にあるような古びた賽銭箱のようなものが設置されていた。
白亜は目を細めて魔法陣を観察する。
「ねえルーカス。あの魔法陣、起動用の魔力が全く巡ってないんだけど?」
「ああ。あれはな、お金を入れなきゃ動かないシステムなんだよ」
「……マジかよ」
ルーカスは一番右側にある、アメリカ方面を示す魔法陣の前へと歩み寄り、ポケットから財布を取り出すと、慣れた手付きで賽銭箱へと何枚かの硬貨を投入した。
「⋯⋯マジかよ」
チャリン、と小気味良い音が響いた直後――。
ガガガッ! と音を立てて、魔法陣が眩い白銀の光を放ち始めた。
「よし、これで起動したぜ。いける!」
「……マジかよ」
「マジかよbotじゃねえか、お前は!」
二人が光の中に足を踏み入れた瞬間、視界が変わる。
次の瞬間、二人が転送された先は――ひどく近代的な、巨大な建造物の中だった。
周囲には、様々な衣服に身を包んだ、膨大な数の人間が行き交っている。
(……なんか、私の記憶にある空港の検査場みたいな場所だな)
白亜が周囲を見回していると、ルーカスが懐から一冊の手帳を取り出して不敵に笑った。
「本来なら密入国扱いになるところだが、俺たちは大丈夫だぜ。なんたっておじさんに、特製の専用パスポートを作ってもらってるからな!」
「……マジかよ」
「まだ続いてたのか、それ……」
二人はロイの権力(?)のおかげで、何事もなく厳重な検査場を通過し、重厚なガラス扉を押し開けて外の空気を吸った。
「こりゃ……えらい街中だねぇ」
白亜は思わず上空を見上げた。
空を遮るようにそびえ立つ、ガラスとコンクリートの巨大な摩天楼。道路を埋め尽くす黄色い車の群れと、行き交う大量の多国籍な人々。活気と排気ガスの混ざった、独特の熱気が肌を刺す。
「ここはニューヨークっていう街だよ」ルーカスが誇らしげに言った。
「ニューヨークか。1000年前にもあった、有名な大都市だね」
すると、ルーカスはニヤリと笑い、自分の髪をかき上げた。
「ニューヨークで、入ー浴! ……なんつってな!」
「……………………は?」
白亜の、底冷えするような冷徹な声が響いた。
「ま、まぁとりあえずだな!」ルーカスは激しい冷や汗を流しながら、話題を変えるように懐から一枚のメモを取り出した。「おじさんに、その白魔結晶を持ってるっていう知り合いの住所をもらったから、早速行ってみようぜ!」
「……そ、そうだね。行こうか」
白亜は歩き出しながら、内心で激しく頭を抱えていた。
(……お前のせいで、私の周囲の体感気温は今、マイナス30度の大寒波だよ。っていうか、ルーカスはこの世界は魔法が常識って言ってたけど……この街並みを見る限り、全然そんな気配がしないじゃない。……あ、普通に飛行機が飛んでる。ちょっと安心したわ。ていうか人の減ってる気配はないな。大都市だからか)
実は、この転移魔法陣などの超常的な力は、魔力を持たない一般の人間にはただの奇妙なオブジェクトにしか見えず、使用すらできないということを、この時の白亜はまだ知らなかった。




