第4話
雨が生ぬるい。パーシバルは雨除けの外套のフードを払い、一つ小さく息を吐いた。ヒースレッドも同じようにフードを取って、緊張した面持ちで上官を見上げる。
「こんにちは、騎士団の者です」
ヒースレッドの声に反応して、老使用人が扉を開けた。
「主夫婦が、お待ちです」
案内された応接間で、中年の夫婦が静かに礼をして二人を出迎える。型通りの挨拶をして、四人はそれぞれ硬い表情のまま腰を下ろした。
「手紙でお知らせした通り、ジュール先輩の事件を再捜査しております」
「……何をお聞きになりたい」
ジュールの父親が、低く問う。ヒースレッドが答えようとするのを制して、パーシバルが口を開いた。
「ジュールが亡くなった原因となった違法薬物の入手先を調べています。我々が知るルート以外から、手にしていたようです」
父親の隣で母親がハンカチを握りしめて言う。
「どこから手に入れたかが重要ですかっ、そんなことがわかったって、あの子はもう帰らないのに」
「やめなさい」
ジュールの父親が、苦い顔で母親を制し、パーシバルはそっと目を伏せた。ヒースレッドは口元を引き結んで拳を握る。
「ジュール先輩が持っていた薬物は、王都内で流通していたものより、上質でした。先輩は、もしかして……いえ、推測はやめます。先輩が持っていた薬物の入手先がわかれば、彼を死に至らしめた何者かを裁けるかもしれません」
真摯な口調で説明するヒースレッドを、ジュールの父親は静かに見つめ返した。
「私どもには見当もつきません。息子が、違法薬物に頼らざるを得ないほどに抱えていた何かを、私どもは知らなかった」
パーシバルが頷いて確認する。
「当時、彼の自室を調べさせてもらいましたが、日用品以外何もなかった。その後、片付けなどされて何か新たに、彼の物が出てきたりはしていませんか」
母親が涙目で言った。
「日記も手帳も、ちょっとしたメモですら、あの子は何も残してくれませんでした」
どんよりと重たい気持ちを抱えて、パーシバルとヒースレッドはジュールの実家、メイスン家を後にした。
「ジュールがどうやってモールフィを手にしたのか、皆目見当がつかないのは、我々も同じだ」
特別捜査部隊の詰所に戻ったパーシバルは、八方ふさがりを嘆いた。雨の音を聞きながら開かれた捜査会議で、騎士たちは調査結果を持ち寄った。
「ジュール・メイスンの周囲に関して、今回本当に徹底的に洗ったけれど、怪しい者はいなかったということですね」
チェリーナの報告を聞きながら、パーシバルは集まった報告書を一枚ずつめくる。
「ジュール・メイスンのモールフィには、希少な香料が含まれている、とナックルせんせいが言っていた。その、希少な香料の線を探ってみてはどうか」
ランスロットの提案に、パーシバルが顔を上げて、チェリーナは頷いた。
「そのためには、香料について詳しく聞かねばなりません。ナックルせんせいを呼んできましょう」
一同の視線を受けて、ルークが立ち上がる。
「ういっす、ひとっ走り、行ってきます」
ルークがナックルを連れてくるまでの間、パーシバルは再度報告書を見返した。
「メルヴィン、王都内でモールフィが流通していないのは確実だろうか」
ミシェルが流していた粉による中毒者や中毒者未満の使用者が散見されたのは、繁華街や貧民街だった。それらの区域を回ったメルヴィンは、渋い顔で答える。
「隠し持ってる輩はいるかもしれませんが、表には出てませんね。俺が知ってる伝手は全部洗いました」
「そうか、エドマンドの方はどうだった」
元黒狼隊のエドマンドは首を横に振る。
「はい、アランとジュールについて、とにかく何でもいいから覚えていることを話すよう、黒狼隊に聞いて回ったんですが、アランがジュールに対して横暴な態度を取っていた様子ぐらいしか出てきませんでした」
会議の場が静まり返った。
「アランさんねー、なんか、あの人に休暇申請書類の間違いを直して貰おうとして話したことあります。感じ悪かったです。しかも、直した書類持って来たのジュールさんだったし。ジュールさんに直させたのかもしれませんね」
ヴィヴィが肩を竦めて呟いて、エドマンドは苦笑する。
「それは、規則違反だろう。報告したのか」
生真面目に問うランスロットに、ヴィヴィは小首を傾げてヘラリと笑った。
「えー? 確証ないこと、報告なんてできませんよ。あ、お茶入れ直しまーす」
面倒くさそうに答えてヴィヴィは、さっと席を立つ。
「まあ、そうやって、ジュールをいいように使ってたんだろうな」
メルヴィンは、冷めたお茶を飲み干して、隣で俯いているヒースレッドの肩を軽く叩いた。ヒースレッドは顔を上げて、小さく首を左右に振る。
「私は、ジュール先輩のためにも、今できることを、します」
静かだが強い決意を込めた言葉に、パーシバルが目を細めて頷いた。
よれた白衣の襟を引っ張りながら、ナックルは淡々と言う。
「もう一度検査し直してみないと香料の詳細はわからない。必要なら残っている粉の検査をするが」
「ああ、頼む」
パーシバルの言葉に口の端を持ち上げた薄い笑みを見せたナックルは、ヴィヴィに袖を引かれて振り返る。
「お茶、入れましたよー、せんせいも飲んで」
戻ってすぐに検査に入りたい、はた目にもわかるほどうずうずした様子のナックルだったが、ヴィヴィをじっと見てから、大人しく座った。ヴィヴィはお茶を配ってから、ナックルの隣に着席する。
「ちなみに、もし、以前せんせいが言っていたように、香料が東方由来だとして。東方の品を扱っている商会に心当たりはありますか」
チェリーナの問いに、ナックルは眉間に皺を寄せた。
「商会ではないが……視察に来ていた議員の誰かが、東黎帝国で嗅いだことのある香りを纏っていた気がする。証拠の粉に含まれる香料とは別物だが」
ナックルの言葉を聞いて、ランスロットが付け足す。
「独特なトワレを付けている方がいる、自分もそう思った記憶があります。恐らく一番年嵩のコタロウに興味を示した方ではないでしょうか。ヒースレッドはどうだ」
「私はちょっと、わかりませんでした」
視察の場にいた面々の言葉を聞いて、チェリーナが眼鏡の奥の瞳を鋭く眇めた。




