第6話
「あ、ここでーす。ええと、うん、合ってる」
商店街の地図を手に古びた建物を見上げたヴィヴィを挟んで、ランスロットとナックルが立っている。
「こういった花瓶は、東黎帝国で見かけたことがある」
陶器製の大きな花瓶は、複雑な文様が描かれていた。店先には、店内に収まりきらない様子の品が所狭しと並んでいた。
「何か面白い物があったら机に飾るのに買おうかなーと思ったんですけど、大きくて無理そうですね」
ヴィヴィの台詞を聞いて、ランスロットは苦笑する。
「それで、同行を申し出たのか」
「チェリさんにお小遣いも貰ったんですよ、医局への出張のお礼だって」
頬を緩めるヴィヴィを見下ろし、ナックルがつぶやいた。
「俺も小遣いをやった方がいいのか」
「えー? ナックルせんせいって金欠で有名なんでしょ? いりませんよ」
クスクス笑いながら答えるヴィヴィに、ナックルは淡々と謝罪する。
「ヴィーには礼をしたかったが、すまない」
「まあ、医局のお手伝いの半分はローズせんせい目当ての輩の追い返し、半分はナックルせんせいのお世話でしたからね。あ、どうも、こんにちは」
軽い調子で答えたヴィヴィは、奥から出てきた店主に、愛想よく声をかけた。
「はい、いらっしゃいませ……騎士様、でしょうか」
ランスロットとヴィヴィの制服を見て、店主が戸惑いも露わに一歩退く。
「突然すみません、少々お伺いしたいことがあります。今、よろしいでしょうか」
無表情ながら丁寧で穏やかな口調のランスロットに、店主は小さく安堵の息を吐いた。
「はい、私にわかることでしたら」
話し出した二人を他所に、ナックルはヴィヴィを引きつれ、店内をうろつき出す。
「この大きな花瓶を含め、舶来の品を販売している店だと聞いています。ここに展示してある以外の舶来品の取り扱いはありますか。例えば、香辛料や香料などは」
店主は恐縮した様子で背を丸める。
「香辛料や香料などは、私どもは扱っておりません。国の許可がないと、扱うのは難しい品だと存じます」
「そうですか」
チャコールグレーの制服の襟を正し、質問を続けた。
「では、お店の品はどちらから仕入れているんですか」
「だいたい、内海向こうの中継港で買い付けた品になります」
「ここ以外で、舶来の品を取り扱っている商会はご存知ですか?」
「さて……聞いたことがありません」
腰を折る店主に礼を言い、ランスロットは物見遊山の買い物客と化している二人に視線を向けた。ヴィヴィはナックルの背中からはみ出たシャツの裾を掴んで、楽しそうな笑顔を見せている。
「この鏡はどうか」
繊細な彫刻が施された枠で彩られた鏡を、ナックルがのぞき込んだ。ヴィヴィは彼の背に寄り添うようにして顔だけ鏡に写り込む。ランスロットは距離の近い二人を黙って眺めていた。
「何も買わなくて良かったのか」
ランスロットの問いに、ヴィヴィは小さく頷く。
「邪魔になりそうな大きい物しかなかったんで」
答えたヴィヴィが、前方から数人の集団を避けて道端へ寄るのに、ナックルもつられた。ランスロットは、集団の先頭にいる人間を見て足を止める。
「ご無沙汰しています」
丁寧に礼をするランスロットの前に進み出て、同じように丁寧に礼をした男は、後ろを振り返って先に行くよう指示を出した。
「もしかして、会長のところに向かう途中ですか」
ランスロットの父の側近が、愛想良く話しかける。ヴィヴィとナックルは道の端に寄ったまま、様子を伺っていた。
「いえ、違います」
「そうですか、舟着き場の再整備をご覧になりたいのかと思いました」
「ああ、リーガルン商会の土地の舟着き場も整備するんですか」
ミシェルが使った水路ルートを調べ回った時、実家の商会を訪ねたことを思い出す。
「はい、会長はあまり乗り気ではないようですが、王都内は馬車が通れない道も多い。舟が動くと、流れが大きく変わるでしょう。そうだ、良かったら、舟着き場をご覧になりますか」
「ふむ、失礼、少し待ってください」
軽く頷いたランスロットは、道端で佇む同行者二人に近づいて提案した。
「俺はこれから、舟着き場の見学へ行く。二人は先に戻っていてくれ」
「そう、ですか。報告は後で副長がする、でいいんですか」
「ああ、構わない」
ヴィヴィがナックルの袖を引き、二人はランスロットとは逆方向へ歩き出した。
桟橋の土台となる柱や縄などが置かれた舟着き場を順番に見て回る。大勢の工夫が汗を流しながら立ち働いていて、活気に満ちていた。
「新聞で読みましたが、あの極悪人は、水路を悪用して逃げ隠れしていたとか」
「はい」
苦い記憶を噛みしめて低く答えるランスロットの隣で、側近は明るく言う。
「被害を受けた人は不憫ですが、こうしてまた、水運が復活する一助となったのは、商人としては歓迎です。この辺が一番川に近い。港からの経路としても近いのは有利です」
「川を遡上できる船に物資を積み替えて運ぶんですか」
「そうなるでしょうね。ただ……アオイ港のギャレン議員がね、会長とはそりが合わないものですから」
側近の言葉を聞いて、ランスロットは僅かに目を眇めた。
「そりが合わない、とはどういった点で?」
「議員は、舟着き場を直せばそれでおしまいだと思っていて、会長はそのあとに来る請求書と苦情について事前に考慮すべきだと思っています」
側近は苦笑してランスロットの灰色の瞳を見上げる。
「……とはいえ、整備を止める訳には行かない」
「そうです、上手く関わっていくしかありませんね」
呟いて汗を拭う父の側近に、ランスロットは頭を下げた。
「父を……よろしく、お願いします」
東住宅街まで舟着き場の整備見学へ出向いたランスロットが詰所に戻った時、ヴィヴィとナックルの姿はなかった。途中で馬を借りたので追い抜いてしまったらしい。
「戻りました、隊長」
パーシバルは頷いてチェリーナを呼び寄せ、二人揃ってランスロットの報告を聞く。
「記録通り、東方から直接商品を仕入れてはいないそうで、香料等の取扱いもありませんでした」
訪れた商会について説明したランスロットは、書類を叩くチェリーナへ視線を向けた。
「ということは、議員の行き先を一つずつ調べる必要がありますね。まあ、まずはここ、一番香ばしいのは水明楼すいめいろうでしょうね。以前の捜査に関する抗議を、ギャレン議員が肩代わりしていますし……ミシェル・ムーが舟着き場と地下室を勝手に使った、娼館に責任はないという主張も、何故か通っています」
チェリーナが示した資料を読んで、パーシバルは眉間に皺を寄せる。
「司法取引すらしていない、ということは司法官に、圧力をかけたのだろうな」
眼鏡の蔓を上げたチェリーナは、吐息混じりに加えた。
「議員周辺を当たるのは骨です。副団長にもやり過ぎるなと釘を刺されました」
三人は黙ってそれぞれ考えに沈んだ。
「ただいま戻りましたー、あれ、副長の方が早い」
ヴィヴィがランスロットの姿に驚いて足を止める。後ろから顔をのぞかせたナックルにそっと背を押されて部屋へ入った。
「改めて聞くが、ナックルせんせい。ジュールのモールフィに含まれていた香料は、東方のもので、希少で、アルセリアではまず手に入らない。これは確定でいいか」
ナックルは眉間に皺を寄せたが、黙って頷く。
「ギャレン議員がつけていた香料も東方の物で、彼が参加した会合で譲られた物。会合や社交の場としていくつか彼の立ち回り先候補があるが……」
言葉を切ったパーシバルがランスロットに視線を向けた。
「まずは水明楼を調べましょう。水路再開発に際して、舟着き場の点検をして回っている、という名目が立ちます。不審に思われないよう、先ほど別の舟着き場も見学してきました」
ランスロットが途中で分かれた理由について明かされ、ナックルとヴィヴィは顔を見合わせる。
「準備がいいですね、副長。では、水明楼にはランスロット副長と……ナックルせんせい、明日も同行お願いできますか? 東方の品を見分けるのにせんせいが一番適しています」
「わかった。ワーロングの許可はそっちで取ってくれ」
頷いたチェリーナは、自分の机へ移動して、引き出しから書類を出した。
「はい、これ、ローズせんせいに渡して」
受け取ったナックルが頷いて会議が散会する。詰所を出て行くナックルの後を、ヴィヴィが追いかけた。
「あの、ナックルせんせい」
「なんだ」
「えーと……その、今日、楽しかったです?」
首を傾げて考え込むナックルに、ヴィヴィは近づいて地面を見ながらぼそぼそと言う。
「今度、また、お茶しに行きませんか?」
「かまわないが」
ぐっと拳を握ったヴィヴィは、勢いよく顔を上げる。ナックルは挙動不審なヴィヴィを訝し気に見下ろした。
「じゃあ、また」
彼女の頬が赤味を帯びて上気している。鳥の巣頭の医師は、再び首を傾げて歩き出した。




