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王宮食堂の女給ー14

 残暑が厳しい昼下がり、草刈りが入ったばかりの中庭に、走り回る柴犬の呼気と無邪気な少年の笑い声が響いている。最近修繕され整えられた古びた四阿に、人影が四つあった。

「親は選べないって言うけど……酷い両親ね、セイラちゃん、本当に頑張ったわ」

 ため息交じりに紡がれたローズの台詞に、セイラは背中を丸めて涙ぐんだ。セイラの父親は、違法な薬を売買しようとした罪、ローズとサルエルへの暴行、セイラへの恐喝、弟妹への虐待、母親の方は、前の職場での横領、窃盗、育児放棄等の罪状を問われている。二人とも司法取引に応じて既に親権は放棄しており、揃って十年以上の鉱山労役に処される事が決まっている。

「子供達への接近禁止令も出てるから、十年以上経って戻って来て、接触されたら、騎士へ訴え出ればいい」

 メルヴィンの言葉に何度も頷いてセイラは、力強く決意を述べた。

「はい、もう、あの人達の言いなりにはなりたくないです。ローズ医師(せんせい)が父をやっつけたみたいに、私も強くなります。母みたいに、男の人に縋って子供達をないがしろにするような、そんな大人にはなりたくない」

「やっつけてはないんだけどね」

 ルークがセイラの父親をローズがこてんぱんにしたと大げさに誇張して話して聞かせたためか、セイラの中のローズへの強い劣等感が転じて憧憬へと変わっていた。

「いえ、空白期間(ブランク)を感じさせない、見事な刺突でした」

「ランスさん、またそれ……もう、いいから」

 いつの間にか、ランスロットに対しても丁寧語が消えたローズを、メルヴィンは面白そうに眉尻を持ち上げて眺める。

「そういや、医師(せんせい)、例の官吏とはどうなったんだ?」

「どうもこうも、あれきりよ。私から蒸し返すつもりはないし、穏便……ではないけど、お断り出来たかなって」

「まあ、荒事に慣れてねえっつっても、デート相手に護られてるようじゃ、立つ瀬はねえよな」

「強くなくてもいいけど、せめて連れを庇おうとする気概は欲しいわね」

 安堵の内心を悟られないよう、一層口元を引き締めるランスロットを、メルヴィンが横目で確認して小さく笑い声を漏らした。

「セイラちゃんの弟妹はどうするの?」

「孤児院で面倒を看て貰う事になりました」

 柔らかく笑うようになったセイラの頭を撫でようと伸ばした手を、ローズにそっと払われる。訳知り顔で首を左右に振るローズに苦笑して、メルヴィンは静かに手を引っ込めた。子供相手だと気安く接して期待させては元の木阿弥だと、大きな碧眼が無言で語っている。

「事情を明かさずに捜査に利用させてもらったから、君には補償金も出る、使ってくれ」

「はい、厨房長からも聞いています。孤児院への差し入れに使おうと思います。ありがとうございます。じゃあ、私はそろそろ仕事に戻りますね」

 丁寧に腰を折って、セイラは小走りに四阿を出た。

「あれ、もう休憩終わり?」

「はい、あの、ルークさんも、色々ありがとうございました」

 足元にコタロウを纏わりつかせてご満悦なルークにも、セイラは立ち止まって礼をする。

「もう、メル先輩のことはいいの?」

「ええ、両親の事があって、なんかすっきりした気持ちになっちゃったのもあって」

「そっか、大変だったもんな」

「いえ……ううん、大変だったけど、それも私の人生だから。誰かに委ねて何とかしてもらおうと、それじゃ、違うのかなって」

「すげえな、大人じゃん」

 ルークが明るく言うと、セイラは小さく笑った。

「これから頑張って、ローズ医師(せんせい)みたいな強くて素敵な大人の女性になります」

 手を振って去って行くセイラの痩せた背を見送り、ルークは四阿で歓談する三人の大人に視線を向ける。

「なあ、コタロウ、お前のご主人様、大丈夫かなあ。売人だっつう元カレも、男の浮気相手だったっつう娼婦も行方をくらましてさあ、なあんか、嫌な感じなんだよな」

 小声で話しかけるルークにコタロウは話を理解しているかのごとく小首を傾げた。

「はは、お前、本当にかわいいな」

 しゃがみ込んだルークに、横向きに転がって見せたコタロウは、背中とお腹を撫でられて目を細める。

医師(せんせい)って、ミシェル・ムーみたいな顔のいいちょっと悪い感じのするヤツが好きなのかな? 俺は部隊長お薦めしたいけど」

「クウウン」

「コタロウも同じ意見か」

 コタロウの心中の是非は定かではないが、彼は静かに鼻を鳴らして(フンス)、もっと撫でろと腹を見せた。


 主に貴族議員のタウンハウスや富裕層の屋敷が並ぶ城外の片隅にこじんまりと佇む離れがある。ヤーン総合医院の院長の敷地に建てられたその邸には、時折掃除婦が訪れる程度で、普段は人の気配がなく静まり返っている。

「街に流しているのは混ざりものだけど、これは純正だから、取り扱いに気を付けて」

「専門分野だからね、わかっている」

「快楽を伴わない痛み止めとしての使用法について問い合わせてるから、もう少し待ってくれる?」

「ああ、もちろん、治験の結果があるなら聞きたいが、ほんの少量ずつ試すから、大丈夫だ。心配しないでくれたまえ、私が先に己で試してみる」

 自分と似たような背格好で、自分と似たような髪型の取引相手に対し、ミシェルは優しげに微笑んで見せた。

「ものすごく人の役に立つ薬なのにね、頑なに認めようとしないんだから、国ってのは頭が固いよね」

「正しく役立てようとしている者が、混ぜ物をして流通させて荒稼ぎなんてしない」

「アハハ、痛いところを突かれちゃったね、確かにそうだ。僕も自分を正当化するつもりはないよ。お金を稼げたら、誰がどう破滅しようとどうでもいいしさ。でも、この薬がものすごく優れてるって事実は善でも悪でもなんでもないじゃない」

「あちこちで違法麻薬として流通させているのは君達だろう? ここからどうやって合法にするって言うんだ」

「そこはさ、あなたみたいな専門家がうまくやればいいんじゃないかな」

 呆れた顔になる男に、ミシェルは笑い声を上げて首を左右に振る。

「まあ、いいよ。価値を正しく理解して高く買ってくれる上に、結果として治験まで取れるんだから、あなたが僕らに対してどう思っていようと関係ない」

「……ああ」

「じゃあ、また。今回はユフィがこの家を貸してくれたけど、次はまた別の場所で。騎士団がけっこううるさく嗅ぎまわっているから」

「わかった」

 目を伏せて項垂れる男を残し、ミシェルは立ち上がった。

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