連休最終日
連休最終日、明日からまた学校が始まると思うと、尋常ではない憂鬱感が身体中に纏わりつくのを感じる。みんな思う所は同じ様で、最後の晩餐は、連休前日の様なお喋りは無く静かだった。優仁はそれを感じとり「なんだ、みんな明日から学校だから元気ないね〜」と言っていたが、「それ言わないで!意識しちゃうでしょ!」と結衣の言葉は少し語気が強めだった。私だけじゃないんだと言う意識が、少しだけ気持ちを紛らわせてくれた。
連休中、優理の提案通り「こもれび」の皆で代々木公園にピクニックに行き、皆で作ったお弁当を食べた。優理がフリスビーとバドミントンを持ってきていて、特にフリスビーがちびっ子達に人気だった(私は運動がそれほど得意ではないので、あまり上手く投げることが出来なかった)。田辺さんは家族の用事で来られなかったが、「こもれび」一家9人と言うなかなかの大所帯で楽しい時間を過ごした。残りの日々は各自まちまちで、優理や結衣、浩は友達と約束があって出掛けて行く日もあったし、そんな日は私も図書館に行ったり、自室で小説を読んで過ごした(「こもれび」に来て、こちらの図書館に初めて行ったが、前の図書館より蔵書の数が桁違いで少し驚いた)。あとは優理、結衣と一緒に、いつも通りスタバに行ってお喋りをして過ごしたり、新宿へショッピングに行ったりした。テーマパークや観光スポットは、凄い人だかりなので、私達はあまり近づかなかった。
連休中、一番嬉しかったのは浩が小説を貸してくれたことだ。私が1階のダイニングキッチンのテーブルで、一人で紅茶を飲みながらゆっくり本を読んでいたら浩が、「あれ、橋本さんも小説読むんだ」と声を掛けてきた。浩に、意識の外から声を掛けられたせいもあって、胸の辺りがトクリと跳ね上がると共に顔の辺りが一気に上気し始める。
「あっ、はい。本を読むのは割と好きです。」
「へ〜、どんなの読むの?」
「……。えっと……。ごめんなさい、パッと出てこなくて……。」
「あはは。いいよ、いいよ、ゆっくりで。突然聴かれると出てこないよね。わかる。」
「すみません……。そうですね、ミステリーが多いですかね。でもファンタジーとか歴史物とか何でも読みます。」
本当は恋愛物を一番読んでいる気がするが、何だか恥ずかしくて伏せてしまった。
「そうなんだ!ミステリーなら東野圭吾さんのガリレオシリーズとか読んだことある?」
「あ、はい。読んだことありますよ。あれ物理がテーマなので、下田さん好きそうですね。」
「そうそう!湯川先生が格好良くて好きなんだ!最新刊は読んだ?」
「いえ、まだ読めてないんです。本屋さんで表紙を見掛けたので、読みたくて図書館に行ったんですけれど予約がいっぱいで……。」
店頭で見掛けた時、ハードカバーの本は、私の手持ち資金では高くて手が出なかったのだ。いつも無料で読める図書館に頼っている私は、予約の順番が回ってくるまで待つことにしていた。
「えっ、そうなの?よかったら貸してあげるよ。僕、全巻買うようにしてるから持ってるよ。」
「いいんですか?」
「うん、全然いいよ!今の本、読み終わるタイミングとかあるだろうから読みたい時に言って。」
「それなら、あと少しで読み終わるので、借りても大丈夫ですか?」
「オッケー。ちょっと待ってて。」
浩はそう言うと、足早に2階に上がり自室からガリレオシリーズの新刊を手に持って戻ってきた。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。私、人から物を借りるの初めてで……。大切にしますね。」
「そうなの?そんなに気負わなくても大丈夫だからさ。」
私は、浩と共通の趣味の話ができたこと、彼が小説を貸してくれたことが、今までよりも、もっと彼に近づくことができたと感じて、胸の辺りがじんわりと温かくなる様な嬉しさで心が満たされていった。そのせいもあって、その日は気持ちが浮足立ってしまい、せっかく借りた小説に集中できず文字がほとんど頭に入ってこなかった。
ゴールデンウィークは本当に充実していたと思う。そんな楽しい日々も終わりが近づいてくると、最初は焦燥感だった物が次第に憂鬱感へと変わっていき、「こもれび」の中も鉛色の雰囲気で満たされていった。最終日の夜、自室で明日の準備を済ませた私は、そろそろ寝ようと思い、どんよりとした気持ちを押さえつけて電気のスイッチに手をかける。すると、ほぼ同時にドアをノックする音が聴こえた。
「はい」
扉を開けると、そこには枕を両手に抱えた優理が立っていた。
「ハナちゃん、夜にゴメンね……。……。あのさ……。今日一緒に寝てもいい?」
少し上目遣いの優理は、何だか少し、しおらしく見える。いつも元気な彼女が、らしくないと思い少し心配になる。
「うん、いいよ。」
「やった!」
優理は軽い足取りで部屋に入ると、枕をベットに置いた。
「優理さん、大丈夫?何かあったの?」
「ん?何にもないよ?大丈夫。」
「ならいいんだけど。何だか優理さんが、こうやって部屋に来るの珍しいと思って。」
これまで優理が私の部屋に来るのは、ほとんどが夕方か日中で、遊びにくる場合が多かった。こうやって夜に一緒に寝てほしいと来たのは初めてだったので少し驚いてしまった。
「うん、ちょっとね……。少し寂しくなっちゃって来ちゃった……。ハナちゃんと一緒に寝たら気が紛れるかなって……」
「そうだったんだね……。分かるよ。私も2日前くらいから焦燥感が凄くて。お休みが後少しで終わっちゃうって。」
「やっぱみんなそうだよね。夕飯の時、結衣 姉が父さんに怒ってたし。」
そう言いながら優理はけらけらと笑う。
「でも私、意外だった。優理さん、いっつも元気だから、そういう寂しくなっちゃうこと無いと思ってた。」
「ハナちゃん、私だって落ち込むことくらいあるよ〜。でも、7割くらいはハナちゃんが少し心配だから来たってのもある。 」
「え、ほんと?」
「そうだよ〜。だってハナちゃん、あんまり元気なさそうだったから。」
確かに最後の2日間くらいは、焦燥感や憂鬱でいつもよりも落ち込んでいたかもしれない。でも、口に出したり態度に現したりはしていないと思っていたので、それを簡単に見抜く優理の第六感の様な高感度センサーは感服するばかりだ。
すると、またドアをノックする音が聴こえた。
「はい 」
今度は誰だろうと思いながら扉を開けたら、そこには結衣が立っていた。お風呂上がりでよく手入れされたショートの艷やかな黒髪に、半袖とハーフパンツから伸びるすらっとした手足、女子にしては高めの身長も相まって、モデルの様な出で立ちに見入ってしまう。
「あれ、先客がいたか。」
「結衣 姉もハナちゃんと一緒に寝に来たの?」
「いや、寝はしないけど、少しお話に来たんだよ。小華、入っても大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。ちょうど優理さんとお話していた所だったので……。」
結衣は「ありがと。」と言うと私の部屋に入り、机の前の椅子に腰掛けた。私と優理は、ベットに座ったが、優理がベットの上で足を広げてペタンと女の子座りをしているのが可愛くて、何だか微笑ましく思ってしまう。
「なんか3人集まっちゃったね……」
結衣が机に頬杖をつきながら言う。
「いいじゃん!いいじゃん!女子会みたいで!私、何だかワクワクしてきた!」
優理の大きな目は、いつの間にか輝いている。
「明日学校なのに眠れなくなりそう……。私、小華が落ち込んでないかなって心配で来たんだけど、小華、大丈夫?こんな、うるさいのがいて。」
「ええ、別に大丈夫ですよ。優理さんから元気が貰えそうです。」
「うるさいのって何よ〜。私だってハナちゃんが心配で来たんだよ!」
優理は、頬を膨らませて不満顔だ。
「どうせ連休終わりで寂しくなって来たんでしょ?」
「うっ……。そうだけど、そうでもない。7割くらいはハナちゃんが心配できた!」
「なるほど、3割は図星か。」
「それはそうと何の話する?やっぱ恋バナ?女子会なら恋バナでしょ!」
「優理、はしゃぎすぎ。ゴールデウィーク初日のテンションだよ、それ……。」
私は、優理と結衣のやり取りを見ているだけで、それだけで良かった。血は繋がっていなくても、本当の姉妹の様に睦まじい。けなし合いの中にも、どこか絆があって逆に心が和んだ。
「そう言えば、小華。浩とは最近どう?順調?」
結衣が、いつものニヤリとした悪戯な笑みを浮かべて、私に急に振ってきた。この顔と口調は、いつも結衣が私をからかう時の表情だ。そもそも私は、こう言った情事の話は苦手だ。経験が浅いのと、自己開示的な要素が多くて言葉が出てこなくなってしまう。
「えっ……。えっと……。」
言葉を選んでいるうちに、身体が上気していく事が分かる。それは次第に顔まで広がっていく。
「結衣 姉、急すぎ!ハナちゃん困ってるじゃん!まぁ恋バナしようって言ったの私なんだけど!」
「だって、小華が真っ赤になるのが可愛くて、つい……。」
結衣はけらけらと笑いながら、「小華、ごめんね。」と謝ってきた。私は別に、結衣に他意はない事を知っていたし、嫌な事をされている認識はなくて、逆にこう言った冗談も含めて結衣と結びつきが強くなっていると感じて、どこか嬉しさの様な物があった。
「えっと……。順調か分からないんですが、この前、小説の話になって本を貸してもらいました。」
「えっ、そうなの?」
「いいじゃん、いいじゃん!浩 兄も良く本読んでるもんね!」
「共通の趣味か〜。小華も小説読んでるもんね〜。で、どんな話になったの?」
結衣が興味津々といった雰囲気で、椅子から少し前のめりになって聴いてくる。
「ガリレオシリーズって知ってますか?ちょっと前にドラマとか映画になった奴なんですけど……。」
「あ、知ってるよ。浩が好きな奴だね。確かテレビ部屋のレコーダーに全部録画して録ってあるよ。面白かったから私らも良く見てた。」
「はい。そのガリレオシリーズは私も読んでたので、その話になって……。で、最新刊はまだ読めていないって言ったら、貸してくれたんです。」
「わぁ、浩 兄もなかなかやるじゃん!ハナちゃん、それでお互いに好きな本を貸し合いっこしなよ!きっと仲が深まるよ!」
優理が、純粋その物の輝いた目で、私を見つめてくる。優理はまだ小学6年生だが、こういった恋バナは苦手ではないらしい。学校でも友達と良くするのだろうか。
「優理、そのアイデアけっこう良いかもしれない……。共通の趣味だし、一気に距離が縮まりそうじゃない?」
「貸し合いっこですか?」
「うん。例えば、恋愛小説とか貸してあげたら、直接じゃないけどハナちゃんが浩 兄のこと気になってますよ〜って暗に伝わりそうだけど。」
「いや〜。浩の事だからな〜。気付かないよ奴は……。けっこう鈍感だよ?」
「え〜、そうかなぁ〜。すっごく甘くてピュアっピュアな奴でも?」
「う〜ん、どうだろう……。距離は縮まりそうだけどね……。」
いつの間にか私をそっちのけで、優理と結衣で話が盛り上がってしまっていた。
ふと時計を見ると、既に12時を回っている。時間を忘れて話し込んでいたらしい。話も一段落ついた所で、明日は学校があるためお開きとなった。結衣は自分の部屋に戻り、優理と私は一緒にベットに入る。1人用のベットなので、私と優理が小柄とは言え少し狭く感じたが、眠れないことはなかった。すると優理が、私の胸元に潜り込むように入ってきたかと思うと、両腕を私の腰回りにまわし抱きついてきた。私は、どうして良いか分からず少し狼狽えてしまったが、離れる気配はなく、優理の身体は収まりが良い感じだったので、抱き枕の様にして寝ることにした。ちょうど優理の頭が私の鼻先にあって、トリートメントの甘い香りが漂ってくる。
「ハナちゃん、元気になった?」
私の懐で、優理がぼそぼそと言う。
「うん。元気になったよ。ありがとう。」
「なら、良かった。また、こうやって寝に来てもいい?」
「うん、いいよ。」
「やった!」
私がそう言うと、優理の抱きつく力がぎゅっと強くなる。何だかそれが、とてもいたいけに感じてしまい、私も優理の事を優しく抱きしめた。どれくらい、そうしていただろう。いつの間にか胸元から、優理の静かな寝息が聴こえてくる。私はふと、優理と初めて出会い一緒に布団で寝た日のことを思い出していた。優理の事を、もう一度ぎゅっと強く抱きしめると、私はそのまま眠りについた。




