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登校前夜

 高校に行く前日は、ぼんやりとした憂鬱と不安に加え、どうしようもない焦燥感に苛まれていた。夕飯を終え、お風呂に入り、1階のダイニングキッチンで優理(ユリ)結衣(ユイ)とテレビを見ながら談笑していると、小学3年生の佳奈(カナ)(イタル)にトランプに誘われて、皆と遊んだりしている内は気が紛れて良かった。しかし、そろそろ寝る時間になってお開きになり、自室に戻ると一気に現実に引き戻された。昼のうちに明日の準備は済ませておいたのだがどうも心配になり、もう一度、忘れ物はないかスクールバックの中身を確認してしまう。大丈夫、教科書もノートも筆記具も揃っている。電車の定期も財布に入っている事を確認した。お弁当は、毎朝、優仁(ユウジ)が皆の分を用意してくれる。制服であるセーラー服は、勉強机の右手にある壁に備え付けられたハンガー掛けに、濃いネイビーのプリーツスカートと一緒に掛かっていた。よくある一般的なデザインで、小さな丸みを帯びた白色のセーラーカラーのフチには、紺の三本線のラインが引かれている。胸元の赤いスカーフは、真っ赤というより少し臙脂(エンジ)色に近い暗めの赤で高級感が感じられた。4月の今は冬服の為、上は濃紺の長袖で、袖には同色のカフスが付いていて3本の白線が拵えられていた。あまり、これといった特徴のあるセーラー服ではないがシンプルなデザインで可愛らしいと思う。制服で学校を選ぶ生徒もいるらしいが、私は特にこだわりはなかった。自分の学力と親の収入とで、自然とその公立の高校に決まっただけだ。その高校へは、約3週間ぶりに通うことになるのだが、入学してから1週間もしない内に家を飛び出し「こもれび」に来たので、ほぼ初めてと言っても良い。既に入学から一カ月が過ぎようとしている。既に生徒間のコミュニティは出来上がっており、そこに入り込むのは至難の業だろう。自分の様な、弱気な引っ込み思案は特に難しいと思う。優理のような天真爛漫な明るさと、誰にでも直ぐ話しかけて仲良くなれる気概は、私には全くと言って良いほど皆無だった。きっと学校に行っても、ずっと一人だろうことは容易に想像できた。だからだろうか。今日一日、ずっと気持ちの何処かに、ぼんやりとした不安や焦燥感が入り交じっていたのは。「こもれび」での日々が楽しくて、充実しすぎていて、その差に耐えられる自信がないのだ。でも「こもれび」でだらだら過ごす、そんな毎日では駄目なことは分かっている。学生の本分は勉強であって、あんな親でも一応、入学金や学費を払ってくれたから通えることができる。だから、行きたくなくとも、行かなければいけないのだとも思う。それに、一人でいることは昔からそんなに変わらない。小学校、中学校と友達という友達も特に居なかった。小学校はそれでも特に問題はなかったが、中学校は苦悩の連続だった。目立ったイジメは無かったものの、変な噂や渾名を付けられる事は日常茶飯事で、先生の二人一組になってという良くある指示は特に苦痛だった。

 一通り確認が終わりベッドに腰掛けて、そんな事を考えていると、不意に扉をノックする音が聴こえた。

「はい!」

 私は少し驚いて、慌てて扉を開けに行く。そこには結衣が佇んでいた。お風呂上がりの寝間着姿で、半袖ハーフパンツの身軽な出で立ちは、スポーツ少女の様な活発さがあって普段の結衣とはまた違った魅力があった。

「やっほ。まだ起きてる?」

「ええ。ちょうど明日の準備をしていた所です。」

「そう。ちょっと入ってもいい?」

「大丈夫ですよ。」

 結衣が部屋の中に入ってくると、私は机の椅子を引いて座るように促した。私は隣のベッドに腰掛けたのだが、結衣が私の部屋に突然訪問することは今までなかったので、急にどうしたのだろうと思い、少し怪訝な表情をしているかもしれない。

「突然ゴメンね。迷惑じゃない?」

「いえいえ、大丈夫ですから気にしないでください。」

「ならよかった。いやちょっとね……。明日、こっち来て初めての学校だろうし不安かなぁって思って……。」

 まさにその通りで、今日一日、学校で一人でいる姿を悶々と想像しては憂鬱になっていた所だったので、やはり勘付かれていたのかと思った。私は、こんな結衣の周りを察する能力や気配りができる所が好きだった。まだ出会って日が浅いが、周りの小学生たちの面倒を良くみている所を見ていれば、その優しさと面倒焼きな一面は簡単に知ることができた。

「やっぱり気づかれていたんですね……」

「ちょっとね。なんとなくそう思って……」

「でも大丈夫ですよ。一人には慣れてますから。これまでずっと一人でしたし。それに「こもれび」の生活が充実してたので、そのギャップで強く感じているだけだと思いますから。」

 私は、無理にでも笑って見せた。だが本心ではないからか、少し歪んだ表情になってしまっている事が自分でも感じられた。どんなに孤独に慣れていたって嫌なものは嫌だった。

「小華は、そうやって頑張って生きてきたんだろうなって思うよ。でも、本当に行きたくなかったり、体調悪くなる位だったら、ちゃんと言いなね。」

「ありがとうございます……。」

「スマホ持ってれば休み時間とか連絡してあげられるんだけどな……。ちょっとは気が紛れるでしょ?」

「そうですね……。凄く心強いと思います!一人じゃないって言うか、離れてても繋がってる感じがして……。」

 私はスマホを持っていなかった。当然、買い与えて貰える訳もなく、欲しいとも言わなかった。でも、周りが当然の様に触っているのを見ると、欲しい気持ちはもちろんあった。

「「こもれび」じゃ、高校生になったらスマホ持って良いってルールになってるから週末買いに行こうよ!優仁に言っといてあげる。私も(コウ)も持ってるから、小華だけ持ってないのも不公平だしね!」

「スマホ、初めてです……。私なんか持っても良いんでしょうか。」

「いいの、いいの。華の女子高生は、みんな持ってるんだから!それに週末の楽しい用事が出来たら、1週間も乗り越えられそうな気がしてきたでしょ!」

 週末、3人で東京の街を並んで歩く姿を思い浮かべる。また結衣と優理と一緒にお出掛けできること、初めて自分のスマホが持てることが楽しみで、気持ちの奥底から温かい充実した何かが溢れてきて、気分が高揚してきた事が分かる

「なんだかワクワクしてきました!」 

「でしょ!優理にも一緒に行くように言っとくからさ。さ、そろそろ遅い時間だし、もう寝よ」

「ありがとうございます。ほんと気を使ってくれて……。気分も落ち着きました。」

「ならよかった。また小華の部屋に遊びに来るね。小華も私の部屋にいつでも来て良いよ。」

「いいんですか?」

「もちろん!」

 私と結衣は、扉の側でお互いに「おやすみなさい」と言うと、私は扉を静かに閉めた。結衣は、扉が閉まるその瞬間まで、軽く手を振って私を見守っていた。

 私は電気を消し布団に入り目をつむると、これまで心を支配していた、ぼんやりとした憂鬱と不安や焦燥感は、いつの間にか払拭されている事に気付いた。とりあえず今は、週末の楽しいイベントだけを頭の中に満たすことに集中しようと思う。そうすれば、学校での孤独な時間も、全くと言って良い程どうということはないと思えて来るのだった。 

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