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25.お披露目

 俺は謁見の間にいた。


 目の前の光景を静かに黙って見る。


 厳かな空気の中で、純白の鎧とマントに身を包んだ四ノ宮がお姫様の前に跪く。

 お姫様は豪奢なドレスを身にまとい、王族の証だというティアラを身に着けている。なんでも王族が生まれる度に作られる秘宝で、所有していることが王族であることの証明になるんだとか。

 ……そのうち盗んで売っ払ってやろう。

 お姫様は四ノ宮の両肩を黄金で飾られた、見るからに高価そうな剣で軽く叩く。

 隣では四ノ宮のものとよく似た鎧を着た浅野がまぶしそうに眺めている。


「シノミヤユキヤ。あなたにこの聖剣を授けます。これから、聖剣の勇者として、より一層の活躍を期待します」

「――はい。陛下から賜りしこの剣を、民を、国を、陛下を守るために振るうと誓います」


 四ノ宮がそう言うと、お姫様が剣を差し出す。国王から借り受けたという、黄金の柄と白銀の刀身を持つ剣だ。

 先代の勇者も使ったという由緒ある逸品だそうだ。

 しかし、その力を発揮できるものは先代の勇者以降誰一人としておらず、国庫に死蔵されていた。

 文化財としては貴重だが、実用性は市販の高級品と対して変わらない。なのでお姫様が勇者に授けると言った時にはうまくいけば儲けものと許可されたらしい。 


「あなたを今この時よりアルスティアの聖騎士に任じます。聖剣の勇者よ、あなたの剣が永久に曇りなく輝かんことを」


 四ノ宮が聖剣を受け取る。

 ……なんか、それっぽいことを言っているけど中身がない気がするのは俺だけだろうか。

 俺だけなんだろうな。浅野は感極まって泣きそうな感じだし。


 これで四ノ宮は、晴れてお姫様直属の騎士になったわけだ。

 とはいえ貴族になったのではない。こちらの騎士は貴族階級や爵位としてではなく、教養や特殊技能を持った上級兵士のような扱いらしい。


 四ノ宮が聖剣を掲げると、謁見の間にいる他の騎士たちが聖剣の威光の前にひれ伏した。

 これもただの演出って気がしないでもない。

 ああ、どうして俺は貴重な訓練の時間を潰してまでこんな茶番に付き合っているのだろう。慣れない服を着てるせいか肩がこっていけない。

 さっさと帰ってチファのごはんが食べたいな……。


―――


 ことの起こりは今日の朝まで遡る。

 早朝、いつも通り基礎トレをしていた時のことだった。

 チファが庭にやってきた。

 そろそろ朝食の時間なのだろう。チファが呼びに来てくれること自体はいつも通りであるが、いつもよりちょっとだけ時間が早い。


「チファ、どうしたんだ?」


 声をかけるとチファはひどく微妙な表情をこちらに向けた。

 困惑と戸惑いに申し訳なさを織り交ぜたような顔だ。

 どうしたんだろう。朝食を作るのに失敗でもしたのか?


「タカヒサ様、姫様がお呼びです。応接室へ向かってください」


 えー? なんでー?

 正直、あの腐れ女の顔なんて見たくないんだけど。

 わざわざ俺を呼びつけるとか、ろくな要件とは思えない。


「なんでも大事なお話があるとか。わたしは伝言を託されただけなので詳しいことは分かりませんが」

「はあ……ろくでもない予感がしかしないんだけど」

「でも、無視はしない方がいると思いますよ」

「だよなあ。絶対ヘソ曲げるよなあ。後々もっと悪いことになるよなあ」


 最悪、チファにもっと酷い嫌がらせが降りかかる。

 それがわかってて無視するのはなあ。


「……わかったよ。応接室まで案内してくれ」


―――


「「聖剣授与式?」」


 俺と四ノ宮の声が重なった。

 ダイニングに呼びつけられた俺は、いつもより数段豪華な朝食と見たくもない顔に迎えられた。

 部屋には勇者四人とお姫様がいた。坂上と日野さんはともかくとしてお姫様、四ノ宮、浅野の顔は見てるだけで飯が不味くなりそうなんですけどー。

 空いてる席に座る。位置は前の会議室と変わらない。日野さんの隣だ。

 ……四ノ宮、なぜ睨む。

 こいつの挙動にいちいち構うことはない。日野さんと坂上に適当な挨拶をして目の前の料理を眺めてみる。

 さすがに呼びつけておいて食事もなし、なんてことはないらしい。

 他の勇者に比べれば質素な気もするがそれでも十分ごちそうである。


「はい、ユキヤ様には聖剣の勇者として魔王討伐の旗頭となっていただくつもりなのですが、最近になって他国にも勇者を名乗る不届き者がいるようなのです」


 最近になって現れた? 不届き者?

 なんか怪しいな。むしろ逆なんじゃねーの?


「ですので聖剣を掲げたユキヤ様を大々的にお披露目することで、民衆が偽物に惑わされないようにしたいのです」

「なるほど、それは重要だな。わかったよティア。力を貸そう」

「ねえティア、あたしたちもその式に出るの?」

「私は遠慮したいかな。あんまりそういう目立つ場は好きじゃないし」

「ティア様……わたしも、できれば遠慮したいです」


 そういえばみんなお姫様を名前呼びにしてるな。

 俺も倣った方がいいのだろうか。


「えっと、ティア様?」

「なんでしょうか。馴れ馴れしくわたくしの名を呼ばないでほしいのですが」


 ……ああそうですか、そりゃ失礼。

 まあいいや。こっちとしても世間知らずなハナタレ女を名前で呼んでやる義理はない。お前なんぞオヒメサマで十分だ。せいぜい他人にもらった称号を自分の力だと勘違いして偉ぶっていればいい。

 それが他人に与えられただけのもので、自分は縋り付いていただけと気づいて絶望すればなおいいな。

 いつかそんな日が来るように、と祈りと呪いと皮肉を込めて「お姫様」と呼び続けてやろう。身分を失ったら改めてどう呼べばいいのか聞いてやる。


「わざわざ俺を呼びつけたってことは、俺もその式典に出なきゃいけないの? このハズレの勇者サマが?」

「その通りです。ムラヤマ様には是が非でも参加していただきたいと思います」

「理由は? 戦争で活躍できそうにない俺も勇者として紹介したら失望を招くぞ」


 俺の訓練は順調だ。

 しかし、今のところ新兵と互角にやりあえる程度。

 俺より強い奴なんていくらでもいる。むしろ兵士で俺より弱い奴がいないレベル。

 そんな雑魚を四ノ宮と同列の勇者と紹介することのメリットが分からない。


「この国の伝承にある勇者様は五人組ですわ。四人では勇者としての威光も半減してしまうことでしょう。失望を回避する方法も考えてあります」

「へえ、どんな?」

「ムラヤマ様は直接戦うのではなく情報収集が得意、と発表すれば戦闘能力が低くても大丈夫です」

「ふうん、そんなもんなのか」


 発表したことはそのまま信じられるのか。

 メディアリテラシーとかなさそうだもんな、この世界。


「五人の勇者として紹介するってことは坂上と日野さんも参加するのか?」

「いえ、今回は騎士の任命も兼ねますので、魔法使いであるヒノ様、シホ様には参加いただきません。この二人に関してはまたの機会にお披露目したいと思います」


 ……うさんくせえ。微妙に嫌な予感がする。

 どうせ発表するなら一括で発表した方が手間がかからないだろう。

 嬉しい知らせは何回かに分けて、希望を感じられる機会を増やすとかそんなつもりなのか?

 といっても勇者をバラバラに発表することのデメリットが俺にあるわけでもなし。

 もしも四ノ宮と浅野、坂上と日野さんがペアごとに発表されたとして最後に現れたのが俺じゃあがっかりもいいとこだろうけど。

 豪華な朝食の代金程度に働くならいいか。

 あ、でもせっかくの機会だし言うだけ言ってみるか。


「なあお姫様、その式典にはちゃんと参加するからさ、代わりにこっちの頼みも聞いてくれないか?」

「頼み、ですか?」

「そんな難しいことじゃないよ。俺に付けられてるチファってメイドがいるだろ? あの子がさ、俺への嫌がらせのとばっちりを受けてるんだ。ああいうの、やめさせてくれないか」

「……あなたへの嫌がらせが何かは知りませんが、それは嫌がらせをしている本人に言うべきではありませんか?」


 だからお前に言ってんだろ。

 思わず本音を吐きそうになった。なんとかこらえる。

 我慢だ。お姫様は実行犯じゃない。依頼を出した証拠もないし、侍従長とかいう奴らがご機嫌伺いで自発的にやっている可能性も十分あるのだから。

 とはいえこのお姫様が素直に頼みを聞いてくれるとは思えない。

 ……この場のもうひとつの権威を使うか。


「俺には発言力がないから言っても無視されるよ。だからお姫様に一声かけてもらえれば助かるなーって話。なあ四ノ宮、お前だって気に入らないだろ? 勤め始めて間もない職場で、仕事を覚えようと毎日頑張ってる小さな女の子がいじめられてるなんて」

「そんなことが起きているのか?」

「ああ。俺もハズレとはいえ勇者だ。勇者の側仕えは名誉と思われてるのか知らんけど、大抜擢を気に食わない連中が嫌がらせをしてくる。チファだけまともに昼飯を食わせてもらえなかったり、ぐちぐち嫌味を言われたりな」

「……それは、確かに気に入らないな。ティア、俺からも頼むよ。もしもティアが言うわけにはいかない理由があるなら、俺から言ってもいい」


 よっしゃあ聖剣の勇者様ゲット!

 そうだよな、理不尽を見逃さないのが勇者サマなんだもんな。

 扱いやすくて助かるわ。


「……わかりました。わたくしは特定の使用人を贔屓するわけにいかないので、ユキヤ様から言っていただいてよろしいでしょうか」

「了解だ。村山もそれでいいか?」

「おう。よろしく頼む」

「任せろ」


 これでチファの置かれる状況も少しはマシになるだろう。

 もしも四ノ宮がかばったことでより悪くなったら本格的に四ノ宮をけしかけてやろう。さすがに聖剣の勇者が本気で怒ってるとなれば迂闊なことはしないだろう。

 言質はとったし、こっちも契約を果たさないとな。


「で、俺は具体的に何をすればいいんだ? 自慢にゃならんが礼儀作法には自信ないぞ」

「……あたしも、ちょっとそういう場での振る舞いに自信はないかなー、とか思ったり」

「浅野もこう言っているし、四ノ宮が代表として前に出ればいいんじゃないだろうか」


 ナイス援護射撃だ浅野。

 一瞬のアイコンタクト。他の連中にバレないよう小さく頷きあう。

 初めて浅野を仲間だと思った。


「安心してください。それほど難しい式典ではありませんし、任命自体は謁見の間で行います。メインになるのは聖剣の授与なので、代表としてユキヤ様に出ていただければ問題ありません。民の目に触れるのはその後のお披露目だけ。声援に笑顔で手を振って返していただければ結構です」

「そっか、それくらいなら平気ね」

「え、俺には笑顔で手を振るってだけでハードル高いんだけど」

「村山くん、きみはもう少し注目されることに慣れた方がいいんじゃないかな。勇者なんだからこれからもっと見られる機会があるだろうし」

「そうですね。村山先輩、これも訓練です」

「マジか……」


 浅野にも『男なら四の五の言うな』的な目線を向けられた。

 やっぱりお前なんか仲間じゃねーやい。


「式典の衣装は用意してありますので、朝食後に袖を通しておいてください」

「あ、そういえば式典自体はいつやるんだ?」

「今日の昼からです」


 ……急過ぎでしょうお姫様。

 ぴくっと頬をひきつらせた四ノ宮(式典の主役)に、ほんの少し同情した。


―――


 その後、俺と浅野、四ノ宮はそれぞれ別室に行き鎧の試着をした。


「苦しかったり、体に当たって痛かったりしませんか? 押し付け過ぎで痛い部分はありませんか?」

「大丈夫です。ちょっとブカブカな気がしますが」


 紐を体に巻いて寸法を測り、体に合った大きさの、簡素な装飾が施された鎧を体に着ける。

 式典では俺も勇者の一人として紹介される。

 そのため勇者らしい恰好をしてほしいらしく俺まで装飾鎧を身に着けることになっていた。

 今はマールさんにサイズを測ってもらって体にあった鎧を探している。

 なかなか見つからないのは俺のせいではない。平均身長が高いアストリアス人が悪い。


 鎧に興味がないわけではない。むしろ甲冑とか男のロマンだと思う。

 ためしに着せてもらったけれどめちゃくちゃ重くて動けなかった。全身着る前に潰れそうになってギブアップした。


「ううん……でも、サイズが合ってないのが遠目にもわかってしまいますね。最少サイズの鎧でもこれだと、鎧は諦めた方がいいかもしれません」

「やっぱりそうですか」


 うすうすそんな気がしていた。

 鎧は金属製、あるいは皮製。ジーンズのようにその場で裾合わせとはいかない。

 こんな催し物をするならもっと早くから準備をしておくべきだろうに。


「……いっそのこと、軍服にしますか」

「軍服なんてあるんですか?」

「もちろん。指揮官の方が鎧を着ることは珍しいですし、貴族の中には鎧を嫌う人もいますから。中には自分の護衛に特注の礼服として与える方もいます。もっとも、その場合は軍服と言うべきではないのかもしれませんが」


 あとで聞いた話によると、外見と性能を両立させるため、護衛に着せる軍服にとても高価な魔法の布を使う貴族もいるそうだ。

 特殊な繊維に防御魔法を幾重にも織り込むことで鉄の鎧に負けない防御力を得るのだとか。そのぶんお値段は金の鎧に負けないほどになるらしいが。


「服でいいなら俺の制服でもよくないです?」

「……ムラヤマ様の制服って、こちらに来た時にお召しになっていた服ですよね。勇者としてのお披露目ですから、もう少し勇ましい方がいいと思います」


 バスクさんやダイム先生の軍服を借りて着てみるが、やはりサイズが合わなかった。

 さすがに他人の正装を裾合わせをするわけにはいかない。


「どうしましょう。許可をとって裾をあわせましょうか。でも肩幅も足りないし……」

「なら、女性ものならどうかな?」


 唐突に俺でもマールさんでもない声が響いた。

 声がした方を向くといかにも魔法使いらしい恰好をした日野さんがいた。

 後ろからぴょこっと坂上の顔も覗いた。


「男物でサイズが合わなくても、女性の軍服ならちょうどいいんじゃない?」

「俺に女装しろと!?」

「軍服なんだ。スカートということもないだろうし、いいじゃないか」


 スカートだろうがスカートじゃなかろうが、女性ものを着るというのが思春期男子の心にダメージなのだ。それでサイズが合っちゃうとなおさら。この苦しみは身長低めの男子にしかわからない。

 ていうかいきなり何のために来たんだよこの人。


「女性ものの軍服ですか。フォルト軍でも国軍でも女性で軍服を着る立場の人はそういないんですが。……あ、でもジアさんなら!」

「なんでメイドのジアさんが軍服持ってんの!?」


 やっぱりジアさんは戦闘メイドなのかもしれない。




「うう、やだ、すごくちょうどいいサイズ……」

「お似合いですよ、ムラヤマ様。少し胸が緩いですが、それくらいなら許容範囲内でしょう。なんなら詰め物でもします?」

「冗談でもやめてください!」

「えと、りりしくて綺麗ですよ、村山先輩」

「……坂上のフォローはさ、いつもフォローになってないんだ……!」


 落ち着いた赤色の軍服に袖を通すとサイズが合ってしまった。若干スラックスの裾が余り、胸が緩いくらいだ。腰は少しきついが、無理しなくても入る程度。尻はだいぶ緩い。

 せめてかっこいいと言ってほしかった。坂上ならそう言われる嬉しさがわかるだろうに。

 それとマールさん、そわそわしながら化粧道具に手を出すのをやめてください。


「すごく似合っているよ、村山くん」

「うるさい黙れ! ていうか日野さんなんでここに来てんの!? なんで試着を凝視してんの!? 坂上も!」


 ちょっと限界だった。見た目女装っぽくないのが救いだけど、女物の服を着て、しかもそれが知り合いの女性の服となると、気恥ずかしさが半端じゃない。なんかいい匂いするし。

 そのうえ凝視されるとか、似合うと言われるとか、心が折れそうだ。


「あ、ごめん。本題を話すの忘れていたよ」

「忘れないでよ。そんで余計なこと言わないで本題だけ話してよ……」

「うん、わかった。本題なんだけど、さっき村山くんが言っていたいじめがどうのという話は本当なのかい?」

「嘘つく理由がどこにあるんだよ」


 そのために女装まがいのことをしてまで式典に出るのだ。


「どんなことをされているのか、教えてもらえないかな。このところずっと部屋にこもっていたから詳しく知らないんだ」

「わたしもフォルトの街の治療所で治癒魔法の実践をしていたので、最近の城の中のことをよく知らないんです」

「……知ってどうすんの?」

「決まっている。やめさせるさ」

「村山先輩への嫌がらせだってやめさせます」


 ふたりして断言された。


「なんでまた、急に」

「急じゃないさ。いきなり召喚しただけでも理不尽なのに、そのうえ嫌がらせまでするなんて許されることじゃない」

「ひとこと相談してくれればすぐに改善するように訴えました。むしろ、どうして今まで相談してくれなかったんですか」


 そんなふうに言ってくれると思わなかったから、と言ったら怒られるだろうか。


 俺にとって日野さんや坂上は四ノ宮グループというくくりだ。

 ただでさえ固定されたグループに話しかけるのは難しいのに、グループの主人には嫌われている。

 さらに調べるほどに広がっていく差。

 膨大な魔力を秘め、強力な固有能力とバケモノじみた身体能力を持つ四ノ宮たち。

 対して魔力ゼロ、持ってるスキルは凡庸、身体能力も一般的な高校生の枠内の俺。

 城での待遇も異なり、会話することすら稀。

 これで仲間意識を抱ける方がどうかしている。


 好意的な反応を示した日野さんに相談しようかと迷ったこともある。

 けれど、食事でも差別され、四ノ宮たちと同じテーブルに着くことすらなくなった俺に声がかけられることはなかった。

 そういえば部屋の場所も知らない。

 廊下ですれ違うようなことすらなくて、声をかける機会を完全に逸した。


 坂上に相談できなかった理由はもっと馬鹿馬鹿しい。

 後輩に「いじめられてるんだけど助けてくれない?」なんて言えなかった。


「……オトコノコとしてのプライド、かな」


 本心全てではないが、嘘でもない。

 そんな玉虫色の返答をすると、


「馬鹿じゃないのか」

「バカですね」


 即座に切り捨てられた。


「……だって、メシ食うのも別々になったのに声かけてもくれないし。授業で顔を合わせるのは四ノ宮と浅野ばっかりだし。部屋の場所なんて知らないし」

「え、村山くんは別に食事をしていたのかい?」

「知ってるでしょうが。今日より前に日野さんと一緒にメシ食った覚えないですよ」

「……私、二日目の夕食からずっと部屋で本を読みながら一人で食べていたから」

「……気になったのでティア様に聞いたら『わたくしの顔を見ながら食事をしたくないそうですわ』って言われて、納得しちゃいました」

「ああ、それは俺でも納得するわ」


 ある意味ではお姫様は俺の理解者なのかもしれない。

 やはり、俺は卑屈になり過ぎなのだろうか。


「あれ、もしかして日野さんはずっと部屋に籠っていたの?」

「……だって、魔法書って面白いんだもの。内容を理解できれば目に見えてできることが増えていくし。さすがに実践は部屋の外でしていたけれど、昼夜逆転した生活していたから」

「電灯もない世界で昼夜逆転って……」

「魔法って便利だよ?」


 日野さんが手のひらを上に向けると、小さな光の玉が現れた。けっこう明るい。

 そうだった。俺以外は魔法を使えるんだった。

 身一つでいろいろできるなら持ち運びは現代技術より便利そうだ。

 ちなみに、魔法の実践は予想外の被害が出ないようにフォルトから少し離れたところにある荒野でしていたらしい。


 などと雑談しているとノックの音が響いた。


「ムラヤマ様、よろしいでしょうか」

「あっ、はい、どうぞ!」


 あわてて返事をするとジアさんが入ってきた。

 どこか浮かない顔をしている。

 やはりハズレの野郎に自分の服を着られるのは嫌だったのだろうか。


「お似合いですよ、ムラヤマ様」

「っ、はい、ありがとうございます。でも本当にお借りしていいんでしょうか」

「構いませんわ。大きさが合わない服では動きづらいでしょう。ところで、そろそろ式典が始まる時間なのですが。よろしいでしょうか」

「もうそんな時間ですか」


 どうやら鎧や服を探しているうちにだいぶ時間が経ってしまっていたらしい。

 俺の身長があまり高くないことはわかっているだろうし、もっと早くから準備をしないからこんなに慌ただしいことになるのだ。


「そっか。これ以上邪魔したら悪いね。村山くん、あとで話を聞かせてもらっていいかな?」

「ああ、むしろこっちからお願いする。式典が終わったら全部話すよ」

「わたしたちもその女の子が誰に何をされているのか、調べてみます」


 正直なところ、嫌がらせに対して俺にできることは限られている。

 お姫様が黙認している以上、城の人たちを味方につけるのは難しい。

 そうなるとお姫様に対抗しうる権力を持つ他の勇者の力を借りるのは正着手のはずだ。

 なぜだか少しもやっとしたが、これで光明が見えてきた。


 俺はジアさんに案内され、式典へと向かう。


「どうか、お気をつけて」

「? はい」


 何に気を付ければいいのかわからなかったけれど、とりあえず返事だけした。


―――


 そんな過程を経て場面は冒頭に戻る。

 四ノ宮の後ろで突っ立って見ていればいいだけだから楽だけど、どうしようもなく退屈だ。あくびを噛み殺すのもしんどくなってきた。

 早く終わらないかな。

 

「叙勲の儀はこれでおしまいです。では、このままお披露目に向かいましょう」


 あー、終わったら終わったで気が進まない要件があったか。むしろここからが本番だ。

 まあいい。作り笑いで頑張って、適当に手を振り続けていよう。これも訓練になる。はず。

 自分にそう言い聞かせて、俺は徐々に強くなる嫌な予感を抑え込んだのだった。


―――


 人がゴミのようだ。

 本心からこんなことを思う日が来るとは思わなかった。

 城から出ると数えるのもバカらしくなるような数の人に迎えられた。


 先頭に騎士が立ち行列を案内する。俺たちはその後ろを進む馬車に乗っていた。馬を引くのはバスクさんだ。俺たちの後ろにも幾人かの兵士や騎兵が続く。

 馬車とはいえ天井のあるものではなく、人力車のように座席だけのものだ。席は三列になっており、先頭にお姫様と四ノ宮、二列目に浅野、そして三列目に俺が座っている。

 ……勇者のお披露目なのにお姫様あんたが一番前に座るのかよ。浅野と四ノ宮を並べんのが普通じゃないのか。


 ものすごい圧力に押されながらもなんとか笑顔で手を振ってみる。絶対顔が引きつってる。

 あまりにも大勢の人が集まっていると人間味が感じられないらしい。個人として識別できないせいで目の前にいる人間の集団を人間と思えない。初めての経験だ。

 とはいえ緊張しないわけではない。むしろ『人間』相手じゃなくて『群衆』相手と認識してしまうため圧迫感がえらいことになっている。

 ここだけ見たなら魔族の侵攻で人口激減とは思わなかっただろう。


 視界の端に屋台のようなものがちらほら入ってくる。あ、りんご飴の屋台もある。後で小遣いせびって買いに行こう。

 この人の数といい、出店があることといい、お披露目の予定はそれなりに前から発表されていたんだろう。商人たちにもお祭り騒ぎがあることを教えて呼び込んだのかもしれない。

 たくさんの人が集まってにぎやかなお祭りともなれば、士気も上向くだろう。

 事情を知らない勇者たちの目を、追い詰められつつある戦況から逸らすことにもつながるはず。


 でも、どうして俺たちには直前まで伝えなかったんだろうか。

 そこだけが気がかりだ。

 とはいえここで逃げたらチファの状況が変わらない。

 せっかくうまいこと約束を取り付けたんだ。形だけでもお役目をこなさなければ。


 ……この時、俺は疲れていたんだと思う。

 日本にいた頃ならば、もっと注意して頭を巡らせていたはずだ。

 俺の直感は当たる。

 マークシートの試験なら勘任せに応えても六割は固いし、嫌な予感がした時に乗った電車は脱線する。なんとなく迂回したいつもの通学路で銃撃事件が起きたこともある。

 異世界に飛ばされたことでストレスが溜まっていたのか、毎日の訓練に疲れていたのか。危機意識が足りていなかったのだ。


―――


 気付いたのはお披露目の行列がだいぶ進んだ頃だった。

 なんとか笑顔を作って人々に手を振りかえす。

 何も取って食われるわけでも市中引きずり回しの上で処刑にされるわけでもないのだ。怯える必要はない。

 そんなことを考えていた。


 最初に比べれば余裕が出てきていた。きっと少しは自然に笑えていただろう。

 おかげで違和感に気付いた。


 四ノ宮が聖剣をかざすと熱狂的な視線とともに歓声が起きる。

 浅野が手を振ればやはり群衆から黄色い声が上がる。

 俺が手を振っても何の反応もない。

 それどころか心もち冷たい視線が向けられている気がする。

 最近はハズレの勇者と城の中で言われていたせいでそれを当然だと思っていた。だから無心に手を振る機械となっていたのだ。

 だが、少し考えればおかしいとすぐにわかる。

 お姫様は俺に『五人の勇者』の一人としてパレードに参加することを求めたのだ。ハズレの勇者であることを公開するつもりはないと言っていた。

 では、俺がこんな視線にさらされているのは何故?

 答えはパレードの終着点でようやくわかった。


 パレードは城の前にある大きな広場で止まった。

 そこはパレードの開始地点もかくやと思うほどの人口密度があった。

 怖気を感じるほどの数の群衆。怒号とすら思える歓声。

 俺たちはバスクさんに促され馬車から下りた。

 先導の騎士や馬車、後続の兵士たちはそのまま城へ向かう。俺と四ノ宮、浅野とお姫様にバスクさんだけが広場の中央に残った。

 聞いてないぞ、こんなの。これから何をしろと言うんだ。


「みなさん、本日のパレードはいかがだったでしょうか! これまで、我々はけがらわしい魔族どもの奇襲により雌伏の時を過ごしてきました。しかし! それももう終わります! わたくしは、伝説の『5人の勇者』を召喚することに成功したのです!」


 お姫様の演説。群衆からの歓声は大きくなりすぎて、もはやただの爆音にしか聞こえない。

 そんな音の暴力の中にありながらも演説を聞かせることができるというのは、さすがに王女といったところか。

 っと、こんなことを考えてる場合じゃない。段取りはどうなっているんだ。


「なあ四ノ宮、これどうなってるんだ? 何か聞いてたりしないのか?」


 前にいる四ノ宮に声をかけるが返事はない。振り向きすらしない。歓声にかき消されてしまっているのだろうか。

 斜め前にいる浅野も同様だ。浅野の顔は少しだけこわばっていた。彼女も聞いていなかったのか?


「聖剣の勇者、シノミヤユキヤ様! そして槍の勇者、アサノナツキ様! それとムラヤマタカヒサ! あとの二人はまたの機会に紹介いたしましょう!」


 おいコラ「それと」ってなんだ。オマケ扱いか。構わないけど。


「今、市中では根も葉もない噂が流行っているようですが、そんなものはデタラメです! 勇者は、ここにいます! ここにいるユキヤ様方こそが、真の勇者なのです! 他国の間者が流したくだらない与太話などに耳を貸してはいけません!」


 ……真の勇者? 他国の間者?

 お姫様は他の国にいるという勇者に対抗心を燃やしてこんな催し物をしたのだろうか。

 他に勇者がいるというならそっちの方が本物くさいぞ。少なくとも俺よりは。


「それでは、本日最後の演目を始めましょう! 真の勇者の力を、凡百の勇者との戦いでご覧にいれます!」


 爆発。

 いままでの歓声が小さく思えるくらいに大きな声が地面を揺らした。

 ……比喩でなく、軽く地面が揺れた気がする。

 てかお姫様なんて言った? 真の勇者と並みの勇者の戦いだって?

 やばい、ろくな予感がしない。超逃げたい。逃げよっか。よし逃げる。きっとそれがたったひとつの冴えたやり方ってやつだ。


「ユキヤ様、お願いいたします! ムラヤマタカヒサ! 前に出なさい!」


 しかし まわりこまれてしまった!


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