サフラン
目の前を歩く、肩を怒らせた彼女を見つめる。銃を腰に、ナイフを太ももに下げた彼女の歩き方は不思議に優雅だ。ロングブーツを重ねたタイトなブラックジーンズは、彼女の足の形をあらわにする。どこも乱れていない。何も不格好ではない。彼女は生来の上品な動きを失っていない。
廃墟はどこまでも続く。アスファルトは崩れ、高級ブランド店はガラスが破られている。飲食店や雑貨店が入っていたはずのテナントビルのショウウインドウは全て粉々。誰も手入れをしないから草があちこちから生えてきている。けれどスプレーアートはない。今はスプレーアートの盛んだったころよりもずっと新しい時代だ。遺跡の中を歩くような、奇妙な感覚がある。
天気がいい。かすかに陰りのある雲がバランスよく配置された美しい朝だ。夕方には崩れそうな気もするけれど。
目の前の彼女に、声をかけたい。サフラン、君をここに来させたのは間違いだった、ごめん、戻ろう。
そう思った瞬間、彼女はちらりとこちらを見る。苛立った目つきで。
僕は彼女に守られている。彼女は僕を守ることに問題を感じていない。けれど、問題はある。問題だらけだ。
僕がサフランについて知っていることは、そんなに多くない。知ることができたのは、彼女自身で意識している個人史だけだ。彼女は戦っていた。過去と。自分と。ともすればあっけなく絶望に屈しそうになる自分との戦いは、彼女のことを深く知らずとも伝わってきた。
あの日見た、雑に指で梳いただけの彼女の短い髪は、僕に大きな衝撃を与えた。彼女は抗っていた。今の時代のしきたりに。
手足の長い、整った肢体は僕の想像を凌駕した。こんな美しいものが人間の中にいるものなのだろうかと思わせた。
けれど、僕は彼女のことを「美しい」とは言ってはいけない。彼女はきっとそれをスイッチに、そのバイオレットブルーの瞳を苦痛に染めるだろう。
僕はただ、心の中で彼女に問う。僕の旅は君にとって何だったの?
彼女はにやりと笑うだろう。そして、ただの旅だよ、と答えるだろう。そして、いいきっかけだった、決心させてくれた、と思っているかもしれない。
僕はそれを望まない。彼女が死ぬことを、望まない。




