後編
あの後ドッティル王太子は気を失い、ナンシーの手で運び出された。
気絶した男どもが何かうわごとをぶつぶつ呟いていたそうだが、ルーシーはそんなことに興味はない。ざまぁ見ろだ。
「義姉さん、これで良かったの?」
ナンシーの問いかけに、ルーシーは頷いた。
これでやるべきことは果たした。それだけで充分である。
「もうじき侯爵家も取り壊しになるでしょう。殿下は王太子の座を降ろされるでしょうし、他の男どもは皆国外追放ですわね」
ルーシーの直接的な死因はあの神官の息子が盛った毒だが、実際は父親である侯爵が医者に見せず、『療養』と称して彼女をこんな館に幽閉したからである。
そのことをナンシーが暴露したので彼らは爵位返上を免れないというわけだ。
他の者たちは言わずもがな。
「そしてナンシーは自由になれますわ」
「……。私のことはどうでもいいけど、義姉さんはこれで満足なの? こんな形で」
「ええ、まあ。わたくし、あまり復讐とかに興味はありませんのよ。ただ少しこらしめたかったのと、あとはナンシーがあんな男どもに絡め取られないようにというためだけですわ」
「本当に義姉さんは……。生きている間に助けられなくて、ごめんね」
涙に震えるナンシーの声。
しかしルーシーは美しく微笑み、首を横に振る。
「構いませんわよ。それはもちろん多少不遇な人生を送ったとは思いますけれどもね。そうそう、しばらくここに留まり続けるつもりですわ」
「それがいいわ。じゃあ、義姉さんはここの館の主ね。『悪役令嬢の亡霊が出る館』と有名になっているようだから、きっとたくさんのお客さんが来るわよ。丁寧にもてなしてあげてね」
「どうしてあなたはすぐに噂を流しますの。まったく、困った妹ですこと」
腹違いの姉妹である二人だが、幼い頃からよく一緒にいた彼女らはまるで友人同士のようであった。
平民の出だからと虐げられて来たナンシーを守ったのはルーシーだったし、ルーシーの死を悲しんだのはナンシーただ一人だったろう。
ルーシーがこの世に留まったのはナンシーの力だったりする。元々聖女の素質があった彼女は祈りを捧げ、その魂だけをこの世に引き留めたのだ。
いつか、ルーシーが生き返ることができるように。
とはいえまだ復活の目処は立っていないけれど。
……ともあれ。
ナンシーとルーシーが計画して実行した、今回の『王太子御一行肝試し作戦』は無事に成功し、全ては丸く収まった。
きっとナンシーがすっかり王太子たちに心を許されていたおかげでうまくいったのだろう。どうしてかは知らないが、自ら婚約者になりたがったわけでもないナンシーを「ドッティル殿下と心から愛し合っている」と勘違いしている男たちが多かったようだから。
ドッティルが王族の籍を抜けた後どうなるのか。ルーシーはそれが気がかりだが、別れを告げられたのでもう気にしないことにする。
「あの口づけはとっても幸せでしたわ」
ルーシーは本当に彼のことを愛していた。
裏切られて死んだとしてもその気持ちは変わらない。
――さてと。
あとはのんびりとこの館で亡霊生活を送っていく予定である。
ナンシーは聖女となって自分の幸せな人生を探すらしい。
姉妹は笑顔で別れ、それぞれの道へ進むのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『悪役令嬢が出る館』に、今日も新たな挑戦者がやって来る。
しかし未だ、この館を自力で出られた者は誰もいない。
全員が館の中で昏倒し、いつの間にか――と言ってももちろんルーシーの仕業であるが――外へ運び出されているのだ。
毎日のように人を脅かしては楽しみながら、彼女はずっと待ち望み続ける。
いつの日か、自分の魂がこの場所から解放され、愛する人と再会することを。
〜完〜
ご読了、ありがとうございました。
最初はホラーにするつもりだったのですが、書いているうちになんか恋愛ものっぽくなってしまいました。
投げていただいた設定は「ゴーストストーリー」とのことだったのですが、これで良かったでしょうか……? なんか違う気がする。
面白いと思ってくださいましたら評価などしていただけると嬉しいです!
追記:悩みつつ、ホラーにジャンル変更しました。ホラー要素は薄いですが……。