それは衝撃でした
大陸の東側に位置する国、三国連邦。
今は平和で戦の音からは遠いと言われるこの国ではあるが、そもそもにしてこの時代。
全ての人間に降りかかるような、そんな天地をひっくり返すほどの大きな災厄はなかったし。地上を歩く者たちの思惑はそれぞれにあって、そして当然のように利益を求めてはじまる戦いがある、そういう”普通”さ、しかなかった。
そんな三国連邦の中にあるガリランドという町は、そのえらそうな名前に反してたいして大きいわけではない。だいたいだが、人口が三百前後くらいのそれなりの町、ということになるだろうか。
まぁ、そういう”普通の時代”の”田舎にあるそれなりの町”の中でのお話。
フィンが自宅であるライバー家の門を抜けるとこじんまりとした庭へと出る。
そこに広がる小さな庭の芝生の上では、だらしなくごろごろしていたと思われる我が家の2匹の番犬達があった。彼等は気安く門を開けて中に入ってきた侵入者にむけて、顔だけをひょいとこちらに向けた。
こいつら、本当にこれで番犬になるのかね、なんだかあまりにだらけている番犬達を見てフィンは一瞬そんなことを思う。
そんな彼等は、片方は全身黒く、もう一匹は白と黒がのたくるような模様をしている。名前は黒がヤン、白が混ざるのがマールである。
「今帰ったよ、天気がいいから今日も昼寝は気持ちいいだろう。」
ちょっと皮肉を言いつつフィンは歩きながら犬達に声をかけると、彼等はのっそりと体をおこして立ち上がってきた。
いやいや、別に寝ていてくれていいのだが。
「遊ばないよ、寝てな。」
するとフィンの話した内容を理解したのだろうか、一瞬うらめしそうにこちらを見て立ち止まる二匹はくるっと方向を変え、元の自分達の場所へと帰っていった。
なんてやつらだ、自分に構わないとわかったら興味なしか。
町の学校はいつものように午前で終わりだが、フィンには午後からは別に雇った教師達による授業がある。だから犬達と戯れる暇など確かにないのだが、それにしたってこの反応に、おかしな話だが少しだけ腹立たしく感じてしまうものがある。
とはいえ、人の言葉まで理解する彼らの高い能力、優秀さを認めなくてはならないだろう。
以前の話だが、この午後の授業をサボろうとして自宅から何度も脱出しようとしたことがあった。
その時、フィンの前に立ちふさがったのがこの二匹である。
この屋敷(といってもそんな大きくもないが)の中に入るのも、外に出るのもまず彼らに挨拶しなくてはならない。そこには自由を求めた少年と犬達による激闘の日々があった、と思う。多分。
そこで人間の側の勝利、脱出成功、そうしてフィンが友人達と楽しく過ごしていると、いつのまにか彼のすぐそばにこの二頭は探し当ててきたものだ。そして「お前、ここでなにしてるんだ。」といった風にひどく憐れんだ目をこちらにむけて、ただ座っているのである。
そして実際、家に戻るとそこには恐ろしい地獄がまっていたっけ。。
やはり優秀だけど、そのぶんだけ本当にかわいくない連中である。
そんな優秀な門番のいるこのライバー邸。せっかくなのでついでに説明しておこう。
その大きさはこのガリランドにある住居の中では中の上といったところ。場所は日当たりもよくどちらかというと高台に位置しており、そういう意味では貴族らしい住居といえなくもない。
部屋は六つあって、屋根裏部屋がある三階建て。庭はほどよく小さく、馬は一頭。自宅裏にある小屋につないでいる。
ここにハウスメイド2人と、ライバー家の祖父と孫の2人が住んでいた。
「ただいま」
ドアを開けて入ると、迎えの声の代わりに奥のほうからやたら元気な声が聞こえてくる。これはおじいちゃんか?
「ああっ、弟君。いまかえったのね、お疲れ様。」
代わりに玄関に立ってフィンを出迎えたのは少し意外な人物だった。
「えっと…となりのバーサ夫人じゃないですか。なんでここに?」
「ええ、ええ。そうなんです。ほんと、ごめんなさいね。」
なぜか困った顔で夫人は居間のほうをちらと見る。どうやらなにかあるらしい。
不機嫌にしばらく家には帰らないと宣言して、旅行に出かけたおじいちゃんが予定よりもだいぶ早く帰っていて、なぜか隣の婦人が僕を出迎える、これはどういうことだ?
「おじいちゃんに用ですか?というかうちのメイドの姿もありませんね。」
「えっと、あの。あのね。」
うまく説明できないようだ。なるほど、やはりなにかありそうな感じがする。面倒な事でなければいいが。
だがまずは夫人を落ち着かせないと。
「いえ、大丈夫ですよ。うちの居間にだれがいるのでしょう?」
くだけた笑顔でこの中年の婦人に微笑んで見せる。
「ほんとにごめんなさいね。あのね、おじい様とは姉が話しているのよ。なんだかおじい様、とてもお元気で。姉とはいろいろもりあがっているみたい。」
あの人か、思わず舌打ちしそうになるのを笑顔の下で必死に抑える。
お隣にすむこのバーサ姉妹とはここ数年、おもに現在二階の部屋にいる人物のせいでいい感情を持つのが難しい関係になっている。それが我が家に訪問している、ということはまたなにやら、言いたい事でもあったのだろう。
しかし、声は男の声しかしていないな。
「メイド達は?お客様をほったらかすなんてなにをやってるのやら。」
今はとにかくこの迷惑姉妹が我が家を訪問した理由をあえて無視しておく。
できたらこのままなにもいわないで帰ってほしいくらいだ。
「もちろんいたわよ。エリーちゃんもレイラさんもね。なんか地下に行ってくるって話してたから。」
フィンの疑問に、なぜかあわてたように顔を真っ赤にして彼女は答えた。どうやら自分たち姉妹がメイドの留守に”襲撃”したと思われたと考えて恥ずかしくなったのか。
「地下?そうですか。」
短くそれに答える。そういえばここ最近は地下で水のトラブルがあって、とか彼女達が昨日言ってたな。
「わかりました。ここでお待ちください。居間を見てきますから。」
さて、とりあえずなにがおこっているのかだけでも見てみようか。チャンスがあれば、さっさと追い出し…もとい、お帰り願おう。
前方の居間から聞こえる声が大きくなってくる。どうやらそうとう興奮しているらしい。
静かに、そして余裕を持って居間に入ると、部屋の中では長椅子に座っている困った顔の中年女性とそれを前に熱弁をふるう老人がいた。
どうやら老人の方は熱が入っているのか、部屋に入ってきたフィンに気がついていない。すべて情報通り、フィンの祖父とバーサ夫人の姉がそこにいた。
祖父はなぜか激しく高ぶりながら熱弁をふるっており。そして、その老人の勢いになにも口を挟めないながらも、まだ完全に負けを認めていないらしい女性の方は、時々「ですから」とか「そうなんでしょうけどね」と抵抗を見せている。
なんともカオスというか、シュールというか。
(見てくれ、この僕のおじいちゃんを。口うるさい女性を相手に一歩も引いてないよ。)
さすがの貫録というか、圧倒的な俺様ぶりは、見ていて実に爽快である。きっとそれは自分には関係ないと思えるから、ではあるだろうけど。
そんな二人のやり取りなど、まるで気にしないという風に平然とその間にフィンは立つ。
そしてさわやかにほほ笑みながら、一礼して声をかける。
「おかえりなさい、おじいちゃん。お隣のご婦人にもご挨拶を。」
この孫の言葉は聞こえたようだ。
ようやく、語るのをやめた祖父は孫の顔を見る。
「ごきげんよう、バーサ夫人。うちのおじいちゃんの相手をしていただきありがとうございます。ああ、そういえば妹さんが玄関で早く帰りたいといってあなたを待っていましたよ。メイドがいないので見送りは失礼しますね。」
フィンは一気にここまでを女性に向けて言い放つ。
可愛そうな夫人。
ようやく孫のおかげで老人を止めることができ、次こそ自分の番だと体制を整えようとしたところをフィンはわからないふりをして追い返したのだ。
まだあきらめられない、夫人のそんな顔を平然と見ながらこの少年はにっこりと笑顔のまま続ける。
「玄関はそちらから出ればすぐです。つまり入ってきたところが出口です。それではさようなら。」
まだ幼さも残る少年に満面の笑顔で追い出されるという屈辱に、真っ赤な顔で抗議も上げられず。上の夫人は怒りに満ちた足音を立てて部屋を出ていった。
ごめんなさい、姉のほうのバーサ夫人。
でもあなたの話しを聞かなくて良かったというだけで、今は最高の気分です。
静かに、しかし必要以上に大きな音を立てて玄関のドアが絞められたことを確認すると、夫人が直前まで座っていた椅子にフィンレイはこしかけながら
「それで、当分帰らないと言っていたのに。どうしたの?」
と祖父に聞いた。
先々週、突然どこかに療養しにいくだけ言い放つとメイドを一人連れ、老人はでかけてしまったのだ。出ていく時はそれはもう大変に辛気臭い顔で、もしかしたら次の季節まで戻らないかもしれんとまで言っていたのに。
こうしてまた急に戻ったと思ったら、今度はなにやら元気いっぱいな様子。
祖父のこの激しいテンションは、フィンにとって驚くべき変化だったしどちらかといえば喜ばしい部類のものであったが、同時にちょっとだけ不安も感じないわけではなかった。
そんな疑問いっぱいの孫を前に、この老人は頬を上気させると、どうだといわんばかりに声たからかに宣言したのだ。
「聞け!フィンよ、わしはこれからハンターギルドを作るぞ。お前たちも一緒にやろう。」
わーい、僕のおじいちゃんがえらいこと言いだしたぞー。




