第1話 幼馴染
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
雨が降ると、胸の奥が静かに疼き出す。
奥に沈めたはずの光景が、雨に溶けるように浮かび上がるから。
あの日の雨の中で、あなたはただ——悲しげに立ち尽くしていた。
***
私は如月 杏歌。
私の家系は、代々桂ノ国・羽田家に仕える文官の名家。
幼い頃から、外交の道へ進むよう育てられてきた。
そんな私は今、外交補佐として日々仕事に励んでいる。
……というよりも、ほとんど仕事詰めの毎日。
「杏歌〜、まだ仕事してるの?そんなことしてるから、みんなに体力ゴリラなんて言われるんだよ?」
「ちょっと哀伝!あんた勝手に人の書斎に入ってこないでって、いつも言ってるでしょ!」
私に失礼なことを言うこの男は、糸宮 哀伝。
哀伝は、代々羽田家に仕える御用貿易商人の家系で、私たちはお城で一緒に育った。
今は交易相談役として働いている。
物心ついた頃から、ずっとそばにいる幼馴染。
「杏歌はおいらと同じで体力ゴリラだからな!杏歌もおいらと一緒に訓練しよう!がははははー!」
「団丸……お前の体力ゴリラと杏歌の体力ゴリラはまた違うぞ……」
いつの間に現れたの!?
この二人は、暁月 団丸と江戸 七左衛門。
団丸は訓練隊長、七左衛門は戦術担当。
二人は農民の家の出で、昔、哀伝とまだ「殿」なんて呼ばれていなかった頃の栄善が、こっそり町へ抜け出したときに仲良くなったことが、その始まりだった。
その頃、お城も人員を増やす時期であったことから、二人もお城に仕えることになって今に至る。
哀伝と栄善が町から帰ってきたときは、お城に見知らぬ男の子たちがいるんだもん。びっくりしたわよ……本当。
三人は、殿である栄善の護衛も担当している。
私たちはみんな、幼馴染。
「しかし、哀伝の言う通りだぞ、杏歌。あまり仕事詰めにならずに、少しは息抜きでもしたらどうだ?」
栄善……いつの間に背後にいたの!?
みんな急に現れるんだから。
「……栄善。それもそうね」
羽田 栄善。
ここ桂ノ国を治める殿。
栄善は、昔、養子として羽田家に迎えられた。
身分制度の影響で家は貧しく、頼れる身寄りもいなかった。
その過去もあってか、栄善は身分制度を廃止する未来を強く望んでいる。
同じように苦しむ人を二度と作らない。
みんなが平等で、平和な世の中を築く──それが彼の意思。
その栄善の意思を心に刻み、私たちは日々、身分制度廃止に向けて試行錯誤しながら仕事に励んでいる。
仕事詰めなのは、私が好きでしてることなんだけどね。
「ちょっと〜、僕が言ったことは聞いてくれないのに、なんで栄善が言ったことなら聞くの〜。僕にはさっき怒ったじゃん!」
「それは哀伝が勝手に私の書斎に入ってくるからでしょ」
哀伝は頭の後ろで両手を組み、頬をぷくっと膨らませて拗ねている。
「二人とも、夫婦喧嘩はよさぬか」
「夫婦じゃない!」
……ったく栄善ったら、なんてことを言うのよ。
「え〜、僕は杏歌と夫婦なら嬉しいんだけどな〜」
「きっと賑やかな夫婦になるだろうな!がはははー!」
「哀伝が毎日杏歌に締め上げられてないか確認しとかないとな……」
「七左衛門、あんたなんてこと言うのよ!」
みんな、好き放題言うんだから〜!
だけど、そう。
私は哀伝のことが好き。
物心ついた頃から、ずっと好きだった。
哀伝はあんな調子だから、私のことを「好き」って何気なく言ってくれるんだけど、素直になれない私はいつも素っ気ない態度をとってしまう。
私って、本当に可愛くないわよね……
だけど、栄善とこんなふうに冗談を言い合える仲になるなんて、あのときは思いもしなかったな。
遠い昔の日々を、私はふと思い返していた──




