000 千年刑務所
「アルディス……ッ」
塔の最上階。
アドガードはその男と対峙していた。
肩で大きく息をするたび、鉄錆に似た血生臭い匂いが肺の奥深くまで侵し、汚していく。
せり上がってくる吐き気を奥歯で噛み殺し、鋭い牙が音を立てる。
アドガードはただ一点を睨み据えた。
視線の先
――はるか上空。
見慣れた白銀のローブを翻し、その主――アルディス・ルナ=ゼノラートは、無関心に窓の外の月を眺めていた。
アドガードの足元には、巨大な爪で切り裂かれた遺体が山を成している。
どろりと血に濡れた床を強く踏み締める。
「――アルディス!!!」
獣の情動を剥き出しにした咆哮が、静寂に包まれた塔を激しく揺らした。
怒りに逆立った濃茶の体毛が、アドガードの体躯を凶々しく膨れ上がらせる。
ゆっくりと振り返ったアルディスは、その端正な顔に冷徹な笑みを浮かべていた。
月光を弾いて、頬を伝う一筋の雫。
それが涙だと気づくまでに、アドガードは数秒を要した。
「アド……」
優しく名を呼ぶ声とは裏腹に、瞳には一切の温度がなかった。
「君は『月聖二百人殺し』の裏切り者として、これから千年の時を過ごすんだ。老いることも、死ぬことも許されない暗闇の中で。たった一人、生きていくんだよ」
アドガードの目がわずかに見開き、唇を噛んだ。鋭い爪が掌に食い込み、自らを傷つける。
その表情が苦痛に歪む。
「なんでなんだ?!」
アドガードが床を蹴り、アルディスに飛びかかろうとした瞬間。
翡翠色の光が弾け、身体を包み込んだ。
不可視の圧力が四肢を縛り、抗う間もなく血塗られた床へと叩きつけられる。
アドガードの眼前まで、アルディスが音もなく降り立った。
差し出された白皙の掌。
そこに展開された緻密な法術陣が、残酷なほど美しい光を放つ。
「アルディス……お前……!!」
牙を剥き、唸り声を上げても、腕一本動かせない。
アルディスは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「ーーおやすみ、アドガード」
その声は、ひどく穏やかだった。
「覚えていたら――千年後に、また会おうじゃないか」
次の瞬間、光がすべてを呑み込み、暗闇の牢獄へと沈んでいく。




