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花嫁に逃げられた侯爵と花売り娘、辺境で無双する  作者: ユーコ
第二章 冒険者の集落の再生

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04.冒険者の集落に到着

 領主の館から東に一キロほど向かった場所に魔境とクリンプス領を隔てる『出入り口(ゲート)』がある。

 魔境とクリンプス領の境は、一部は川など自然の環境で仕切られているが、平野部は丈夫な木や石で作った防護柵を設置し、クリンプス領から危険な魔物が這い込めないようにしている。しかし幅五メートル程のその場所だけは柵が存在しない。

 わざと出入りしやすい場所を作ることで魔物達の侵入を一カ所に絞る作戦である。

 木や石の柵は力の強い魔獣に掛かればあっさり壊されてしまう。過去何度もそうして柵は破られてきたが、魔物の大半は(ゲート)からクリンプス領に侵入するという。

 一定の効果はあるようだ。


 リリ達はこの門から魔境内部に入る。

 リリは魔境を見つめ、ゴクリと息を呑んだ。

 領主の館は高台にあるので、館に来てから二ヶ月余りの間、この場所はよく眺めていた。

 ただ。

「思ったより霧が深いですね。あと気分悪いです」

 実際にその場に来てみると、想定の何倍も不気味だ。

 特にソル種であるリリは立っているだけで苦痛だった。


 オズワルドが皮肉っぽく口角を持ち上げた。

「帰るかね?」

「いいえ、行きますよ」

 リリはそう言って荷馬車の荷台に勇み、乗り込んだ。


「……だそうだ。今回は民間人が同行する。皆、注意せよ!」

「はっ」

 兵達はオズワルドの号令に動き出した。

 今回の輸送部隊は五十名。

 資材を積んだ八台の馬車を囲んで守りなから、十キロ先の冒険者の集落を目指す。

 荷物にはリリが育てた草木も覆いを掛けた状態で積まれている。



 道は案外平坦で、荷馬車の乗り心地は悪くない。

 ただ、白い不気味な霧は思ったより濃い。

 魔境内部は不毛の大地で草木がほとんどない。

 こういう土地は乾いているので土埃が立ちやすいが、それがないのはこの霧のおかげだろう。

 だが、リリはそれに感謝する気分ではなかった。

 じっとりと肌にまとわりつくような霧にリリは身震いしながら荷台で縮こまっていた。


 荷馬車は、白い世界を静かに進んだ。

 草も花も、虫の羽音すらない。

 風はなく、少し冷たい空気が虚ろに漂っている。

 ――まるで、死んでしまったような土地だ。


 霧のせいで一寸先も見えないが、オズワルド達は何度も通っているからか、迷いなく進んでいく。

 どうしてだろう? とリリが考えた時、馬に乗ったイーデン・イーリーが声を掛けてきた。

「リリ様、あちらの木に赤い印がついてあるのが見えますか?」

 と彼は一本の木を指さした。

 不毛の大地だが、何故かあの、ほとんど葉もない黒い木だけは自生していられる。

「あ、はい。見えます」

「あれがマーカーです。万が一、我々とははぐれた時は、あれを辿って行けば出られます。覚えておいて下さい」



 それからどのくらい経ったのか――。

 荷物を積んだ馬車の時速は三、四キロ。順調に行けば三時間ほどで着くそうだ。

 幾度か戦闘があったようだが、リリが乗る馬車隊に魔獣が近づく前にオズワルド達が倒している。

 だからリリはほとんど怖い目には遭ってない。


 だが。

「リリ様、あと二十分ほどで集落に着きます!」

 御者からそう教えられた頃には、リリは今にも吐きそうなくらい気分が悪くなっていた。

「……」

 御者の声に、リリはただ無言で頷いた。

 胸がムカムカして頭がガンガンする。馬車酔いに似ているが、原因はこの大気そのものだ。

 息をするのも苦しいくらい、闇属性の魔素が漂っている。

 一応、闇の魔素を体外に出せる魔法具、護身の指輪は持ってきたが、魔境で使用した時、どうなるのか予測がつかない。

 そのため、オズワルドからは「なるべくなら指輪は使うな」と言われている。

 リリも同意見だ。

 しかしそれもあと二十分なら耐えられそう……と思ったリリだが。


「敵襲!」

 緊迫した怒声が後方から聞こえてきた。

 兵達が素早く後に向かって駆けていく。

 先頭にいたオズワルドも猛スピードで馬車の横を通り過ぎていった。

 彼は、何故かいつも馬に乗っていない。ほとんど歩行(かち)である。


「五体以上いる!」

 誰かが発した声がリリの耳たぶを打つ。

 領主の館に残ってた資料によると、魔獣は普段は単独で行動しているらしい。

 彼らは滅多なことでは群れない。

 群れる時は、首領(ボス)がいる時だ!


「……!」

 リリは息を詰め、ただ体を小さく丸めて荷台にしゃがみ込んだ。

 有事の際はそうしろと教え込まれた行動で、実際にそれしか出来ない。


 オズワルド達は今まで何度も魔獣達と戦ってきたが、その中でも今回のように複数の敵に一度に遭遇したのは数えるほどしかない。

 だが、オズワルド達は激戦区を生き残ってきた精鋭部隊だ。すぐに怯まず応戦した。

「ボスはどこだ?」

 魔獣を二体倒したオズワルドは愛用の武器である大斧を振り回しながらボス魔獣を探した。

 特注の大型武器だが、オズワルドはそれを難なく振り回す。

 戦場では銃が主流になりつつあるが、この魔境では濃い霧のせいで銃は役に立たない。

 そのため近接武器で戦うしかない。

 もっとも、オズワルドの部隊は中央軍に所属している時から、白兵戦が得意な隊として知られていた。


「きゃあ!」

 女性の悲鳴にオズワルドはハッとした。女性は隊にリリしかいない。


「ちっ、狙いは馬車か!?」

 オズワルドは声がした方向に、駆け出した。


 魔獣は、黒一色でその輪郭は影のように揺らめいていた。

 四つ足の獣で、犬のようにも猫のようにも見えたが、こんな気味の悪い猫も犬もリリは知らない。

 オズワルド達が遭遇した魔獣達は大きなもので、大型の犬くらいの大きさだった。

 だが、そのボス魔獣は熊のように大きかった。

 ボス魔獣は警戒しているのか、少し離れたところから馬車の様子をじっと見ている。

 中の様子を窺おうと、ボス魔獣はぬっと、二本脚で立ち上がった。

 背はリリより高いかもしれない。化け物は、白目のない黒い大きな瞳でリリを見下ろしている。

 リリはただ唖然とその姿を見上げた。


「馬鹿! 下がれ!」

 オズワルドは駆け寄りながら、大あわてで叱咤したが、リリは限界だった。……色んな意味で。

「もう!」

 怒りながら荷台に立ったリリは、ボス魔獣相手に腕を突き出し、

「ラディウス!」

 光線をぶちかました。






 ***


 その後は戦闘もなく、リリ達は無事に冒険者の集落に辿り着いた。

「リリ様、どうぞ」

「ありがとうございます」

 リリは御者の手を借りて荷台から降りた。


 不思議なことに集落では少しばかりあの嫌な霧が薄くなっている。

 ここはかつての集落の真ん中で、広場として使われていたらしい。

 周囲を見回せば、崩れた家の残骸のようなものがいくつも残っていた。

 端の方に、オズワルド達が運んできた石と木材が整然と積まれている。


「リリ様、お怪我は?」

 作戦指揮官のイーデンが駆け寄ってきてリリの無事を確認する。

「大丈夫ですよ」

 リリはそう答えたが、民間人の『大丈夫』は信用出来ない。

 死の危険のような異常なストレスが掛かった後は、怪我を負っても、痛みを感じないことがある。

 イーデンはリリの体を観察し、怪我がないのを確認してから、ようやく、「ご無事で何よりです」と言った。


「それにしても派手にやったものだな」

 嫌みったらしく声を掛けてきたのはオズワルドである。

「はあ、どうも」

 リリはそう言って頭を掻いた。


 リリは一撃であのボス魔獣を倒した。

 おかげで今はそれほど気分も悪くない。

「ほら、君が仕留めた奴のだ」

 オズワルドはリリに赤色の魔石を手渡した。

「ありがとうございます」

 鶏の卵くらいと今まで見たものでは一番の大きさだ。


「だが、もうやるなよ。君が生きているのは単に運が良かっただけだ」

 オズワルドは真顔で釘を刺してきた。

「分かってますよ」

 リリはボス魔獣の腹に大穴を開けた。

 腹を吹き飛ばしたので、額の魔石は無傷で手に入ったのだ。


 だがオズワルドが言うように、ボス魔獣を倒せたのはとても運が良かった。

 ボス魔獣は嗅ぎ慣れない外部の『匂い』に惹かれて近づいてきたが、逆にその『匂い』に警戒し距離を取った。

 そして荷台で怯えて縮こまり、自らに敵意を向けないリリではなく、猛然と駆け寄るオズワルドの方に気を取られた。

 その隙に自棄を起こしたリリが指輪を作動させたというわけだ。


 本当に運が良かったとしか言いようがない。


 万が一の時は、魔獣の腹を狙えというのもあらかじめオズワルドから教えられていたことだ。

 素人が銃などを構えた時、照準を上に向けがちになる。人間は恐怖や緊張を感じると、無意識に視線が上がり、顎も上を向くからだ。

 そこでオズワルドはリリに顔ではなく、的が大きく当たる確率が高い胴体を狙えと指示した。

 ボス魔獣は丁度その時、荷馬車を見ようと立ち上がっていた。

 おかげでリリは無防備な胴体に狙いを定めることが出来た。

 色々な意味で、リリは幸運だった。


「少し休んだらどうだ?」

 とオズワルドは言ったが、リリは首を横に振る。

「いえ、日のあるうちにやっちゃいましょう」


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