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闇バイトサバゲ

銀行強盗事件が発生する、人質になる黒木美津子。

強盗達の真の目的は何か、捜査一課(SIT)は強行突入を決行、果たして制圧できるのか。

第十七話:(闇バイトサバゲー)

<午後三時の境界線>

バイオハザードを模した大規模なシチュエーション・シナリオゲームから、ちょうど一年が過ぎていた。

黒木美津子(48歳)の本職は、人間の心の機微を扱う臨床心理士である。他人のトラウマや日々のストレスを優しく受け止めるのが彼女の仕事だったが、その反動として、月に一度の休日だけは全く別の顔を持っていた。 「ゴーストスナイパー」――それがサバイバルゲーム界隈における彼女の通り名だ。草むらに完全に同化し、気配を消し、スコープ越しにターゲットを確実に一撃で仕留める。弾丸が銃口を飛び出す瞬間のあの張り詰めた空気だけが、彼女を日常の重圧から完全に解放してくれる唯一の特効薬だった。

「急がないと、シャッターが閉まっちゃうわね」

金曜日の午後二時五十分。美津子は早足で地方銀行の支店へと滑り込んだ。ATMでカード磁気が反応しなくなっていたので窓口で手続きする必要があったのだ。

平日の営業終了間際とあって、店内は閑散としていた。手続きが始まった頃には、他のお客たちは用事を終えて次々と退店していき、広いロビーに残された一般客は美津子ただ一人となっていた。窓口の時計の針が、まもなく午後三時を指そうとしていた。

シャッターが閉まり始めた。

その時だった。 閉まりかけのシャッターの隙間から集団が滑るように入ってきた。

「全員動くな! 床に伏せろ!」

室内に怒号が響き渡る。入ってきたのは、全身を黒ずくめのタクティカルギアで固め、顔をバラクラバ(目出し帽)で完全に覆った五人の男たちだった。その手には、鈍い黒光りを放つアサルトライフルやハンドガンが握られている。

「強盗だ! 色気を出して動くんじゃねえ! 現金をすべてバッグに詰めろ!」

男たちの動きは、素人目にも分かるほど手慣れていた。一切の無駄がない。二人がカウンターを飛び越えて奥の行員たちを脅し、二人が出入り口を強固にロックする。そして残りの一人が、状況を素早く見渡していた。

カウンターの奥では、恐怖に震える女性行員の手が、デスクの下にある非常警報のスイッチを必死に押し込んでいた。男たちはそれを止めようともしない。いや、むしろ押させることを織り込んでいるかのようだった。

「おい、一般客が一人残ってるぞ」 カウンターを越えた男の一人が、床に伏せる美津子を見て、リーダー格の男に低く無線を入れた。 「チッ、予定外だな……だが仕方ない。人質になってもらう。そこに転がしておけ」

美津子は床に額をこすりつけながら、激しく打つ心臓の音を聞いていた。 (なんなの、この人たち……。動きがプロすぎる。ただの犯罪グループじゃないわ)

恐怖の波の中に、臨床心理士としての観察眼と、ゴーストスナイパーとしての直感が冷徹な違和感を呼び起こし始めていた。

<国家公認の「黒トカゲ」>

この黒ずくめの男たちのコードネームは「黒トカゲ」。彼らの正体は、かつて海外の紛争地へ渡り、傭兵や革命ゲリラ活動に深く参画していた、国家級の要注意人物たちだった。

日本に帰国した際、当然のように公安警察に拘束され、本来なら一生を暗い監視下で過ごすはずの身の上である。しかし、公安の上層部は彼らに「超法規的措置」を伴う、ある特殊な免責条件を提示した。それが「闇バイトサバゲー」への従事だ。

彼らの任務は、ダークウェブ等で本物の強盗実行犯を募る「闇バイト組織」をあぶり出すためのデコイ捜査。同時に、実戦さながらの恐怖を公共機関の職員に植え付ける防犯訓練であり、さらには出動する警察の特殊部隊(SIT)の技量を限界まで引き上げるための、生きた仮想敵としての役割を担っていた。

使う武器は、法的な規制値を限界まで引き上げた強力なブローバック仕様のエアガン、音響手榴弾スタングレネード、そして視界を完全に遮断する煙幕弾やテザーガンに防弾盾。対するSITは、彼らを「本物の凶悪テロリスト」だと教えられているため、当然のように実銃を装備して突入してくる。一歩間違えれば実弾でハチの巣にされる、命がけの危険なゲーム。だが、これを完璧に遂行し続ける限り、彼らの過去の犯罪行為は全て「免責」され、万が一拘束されても公安の手によって即座に無罪放免となることが保証されていた。

この五人のメンバーの中には、こないだまで中東の過酷な紛争地を転々としていた突入指揮官・葛城裕太(44歳)と、ロシア軍の特殊部隊に参画してその冷徹な狙撃腕を磨いた最年長・澤登亮(51歳)が含まれていた。

実は、この二人は黒木美津子にとって浅からぬ因縁を持つ男たちだった。 葛城裕太とは、かつてサバゲ界の狙撃イベント「スナイパートライアル」の戦いで、息の詰まるような狙撃の果てに戦った最大の宿敵。そして澤登亮とは、いくつかのサバゲフィールドで何度も背中を預け合い、その大人の包容力と正確無比な腕前に、美津子が密かに心を寄せ始めていた人物だった。

しかし、二人はある時期を境に、何の前触れもなく美津子の前から突然姿を消していた。まさか、国家の影でこのような「トカゲ」に身を落としていようとは、美津子は知る由もなかった。

<膠着と突入の気配>

銀行強盗が開始されてから、すでに7分が経過していた。

「おい、もっと派手にやれ! 警察を焦らせろ!」 葛城の低い怒号が響く。男たちは強力なエアガンの銃口を天井に向け、容赦なくフルオートで引き金を引いた。

――バリバリバリバリバリ爆ッ!!

凄まじい破裂音が狭いロビーに反響し、プラスチック製のバイオBB弾が激しく跳ね回る。粉々になった天井の蛍光灯が火花を散らしながら床に落ち、行内は薄暗い恐怖の空間へと変貌していく。行員たちは頭を抱えて泣き叫んでいた。本物の防犯訓練としては、これ以上ない「地獄」が演出されている。

チリリリリリン、と静まり返った行内に、大音量で窓口の電話が鳴り響いた。包囲した警察からの交渉電話だ。 葛城が受話器を荒々しくひったくる。

『……私は警察の者だ。中のリーダーを出してくれ。君たちの要求は何だ?』

「逃走用の車を今すぐ用意しろ! 30分以内に用意しなければ、ここにいる人質の命はないと思え!」 葛城はあえてドスの利いた声を出し、受話器を叩きつけた。

外の敷地は、すでに数十台のパトカーと、防弾盾を構えたSIT(特殊捜査班)によって完全に包囲されていた。本部裏の幹部数人だけがこれが訓練であることを知っているが、現場のSIT隊員たちは一分一秒を争う本物の凶悪立てこもり事件として、極限の緊張感の中にいた。

「行内で激しい銃撃音が続いている。人質の身が危険だ。突入作戦を敢行する!」 SITの指揮官が決断を下した。

行内では、黒トカゲの面々が防弾ベストのベルクロを締め直していた。 「葛城、外が動き出したぞ。サーマルで確認、玄関と裏口にそれぞれワンチームが張り付いた」 窓際でアクリル防弾盾を構えていた澤登が、静かに告げた。バラクラバの奥の瞳が、狩人のそれに変わる。

「よし、予定通りいくぞ。SITが突入してきた瞬間に、音響手榴弾と煙幕弾を同時に作動。エアガンのフルオートで猛烈な面制圧を行い、奴らの足を止める。その隙に、用意されている裏の通用口の隠蔽ルートから脱出する。手加減はなしだ。1.5Jの弾丸を、奴らの身体に叩き込んでやれ」

床に伏せていた美津子は、激しい耳鳴りの中で、じっと男たちの会話と動きを盗み聞きしていた。

事態が少しだけ膠着し、周囲の音がクリアに聞こえ始めたその時、彼女の脳内に電流のような直感が走った。

(……待って。あの真ん中で指示を出している男の声。あの独特な低音のハスキーボイス、聞き覚えがある。まさか……スナイパートライアルで私をさんざん苦しめた、葛城裕太……!?)

さらに美津子は、窓際で銃を構える最年長の男の「右足の足運び」を凝視した。遮蔽物から銃口を出す際、ほんの数センチだけ軸足をずらし、射界を1ミリ単位で調整する。サバゲプレイヤーなら誰もが憧れる、あの極限まで無駄を省いた正確な射撃のクセ。

(あの構え、あの身体のキレ……山猫。澤登亮さんなの……!?)

どうして二人がここにいるのか、なぜ強盗なんてやっているのか。臨床心理士としての冷静さが、男たちの「視線」を捉えた。彼らは行員たちを脅してはいるが、決して銃口を人間の頭部や無防備な肌に向けていない。常に洋服の厚い部分か、空間そのものを威嚇している。

(やっぱりそうだわ。これ、本物の強盗なんかじゃない。……警察を巻き込んだ、とんでもない規模の『ゲーム』なんだわ!)

そう気付いた瞬間、ゴーストスナイパーとしての美津子の血が、恐怖を置き去りにして沸き立ち始めた。

<硝煙のゲーム>

「突入! 突入!」

正面ガラス扉と裏口の重い鉄扉が同時に爆破され、閃光弾フラッシュバンの強烈な光とともにSIT隊員たちがなだれ込んできた。実銃を構え、統率された動きで距離を詰めてくる。

迎撃コンタクト!!」

葛城の叫びと同時に、黒トカゲの仕掛けた罠が炸裂した。 カウンター越しに投げ込まれた音響手榴弾が、SITの目の前でキィィィィィンという凄まじい爆音を放つ。同時に投げられた煙幕弾から、一瞬にして濃厚な白煙が吹き出し、ロビーの視界をゼロにした。

「うわあああ! 視界遮断! 音響弾に警戒しろ!」 混乱するSITに向け、葛城と澤登の容赦ないハイサイクル電動ガンが火を噴いた。

――バリバリバリバリバリバリバリッ!!!

規制値超えの1.5Jのプラスチック弾が、容赦なくSIT隊員の防弾盾や胸の抗弾プレート以外を激しく叩く。実弾ではないが、その衝撃と音は完全に本物の戦場だった。「敵の火力が強すぎる! 突入班、一時後退!」足並みを乱したSITが、煙の中で互いに行方を失う。

「今だ、引くぞ!」 葛城の合図で、黒トカゲの5人は現金の入ったバッグを抱え、事前に公安の手によってロックが解除されていた裏通用口の隠しルートへと鮮やかに身を躍らせた。完璧な電撃的脱出。SITの猛訓練という課題を、彼らは最高の結果でクリアしたのだ。

煙が徐々に薄れていく銀行のロビーで、SITの隊員たちが耳鳴りに苦しみながら「容疑者ロスト!」と無線で叫んでいる。 その混乱の真ん中で、黒木美津子はゆっくりと立ち上がり、自分の服についた埃を払った。

彼女の足元には、数え切れないほどのバイオBB弾が転がっていた。美津子はそれを一粒拾い上げると、バラクラバの男たちが消えた奥の扉を見つめ、不敵に、そして妖艶に微笑んだ。

「黙って消えたと思ったら、なんでこんな強盗をおこしているのだろう、二人とも……」

<オチ――黒幕の破滅と新たなトカゲ>

黒トカゲが銀行から鮮やかに脱出したその頃、サイバー空間でも決着がついていた。 黒トカゲが指示通りの手順で「強盗成功」のシグナルを送った瞬間、油断した闇バイトの指示役たちの隠れ家が、公安のサイバー班によって完全に特定されたのだ。 「そこまでだ。動くな!」 都内の一室に潜伏していた指示役のグループは、状況を理解する間もなく、待ち構えていた公安警察によって一斉に逮捕された。

囮捜査は完全な成功を収め、SITには過酷な課題が残され、銀行の防犯訓練としてもこれ以上ないプロットが完了した。

事件から3日後。 美津子がいつものように仕事からの帰り道を歩いていると、目の前に黒塗りの高級セダンが静かに止まった。中から現れたのは、警察庁のバッジを持つ公安の担当官だった。

連れて行かれた雑居ビルの一室には、マスクを外した「黒トカゲ」のメンバーたちが座っていた。 「よお、美津子さん。トライアル以来だな」 葛城が苦笑いし、その隣で澤登が少し申し訳なさそうに、だが愛おしそうに美津子を見つめた。

公安の担当官が美津子に書類を突きつける。 「黒木美津子さん。先日の事件、あなたが現場で彼らの正体を見抜いていたことは把握しています。正直、あなたがあの場にいたのは予想外のトラブルでした。……ですが、我々は怪我の功名だと考えています」

担当官は真剣な眼差しで、一枚の特別な契約書を差し出した。 「我が国の安全保障のため、今後もこの『闇バイトサバゲー』は継続される。どうですか、我々のチームに加わりませんか? あなたには、現役の『ゴーストスナイパー』としての腕前と、あの極限状態で彼らを見抜いた冷静さがある。もちろん、彼らと同じく、作戦中に万が一逮捕されるようなことがあっても、即座に無罪放免となる超法規的措置をあなたにも100%保証します。」

美津子は自分を見つめる葛城と澤登の、驚き、そしてどこか嬉しそうな素顔を確認すると、迷うことなくペンを取り、契約書にサインした。

「いいわよ。その闇バイト、私が最高のスリルにしてあげる」

新たなる最強のゴーストが加わり、黒トカゲの「闇バイトをあぶり出すゲーム」は、さらなる深淵へと加速していくのだった。

ゴーストスナイパー黒木美津子 シーズン1 完


ゲーマーのナゾの失踪は海外への傭兵や革命軍への参加という経緯で、帰国後は国家的要注意人物に指定されていた。彼らを野放しには出来ない、そこで公安が考えた一石三鳥の闇バイトサバゲである。

暗躍する闇バイトの組織を囮捜査であぶり出すと同時に、地域のSIT(捜査一課)の実践的訓練と公共機関の防犯訓練までを一連とした壮大な闇バイトだ。

黒木美津子も偶然に事件に巻き込まれたことから新たな展開へ向かう。

ここでゴーストスナイパーのシーズン1を終わらせます。

暫くはネタを考える時間を頂きたいと思います。応援いただいた皆様有難うございます。


誤字、脱字、用語の誤りなどありましたらご指摘下さい。

また感想などございましたらコメントも宜しくお願い致します。

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