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酔っ払いの遠吠え

「冬馬は春菜がタイプで、春菜は正秋がタイプで、正秋は私がタイプ」

千夏は酔っ払いながら背を丸め、最寄駅から自宅を目指し、フラフラと歩道を歩いた。


およそ三十分前のことだ。はないちの座敷で、千夏は巨峰サワーを飲みきると、近くにあった瓶ビールをグラスにガンガン注いで、ガンガン飲んだ。まるで浴槽に水を溜めるかのように、何も考えずに口腔内へビールを流し込んだ。苦手だったはずのビールの苦味が、全然苦手だと感じなかった。なんとも思えなかったし、水と大差なく思えた。正秋がタクシーで送ると言ったが、それははねつけた。


何だか笑えた。三人とも正気か。それとも冗談か。示し合わせて、私をからかうつもりか。少なくとも、正秋の発言は同情だろうと思った。私がブスで可哀想だから助け舟を出してくれた。自分は三十過ぎてから尚更、体型をバカにされたり、侮辱されたり、セクハラされてばかりだった。長年一緒に働いてきた仲間への憐れみに違いなかった。いずれにせよ、どうでも良かった。一人になって、風にあたりたかった。


「それで私は、冬馬がタイプだって、まだ言うんですか」

千夏は自問自答しながら歩道橋に差し掛かり、階段をのぼり始める。動悸はするししんどいけれど、歩道橋からの眺めをどうしても見たい。いつも見ると安心する、あの景色だ。


自分は冬馬がタイプどころか、好きだ。ずっと忘れられなかった。忘れたつもりでいたけれど、無理だ。そんな冬馬に侮辱された。目の前で他の女にアプローチするとこまで見せつけられた。さらにその他の女、春菜は、冬馬が自分へ母ちゃん呼ばわりしたとき、わずかに笑った。


そう、あれが春菜の本音なのだ。会社で仲良くはしてきたけれど、腹の底では自分のことを嘲笑している。もう、自分のプライドはボロ雑巾のように傷ついている。こんな思いは歩道橋から投げ捨ててしまえばいい。そうだ。善は急げ。


一歩一歩、ゆっくりゆっくり、左足と右足を交互に踏み締めていく。そして階段を上りきる。上部の通路部分にようやく到達する。誰も通行人がいないのを確認すると、手すりにもたれ、ガニ股になる。大通りを見下ろしながら、千夏は声を張り上げる。


「うあー」

ここなら走行音がうるさくてちょうどいい。叫ぶには最適な場所だ。まるで悪役女子プロレスラーになったような気分だ。

「どいつもこいつもバカヤロー」

もう一度叫ぶ。どの車両も知らん顔をして、千夏の足元を通過してゆく。ピッチャーのようにボールを手に取るふりをして、勢いよく投げつける仕草をしてみせる。これは冬馬への思いだ。

「消えちまえー」

声は、走行音にかき消されてゆく。


数分後、千夏はアパートの前へたどり着いた。

発狂したおかげで幾分、気持ちも収まり、アパートの階段を上がっていく。外廊下を歩くと、千夏ははたと足を止める。見慣れた女性の姿が、自分の部屋の前でうずくまっている。

「千絵」

双子の姉を見て、千夏は思わず声を発した。

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