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俺たちは勇者じゃない  作者: 陶子
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014_始動(前)

霜暦九七六九年 マヨルフィネの月(※1)


「ショーセ! ショーセはいるかっ!」

 玄関の扉が、すさまじい勢いで乱打された。

「今っ! 今出ます! 準備できています!」

 寝巻の上から長いハノスさんの外套をひっかけただけのレニオラが、大急ぎで扉のかんぬきを外している。

「すみません、もう行きます!」

 昨晩の残りの鶏のシチューを半分だけ飲み込んだ将聖が、マチアさんに申し訳なさそうに頭を下げた。山刀やまがたなをつかんで、玄関に向かって身をひるがえす。

 緯度が高く夏至が近いというのに、まだ薄暗い玄関の外に、弓矢を持ったメドーシェン市の男たちが数人待ち構えていた。みな冷静だが張り詰めた表情で、将聖の姿を認めただけで市門へ向かって走り去ってしまう。

「将聖! 持ってけ!」

 俺はハムやチーズ、ルリフダーナを挟み込んだパンを入れた包みをつかんで玄関まで追いかけたが、俺の声は呼子よびこの音にかき消されてしまった。俺は諦めずに表通りを走り、市門手前でようやく手渡すことができた。

「悪い。サンキュ、優希!」

 自警団団長のオルグさんから状況の説明を受けていた間だけ、将聖は立ち止まっていた。俺の手から包みを受け取ると、将聖は男たちに入り混じり、馬に飛び乗って、もう追い付けないスピードで市壁の外へ走り出していた。

 最近、俺たちは数日おきに市内を響き渡る呼子の音にたたき起こされている。危険な魔物が現れたことを告げる合図だ。

 神殿の鐘が鳴らないのは、出現場所がまだメドーシェン市からは遠く、町全体がすぐに防戦体制に入らなければならないところまでは至っていないためだった。呼子の合図はもちろん災害速報のような役割も果たしているが、魔狩人シーカーや自警団の男たちなど、これから市壁の外へ魔物を狩るために出動する者たちのために吹き鳴らされている。

 メドーシェン市の周辺に現れる魔物は、大概がディフリューガル山脈に続く峠道のある北東の方角からやってくる。巨大樹の森の手前、市門からおおよそ十五キロメートル離れた地点にある監視塔は、この二か月ほどの間に役割が強化され、常時見張り二名が駐在しているが、そこから狼煙のろしの合図が上がるたびに、呼子の音が市内をけたたましく駆け抜けるのだった。

「ご苦労様、ユーク。」

 ハノスさんの家に戻ると、マチアさんが出迎えて、俺の肩に腕を回した。はしばみ(ギルズアイ)自警団の一員であるハノスさんも、連日魔物狩りに参加している。しかも昨夜は、監視塔の見張り担当の一人でもあった。マチアさんは昨夜から休みなく魔物狩りに加わっているハノスさんを心配しているのだろう。その手が、俺の背中にいつもよりきつく回されているので、俺もマチアさんをしっかりと抱きしめて、「大丈夫ですよ、絶対に」とその肩に向かって囁いた。

「大丈夫よ、母さん。ショーセも行ったんだもの。」

 マチアさんを励ますように、レニオラも言う。「世界の均衡を正す」ために転生した将聖は、このところ、みんなからそんな風に言われるような存在になってきている。

 そうね、と言いながらマチアさんは俺から体を離したが、その目はまだ心細そうに将聖の走り去った市門の方向へ向けられていた。

 異世界で無双する。

 そんなことができればいいと、将聖と話し合ったことがあった。

 今はそれが、特別な人間のみに許された特別な境遇で、凡人にとっては夢物語に近い、身の程知らずな願望だと分かる。

 戦いに一方的な勝利などあり得ない。いつもやるかやられるかのギリギリのラインでの攻防があり、からくも勝ちを得たとしても、その後には無数の傷跡と、消し去ることのできない恐怖の記憶が残されるのだ。

 マチアさんはそれをよく知っている。だから、こんなにも心を痛めているのだ。

「ごめんなさい。ユークだって、心配なのは一緒なのにね。」

「俺はそこまで優しくありませんよ。あいつのことは、そんなに心配していません。」

 マチアさんが申し訳なさそうな目を俺に向けるので、俺はわざと明るく将聖を突き放した。

「オルグさんがあいつの面倒をしっかり見てくれていますからね。お任せしています。オルグさんなら、攻め時も引きぎわもよくご存じですから。この間も『ショーセはまだまだ子供だから、無茶はさせられない』と言っていましたし。そう思ってもらっているなら、安心です。」

 俺は以前にオルグさんから聞かされた将聖の評価を、全てマチアさんに話すつもりはなかった。それは俺を嬉しさに高揚させつつも、将聖の双肩にかかるものの重みを否が応でも意識させたからだった。期待され、頼りにされるのは結構なことだが、いつかあいつが潰れてしまうのではないかと俺は不安になってしまう。オルグさんが将聖の性格に、深い理解を示してくれているのが幸いだった。オルグさんが将聖を殊更ことさらに「子供」扱いするのは、人一倍強い責任感が悪い方向へ作用しないように気遣ってくれているからだろう。

「あ。でも、一つだけ心配事が。」

 俺はわざとらしく天を仰いで見せた。

「あの弁当の包みには、ハノスさんの分も入っているって将聖に言うのを忘れました。あいつ、一人で全部食ってなければいいんですが。」

「あーあ、可哀想に。父さん飢え死に決定ね。」

 最近俺の相方あいかたがすっかり板についてきたレニオラが合の手を入れる。その片腕にぶら下がったリーシャが子供らしい笑い声を響かせた。

「まだ早いわ。もう一度ベッドに戻りましょう。」

 リーシャの声に、我に返ったようにマチアさんが言った。

「こうしているより、そのほうがずっといいわ。ちゃんと寝ないと体も休まらないし。」

「そうですね。」

 俺も頷いた。

 避難準備はできている。だが、まだ実際に避難を考える時期ではなかった。魔物はまだ、メドーシェン市を取り囲む広い耕地のさらに向こうにある、牧草地帯にさえ到達していないのだ。こうして起きていても仕方がない。むしろ心配に身をすり減らして、動かなければならないときに動けなくなってしまうほうが危険だった。

「レニオラもリーシャもベッドに戻りなさい。眠れなくても、ちゃんと横になっているのよ。」

「はあい。」

 いつものマチアさんが戻ってきたのを見て、レニオラが俺にくすりと笑いながら目配せした。俺も笑い返し、その後について、寝室へ続く階段を上った。



 将聖の予言は的中した。

 ディフリューガル山脈の東が落ちたため、巨大樹の森を越えて東側の魔物が現れるようになるだろうというアレだ。俺たちはまっすぐこのメドーシェン市を目指して来たから先行していたが、遅れること半年余り、ついに強力な魔物が出現し始めたのである。

 もともと、大陸の多くの地域で魔物が増え続けているということは周知の事実だった。俺と将聖が初めてメドーシェン市を訪れた時最初に出会った、尾鞭虫ギリヤリダのような中型の魔物は、この地ではまだ珍しいほうだったが、そのずっと以前から日本の柴犬か猫ぐらいのサイズの小型の魔物、魔鼠ベグダ甲殻妖虫デグミルは、しばしば現れては家禽や生まれたばかりの子豚などを襲っていたのである。

 この手の魔物は箒やくわなどでブチのめしてやればすぐに逃げるので、危険度は低いといえば低いのだが、肉を食ったらそれで満足するような連中ではないから、いったん入り込まれてしまうと厄介だった。鶏小屋や豚の柵の中は皆殺しにされてしまうし、野生の小鳥やモグラなどの死骸が用水路を詰まらせていることもあった。最悪の場合、体の自由の利かない年寄りや小さな子供まで殺されてしまうこともあるので、決して安易に見逃していい相手ではないのである。

 このため、市の東の共有林はずいぶん以前から出入りを制限されていた。薬草採りや粗朶そだ集めは生活にかかわることだから、完全に閉鎖されているわけではないが、区画が切られて、入っていい場所とそうでない場所が分けられている。これはこの共有林に入る人々、特に子供たちをできるだけ一か所に集めておくための意味合いもあったし、罠をしかけて可能な限りこの森の中で魔物を食い止めたいという意味合いもあった。実際この罠にはよく魔鼠ベグダがかかっており、それらの始末や新たな罠の付け替えのために、将聖もしばしば呼び出されている。

 そんな厳しい警戒態勢が敷かれている中、ついに数十年ぶりという巨狼ワーグの襲来が起こったのだ。

 最初に異変に気付いたのも、将聖だった。

 夕暮れ時、俺が水汲みをしていると、風に乗って呼子の音が聞こえてきた。呼子は自警団のメンバーではなくても、市壁の外で働く農夫や家畜番たちならみんな護身用に持ち歩いている。その時も、聞こえてきたのは小型の魔物が現れたことを示す「ピピピ、ピーッ、ピピピ、ピーッ」という合図で、俺にはもう「またか」という気分しか湧いてこなかった。

 その日は早く帰宅していたらしいオルグさんも通りに出てきたが、自警団のメンバーを呼び出すまでもなかろうといった風情で、のんびりと次の合図を待っていた。次の合図というのは、駆除が完了したことを示す、ゆっくりと吹き鳴らされる「ピ、ピ、ピーッ、ピ、ピ、ピーッ」か、取り逃がしたことを表す「ピロロロロ…」という呼子の音だ。

 初めに聞こえてきたのは、かなり遠い場所からだった。あまりにも頻繁に聞かされているせいで聞こえるようになった、空耳かと思うほどだった。

 やがて、もう少し近い場所からと思われる呼子の音も届いてきた。一箇所からではない。初めて聞いたときは何が起こったのかと肝を冷やしたものだが、そんな現象にさえ俺は慣れっこになってきていた。魔鼠ベグダは、群れは作らないものの、互いが同調したような行動をとることが多いのだ。どこかで一匹が厩舎の中から叩き出されると、またどこか別な場所の鶏小屋の傍でほかの一匹が見つかるといった具合だ。

 もう一人、はしばみ(ギルズアイ)自警団の副団長であるノルアスさんも通りに出てきた。オルグさんに近づいて何やら言葉を交わし合ったが、こちらもまだ急ぐ風でもなく、腰に手を当てて呼子の音のする北の方角を眺めているだけだった。

 その時、北門のほうから将聖が走ってきた。

「市門を閉めてください!」

 将聖が叫んだ。もとよりオルグさんもそのつもりだったらしく、将聖に向かって頷いた。

「大丈夫だ。すぐに北門と東門を閉めさせる。今みんなを集めて、門の前で見張る奴と、外に魔鼠ベグダ狩りに出る奴を振り分けようと思っていたところだ。」

 ディフリューガル山脈を越える谷間の道は、メドーシェン市から北東の方角にある。魔鼠ベグダもその方角から市近郊の田園地帯に入り込んできていた。昼間は茂みの中に潜んでいるが、家畜を襲う魔鼠ベグダはあまり人間を恐れず、薄暗くなると人々が歩く道を自分たちの移動通路としても使ってくる。そうやって農家の敷地内や家畜小屋などにまで侵入してくるのだから、門を閉めるのは的確な判断だった。

 だが、将聖は首を振った。

「違います! 閉めるのは、西門です。」

 どういうことだ、と目で問いかけるオルグさんに、将聖はき込んだ。

「川です。川沿いに動いています。相手は大型です。」

「姿を見たのか?」

「いえ。まだ近くには来ていません。ですが、魔鼠ベグダの動きで分かるんです。魔鼠ベグダが用水路沿いに『避難』しています。」

 将聖はサティシュ川の方角を指し示した。

 サティシュ川はディフリューガル山脈の山裾に水源を発している、メドーシェン市民にとっては「母なる川」ともいうべき川だった。市の人たちはこの川を農業用水、生活用水を運んでくれる生命線ライフラインとして大切に管理するとともに、女神のような存在としてうやまってもいる。俺も森を彷徨さまよっているときに実際に見たことがあるが、山脈の裾を流れている間はごつごつとした狭い岩の間を走る細いすじに過ぎないサティシュ川も、メドーシェンに入る頃には水量を増し、深く緩やかな流れになっている。岸に緑が濃く、川沿いにたくさんの水車小屋や水門を持つ美しい姿に変容しており、別名「女神の川」と呼ばれるのもうなずけるのだった。そうして蛇行しながら市の北側を斜めに横切り、周辺の果樹園や畑を潤しながらゆっくりと南西へ下っていくのである。

「今日、俺は第三水門周辺の草刈りの仕事をしていました。あの辺りは地面が高いんで、周囲がよく見えたんです。最初に異変があったのは、トウヒの森の入り口です。呼子が鳴った場所よりもずっと川上なんです。」

 将聖は説明を続けた。

「鳥が一斉に飛び立って…。それから、第一水門と東の牧草地へ続く橋の周辺から、ほぼ同時に呼子が鳴りました。次がオーク樹の淵の辺りです。その後は、呼子の音は川沿いだけでなく、畑一帯に広がりましたが。つまり…。」

「つまり、トウヒの森で起きた異変が、川沿いに、枝とか牧草の束を広げたみたいに広がっている、ってことだな。」

 ノルアスさんが農夫らしい表現で将聖の後を引き取った。

「しかも、だいぶ広い範囲だ。魔鼠ベグダの奴らは仲間を平気でおとりに使うが、そんな動きじゃねえな。」

 将聖は頷いた。

 その主張は確かに憶測にすぎない。だが、筋は通っている。

 ――もし川を道標みちしるべに魔物が移動しているのだとしたら。

 俺は将聖の予測の先を理解した。

 サティシュ川が市に最接近するのは、市の西側を流れている時だ。しかも野菜から土を落としたり、洗濯をしたりする時に使われる桟橋は、西門から下ってすぐの場所にあった。毎日、俺も含めたかみさん連中が行き来するので、自然とその周辺は開けてもいる。もし西側の農地で働く人々が西門に殺到したなら、川沿いに南下している魔物に市の入り口を教えてやるようなものだ。

魔鼠ベグダ狩りは中止してください。それよりも西門を閉めて、外の西側の人たちを南門へ誘導して欲しいんです。お願いします!」

「…姿を見たわけじゃないんだろ? 呼子の合図も、大物が来たとは言っていない。」

 オルグさんは懐疑的だった。中型や大型の魔物が現れた時の呼子の合図は「ピーッ、ピーッ、ピーッ」という強い長音を、精一杯の音量で吹き鳴らすことになっている。

魔鼠ベグダが群れで現れたのは事実だ。事実なら、そっちの対応のほうが最優先だ。せめて市街地に近づかないように、畑から狩り出さなきゃならん。」

 将聖は俯いた。真面目な将聖は、こういう時、俺みたいに声を張り上げて言い募るなんて真似はできない。唇を噛み締めてただ頭を下げ続けるだけだ。そんな将聖に、俺がしてやれることはただ一つだった。俺は水桶を放り投げて二人に駆け寄った。

「オルグさん。将聖を信じてやってください。お願いします!」

 将聖の隣で頭を下げ、その姿勢のまま俺はオルグさんの長靴ちょうかに向かって懇願した。

「差し出口をしてすみませんっ。ですが、わたしと将聖は武器も持たずにディフリューガル山脈を越えてきました。途中、たくさんの魔物にも遭いました。でもメドーシェンに無事に着けたのは、将聖の判断力のお陰です。信じてやってください。お願いします!」

 俺はイザナリア式のお辞儀も忘れ、両手を太腿の両脇にぴたりとつけて九十度に頭を下げていた。まるで営業のサラリーマンか、任侠映画の下っ端だったが、実際、将聖のためなら土下座でも何でもするつもりだった。

「…分かった。信じよう。」

 頭上で深い溜息が聞こえた。

「ただし無事だと分かったら、魔鼠ベグダ駆除の罠の仕掛けや見回りは、ショーセ、お前にやらせるからな。」

 オルグさんはそう言ったが、辛辣な口調ではなかった。むしろ用心に越したことはないというように、気持ちが切り替わったようだ。

「『誰かの夢見が悪かった』なんて日に、それをバカにして放置していると、必ず悪いことが起きるもんだからな。西の連中は南の門へ回らせることにしよう。みんなにはそのように指示を出す。ショーセも先走るなよ。デカい魔物が来そうだって言うんなら、やり過ごすにせよ殺すにせよ、相応の準備が必要だからな。それに、最悪そのデカいのとやり合うことになったとしても、お前は最後に出す。先に弓を引ける奴を行かせるからな。」

 オルグさんは俺たちから離れ、徐々に集まってきたはしばみ(ギルズアイ)自警団のリーダー格の男たちに指示を出し始めた。

 将聖が俺の肩にぽん、と手を置いた。

「サンキュな、優希。」

「ユーアーウェルカムだっつの。…気をつけてな。」

「うん。」

 将聖は俺の肩に手を置いたままだったが、その目は北の方角から離れなかった。声音は落ち着いていたが、頬にはびりびりと緊張が走っている。

 ――ああ。

 俺は頷いた。

 オルグさんには黙っていたが、こいつは魔物が来ている気配をすでに感じ取っているのだ。

 怖がっているようには見えなかった。むしろ、剣道の大会直前の将聖が戻ってきたという感じだった。あの頃の将聖も、内側に青く静かな炎が燃えているような、それでいて、体中をすさまじい勢いでシナプスが駆け巡っているような、そんな矛盾した気配を漂わせていたのだ。

「ショーセ。そら。」

 ライナルさんが店から出てきて、ソイダーエという草の葉で巻いた包みを将聖に手渡した。

「今のうちに食っておけ。」

「ありがとうございます。」

 それは店頭に並べる端から売れてしまう店一番の人気メニュー、肉の煮込みのラップサンドだった。中の煮込みは寝かせて味をなじませるため、前の日に準備して煮込んでおく。いつもはその鍋に触れたらミアさんですら叱られるそうだが、今日は特別にそれを将聖に食わせてくれることにしたらしい。驚いている俺にウインクを残して、ライナルさんは店の中へ入っていった。

「あっ、ありがとうございます!」

 そのおごりは俺に向けてのサービスだったのだと気づいて、俺は慌ててその背中に頭を下げた。

 将聖はライナルさんの店先の階段に座り込むと、悠々とそれを食い始めた。お前は準備をしなくていいのか、と訊きそうになったが、不意に今夜、将聖は帰れないのだろうと理解した。少しでも体力を温存しようと、将聖はもうその場で休息を取ることに決めたようだ。一日屋外で働いた後の疲れ切った体で、将聖は自警団としての務めを果たしに出かけて行く。

「将聖。俺もひとっ走り、何か食いモン取ってくるわ。」

 市門の外で働く将聖は、仕事先へも呼子と山刀を必ず携帯していた。だから装備らしい装備も持たない将聖が必要なものは、もうその場に揃っていたのだ。

「悪い、優希。」

 将聖が、やや低い声で言う。やはり疲れていたんだな、と俺は思った。だが、もう「行くな」とは言えない。俺は水汲み用の天秤棒と桶をもう一度担ぎ上げると、ハノスさんの家までの道のりを精一杯のスピードで駆け出した。

 将聖の予想が正しかったことはすぐに証明された。俺がライナルさんの店の前で、将聖に弁当の入ったバッグを渡していると、すさまじい悲鳴を上げながら人々が北門になだれ込んできたのだ。彼らも直接魔物に襲われたわけではない。だが、トウヒの森付近で伐採済みの材木を川原に集めていた一団が何かに襲われ、働き盛りの男数名が動かなくなったという情報は、あっという間に市の北側の農耕地で働く人々の間を駆け抜けたのである。

 北門にたどり着いたのは、ほうぼうから聞こえる「川から離れろ!」と叫ぶ声を頼りに、迂回しながら走った人々だった。東門から入った者もいた。迂回路によっては、東門を目指したほうが近い場合もある。

 そういえば、さっきから呼子の音が途絶えていた。大型の魔物が現れた時の合図は決まっている。だが、市門の外にいる者たちに、大きな音を立てる危険は冒せなかったのだ。

「誘導は終わっていないのか? 早くしろ! 西門は閉める。ほかの門も急がせろ!」

 オルグさんははしばみ(ギルズアイ)自警団の団員の一人に一喝した。オルグさんは別な一人にも声をかけ、「連絡網」を使って至急ほかの自警団の団長へもこの知らせを伝えるように指示をした。この「連絡網」とは、市内で振り売りや徒弟奉公とていほうこうをしている少年たちのことだ。わずかな小遣いさえ渡してやれば、彼らは大人たちの手伝いを喜んでやってくれる。

 それから、オルグさんは将聖に振り返った。

「ショーセ! 行くぞ!」

「はい!」

 将聖が立ち上がった。



(※1: 地球世界アルウィンディアの六月。マヨルフィネはかまどの守護聖人。家内安全、災厄救済、縁結びなども司る。)



 初投稿から1年経ちました。

 未熟なまま舵を切り、不安なまま書きつないで、今日までやってきました。ともかくも、この日を迎えられたことを嬉しく思います。一方で、月1回の投稿を目標とし、それを明言しながら、なかなか約束が果たせないことに大変心苦しくも思っております。本当に申し訳ありません。

 物語をうまく展開させられなかったり、時にはただ浅はかな駄文を書き連ねているだけなのではと自己嫌悪したりして、思うように筆が進まない日があります。自分の力不足を反映したものと分かっていながら、一向にアクセス数が伸びないことに悩み、落ち込んでしまうこともあります。

 それでもブックマークなどしていただき「待っていてくださる方がいる」ということが励みになって、書き続ける力を得ています。本当にありがとうございます。

 これからも精進してまいります。どうぞよろしくお願い申し上げます。

(午前零時にご訪問くださる読者様へ。応援、届いております。本当にありがとうございます。頑張ります。)

 2021年6月14日(月) 陶子

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2021年5月31日(月)現在

アクセス数(累計)・・・PV:2969人、ユニーク:1385人

ブックマーク:11件


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