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閑話―王子ルートは○○ですか?(前編) side ジルベルト

俺の名はジルベルト、この国の第二王子だ。


第二王子として生まれはしたが、この国の王位継承条件に黒髪に限るとあるため、金髪の俺には継承権がない。


兄上の次に継承権を持つのは、初代国王の兄を祖に持つ大公家の者達。今代の大公家は大公を筆頭に彼の子達もみな黒髪だ。


まあ、一部から悪魔や魔王等と呼ばれている兄上に何かあるとは思えないので、継承権が有ろうが無かろうが俺の立場は変わらない。いずれ王となった兄上を支えるだけだ。


事実、俺の継承権がないことで問題になったのは、10歳の最初のお茶会を俺と大公家のフィリア嬢とどちらが開催するのかということだけだった。


この国では毎年10歳になる子ども達の内、一番上位の者がその年の最初にお茶会を開催することに決まっている。その為、継承権のない王子と継承権5位の大公令嬢と、どちらが上位になるかと揉めたのだ。


当時の俺は、勉強嫌いで身分制度も貴族の常識も理解していない愚か者だった。


最初のお茶会はフィリア嬢が開催することに決定し、不貞腐れた俺はそのお茶会を欠席した。それを知った父上は、早く俺のお茶会を開催しろと言ってきたが、そう言われれば言われるほど反抗し、結局俺がお茶会を開催したのは、もう11歳になろうかという頃だった。


お茶会では皆にちやほやされ、俺は有頂天になっていた。だから俺が誰からもお茶会に招待されていなかったと知った時は、滅茶苦茶腹が立った。俺を宥めようとする皆が、ちらほらとフィリア嬢に視線を送っているのに気付いた俺は、全てフィリア嬢の指示だったのだと思った。


フィリア嬢は俺の婚約者候補の筆頭だったが、兄上がフィリア嬢に惚れていることを知っていたので、フィリア嬢との婚約は絶対にするつもりはなかった。


浅はかにも俺は、フィリア嬢に恥をかかせたかったのと、婚約を回避する為に、フィリア嬢を詰り婚約を破棄すると宣言した。


結果、恥をかいたのは俺で、しかも兄上に勝手に婚約者を決められ、王宮の老朽化調査の為と言われて地下牢に入れられたのだ。


地下牢に入れられて数日後、王宮建築士の親方が修繕箇所を確認しに訪ねてきた。どうやら兄上はお仕置きと実務を兼ねて俺を地下牢に入れたらしい。


親方と話す内に建築士の仕事に興味を持った俺は、親方に無理をいい、髪を染め、兄上の目を盗んで牢を抜け出し、親方の後を付いて回った。


最初は王宮内で見学するだけだったが、何時しか貴族の館の工事現場で手伝いをさせてもらえるようになった。


手伝いは楽しかったが、俺はそこで貴族達が俺を残念王子、我儘王子と呼び、縁を結ぶ価値は無いと嘲笑っていることを知った。


ショックだった。いつも俺の機嫌を伺い、俺を褒め称えていた連中が、腹の中では俺を嘲笑っていたのだ。


連中の子も、お茶会では俺をちやほや持ち上げていたのに、変装して建築士見習いの格好をした俺は、下賤の者を見る目で蔑まれた。


変装を解いて「俺は王子なんだぞ」と怒鳴り付けたくなったが、そうすると「やはり残念王子」とますます嘲笑の対象になりそうだったので我慢した。


救いは、建築士達が俺に優しくしてくれたこと。それが王子の機嫌を損ねない為だったとしても、嬉しかった。


建築士達が優しくしてくれることに甘えて、俺は工事現場に入り浸るようになった。父上も兄上も俺が何をしているか気付いているのに何も言わなかった。


俺は家族にも要らない存在なのかと落ち込み、任される仕事が増えると、いっそ王子を辞めてこのまま建築士になろうかと割りと本気で考えていた。


そんなある日、サファイア公爵家の改修工事をおこなうことになった。


サファイア公爵家といえば、兄上に勝手に決められた婚約者のいる家だ。俺はどうせそいつも俺を馬鹿にして嘲笑っているだろう、いや、寧ろ王家を笠に着て傲慢に振る舞う嫌なやつに違いない、と思い込んでいた。


だが、実際に会ったエリザベスは俺の想像とは全く違う人物だった。


その日、俺は不注意から怪我をした。周りが慌てふためく中、俺の前に何処からともなく一人の少女が現れ、俺に治癒魔法をかけた。


少女がかけた治癒魔法は、今まで受けたどの治癒魔法とも違って、温かく優しく包まれ、心まで癒される感じがした。そして、腰まで伸びたふわふわの金の髪にサファイアブルーの瞳をした可憐な容姿の美少女を、俺の為に天使が舞い降りたのだと思った。


暫く俺の天使に見惚れていると、天使は満足の笑みを浮かべ、俺に怪我が治癒したことをにっこり笑顔で伝えてきた。


俺はその笑顔と鈴を転がすような声にすっかり心を奪われていた。天使にお礼を言いたいのに、心臓がドキドキして上手く言葉が出てこなかった。


そんな俺を訝しんだのか、コテンと首を傾げる天使が可愛くて、俺はさらに天使にメロメロになる。


やがて家令がやって来て、俺の天使を連れていってしまった。その時、家令が天使に「お嬢様」と呼びかけるのが聞こえた。


この家のお嬢様といえば一人しかいない。俺の婚約者のエリザベスだけだ。


天使は俺の婚約者なんだろうか。だとしたら、これほど喜ばしいことはないが、貴族の令嬢が工事現場に来るなどあり得ない。そう思うと、やはり婚約者とは別人な気もする。


何か確かめる術はないかと悶々としていると、翌日天使が俺を訪ねて来てくれた。前日、様子のおかしかった俺を、怪我が治っていないのではないかと心配してくれたのだ。


天使の優しさに感激しながらも、今日は侍女と護衛を伴っていることに、期待が高まる。


はやる気持ちを抑えて天使に名前を尋ねると、答えは俺の期待通り「エリザベス」で俺の婚約者で間違いなかった。


俺のエリザベスは想像していた人物とは違い、傲慢なところなど微塵もなかった。


彼女は貴族の令嬢らしくなく、けれども誰よりも気高く美しく、貴族の令嬢にふさわしい、不思議な人だった。


彼女は侍女が粗相をしても、注意は促すが、叱責することはない。


俺がいままで見てきた貴族の家では、大抵激しく叱責し時には罰も与えていた。もちろん俺もそうしてきた。


不思議に思い聞いてみると、「失敗は誰にでもあること。それを叱責したり、罪を犯した訳でもないのに罰を与えるのはおかしい」と返ってきた。


王子ではない建築士見習いの俺や建築士達に、蔑みの目を向けることもない。それどころか、建築士達に敬意を払う。「彼らのお陰で家が建つ。感謝こそすれ、蔑む理由がない」「身分が高いことは、誰かを蔑んでいい理由にならない」と言う。


彼女はたまに手作りのお菓子を差し入れてくれた。貴族の令嬢が厨房に入ることは、普通あり得ない。そう指摘すると、「だって、好きなんですもの」と恥ずかしそうに言われた時は、まるで自分に告白されたようで、胸がドキドキした。


そんな彼女は、この屋敷の皆から愛されていた。もちろん俺も彼女を知れば知るほど、彼女への愛が深まっていった。それと同時に不安も広がっていく。


彼女はもちろん公爵家からも、王子()と婚約している気配が感じられないのだ。


思い起こせば、俺達は婚約者としての交流を持ったことがない。俺は勝手に決められた婚約者に会うつもりはなかったし、公爵家からも面会の申し出がなかった。


彼女も他の貴族同様、心の中では王子()を嘲笑っているのだろうか?価値のない残念王子との婚約を嫌がっているのだろうか?


彼女の気持ちを知りたいが、知るのが怖い。彼女に拒絶されたら俺は生きていけないだろう。それほどまでに、俺は彼女を愛してしまっていた。


だが、彼女の言動や屈託のない笑顔を見ているうちに、俺は段々自分が恥ずかしくなってきた。


彼女が誰かを嘲笑う?あり得ないだろう。


貴族達が俺を嘲笑するのは何故だ?俺を価値のない人間にしたのは誰だ?全て俺自身がしたことではないのか?


俺は、勉強を嫌い、身分制度も貴族の常識も学ばず、耳障りの良い言葉だけを聞いて気に入らないことには癇癪を起こしてきた。今だって王子の義務を放棄して、自分を甘やかしてくれる所に逃げている。


彼女が俺との婚約を嫌がっているとしたら当然だ。こんな俺が彼女の隣に立つなんて烏滸がましい。婚約を破棄されたとしても不思議はない。


だけどエリザベス、俺は君を愛してしまったんだ。叶うことなら、君にふさわしい男になるまで、見捨てないで待っていてほしい。


この国のプロポーズでは女性を宝石、男性を宝石箱に例える。


きっと君という宝石に恥じない男になってみせる。だから俺を君の宝石箱にしてほしい。


そういう決意と願いを込めて別れの日、エリザベスに宝石箱を贈った。

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