19 Wait and see=様子見
データの移行が終わると瑞希は時計を確認しながら後片付けを始めた。
残り時間は十分、時間には余裕がある。ビルの外の情報はまだ入ってこないが月龍からもバンクオブメモリからも連絡がないのは大したことではないと推測した。
片づけを終え、残り時間を確認しようとスマートフォンを手にしたところで太一からの着信に気付く。
「カンブ先輩、今ビルの近くに止めたんですが、中に入れなさそうです」
「ん。何が起こってる?」
「それが、よくわからないんですが、警察の車が多くて。向かい側の銀行で何かあったみたいです」
それだけの情報では太一に自己判断での行動を任せることはまだできなかった。
「わかった。俺は大丈夫だからこっちから連絡あるまで離れて待機して。あとは通緒と連絡とって指示仰いで」
「・・・わかりました」
電話を切り時間を確認して瑞希はドアに向かう。
その頃太一のGPSを追って走っている車の中では、京が買っておいたスポーツドリンクで喉を潤し、隣に座る千尋と運転席の通緒のやり取りを頭の上にハテナを作りながら見つめていた。
「住所は一致するのか?」
「ノンタの居場所の近くってことは間違いないから何か関係あるのかも」
警察の出動情報を確認する千尋が異変に気付いたが誰一人まだ確信を得られていない状況だった。
月龍が今回使っているデータ保管場所の名前も住所も正確に通緒たちには伝えられていない。知っているのは瑞希から現在地情報を送られている太一だけだった。
「千尋さん、聞こえますか?」
三人の耳元に太一の声が入る。
呼ばれていないほうの先輩がため息を着いてそれに応じた。
「ノンタ、聞こえてるからカンブの位置情報送れ。あと、車止めたら降りて回り見てこい」
「カンブ先輩と僕の車の位置情報は今送りました。カンブ先輩はまだ月龍さん達と一緒にいるらしいので大丈夫みたいです」
千尋はすぐに送られてきた位置情報を確認し、適度な停車位置を探る。
「みっちゃん、目標からちょっと離れるけど路駐できそうなところがあるわ」
「OK. 案内頼む。ノンタ、できる限りカンブいるところの周りの状況詳細にな。・・・ノンタ?」
「わ、か、り、ま、し、た」
わざとらしく返事を返した太一に苛立つ余裕が今はなかった。
瑞希が警察に事情聴取なんていうことになれば、間違いなくナイトメアの失態になり、それは今後の立ち位置に確実に影響してくる。
「ちーちゃん、カンブに電話」
「今してるわ。でも出ないの」
「なにやってんだよ、アイツ」
「警察の情報はわかったわ。目標の向かいの銀行で強盗事件みたいね。犯人は立てこもってるみたいだけど、武器は刃物のみ。でも、街の中心街だから警察の出動量が多いのね。これで、月龍が狙われるようなことがあれば結構大変ね」
最悪の事態が想像される中、京はただ黙ってすれ違う車や通行人を見ていた。誰に言われるわけでもなく、ただ、見ているだけだった。
「二台目」
ボソッと呟いたその声は通緒たちの耳には届かなかった。
千尋が案内した場所は太一の止めた車から二百メートル程離れた場所だった。千尋を車に残し、通緒と京は最低限の装備で太一との合流を目指した。歩きながら太一からの情報を聞く。
近くまで行くと伝えられていた情報が視界に広がる。
警察の交通規制が敷かれており、銀行の前の道路が一丁分通行止めになっていた。周囲のビルの入り口は封鎖されている様子はないが、完全に車の出入りは禁止されている。
これでは月龍は勿論、瑞希を車で拾うのも無理だった。
通緒の視界に見覚えのある長髪が入った。京に太一と合流するように促し、通緒は道路を渡りその人物の背後に回る。
「Hey! Hachi! Did you get in touch with your owner? (ヘイ、ハチ公。ご主人様との連絡は取れたのか?)」
話しかけられた長髪はそう言った通緒を睨み、それからまた、現場に目を向ける。
「Don't ignore me, Fei Lon. Is he still in the building? I helped you. May I give you some information? (無視すんなって飛竜。月龍はまだあん中か?こっちだって一人貸してんだぜ?情報くらいくれたっていいだろ)」
名前を呼ばれた飛竜はため息を着いて仕方なく通緒に言葉を返した。
「Wait and see. (様子見だ)」
「Great. Is the robbery incident a camouflage? (そーかよ。強盗は、ごっこか?)」
「Who knows. The media has arrived. Instructed to wait until the incident settled down.(さぁな。マスコミがもう到着済みだ。こっちが落ち着くのを待てとの指示だ)」
「I see. (なるほどね)」
警察の通行止めの周りに数台のテレビ局のカメラと記者がすでに全国に向かってこの茶番劇を放送し始めている。
「How did it go? (首尾は?)」
その質問に飛竜は顔を曇らせ、数秒の間を置いてから答える。
「That house is under monitoring. A car entered the parking lot before the turmoil. The building has a total of six subordinates. I have a car behind the building. Wong-Rong has Xiao. (ビルの出入口は封鎖済みだ。騒ぎが起きる前、地下に一台入っている。ビル自体には合計六人、裏手に一台。王龍には小龍がついている)」
「How is Mizuki? (瑞希は?)」
「Beats me. (知らん)」
「What the...? What did you just say? Are they not together? (は?なんだよそれ。一緒じゃねーのかよ!)」
「みっちゃん先輩ッ!いたいたー」
舌打ちをした通緒の耳に京の生声が届く。
ニコニコ笑顔で手を振る完全に場の空気を読んでいない京と通緒の顔を全く見ようとしない太一が、道路を渡って小走りでかけてきていた。
通緒と飛竜から同時にため息が漏れる。
「でっかい声出すな。いったん千尋ちゃんのところに戻るぞ」
「え?カンブ先輩置いてって大丈夫なんスか?あ、飛竜さん、お久しぶりっス。あ、なるほど、理解したっス」
京は飛竜をみて安心したように敬礼をした。
瑞希のいるビルを見る太一の顔からはまだ不安の色が消えない。
「とりあえず、このままじゃ動けねーから、瑞希と連絡取れるまでこっちも待つしかない」
通緒は周囲の警察とマスコミの多さに目をやり二人にそう説明すると、飛竜に動きがあった時だけ連絡をくれるように言いつけさっさと元来た道へ踵を返した。
素直に後をついてくる京の後ろでまだ不満そうに口をつぐんだままの太一が気になったが、どのみち今できることはなかった。




