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裏切り勇者

『平和王』が死んでから、十五年後ー

とある大陸。魔王城の、光差す庭園。

「魔王様!危のうございます!早く木から降りて下さい!」

「だって、こいつが巣に帰らねぇと親が心配するじゃん!」

弱冠十六歳の魔王の手には、魔物の雛鳥が優しく包み込まれている。魔王は片手と両足で器用に木に登り、雛鳥の巣がある枝まで来た。

「ほいよっ、もう落ちるなよ」


「......あっ」

雛鳥を巣に帰した次の瞬間、魔王は足を滑らせ、地に向かって一直線に落ちていく。

ボヨンっ

「だから言ったのです......」

ため息混じりに、人の背丈ほどの大きさのスライムが呟く。

「はははっ。ありがとう、スライム」

「いえいえ、どういたしまして」

二人は話をしながら、城内へと戻っていった。

「魔王様ー!」

臣下の声と廊下を走る鎧の音が、後ろから魔王達の耳に届いた。

「なんだ、騒々しいな」

魔王の前まできた鎧騎士は、切らした息をすぐに整え、

「人です!人が流れ着きました!」

そう言った。驚愕の色が混じった大声で。


ー魔王城から数キロメートルの海岸ー

「確かに人ですね......」

スライムも、やはり信じられないといった様子だった。そこにいたのは、ぼろ布一枚を羽織った、魔王と同年代くらいの少年だった。

「早くこいつを城の医務室へ運べ!」

魔王の言葉に、スライムも鎧騎士も一瞬戸惑った。

「し、しかし魔王様......」

「人間だろうと、生きていることに変わりない!父上も人と魔物の共存を望んでいた。私もそうだから、こいつを助ける!」

「......そうですか。わかりました。メタルナイト、この子を私の背に乗せてください」

少年はスライムの柔らかな体にうずまり、そのまま運ばれた。


ー魔王城ー医務室ー

「ん、んぅ」

「魔王様、目を開けましたぞ」

「おぉ。おいお前、私のことが見えるか」

「......わわ!ま、魔物!」

「......」

「あれ?剣。俺の剣は!?」

「一応治療の邪魔だったのでな。こっちに避けたそうだ」

「治療? ......君達が、僕を助けてくれたの?」

「まぁ、そうなるな。俺は魔王。お前は?」

「......俺は勇者だ」

「!?」

「大丈夫、構えないで!さっきは僕も悪かったけど、治してくれた君達に剣は向けないから!」

「......その言葉は本物か?」

「命に賭けて誓うよ」

「......そうか、なら信じよう」

「な、魔王様!?」

「だって疑っても仕方ないだろ」

「魔王って、意外と良い奴なんだな。てっきり悪の限りを尽くす残虐非道な奴を想像してたよ」

「俺も昔話を聞いたときは、勇者なんて正義の名を借りて魔物の一族を滅ぼす大悪党だと思っていたぞ」

「ははっ。何か俺たち、気が合いそうだな」

「俺もそう思う」

笑い声が、医務室内で響く。

「しばらくは安静にしていろ。詮索はそれからだ」

「そうしてくれると、俺もありがたい」


ー二日後ー医務室ー

「じゃあ、事情を話してもらう。何であそこに流れ着いた?」

「分からない。俺はただ、ネーレ大陸沿岸で悪さをする魔物を、仲間達と手分けして討伐していたんだ。そしたらいきなり気を失って、気付いたらここに」

「ネーレ、隣の大陸か。ここへの海路は渦潮とリヴァイア達のせいで絶たれているはずなんだが......」

「あるとすれば......」

「ん? スライム、心当たりがあるのか?」

「父の話なので定かではないですが、十五年前人間の進行を受けたときは、リヴァイアが数体やられて、その部分の渦潮がなくなり海路が開けた、と。リヴァイアサンから先程話を聞いてきましたが、今回勇者が見つかった海域のリヴァイアが一体、沖で死んでいたそうです」

「なるほど、意図的な犯行か......。勇者、お前はどうしたい? ここから出ることも出来るが」

「俺はどっちかってーと、ここに残っときたいかな。仲間達には悪いけど、今出て行って、また何かされないとも限らない」

「随分と保守的な勇者だな」

「安全が第一さ」

「ははっ、なるほどな。ならここに残れ。一人分食料が増えても、ここの豊かな自然ならどうってことない」

「感謝するよ、魔王」

会話が一段落すると、勇者はなにか思い付いたように魔王に呼び掛ける。

「なあ魔王、君は剣術を心得ているかい?」

「いや、俺は剣術はからっきしなんだ。魔術なら得意なのだがな」

「俺は魔術が苦手なんだ。......なぁ、お互い教え合いしないか?」

「おお、いいな。やろうやろう」

それから、勇者は剣を、魔王は魔術を、それぞれに教えあうようになった。

「ここは逆手に持ち替えて」

「こうか?」

「そうそう、その調子」


「そのタイミングで風の術式を付加発動出来るか?」

「んぐぐぐ。......できた!出来たよ魔王!」

「やったな勇者!お前はなかなか筋が良いぞ」



そうして月日は過ぎていった。


ー勇者の漂着から季節が一回りした頃ー

「人間の大船団です! リヴァイア死傷二十五体!」

「まずいぞ魔王。あれは国王直属の神羅騎士団だ」

「それほど強いのか、あれらは」

「一人がドラゴン一体分か、それ以上の強さを持っている」

「な...!! それがあの数いるのか!?」

「ああ、だから魔王は逃げてくれ。

......俺と共に足止めを買って出る者は、名乗りを上げよ! 選定は私がする!」

「そんなことできるか! お前と共に私も」

「馬鹿言うな! お前が死んだら嫁さんどうすんだ! 魔族を引っ張っていく奴もいなくなんだろうが! お前も十七ならけじめ付けろ!」

「でも、だからって」

「っせぇな! 場違いなんだよおめぇは! さっさとどっか行け!」

「......」

「お前が出来ねぇなら、俺がやる」

「ま、待......」

「転送『ランド』」

ーシュンッー

「ふぅ、よし。戦わない者は奥でプリースト達と一緒に魔法陣で移動してくれ!......残りは応戦する。でも、絶対人を殺すな! これは魔王の願いだ!」

オォォォォォォ


神羅騎士団は魔王城近くの岸から上陸する槍剣兵と、中距離から魔法支援する魔術師に二分されていた。魔王・勇者軍も悪魔隊や龍隊に分かれ応戦した。

「ゆ、勇者様! 何故ここに!?」

言葉を口にしながら、兵士は剣を振り下ろす。

「流れ着いた! そしてこの人達の良さを知った! 魔族は悪い奴らじゃない! だから退いてくれ!」

「勇者様......。この者達に幻惑を見させられているのですね」

「違う! これは事実だ!」

「いいのです。悪いのは魔物ですから!」

「......『ウィンディル・ホーン』」

「な、何だ!? 体が浮いて...うぁぁ!」

「大丈夫、船に戻るだけだ!」

「.....勇者め」

「!?」


「......今のは、聞き違い、か?」

「「「勇者!」」」

「え!? お前達、どうしてここに!?」

「一年前から探しても見つからなくて」

「そうよ! それでこの前、騎士団の団長さんが、密に兵士を募るって言ってて」

「そこに勇者がいるかもって聞いたから、皆で相談して来ることにしたんだ」

「そうか、お前達ありがとう! 今はゆっくり話す時間はない。さぁ手を貸して......」

「何言ってるの? あなたはこちらの人間でしょ?」

「何でそっちにいるんだよ。こっちに戻って来てよ」

「魔物を倒して、一緒に帰ろう」

「......お前達まで......」

「......駄目なら殺す」

「な、なんだと!?」

仲間達の目に、先ほどまでの光はない。

「くっ、やめろ!やめてくれ!」

「......」

「......」

「......」

「仕方ないか、骨をいくつか折るけど、勘弁してくれ。......『ニーア・ヴォルテクス』」

勇者の足に青白い電光が見える。

「『ウィンディル・ギャザー』」

勇者の仲間三人が、風で一カ所に集められる。それと同時に勇者は光の如き速さで、仲間達を挟んで海側の壁が見える位置に移動した。右腕を前に突き出し、左手で腕を支える。

「『パウンド・......インパクト』!」

右手の平から魔法陣が発生し、前方に向かって衝撃波が打ち出される。仲間達はもろにソレを受けて、壁を突き抜けて遠くまで飛んでいった。


仲間達を追い返した後も戦いは長引き、次第に勇者側の戦況は悪化していった。

「ぐあっ」

「メフィスタドール!」

「うぐっ」

「ガーゴイル!くそ、相手が多すぎる......」

「はは、困っているようだね」

後ろから、聞き慣れた声が聞こえる。

「魔王!」

「皆の安全を確認したから、応援に来たぞ。さあ、奴らを打ち払おうぞ!」

「......」

「どうした?勇者」

「ああ、そうだな......『ロックン・ロック』!」

城の床石が腕の形になり、魔王を握り潰そうとする。

「『ファイエル・ブラスト』」

石の腕は魔法の詠唱と共に消し炭と化した。

「よくぞ見破りましたね、私の擬態魔法を」

「魔王が打ち払うなんて言葉、使うわけねぇだろう、馬鹿」

「ふはは、馬鹿ですか」

魔王の姿は見る見る変わっていき、ローブ姿の中年になった。

「あなたをここに送り出したのに、まんまと魔王と仲良くなったんですね」

「......騎士団の団長を操ったのもお前か」

「ふふふ、あの家系は昔、同じようなことをしていますからね」

「この......」

「ん?なんです?」

「このくそやろうが!」

腰に携えた剣を引き抜き、勇者はローブ男に猛進していく。

「ご挨拶が遅れました。私、ゼーネフ・ヴェルギガルといいます」

次々と繰り出される剣撃をかわしながら、ゼーネフは語っていく。

「あなたほど単調な頭ならもしや、と思ったのですが、裏目に出ましたね」

「お前は、何故魔王を襲う!」

「三十年前、魔王に両親を殺されたからですよ」

「......!!」

「『インパクト』」

「っ、くっ!」

勇者とゼーネフとの距離が開いた。

「二代前の魔王ですがね。こいつは最悪の魔王でしたよ。その子供からは、だいぶ弱くなりましたね」

「違う! 魔王達は、俺たちとの共存を」

「共存? 魔物の方が平民より強いのに?」

「だからこそ、力仕事はあいつらがやって、細かい作業は人間で」

「ふん。そんなこと出来ませんよ。どうせ何か不備があったときは、私達の方が弱いのですから」

「魔王は俺たちの側に立って考えている! 俺たちも」

「魔物の立場に立って考えろと? これまでの歴史で、大量の人間を殺してきたあいつらの立場で」

「俺達も魔物達を殺したじゃないか!」

「魔物は心がないからいいんですよ」

「あいつらにだって心はある!」

「ないですよ。あればあんな......八つ裂きにされたりしなかった」

「......恨みがあるのは分かる。だけど」

「あなたに分かるはずがない。勇者の家系に生まれ、英雄となる運命にある、あなたに」

「......話をしても、無駄みたいだな」

「そうですね。私は、あなたを観に来ただけですから、これでおいとまさせていただきます。......あなたを消して、ね」

「させっかよ!『フローザ・レイ』!」

超低温の氷線が、ゼーネフに向けられる。

「『エント・ボーラ』」

ゼーネフが目の前に作り出した火球が、氷線を飲み込んでいく。

「『ヴォルテクス』!」

電光石火の速さで距離を詰めた勇者は、勢いよく剣を振り上げる。

「残念」

ゼーネフの体はその場で霧散し、瞬時に一兵士が出てきた。勇者はこらえようとするが、剣は無情にも勢いを弱めない。

ザシュッー

手に伝わる気持ち悪く柔らかい感触と、赤い鮮血が目に飛び込んでくる。

勇者は剣を握る力も失い跪いた。

「どうです。罪のない者を切った感覚は」

勇者はその言葉を、意味を解さないまま聞くしかなかった。

「言葉も出ませんか。なら、そのまま死んでください」

ゼーネフが、地面から離れる音がした。

「消えて無くなれ

『ヴォルガ・インフェルノ』」

その詠唱と共に魔王城は火の海に包まれた。まだ魔王城の中には、兵士達も残っていたのに。


ゼーネフは言葉通り、それ以上魔王を追わずに、帰って行った。その一因には、船団の八割が負傷したことも含まれていただろう。




魔王が魔王城跡に赴いたときには、勇者の消し炭も、残っていなかった。


多少の歪曲を経てその事件が語られた後、王都では、今代の勇者のことを『裏切り勇者』と呼ぶようになった。

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