その後のお話
以下4話からなる詰め合わせです。
・門番さんどんまいっ、の巻
・奥様がんばっ、の巻
・メイドさんがんばっ、の巻
・旦那様がん、ば? の巻
【門番さんどんまいっ、の巻】
「賭けの勝者は執事さんだった」
右に立つ門番が零せば、左の門番が「あー。賭けの賞品ってなんだっけ?」と首を傾げる。
「ん? 『二人でドキドキ★温泉旅行』の権利」
「……。長い一ヶ月だったもんな」
ネーミングには一切突っ込まず、左の門番はわけ知り顔でうんうんと頷いた。多分名付けたのはメイドだ。
それにしても本当に長い一ヶ月だった。ご領主は目が死んでるわ負のオーラ放ってるわ病むわ屋敷改造するわ。屋敷改造で割りを食ったのは室内組(執事、メイド)なので、まあいいとして。
「執事さんは、奥さんと行くのかな」
「だろうな」
「いいな。俺も奥さん欲しい」
「俺もだよ」
はあ、と左右の門番は、同時にため息を吐いた。
「試合に負けて、勝負にも負けた気分だ」
「右に同じく。でもそれ普通じゃね?」
確かにな。と右の門番は頷く。
それからすぐに、この状況にピッタリな言葉を思い出した。
「泣きっ面に蜂、てことだ」
「だなー」
ずうーん、と大きく肩を落とした門番が思い出したのは、ますます自分の首を絞めることであった。
「なあ、もし温泉旅行当たってたとしても、俺ら、誰と一緒に行ってたんだろう」
「……男二人で行くか?」
「……うげ」
その日、アッカーソン家の門は、見た者が入るのを躊躇するような、おどろおどろしい空気を放っていたそうな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【奥様がんばっ、の巻】
旦那様と奥様は、実に絶妙な夫婦だと、メイドは思う。
一歩間違えば何が起こるか分からない綱の上を平然と歩く妻と、落ちてこないかなーと思いながらもなんやかんやで落ちないように手助けする夫の図だ。
自分だったら、どちらの立場も御免である。めんどくさい。
おおよそ人生で最大級であろう綱を無事に渡り終えた奥様は、きっとそんな綱渡りをしたことにだって気付いていない。
ただ、気付くことは気付く。
「しばらく見ない間に、私のお部屋、少し変わったみたいなの」
ドキッ、としながら、誤魔化しに掛かる。
「えーそうですかぁ? どの辺りが?」
「そうね。鍵が外から掛けられるようになったことと、窓に鉄格子が付いたことかしら」
「…………」
そりゃあ、流石に気付くよな。
しかし真に恐ろしいのは奥様である。これだけあからさまに逃亡防止、もとい監禁準備を進められているのに、そこに気付いていないのだ。
「特にあの鉄格子なんて、センスが無いと思わない? お部屋のイメージにも合わないし、せっかく綺麗な朝日が眺められたのに、あれの所為でじっくり見れないの」
殿方ってだから駄目なのよ、と続いた言葉に、ソウデスネ、と返しておいた。そういう問題ではないと思います、と言うのは心の中だけに留めておく。
「旦那様に相談されてはどうでしょ」
「相談したけど、あれは外せないって仰るの。自分の部屋には付いていないから、朝日が見たいならこっちに来ればいいって。でもそういうことじゃないでしょう?」
ぷりぷり怒りながら頰を膨らます奥様は大変に可愛らしいと思う。いろんな意味で。
奥様は、次の綱を上手に渡れるのだろうか。……渡ってしまいそうだ。
縦縞模様の光が、部屋に差し込む。
じわじわきてるな、と思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【メイドさんがんばっ、の巻】
──これは戦いである。
「ねえ執事さまぁ、うちって屋敷の規模の割に召使いの数が少ないですよねぇ」
「そうですね。旦那様が、自分に色目を使う輩は奥様に危害を加える危険性があるからと、一掃しましたから。その後もお眼鏡に適う者はなかなか現れず……」
「でもでも、ご存知ですかぁ? あの改装事件でワタシたちの仕事増えてるんですよぉ。地下の部屋、廊下、奥様の部屋と、その他諸々。特に地下室なんて、変なものがたーくさんあるから、みんな触りたくないと言ってるんですぅ。でも旦那様がイザって時に汚れてたら困るとかワガママ仰るしぃ」
「世知辛い世の中ですからね」
「ですよねぇ。……──でももう少しお給金増えても良いと思いません?」
「…………」
「…………」
両者は、にっこりと笑い合った。
「おいなんだアレ」
右の門番に声を掛けられ、左の門番も目を向ける。二人揃って職務放棄した訳であるが、咎める者は誰もいない。
二人の視線の先では、ものすっごいスピードで歩く執事とメイド。
笑顔の執事を、笑顔のメイドが追う形だ。時折立ち止まり、互いに牽制するようにジリジリとした視線をぶつけ合っている。
「メイドさん、執事さんに鞍替えしたのか?」
「馬鹿、あの目を見ろ。まるで狩人、いやハイエナだ」
笑顔の上に乗る目には、ギラギラとした欲望がちらついている。
「……見なかったことにするか」
「……だな」
門番二人は、巻き込まれることを恐れ、大人しく自分の業務に戻るのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【旦那様がん、ば? の巻】
「旦那様、ユージン様!」
エイダの自室で寛いでいたユージンを、彼女は、じいいいいいい、と穴が開くくらい見つめ始めた。間違い探しをしている子供のような真剣さだ。
いやーな予感がするなー、と思いながらユージンは真顔で「なんだ?」と訊ねた。
「旦那様は、……人間、ですか?」
「は?」
まさか人外ではないかと疑われている!? 予想外の事態に、ぎょっとする。
「それともカワウソですか?」
「何故選択肢が人間かカワウソなんだ」
またどっかで余計なものを読んだな。どこで仕入れた情報だ。比較的被害が少なそうなものであることに安堵しながら──前回のような心臓が縮むような思いは、もう御免だ──「エイダ、俺は人間だ。100%きっかり人間だ」と断言した。真面目な顔をしたエイダは、深刻そうに「リンゴジュースが飲みたい……」と言い出した。どこで思考を切り替えたのだろう。100%あたりだろうか。
「で、誰が俺がカワウソだと言った?」
いかにリンゴジュースが美味しいか、という話をぶった切り質問すると、特に不満顔もせず、ごくごく自然に元の会話に戻ってきた。このあたりはいっそ才能ではないかと思う。あるいはただ鳥頭なだけなのか。
「城下町の子供ですわ。ご領主様がカワウソで好きだ、と」
……本当だろうか。
疑いしか持てないのだが。
「リア様も、ユージン様はしばらく前からカワウソだったわね、と仰っておりましたし」
リア──母ベデリアは、おそらく受け答えが面倒になってそんなことを言ったのだろう。母も面倒なことをしてくれた。この娘は最初にハッキリ否定しないと刷り込みのようにそれを信じるのだ。そういう面だけ無駄に記憶力が良いのである。
(落ち着け、俺。このくらいの困難、これまでだっていくつも乗り越えてきただろう。大体、カワウソだと思われたところで何も障害は、)
にまにまと嬉しそうな声が、その考えを否定した。
「旦那様がカワウソだったら、お魚を獲ってきたら喜んでくださるわよね」
「………………」
ユージンの脳裏に、魚を獲るのだと言いながら川に突撃し、足を滑らせて転ぶ光景が浮かんだ。道具を持ったパターンは想像したくない。エグイことになっている妻を想像して悦ぶほど腐った性根はしていないつもりだ。
どうせ怪我をするのなら、自分の腕の中にして欲しい。自分が与える傷と、なにものかによって与えられる傷は、天と地ほど差があるのである。自分なら絶妙なところで手加減もできる。
むくむくと沸き上がる欲望を押し隠し、「何度も言うが俺はカワウソではない」ときっぱり否定する。
「そう、なのですか。旦那様と二人で川に行けると思ったのに、……残念です」
しょぼんとするエイダに、少しの違和感を覚え「ん?」と首を捻る。きゅうっと掴んだ服に皺を作りながら、例の文鎮 ──以前にユージンが彼女に贈った、エイダが怪我をしないものを、と考えに考え抜いて選んだ一品だ──をちらちらと見ている。
あーそういうことか、とユージンは察した。なんでこういう時だけ直球ではないのだろうか、と呆れ果てながら。
いくら馬鹿でも、夫がカワウソだと本当に信じている訳は無い。
元々、妻とは冗談を交わすことだってあった。ただ境界を注意していないと、気付かぬうちに向こう側に渡っていることがあるのだけれども。
つまり、今回のこれは、──んん、と咳払いをする。俯くエイダの顎をクイと持ち上げれば、気丈に泣くことを堪えた瞳とかち合う。瞬間的に目を逸らしたくなる自分を叱咤し、慎重に言葉を紡ぐ。
「その、なんだ、俺はカワウソじゃないんだが、……川は好きだからな、次の週末にでも、一緒に行く、か?」
天真爛漫さをそのまま表すような大きな瞳が見開かれたかと思えば、柔らかく細まった。
「はい! ユージン様と川遊び……えへへ、楽しみです」
彼女に尻尾が付いていたら、ぶんぶん振っている状態だろう。悪くないな、と思いながら、頭を後ろに手を回して引き寄せる。触れ合った唇から、熱が伝わる。徐々に深めていけば、ことこの方面には全く慣れない妻は、けれど恐る恐るユージンの背中に手を回した。
自分に尻尾が付いていたら、これもまたぶんぶんと横に揺れているのだろう。
(付いていなくて良かった)
名残惜しいと思いながら口付けを止め、もういっぱいいっぱいです、と顔に書いてあるエイダを抱き締めた。彼女は安心したようにユージンに身体を擦り寄せる。続きは週末にしよう、と心に決めると、尻尾がより震えた。
以上、本編後のごたごたでした。