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過去話(3)

 エランはふと覚ますと、ベットの上に自分はいた。

 そしてすぐ傍に人の気配を感じて振り返ると、底にはきれいな流れる黒髪をした人が、ベットに顔を預けて床に座り込んでいるようだった。

 あたかもエランを看病している途中で眠っていたその様子に、エランはどきどきしてしまう。

 そして、ここに来る前の最後を思い出して……この人が、東の神、ディアである事に気づく。

 そこでエランは自分の目的を思い出して暗い気持ちになる。

 最後に残った神であり、一番優しく温厚だと言われているこの東の神、ディア。

 それを自分はこれから……。


 けれど同時に、この人が欲しいとエランは思う。

 成功すれば、かの美姫を嫁に娶る事が出来るが、そんな遠くで見ただけの彼女よりもずっと彼のほうが美しくて、差し伸べてくれた手も声も優しくて……自分のものにしてしまいたい。

 そう考えれば、ゆっくりとこの機会に目的と称して彼を口説くのも手だよなと、エランは希望を見出す。

 そもそも美姫っを娶らせてやろうというのだから、拒めば良いだけなのだから。

 と、綺麗なその人の瞼が小さく揺れて、ゆっくりと瞳が開かれる。

 鮮やかな赤い瞳。

 生命の色とも言えるその吸い込まれそうな赤に、自分の顔が映っている事にエランは胸が高鳴る。

 そんな彼は、エランが自分を見ている事に気づくと、かあっと頬を染めた。

 その様子にエランは、よし、脈あり! と思っていたのだが、そこで、


「もう、大丈夫か? どこか痛い所はあるか?」


 心配そうに訪ねてくる。

 声も鈴のような美声だと思いながら、その人にエランは微笑み、


「ええ、大丈夫です。助けていただきありがとうございました」

「いや……友人が怪我をさせてすまない。昔はあいつも人間が大好きだったのだが……」

「仕方がありません。我々のした事を思えば、当然です」

「すまない……」

「貴方が謝る事ではありません、ディア様」


 そう手を握れば、ディアは更に顔を赤くする。そこで、


「ディア様、人間は起きましたか……人間、ディア様の手を握るとはになごとか!」


 白髪の美形の男が現れて、怒ったようにエランに言う。

 誰だこの美形、まさかこのディアの恋人かなとエランが戦々恐々としていると、


「フィス、そんないい方をするな!」

「ですがディア様、どうせこの人間もディア様の魔法を奪いに来て、またこれまでの人間たちと同じように捨てるに決まっています!」

「……そんな事は知っているし、それにもう魔法は与えない。だからフィス、安心しろ」

「しかし……」

「私が頼りないからお前には心配ばかりかける、すまない。でもこれからはお前も結婚したばかりなのだし、しっかりしようと思う」

「ディア様……」


 何処か感動したような美形の男だが、エランは今の話から、彼が結婚していて恋人ではないと知る。

 つまりまだディアはフリーなのだ。

 そこでディアがエランの方を振り返り、


「彼はフィス、私の眷属の竜の若き長だ」

「ディア様、人間なんかに自己紹介する必要はありません。どうせここをすぐ追い出すつもりですから。また騙してディア様を傷つけるだけですしね」


 そう睨み付けて来る彼に、ここでどう取り繕っても嘘にしか聞こえないよな、とエランは気づいて、だから、


「確かに俺は、ディア様の力を貰いに来ました」


 その言葉にディアの表情が陰る。

 そしてそれ見た事かと敵対心を露にするフィス。けれど、相変わらずエランはディアの手を握ったままで、真っ直ぐにディアを見つめて、


「……貴方を好きになりました。だから暫くここで口説くことにします」


 にっこりと微笑む選んだがそこでフィスが怒っているのに対して、ディアが首をかしげる。


「口説く、とはなんだ?」

「……さあ、どう意味でしょうね、ディア様。そしてそこの人間、ちょっと二人っきりで話させてもらおうか」


 フィスが表情を険しくして、ディアをその部屋から追い出した。

 ディアがエランに怪我をさせるなよ、と念を押して部屋を出て行くのを見届けるエラン。

 何が起こっているんだとエランが思っていると、二人っきりになってから、険しい表情のフィスがエランを苦々しそうに見てから、


「ディア様は、そういった性の知識や恋愛感情に元から疎い。そして、それからは我々が遠ざけている、何故だか分るか? 人間」

「? さあ」

「お前達人間と恋に落ちて、我等が神々は結果として取り返しの付かない傷を心に背負い魔王化しているからだ!」

「そうか。だがそれがどうかしたか? 俺は確かに目的もあるが、一目惚れしたし」

「出て行け」

「嫌だ」

「魔物の餌にするぞ」

「お前達の大好きなディア様に言いつけるぞ?」


 そこでぐうっと、フィスが呻く。

 そしてフィスが何か言おうとすると、エランは悪い笑みを浮かべて大きな声で、


「ディア様、フィスが!」

「何かしたのか!」


 ドアの外で中をずっと伺っていたらしいディアがすぐにやってきて、


「エラン、フィスに何か……」

「俺、暫くここにいたいのですが、ご迷惑ですか!」

「ええ! そ、それは良い。うん、ぜひいて欲しい!」


 顔を赤くして、首を縦に振るディアにエランはにやりと笑いフィスを見る。

 フィスは渋い顔をしてエランを見るも、ディアの手前何もいえない。

 そうやってフィスを巻いたエランは、ディアの自覚のないささやかな恋心もあってか、この神殿に暫く住み着く事に決まったのだった。

 

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