嫌な予感
「客?」
朝食を食べ終わり、少し休憩を取っていたエリオットは、宿の女将さんに告げられたその言葉に首をかしげる。
会いに来る客というのが良く分らない。
この場所は比較的に安全で魔物もそれほど出没しないので、討伐を勇者としてのエリオットに頼みに来た、というのもおかしい。
かといってエリオットを呼び戻しに来たのなら、使者なり何なりと言うはずである。
そしてディアであれば客ではない。
そもそも目の前に現れて、エリオットに抱きつくはずなので違う。
誰だろうと少し考えてエリオットは、とりあえずあって見る事にした。
「本当に茶色い髪の、美人さんな女の子で……」
その一言にエリオットは嫌な予感がした。
髪の色に、身に覚えがあるからだ。
だが、そんな人間一杯いるし彼女と決まったわけではないとエリオットは思いながら階段を下りていって……その予感が的中した事を悟った。
悟った瞬間、エリオットは逃げ出そうとしたが、すでに彼女にはエリオットが見えていたわけで。
「やっほー、エリオット、久しぶり」
「……何しに来た」
「その言い草は酷くない? 久しぶりに会った幼馴染なんだし」
「……お前が俺に、何をしたかわかっているのか?」
「あの時は悪いことしたなって思うの。ごめんなさい」
しゅんとしたように俯く彼女に、エリオットはそれ以上言えなくなる。
そう、昔からエリオットは彼女に弱かった。
けれど今はもう、昔とは違って彼女との関係に未練はないし、自分には別の好きな相手であるディアがいる。
だから、そんな彼女を押しのけるようにエリオットは、
「帰ってくれ。話す事は何もない」
「ええー、せっかくだしもう少しエリオットとお話したいな。いい事してあげてもいいんだよ?」
「……断るから、もう帰ってくれ。頼むから」
「エリオット、そんなに私の事嫌い?」
じっと潤んだ目で見られて、エリオットは、はうっとなってしまう。
小動物のような仕草で、昔からこうやってお願いされる事にエリオットはとてもとても弱かった。
そこで、カミルとソラが降りてきて……カミルの目が冷たく細まり、その表情は魔王のもので、
「……また茶色の髪か。ふん、まあお前はその程度の薄情な……むぎゅ」
冷たく言い放とうとしたカミルである魔王は、ソラにぎゅっと抱きしめられる。
そしてそのままソラに頭を撫ぜられて、幸せそうにとろんとして目を閉じる。
ちなみに目の前の彼女の事でエリオットは精一杯だったので、その言動どころか、二人の存在にすらまったくエリオットは気づいていなかった。
そしてソラがカミルである魔王をなだめて完全に沈静化した頃に降りてきて、ぽんぽんとエリオットの肩を叩く。
驚いたように振り替えるエリオットは二人だと気づいて、困ったような顔をする。
「ソラにカミルか……」
「そっちの可愛い子、誰?」
面白そうににこにこ笑っているカミルだが、冷や汗が一筋垂れていた。
なんとなく嫌な予感がしたからだ。
そしてそんなカミルにエリオットはどう答えようかと悩んでいるの、彼女はにっこりと笑いカミルに、
「はじめまして、エリオットの幼馴染のエミです!」
そう、元気良く彼女は答え、カミルたちは凍りついたのだった。
結局部屋にエミは来て貰う事になったのだが。
「でね、あっちのリアネーゼ君、人使い荒いし魔族の攻撃は酷いしで、皆戦闘のどさくさに紛れて逃げちゃって。一応全滅やら死亡したってことで人員補充しているんだけれど、すぐにみんな音を上げちゃって。しかもなんだか、西の魔王にリアネーゼ君気に入られちゃって……まあ、今の所激しい戦闘の割りに、死者ゼロなんだよね。このクッキー、おいしいわぁ」
遠慮なくパクパクとクッキーを食べるミア。
そして脅威の実態を語ってくれた彼女に、エリオットは頭を抱えたい衝動に駆られながらもそれを必死で押さえながら、
「それで、エミも逃げたのか? あいつが好きじゃなかったのか?」
「ん? エミは、エミに良い思いさせてくれる人が好きなの。リアネーゼ君、イライラしてて最近つまらないから、エリオットくんの方でいいかなって」
にこっと笑うエミに、エリオットは頭痛がした。
こんな彼女への未練で俺は引きこもっていたんだろうかと、エリオットは絶望的な気持ちに苛まれながら今までの事を思い出して……そういえばエミはこんな性格だったと、悲しく理解した。
そこで、エミがエリオットに近づいて、手を伸ばして抱きつくような格好で、
「エリオットくん、私、エリオットくんの彼女になりたいな?」
甘えるようにエリオットに告げるエミ。
その女の子らしい仕草と長年の気づかぬうちにしつけられた性格から、エリオットは頷きそうになって慌てて自分を抑える。
そうすると、更にエミがエリオットに近づいてきて……そこで焦ったようにディアが現れた。
そしてすぐにきっとした表情になり、
「……エリオットに手を出すな、小娘。それと、エリオットもでれでれするな」
そう、告げたのだった。




