悪魔の誘惑
勇者エリオットはすうすうと穏やかな寝息を立てるディアに、もしもの事を考えてフードをかぶせる。
こうするとほんの少し前髪が押されて、瞳の色が見えにくくなるからだ。
けれどその安心しきっている魔王ディアその様子に、エリオットはくらっと来る。
確かにディアは綺麗だし、どこか可愛らしい部分がある。
だが、確かに見かけにも惚れてしまったのだが、エリオットの心を一番掴んで放さないのはその中身なのだ。
このまま自分のものにしてしまえれば、どれほど良いだろうと考えて、エリオットは我慢する。
先ほどの発言といい、余裕といい、おそらくはディアの方がまだ強い。
そしてこの旅は自身を鍛えるには都合がいい。
そうすればきっと、いつかディアを打ち倒す事ができるだろう。
だから。
だから、今は、我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢。
そう、いつまでも動き出そうとしないエリオットの肩を、軽くカミルが叩いた。
「そろそろ移動しようよ。荷馬車のおじさんも困っているし」
「ああ、そうだな……そうだな」
そこでエリオットが顔を上げた。
そのエリオットの表情を見て、カミルが引きつりながら、
「……ディアが好き過ぎるのはいいけれど、ほどほどにしないと逃げられちゃうぞ?」
「ええ!」
「……ほら、運命の赤い糸で結ばれるのは良いけれど、その糸でぐるぐる巻きにされて動けなくされたら嫌でしょ? ロープでぐるぐる巻きにされているみたいで」
「確かに嫌だな。そうか……嫌われたくないからやめる」
「そうそう、ほら、早くディアを連れてきて降りて」
急かされて、エリオットはディアを抱き上げる。
その体重が思いの他軽くて、柔らかくて、エリオットはどきりとしてしまう。
そういえば背も、エリオットの方が高かった。
そこでディアの顔が、エリオットの方に向く。
エリオットは、色々な意味で……死んでしまいそうだった。
そんな初心な様子のエリオットに、荷馬車のおじさんは困ったように、
「……彼女が大好きなのは分るが、早く降りてくれないかね。こっちも仕事があるんだ」
「あ、は、はい……」
そう、エリオットはディアを抱えたまま、馬車から飛び降りたのだった。
この町のガイドブックを手にしたソラが格安との宿を探してきた。しかし、
「二人用のベットがある部屋二つしか空いていないって……」
「この時間だとこんなものですよ。どうしますか?」
宿の店主に言われてしまったエリオットは、カミルとソラを見る。と、
「あ、僕はソラと眠るからいいよ。ね、ソラ」
「ああ、いつ振りだったか?」
「一週間ぶりじゃない? この前色々書いていたから」
「本当にカミルには振り回されっぱなしだな」
と言い合う二人。
そのやり取りを見ていると、何処からどう見ても恋人同士のようにしか見えないのだが、彼らはそれを否定するのだ。
だからエリオットは、考えない事にした。
性格は多少曲がっているが悪い人間ではないし、仲間としてこの二人は頼もしい。
そして前払いで宿代を払い、エリオットは彼らと分かれた。
階が違う部屋しか取れなかったのだ。
そして、エリオットは自分の借りた部屋へやって来て、大き目のベットにディアを横たえる。
穏やかに眠っているディアをエリオットは愛おしそうに髪に触れる。
艶やかでさらさらしてとても心地が良い、輝く黒い髪。
そんなディアに少し見惚れてしまいながらも、すぐに毛布をかけてやる。
この全然起きる気配が無い事から、よほど疲れていたのだろうとエリオットは想像して、そしてそれは全部エリオットのために動いてくれていたのだと思うと、エリオットがディアの特別な人間のように思えて優越感を感じてしまう。
とはいえ、流石にエリオットも今日は色々あって疲れたので、早めに眠ってしまおうとベットに入り込もうとして……気づいた。
ディアと同じベットで眠る事になっている、その事実に。
気づいてしまえば、ここで寝るべきなのか、それとも床で寝るべきなのか、この機会にいっそ一緒のベットでねてみてしまえとか……そんな悪魔の誘惑がある。
そして、エリオットは悪魔の誘惑に負けた。
「端で背を向けているし、それに、男同士だし、だから決してやましい事なんてないし……うん、仕方が無いんだ。部屋が無かったから」
そう、必死で自己弁護するように呟いてから、いそいそと、ディアの眠っている毛布に潜り込んだのだった。
次回更新は未定ですがよろしくお願いします。




