「じーっ」
「ひどいにゃーライガちんは乱暴者にゃー」
「ひどいのはパルのデバガメ根性だ」
パルさんは蹲りながら頭を押さえて恨めしそうにライガさんを見上げる。
それに対して腕を組んだまま見降ろしてはむんっ! とライガさんは鼻を鳴らす。
「もうっ。だから、私はやめましょうって言ったんですのよ」
「――なっ!」
しれっと母さんがそんな事をのたまう。
パルさんが目を丸くして母さんを見る。驚きのあまりか猫目の瞳も大きく開いていた。
母さんはそんなパルさんの視線を切るように僕たちのほうにサッと振り向くと、口元に指を当ててシーっとした。
これは内緒よって意味だと思う。
でも、父さんどころかライガさんにもバレバレなようで二人とも苦笑いをしていた。
「まったく……。お?」
父さんが何か言いかけたところでふいに軽く顎を上げて、僕たちの後ろを見る。
僕も父さんの目線を追いかけるように振り向いた。
色のついた煙がもわもわっと途切れがちに上がる。
「ほう……。あれはたしかギルドマスター帰ってこいバカヤロウだな」
「マジかよ。バカヤロウってのまでついてたのは俺も初耳だったぜ」
ライガさんにそういいながら父さんは、まだ寒いのに半袖だった服の袖を肩までまくりあげる。
「なんにせよ、今ギルドを上げての舞台を用意している俺を呼ぶって事はデスクワークじゃねぇ事は確かだな。魔竜、魔獣、魔人。どれだろうな?」
魔竜、魔獣、魔人。って事は魔物の襲撃?
ニカっと笑ってライガさんを見上げる父さん。
すがすがしいまでに爽やかな顔で笑う姿とは裏腹に僕の背筋はつうっと冷たい汗が流れた。
「ふむ、面白そうだな。手を貸すとしよう」
「そりゃ助かる。……けどいいのか? じっ様との前に怪我なんかしてもらったら困るぜ?」
「ふっ、幻想級の魔竜だったら怪我をしかねんからな。その時は尻尾を巻いて逃げる事にしよう」
「へっ、そんなのおとぎ話でしか出ねぇよ。さて、行きますか」
腕をグルングルンと回して父さんが歩き出すと、ライガさんがそれに続くように歩いて行った。
「いってにゃーさーいにゃー」
それを見送るようにハンカチを振るパルさん。
姉ちゃんは不思議そうにパルさんを見上げた。
「あれれ? パルさんはいかないの?」
父さんやライガさんと一緒に旅をしていたパルさんなら当然のように一緒に戦うものだと姉ちゃんは思っていたんだろう。
「ミーは一線を離れて久しいですにゃー。だからにっちもさっちもいかない状況にならない限りは後方支援に回りますにゃー」
「後方支援?」
「疲れた体にしみわたるようなパンを焼く事ですにゃー」
「あはは。なるほどねっ」
「じゃ、さっそく取り掛かりますにゃー」
「またねーっ!」
パルさんはひらひらと手と尻尾を振りながら去っていった。
パルさんのパン。確かにそれは最高の後方支援かもしれない。
そう納得して僕も静かに頷いた。
「さて、私達も行きましょうか。万が一の場合は私も出なきゃならないだろうし」
「あれ? 母さんは戦えるの?」
「ふふふ、意外だったかしら?」
良く父さんをぶっ飛ばしてるのは見ているけど、直接戦うのは見た事がない。
……あっ、でもあの時のギガントベアは母さんが最終的に倒したんだっけ。
僕は一瞬背中の傷が疼いてさすった。
「あれ? カイト知らないのお母さんすっごく強いよ? ズババババン、ドバババババンって」
姉ちゃんが両手をいっぱいに広げながらアピールをする。
よくわからないけどなんかいっぱい爆発してそうなのはわかった。
「まぁ、魔物が襲撃に来るのは三年に一回あるかないかだし。前の事はカイトは小さすぎて覚えてないわよ。これでも腕が鈍らないようにたまにリックと手合わせしているのよ?」
母さんはそう言いながら僕の頭にぽんと手をやりながらニコッと笑った。
「――あっ、そっか」
突然姉ちゃんが何かに気付いたように声を上げる。
「だからたまに夜に、家が軋むような音が鳴って不思議に思ってたんだ」
「えっ! な、ソーラ。何を言って、あ――。そ、そうよっ! そうなのっ! 主に夜に手合わせをするのよ。おほほほほ。だから次からは安心して寝ててちょうだいね」
「そっかー。納得」
何かをごまかすようにそう言っているような気がするけども。母さんがそう言うのならきっとそうだったんだろう。
きっと、父さんと母さんが僕と姉ちゃんがちゃんと寝ているか見に来たりするのもそのためなんだろう。
……たぶん。
「ささ、私たちも早く行きましょう。もし、私も出なきゃいけない事があったらギルドでお留守番してもらうから、いい子で居てるのよ?」
「えっ? ギルドでっ?」
ギルドでお留守番。
その言葉は僕に衝撃を与えた。
ギルドでお留守番って事は三丁目のお姉さんとずっと一緒に入れるって事なわけで。
これは、僕とお姉さんの関係が大進展するチャンスかもしれないわけで――
「うんっ! 僕、ギルドでいい子でお留守番するよっ!」
「ま、カイトったらいい返事ね」
「大丈夫だよ。任せてよっ!」
僕は母さんに対して近年稀に見るいい笑顔を返して返事をする。
「じーっ」
姉ちゃんが訝しげな表情で僕の顔を覗き込むと、何やら突き刺さるような視線を浴びせる。
しかし、ギルドでお留守番。そんな甘美な響きで僕を覆ったシールドを突き破る事は出来なかった。
◇◆◇
「ん、襲撃は一角馬らしいからチハヤの手を借りなくても大丈夫そうだぜ」
「そう。じゃあ楽させてもらうわね」
ギルドについて一番父さんから聞いたのはそんな無慈悲な宣告だった。
高まった機体の中突き落とされるという絶望……
まるで、もう少しで楽園への扉に手が届き、僅かに開いて中が見えそうになったところを突然両足を掴まれて後ろにズリズリ引きずられていくかのような錯覚。
僕は膝からがっくり崩れた……
「やーいやーい。カイトってば残念でしたー」
嬉しそうにはやし立てる姉ちゃん。
しかしすでに抜けがらとなった僕には、その言葉の意味すら理解する事は叶わなかった。




