「翁よ。棒読みですぞ」
「ほいじゃまー。行ってく――」
「ほう。きまぐれに足を運んでみれば何やら面白そうじゃな」
父さんがそう言いながら手を上げた途中でピタリと腕を止めた。
父さんの視線を追いかけるように僕も振り向く。
そこにはいつの間にかいたヴォルクス様が目をつむって佇んでいた。
「じっ様じゃねぇか」
父さんが声をかけると、ヴォルクス様はカッと目を見開いて左腕を軽く前に突き出して上げながら、父さんの後ろを指さす。
「行けリックよっ! 村の平和はお前にかかっているのじゃっ!」
「いきなり出てきてきめ台詞吐いてんじゃねぇっ! 今いこうとしてたんだから、まったく。じゃあなっ! じっ様の変な話に付き合ってたら西の畑がやられちまう」
父さんがそう言いながら振り返ろうとすると、ビクッとヴォルクス様の体が一瞬震えた。
「……待てリック。今、西の畑といったか?」
「ああ」
父さんが返事するや否や、わなわなとヴォルクス様の体が震えだす。
「許せん。村の平和を乱す不埒な魔獣はこのヴォルクスが成敗してくれようっ! ワシの目の黒いうちに好き勝手はさせぬのじゃっ! いざ、青狼族ウルブ村のヴォルクスが参ろうかっ!」
眉根を寄せて、やたらカッコいい横顔を見せながら、僕の横を通り過ぎてスタスタと歩いて行くヴォルクス様。
「……えっと、ヴォルクス様どうしちゃったの?」
姉ちゃんは去りゆくヴォルクス様の背中を見ながら首を傾げると、父さんの方を振り向く。
父さんはポリポリと耳の後ろをかいた。
「西の畑はじっ様の好物の漬物の材料になる野菜がいろいろ採れるんだ。西の畑のオヤジさんは今年はいいのが出来そうって言っていたからなぁ」
「……相変わらず翁は現金な御方だな」
「そ、そんな事はないぞっ! ワシは真に村の平和を思ってじゃなっ!」
ため息交じりにライガさんが言うと、突然行ったはずのヴォルクス様の顔が僕たちが話している所に割って入ってきた。
僕は驚いてちょっとひっくり返りそうになった。
「うわあっ!」
「……行ったんじゃなかったのかよ」
ジトーっと父さんがヴォルクス様を見ながらそう言うと、ヴォルクス様は髭を撫でながら左ほほをクククっと上げて不敵に笑った。
「ククク……。剣を持っていくの忘れてたんじゃ」
「カッコつけて言うこっちゃねぇな」
「と、言うわけで取ってからすぐ後から行くわい」
そう言うと今度はヴォルクス様の家の方へ向かっていった。
「ふむ……。獲物は翁に取られてしまいそうかな?」
「ところが十匹くらいの群れみたいだからなぁ……。チハヤの手を借りるまでではないんだが……
まぁ、じっ様やる気みたいだし、仲良く分けるか?」
「……仲良く、か」
ライガさんが父さんにどこか苦々しく笑いながら返す。
そこで唐突に姉ちゃんがポンと手を打った。
「ねぇ、あたしたちも見に行こうよ」
「おいおい、遊びじゃねぇぞ?」
「えー。だってぇ、ヴォルクス様が戦う所なんてあたし見た事ないよ? それにカイトもみたいよね?」
「う、うん。僕はライガさんが戦うのも見て勉強したい」
「ほぉ。我の?」
ライガさんが僕をみながら少し驚いたように言うので、僕はうんと一度頷いて返した。
ドライ先生の話だとライガさんの出力は百より大きい。これはウルブ村では聞いた事がないような大きさだ。これだけの魔力なのだからライガさんはきっとすごい西魔術士なんだろう。
それだけ出力大きかったらやっぱり遠くから戦うのが基本なんだろうか。
僕は剣が全然だから勉強になりそうだ。
ヴォルクス様が剣士だから、魔獣をヴォルクス様が押さえてライガさんが後ろからって形になると思う。後方支援ってやつだ。
僕も今後を考えたらそう言うスタイルになるんじゃないかな。
って父さんとドライ先生が言っていた。
なにより、ドライ先生が言ってた光線とか見れるかもしれないしっ!
「ふむ……。ではヴォルクス翁も居るようだし、チハヤがついていたらなんとでもなろうが、念のためリックがいいように調整すればいいだろう。……ひっかきまわすのは手慣れたもんだろう?」
「あー。――うん、そうだなぁ。それなら大丈夫か」
僕と姉ちゃんの方を一度見てから母さんの方に顔を向ける。
「ええ、そうね」
母さんは父さんの顔の方を向き返すと、頷いた。
◇◆◇
村の畑から少し出たところ、ちょうど森と村の狭間で平野が広がる。
僕たちはそこから少し外れた木陰に居た。
「ぬぬっ、このような戦いの場は女子供の居ていいような場所ではないのだぞ。キリッ」
「翁よ。最後のは口で言うものではないですぞ」
「しかし、ワシの戦い方を見て勉強したいというのは良い心がけじゃ。しっかり見て参考にするんじゃぞ」
ライガさんのつっこみもどこ吹く風で、そのままヴォルクス様が続けると二人は僕たちから離れて行った。
「リックが今一匹ずつ誘導しているようです」
「何をまどろっこしい事を……。二、三匹程度纏めてズバッとやればいいじゃろうに」
ヴォルクス様が退屈そうに軽く腰をひねって体操しながらライガさんと話をする。
「魔獣にしては数が多いようで、……十匹くらいだそうですが」
「な、なんと、そんな大勢の魔獣をこの年寄りにおしつけたじゃと。己、リックめぇぇ」
ライガさんがそう言うと、ヴォルクス様は大げさに体をのけぞらせながらも全く抑揚のない声で返した。
「翁よ。棒読みですぞ。――さて、先と後どうします?」
「ほう、共闘とは言わんのじゃな?」
ライガさんはにやりと口の端をあげる。
あれ? 西魔術士で後方支援じゃ? あれ? 前がいないのに後方?
僕は少し混乱していると、ライガさんが口を開いた。
「カイトが我の戦い方を見たいと言ってましてな。参考にでもするのでしょう」
「ほほぉ……。なればいいんじゃがなぁ。ま、それはワシの方も一緒じゃな」
ヴォルクス様が髭を撫でながら口の端を上げる。
「はてさて、翁の方も参考になればよいのですが――。もっとも、こちらは翁との共闘は少々苦手でしてね」
「みんなそう言うのう。ワシ寂しい」
口を尖らせるヴォルクス様。
それに対して、何を言うのかとばかりにライガさんが軽く笑った。
「さて、そろそろくるようです。先手をいただいてもよろしいか?」
「おう、いけいけ。ついでにちょこっと怪我してワシとやりあう時のいいわけでも作っとくのがお勧めじゃぞ」
「お戯れを――」
意地悪そうに言うヴォルクス様に目線をやってライガさんが返すと、森の方から何かが近づく音が聞こえてきた。
「では、カイトよ。良く見ておけよ」
ライガさんは黒いローブを脱ぎ捨てると、筋骨隆々の大きな体をあらわす。
西魔術士って実際どう戦うんだろう。
僕は胸を高鳴らせると、少し喉の渇きを感じた。




