「ありがとうっ!」
僕たちはサルノ様樹妖精達と集まっていた村の人たちと一緒に社に向かった。
樹脈を繋いだ後で仕事の終わった光の精霊は、法力を食べに来たのか僕の近くまで寄ってきていた。
もしかしたら触れるのかなって思って手を伸ばしたけど、触る前に光の精霊がふっと消える。
あれ? って思って周りを見渡すと少し離れた位置からまたこっちを見ていた。
どことなく不機嫌そうにも見える。
おどかしちゃったかな。っと思って僕はごめんねって片手を軽く上げて謝った。
光の精霊はため息ついたかのように一度眼を閉じると、またこっちまでゆっくり近づいてきた。
マンネさんは触れるのにずるいなぁって思ったけど、精霊をこんな近くで見れる事もめったにないし、まぁいっかな。
そうこうしながら僕たちは社に入って襖を開ける。
ごろんと小さくなったマッシュ様が寝転びながら、母さんに空になった器を渡していたところだった。
「あら? あらあら? まぁまぁ」
母さんがこちらに気付いたようで顔を向ける。
マッシュ様が一瞬目を見開くと、腰を上げてそのまま腕を伸ばすした
「母が見える――。気分もずいぶん安定してきたし力が回復したと思ったが、やはり先ほどの気分の悪さはそうだったか。ついに、あの世からお迎えが来たわけだな」
それに対してサルノ様は鳴らしながらマッシュ様の方へ歩いて行った。
飛べるのになぜ?
そう思うとマッシュ様の近くまで行ったサルノ様がマッシュ様に魔王の鉄槌を落とす。
「手前は生きとるわドあほっ! 気分悪いのはただの妖精力酔いだっ! これしきの事で悪酔いするなぞ――」
「イタイッ! えっ? ――ええっ?」
両手で頭を押さえて混乱するマッシュ様。
僕はハッとしてマンネさんを見る。マンネさんが僕の視線に気が付くと、どうした? と首を傾げた。
おかしいな? あほになっていない……
そう思うと、サルノ様のどなり声が響いた。
「たかだか千年ちょっとで寿命だなんだ言っとったらしいな。手前なんぞこの華樹より年上ぞ。……まったく。――まったくっ! こんなに千年たって最後に見た姿とそう大きさが変わらんってどういう事じゃっ! あほうっ! ドあほうっ! ドあほうっ! ――よう生きとったっ!」
「……。」
最後の方は涙声になっていたサルノ様が両膝をついてマッシュ様を抱きしめた。
マッシュ様はまだきょとんと理解できないといった表情で目をパチクリさせる。
「初めましてマッシュ殿。わしマンネ。弟にあたりますですじゃ。これからよろしくですじゃ兄上」
「……これはこれはご丁寧に」
続けてマンネさんもマッシュ様の方にいって握手をしようと手を伸ばす。
マッシュ様はまたもや目をパチクリさせながらマンネさんと握手をした。
「本当にドあほうが、樹脈が切れてる事に気が付かず勝手に死にかけるとはな。
……見ればこの屋敷は立派な社のようだが、これは肝心なところが抜けている。
――大老の神木を奉る社はな、時に“もり”とも読む。これには二つ意味があり、一つは“森”もう一つはそれを“守”するものと言う事だ。
森を守するための社が、守する森がないのでは本末転倒だ。
樹妖精にとって樹は必須。ゆえに樹妖精は森を守護する。ゆえに森は樹妖精に力をもたらす。
御前はマンネと一緒に一から勉強し直す必要があるな」
「ええっ! わしもですじゃかっ? イテテテ」
当然だとばかりにマンネさんはほっぺを引っ張られる。
「さあ、帰るぞマッシュ。人の子らよ、世話になったな。
はじめは無理やり攫われてひどい扱いを受けてるんじゃないかと思ったが、樹脈が切れてもこれだけ生きながらえていたのはそう悪い扱いを受けていたわけではなさそうだ。
それに村がこの状態になっても村人たちはマッシュの心配をしていた」
そう言ってサルノ様は立ち上がって振り返ると、村の人たちの集まる入口に向かって深く頭を下げた。
「……感謝する。御前らは東法術士の一族だな? なら東紙が必要であろうから、最低月に一度は手前がここに来よう。
そのために樹脈を繋いで妖精力溜まりを作らせてもらった。
だが、マッシュは置いておけん。すまぬ……、失われた千年。取り戻させてくれ」
一瞬ざわめく村の人たち。
でも、エボシ伯父さんが手で村の人たちを制止する様にして一歩前に出ると、すぐに静かになった。
「……わかりました。でも、父が。……長がマッシュ様のためにこちらに走ってきています。今しばらくお待ちいただけないでしょうか?」
「なに、手前もすぐとは言わん。もう少し力が安定するまで時間もかかるしな。マッシュ、その間村でも見て回ったらどうだ? 華樹の周りを離れるのは久しくしていないんだろう?」
「……はい。そうさせてもらいます」
そう言うと、マッシュ様は立ちあがってサルノ様の胸の位地くらいまで飛んだ。
今度はマッシュ様が頭を下げた。
「村人のみな、心配かけた。まずは謝らせてほしい。わしのために迷惑をかけた」
「いえ、そんな。よしてくだせぇ」
「先祖代々でお借りしていたものをちょっとお返ししただけです。大丈夫、全然うまくやれますよ」
「……みんな強いな、ありがとう」
村の人たちの言葉に一度頭を上げると、もう一度マッシュ様は目に涙を浮かべて深く頭を下げた。
そして、涙をぬぐいながら顔を上げると少し笑って見せた。
「せっかくだから村を見て回りたいと思う」
「さんせーっ! わしもちょっとゆっくり見たいと思ってたんじゃ」
「そうじゃそうじゃ、わしもじゃ」
樹妖精たちが口々に話しだす。
村の人たちも普通に樹妖精と会話する人もいた。一緒に作業して仲良くなったんだろうね。
「ふふふ。では私が案内させてもらいますよ。さ、アズサも一緒にこの方々を案内して差し上げよう」
「――はいですのっ」
エボシ伯父さんがアズサちゃんの手を引いてそう言うと、アズサちゃんも元気良く返事をした。
だけどアズサちゃんの顔は笑っていたけど、悲しそうに見えた。
◇◆◇
「……あそこはああなっていたんだな。華樹から見降ろしていただけでは見えなかった」
「よっし。完成だわいなっ!」
マッシュや樹妖精たちが村の見学から戻ってきたところで、オルさんの大きな声が聞こえて来た。
そして、森になった庭から道に飛び出てくると腕を腰に当てて出て来た方を見つめる。
「――なかなかええわいな。こうして見ると、周りの木に溶け込んで一体感が……。なんじゃこりゃあっ!」
今頃気が付いたのかオルさんが周りが木だらけになってる事に顎が外れそうなほど驚く。
僕はおかしくって笑いながらオルさんの方へ駆け寄った。
「もうっ! オルさんってば今頃気付いたの? 集中しすぎだよっ!」
「おお、カイトっ! って事はやっぱりここは村?」
「そうだよ――」
「ナギ……」
混乱するオルさんに事情を説明して上げようと思った時。
マッシュ様が呟くような声を漏らしたので振り返った。
マッシュ様は少しの間ボーっとしていたかと思うと、つーっと涙を流し始めた。
「ど、どうしたんですか? マッシュ様」
「……遠い。遠い昔の事だ。森の中で一人の白狐の娘と出会った。
わしはその娘に着いて行って、やがてこの村が出来たんだ」
エボシ伯父さんが思わず声をかける。
するとマッシュ様は涙をぬぐう事もせずにそう言った。
「わしはこの村が好きだ……。ここの村人が好きだ――。
そしてな。わしはナギが大好きだったんだッ!」
だんだんと振り絞るように声を大きくするマッシュ様。
マッシュ様は涙をぬぐうと少し顔を俯かせながらサルノ様の方へ向いた。
サルノ様は腕を組んでマッシュ様と向き合う。
「母上。ずっと、ずっと心配かけて申し訳ございません。
でも、わしはこの村を離れたくない……。
ナギと約束したんです。ナギの分までこの村を見守るって。
わしは聞いた。それは千年で足りるか、と。
ナギは言った。足りません、と。
それは即答だったよ。だから今でも全然足りてないんだろう」
呟くような少し小さな声でそう言うと、今度は決心したような顔つきで一度顔を上げた後、深々と頭を下げた。
「勝手な事をして――、今度は勝手な事を言う事をお許しください。
しかし、わしはこの村に居たい。なにより大好きなナギとの約束を果たしたい。
なにとぞ。なにとぞ――」
「もうええっ! 顔を上げよ。――そんな事を言いそうな気はしておった。……許す」
マッシュ様の言葉を途中で止めると、最後はため息交じりに許すと言った。
それは小さな声だった。
だけど、聞き逃した村の人は誰も居ないようで一気にみんなの顔がほころんだ。
「ただし、御前はまるで知識がたりんし、千年の埋め合わせもせねばならん。――御前らっ!」
サルノ様は村の人たちをちらっと見てからマッシュ様にそう言った。そして樹妖精達の方へ振り向く。
とつぜん話を振られて樹妖精みんなが同時に首を横に傾ける。
「しばし王樹森冠は任せた」
「んん? 長老はマッシュと一緒にこっちに住むって事かのぅ?」
「時折戻るがな」
サルノ様の次に大きい樹妖精にそう答えると、今度は村の人たちの方へ向いた。
「手前も勝手な事を言ったが、こちらの村の者もそれでもいいか?」
「もちろんですっ! 歓迎いたしますよっ!」
エボシ伯父さんが代表して答える。
「よかったっ! マッシュ様また一緒ですの!」
「ぐええ――。こら、わしは今ちょっと小さいんだから力いっぱい抱きしめられたらちょっと苦しいぞ」
勢いよく駆け出すと、マッシュ様を力いっぱい抱きしめるアズサちゃん。
マッシュ様は苦しそうだけど嬉しそうにしながらアズサちゃんにぽんぽんとタップした。
村の人たちの中から笑い声が漏れる。
「あ、あ――。ごめんなさいですの。あ――」
「まったく――。心配かけたな。アズサ」
気付いて離れたアズサちゃんに、今度はマッシュ様からアズサちゃんに抱き付いた。
アズサちゃんは一瞬ビックリしながらも、笑いながら目の端に涙を浮かべた。
よかったねアズサちゃん――
「――うひょー。魔王が居らんでしばらく自由ですじゃー。わし大歓喜ですじゃー。
あ、違う違う。あー、寂しいなー、残念ですじゃー。う、ううう。……うひひひ」
良い雰囲気だなって思っていたところに、突然マンネさんが台無しにするようなすっとんきょうな声を上げる。
そして嘘泣きを始めてみせた。明らかに笑ってるけど……
サルノ様は眉間を一瞬押さえて呆れたため息をつく。
「――マンネ、無理に笑いをこらえなくていいぞ。御前は手前と一緒にこの村にしばらく居る事になるんだから。マッシュと一緒にお勉強だ」
「うひひ――。……は?」
マンネさんの嘘泣きにみせているのかどうかわからない笑い声がピタリと止まった。
サルノ様は口の端がにやーっとつり上がりだす。
「実はこの村では森から果樹への樹脈は一本しか通していない。どういう事かわかるな?」
どういう事?
僕は首を傾げていると、村の人たちの中の一人が納得したように手をポンとたたいた。
「……なるほど、マンネ殿。我々村民はマンネ殿が心穏やかにお勉強いただけるように見守らせてもらいましょうぞ」
そう言うと、村の人たちもみんながそう言う事かと納得し始めた。
そうか、樹妖精は木のあるところしか行けないって事は、逃げるにしてもそこを通らなきゃいけないってことか。
「ふ。あはは、マンネ。我が弟よ、観念するといい。我が村の村民は実によく気がきくからな」
おかしそうに笑うマッシュ様。
「……は、図られたぁぁ!」
よく似た顔をしたマンネさんは反対に絶望的な顔をする。
それを見たみんなが同時にどっと笑ったのだった。
「……これどうなっとるんだわいな?」
「オルさんのおかげだよ。ありがとうっ!」
「ど、どういたしまして。……なのかいな?」
たぶんこうなったのはオルさんのおかげ。僕はオルさんにお礼をいった。
オルさんは一人取り残されたように不思議そうな顔をして編み込みのひげを触っていた。
これで長かった白い雪編は終わりです。
実生活の事情と、物語の区切りが良い事もありまして、ここで1~2月ほど期間を置きたいと思っています。
まだ続けるつもりはありますので、毎週楽しみにされていた方は本当に申し訳ありませんが、少々お待ち下さい。
それでは、また。




