「そうかカイト。……そこは冷静なんだな」
火月。日の力が少しずつ強まり、暖かくなって雪を融かす。
生き物たちは用意された新しい舞台に、方々で目を覚ます。
動物は、舞台上に踊り上がり、植物は命の炎を闇の隙間から芽吹かせる。
再び幕が開ける。
◇◆◇
闇月が終わって僕達はウルブ村に戻って朝を迎えた。
キュービ村では一面真っ白だったのが、ウルブ村ではところどころ雪が解けて地面が見えて来た。
そして火月になって咲き始めた花の蕾が窓から僕の目に止まる。
「姉ちゃん――。って、居ないんだった」
僕は姉ちゃんを呼び掛けたところでそう思いだしてやめる。
姉ちゃんは冒険者の登録試験を受けに母さんと出かけたところだった。
父さんはというと、ギルド行ったら絶対事務仕事させられるから休みの日まで行きたくないって、まだ寝ているところだった。
僕はそれなら父さんと遊んでもらおうかと、姉ちゃんには着いて行かずに家で留守番しているところだった。
……でも、父さんはまだ起きない。姉ちゃんの応援してた方が良かったかなぁ。
つまらないなぁと思いながら僕は頬を膨らせて窓から外を眺める。
一人で遊びに行っちゃおうかなぁ……
でも、どこに行ったか伝えずに外に行ったらダメって言われたしなぁ。
そうだ、書置きをすれば。
でも、特に予定決まってないからどこに行くってないんだよね。
そうだ、キュービ村の時みたいに探さないでくださいって書置きをすれば……
でも結局あれ、書置きした紙を握り締めて目を回していたタマグシおばあちゃんが目を覚ました時にすっごく怒られたっけ。
うーん……。退屈。
窓の縁に頬を乗っけながらぼやっと外を眺める。
ほんのり風が吹くと、どこからか花の甘い香りがしてきた。
そろそろ虫とかも出てくるんだろうなぁ。
冬の間はあんまりいないからね。あの蕾が開く頃にはきっと蝶々とかいっぱいで賑やかになる。
そういえばドライ先生も試験官として行ってるんだっけ。
やっぱり僕も行けば良かったかなぁ……
そう思い始めて居た時、玄関からノックが聞こえた。
お客さん? 誰だろう。パルさんかな?
暇だった僕は駆け足で玄関に行って扉を開けた。
「はーい、どなたで――」
壁……?
黒装束のその人を見た時、僕の感じた印象はそれだった。
僕は子供だし、体も……、まぁおおきい方ではないのでほとんどの人は見上げなければいけない。
しかし、それにしても目の前の人は結構背の高いパルさんの顔がある位置でもまだ胸辺りだ。
そしてひっくり返りそうなほど見上げた時にようやく顔が見えた。
黒装束から見えるのは、鍛え抜かれた太い首に鋭い目付き、額には大きな傷。そして金髪に猫耳……。
「ふむ……。リックはいるか?」
「……いません」
僕はそっと扉を閉めた。
……どうしようどうしようどうしよう。カカロさんよりずっとずっと大きくて、桁違いに強そうな人だ。
あれはきっとあれだ。
……このままじゃ。やられちゃう。
誰が? 目的は? どうする?
僕がこの状況をどう打破するかを頭をフル回転させていると、父さんが欠伸をしながら奥から出てきた。
そうか、父さんを呼んでいたって事は狙いは父さんだっ!
「ふあー……。どうした? カイト。玄関の扉に張り付いたりして。って言うか、俺に客来てなかったか?」
父さんがぼさぼさ頭を掻きながら玄関の扉を開けようと僕をどかせて扉に手をかける。
僕は慌てて父さんの腕を両手でしがみついてそれを止める。
「ダメだっ! 父さん」
「えー? なんでだよ?」
「あれは絶対悪者」
「……俺でも勝てないのか?」
「わからない……。けど、あの顔は最強の悪者だよ。僕の直感がそれをビンビンに伝えるんだ」
「うっ――」
父さんは僕の真剣な顔に思わず上と下の唇両方を噛んで顔をそむける。
どうやら、父さんに事の重大さが十分に伝わったようだ。
「父さん、捕まったら悪者に洗脳されちゃう。だから、裏から逃げて。ここは僕がなんとかするから」
「いや、そんな悪者だったらいくらカイトでも、ひとたまりもないだろうよ」
「大丈夫だよ。悪者は律義にノックして扉の前で待っているんだ。たぶん、意外とジェントルマンニャーなんだよ」
「そうかカイト。……そこは冷静なんだな」
そうだよ。僕の頭は今とっても冴えわたっているんだ。
なんせ、ピンチだからね。
「だが、そんなカイトを守るためにこそ俺がいる。俺は逃げるわけにはいかない。大丈夫だ」
そう言って父さんは僕の制止を振り切って玄関の扉を開いた。
ダメだっ! やられたっ!
僕は一瞬そう思って目をつぶった。
「やっ、お久しぶりださ。リックさん」
「……ん? フウリンさん? ――違う、カリンか。おお、でっかくなったなぁ。見違えたぜ」
女の人の声がして僕は目を開ける。
そこには軽装の冒険者風の服を着た、赤っぽい肌をした綺麗な女の人がいた。
背は父さんより少し高いくらいで、切れ長の目と長いストレートの黒髪が印象的だった。
「おいおい、カイト。最強の悪者ってこのお姉さんの事か?」
「ううん……」
僕は首を振ってその女の人の下を指さす。
そこにはさっきの壁のような人がしゃがんで丸まっていた。
「うおっ! ライガさんがちっさくなってる」
「あー……、その子に顔が凶悪って言われてショックだったんださ」
「ああ、なるほど。……まぁでも、いきなりライガさん間近でみたらびっくりするかもなぁ。でかいし」
「あー、アタイでも最初はびっくりしたもんださ。無理もないさ」
父さんとカリンって呼ばれたお姉さんは二人して腕を組んで感慨深げに頷く。
「大丈夫だぞカイト。ライガさ――」
「父さん。油断しちゃだめ。この構えは防御力を高めてるんだ」
「ほほぉ。これは構えだったか」
「これは、僕がキュービ村の時に言っていたダンゴムシ戦法だよ」
「なるほど。さすがライガさんだな。カイトの立てた理論をもう実践レベルにまで持っていってたか」
「……いくら我でもそろそろ泣くぞ?」
大きい人がうずくまりながらポツリとそう言ったのだった。
待っていただいてくれた方、お待たせいたしました。
また週1回で更新できればと思います。




