「素直に通してやってもええと思うんじゃが」
「ふむ、なるほどなるほど」
ツウシンボウから響くシイ様の声。
「わかりましたの? マッシュ様助かりますの?」
シイ様の反応に、アズサちゃんが乗りだすようにツウシンボウに向かって声をかける。
シイ様ならばっちりだ。
僕はそう思ったところで、ツウシンボウからふふんとシイ様の少し笑ったような声がした。
……あれ? これデジャヴ?
似たような反応を少し前に見たような。
「……もしかして、シイ様もさっぱりわからないって言い出すんじゃ」
「何をカイト。そんなわけなかろう。こんな問題は樹妖精にとってはとってもイージーな問題じゃ。これがわからん樹妖精は学ぶ機会がなかったやつか、あってもよっぽど勉強不足なやつくらいじゃの」
ビクッとマンネさんの体が震える。みんなの視線がマンネさんの方に集まると、マンネさんはそっぽを向いてピーピーと口笛を吹いた。
「カイトの予想した通り、その華樹のマッシュという樹妖精には妖精力が著しく失われとる。今その樹妖精の妖精力はすでにからっからじゃろうの。直接見とらんから何とも言えんが、チハヤらが処置しとるのを計算に入れたら、まぁ翌朝くらいまではギリギリもつかの」
「そうなんですの? じゃっ、じゃあ、おじい様が間に合いますのっ!」
良かった。僕たちはそう安心して胸をなでおろす。アズサちゃんなんか目を潤ませながら笑っていた。
だけど。
「ん。そりゃ気が早いの。もはや人の子ではどうにもならんところまで来ておると言えるじゃろう。せいぜい看取る人数が増えるくらいじゃの」
「そんなっ……。そんなのって……」
喜んでたところで叩き落とされたアズサちゃんは、目に浮かべた涙の色を変えて流す。
姉ちゃんはそっとアズサちゃんの頭を胸に抱いた。
「人の子って事は、シイ様ならなんとかできるんですか?」
「できる」
シイ様が即答した。しかし、ただしと付け加える。
「場所がちと遠すぎるの一人じゃ無理じゃしの。準備してから着いた頃にはとっくに手遅れじゃろうの」
やはり打つ手なしなのだろうか。下唇を噛んで呆然とツウシンボウを見下ろす。
父さんやみんながナーグルの葉でマッシュ様の命を繋いでいたのも。
まだ僕も見ていないお爺さんがマッシュ様の助かる方法を遠くまで調べに行っていたのも。
その帰りを待っている母さんやエボシ伯父さんが必死に東法術を使っているのも。
タマグシおばあさんだって変わらずに僕たちのお世話をしてくれてたけど、マッシュ様が助かる事をずっと願っていたんだと思う。
そして僕たちも……
みんなこんなに頑張ってるのにどうにもならないんなんて。
いつの間にか握りしめていた両手に力が入って腕が震える。
「ま、というわけでカイト。お主たちはサルノ殿を頼ると良い。そこにマンネ坊がちょうどおるしの」
「えっ? わしがですじゃ?」
マンネさんが素っ頓狂な声をあげる。
初めて聞く名前に僕は首を傾げた。
「なんじゃ、マンネ坊。またか。しょうがないわしが話をつけてやろうかの」
そう言うとシイ様がごにょごにょとツウシンボウ越しに違う人と話す声がする。
「サルノって?」
「……うちの長老ですじゃ」
僕が尋ねると眉をひそめて渋い顔をして答えるとそれ以降黙った。
またかって、どういう事だろう。
僕は疑問に思って再び聞こうと思った時。
「ひっ!」
なぜか悲鳴を上げるマンネさん。
その直後、ツウシンボウの生えているすぐそばの雪が割れてもう一本ツウシンボウが勢いよく生えて来た。
「うわっ! うわっ! えっ? 何?」
突然の事にびっくりして飛び退く。すると間髪いれずにキンと澄み渡るような声が聞こえた。
「手前は東の森長老サルノ。シイ殿よりあらましは聞いておる。そこに居る御前らが同胞を助けようと言う人の子らか?」
「はっ、はいっ! そうですっ」
ツウシンボウから聞こえる声だけでなぜかものすごい威圧感を感じた僕は、指先から背筋までピンと伸びて答える。
声はとても綺麗な声だし、話し方もゆっくりなのに何故か緊張してしまう。
森の木々も緊張しているんだろうか、さっきから葉の擦れる音すら聞こえない。
「お、お願いしますのっ! 助けてっ! マッシュ様を助けてほしいですのっ!」
そんな不思議な緊張感の中でアズサちゃんがツウシンボウに向かって叫んだ。
「ふむ。確かにマッシュというか……。よかろう、本来なら手前が人の子ともこうして話し合う事すら無かった事ではあるが。今回は特例中の特例だ。手前らが城、王樹森冠へ案内してもいいいだろう。ただし……」
「ただし?」
僕はごくりと喉を鳴らす。
「手前らが城に来る事が出来るのは子供のみ。手前も東の森の樹妖精を束ねるものとして一族に危険な目を晒す事は出来ん、大人は信用ならんからな。それでもと、その覚悟があるのなら招いてもよい」
ふふふと笑う声が鳴り響く。
僕たちは目が点になって静かになると、その声がいっそう響き渡る。
「……いや、長よ。元から子供しかおらんのですじゃが」
「なっ! なにっ! こんな森に子供だけとは、人の子の大人は何をしておるっ! 冬の森は魔物以上に魔物ぞっ?」
「えっと、あたし達大人に黙ってきたんだ。マッシュ様を助けたいけど、大人が知ったら絶対あたしたちマンネさんに会いに来れなかったもん」
「な、なんとっ! むむむ、じゃあ条件を変えねばならぬか……。ならば、妖精のおまじないのある三人のみだ。ふふふ、少数では心細かろう」
「……それで全員なんだけど?」
「なにっ! なんと無謀なっ! 森をなめるなっ! 危ないじゃろうがっ! ってなぜ手前が人の子の子供を心配せねばならんのじゃっ」
「ご、ごめんなさい」
サルノ様の勢いに押されて姉ちゃんが謝ってしまう。
その後もなにやらうーんうーんとうなるサルノ様。
「よーしっ! じゃあ――」
「サルノ殿。素直に通してやってもええと思うんじゃがの?」
「むぅ、それもそうか。ドあほのマンネはともかく、シイ殿の手前シイ殿印の子らを無碍にするわけにもいかんか」
「ふむふむ何とかなりそうですじゃな。では、わしはこの辺で失礼しますですじゃ」
そう言うとこっそりマンネさんがどこかに行こうとする。
「逃げるなマンネっ!」
「わひっ」
呼びとめられてビクッとするマンネさん。
「今回の事は今は問わん。マンネよ、その子らを連れてまいれ」
「へ? 歩いたら丸一日かかるですじゃましてや子供の足じゃ」
「ドあほっ! じゃあ歩かんかったらええだけの話であろう」
マンネさんがポンと手を打つ。
歩かずに行くってどういう事? 走るって事?
「とはいえ、マンネのやる事じゃ中途半端でその子らが木に埋まるとかもありえるか」
「あー。ぷっふふ。確かに十分ありえますですじゃ」
僕をちらっと見て上を見ると、想像出来たのか笑いだすマンネさん。
木に埋まる? 何それ怖い。
「笑っとる場合か。全く未熟者が。まあよい、手前がやろう――」
サルノ様が軽く息を吸う。森の木々が風もないのに少しざわめき始めた。
「申す、申す。樹妖精サルノが歴々の王樹にかしこみ申す」
さっきツウシンボウを生やした時と同じような言葉を今度はサルノ様が紡ぐ。
だけどその声はツウシンボウからではなく、周りの木々の一本一本から聞こえてくるように声が反響する。
木々のざわめきが一層強くなる。
異様な光景だ。
そしてその異様な光景の中心に居る僕たち。
背筋に冷たいものが走った。
「その威光により森に迷いし者に道を導、慈愛の光で照らしたもう」
サルノ様が言葉を結んだ時、今見えている景色がぐるりと回ってくしゃっと潰れる。直後に上書きされるように別の景色が元の景色を侵食する。
僕は目をこすってもう一度見て見る。
先ほどの森よりもより一層鬱蒼と過密に木々が生えている。何とか差し込めた淡い光が、輪郭のぼやけた淡い僕たちの影を作る。真冬だけど、そこでは葉を落としている樹は一つもなく、やたら背の高い樹が整然と立ち並ぶ。
樹の門番なんだろうか、僕はどことなく見降ろされながら監視されている気分になった。
椿の花が一輪ポトリと落ちて来た。
僕は悲鳴を上げないながらも空恐ろしい物を感じて僅かに美を強張らせる。
ここもう別の場所だった。
「あそこにある足場葉を上って行くんですじゃ」
マンネさんが指さしながら進んでいく。
樹が二本ずつ等間隔で一本の道を作る様に立ち並び、その間を足場葉が蔦を絡めて階段を作っていた。
その行きつく先はたくさんの枝が重なるように生えていて葉っぱに埋もれて見えない。
「なんだか、怖いですの……」
アズサちゃんは不安そうにそうつぶやく。僕も同じ意見で少ししり込みをしてしまう。
「でも、行くしかないよ。行くよ、カイト。アズサ」
姉ちゃんが先陣を切っていく。
僕とアズサちゃんも勇気を振り絞って着いていった。
◇◆◇
「樹で出来た天然城、王樹森冠。過密すぎるほどに密集したいくつかの王樹の枝が融合し互いに支え合いながら生きている。結果として、そこには天然の空中城が出来た」
足場葉を上って枝で出来た門をくぐって中には行った時、姿が見えてはないのにサルノ様の声が聞こえてきた。
空中城。サルノ様が言う通り、門に入る手前でここが周りの木々の頭より僅かに上にあることが分かった。
ところどころで壁にはヒカリゴケが淡く光る。
枝が融合してできたっていう王樹森冠の空間は、ところどころ幹や鍾乳石のような気根があるものの思ったよりもずっと広かった。
ところどころこれも自然になのか、それとも作られたものなのか、うす暗い王樹森冠の中でぽっかりと太陽の光が差し込むところがあって、そこでは苔の絨毯から花を咲かせているところもいくつかあった。
白い小さな花を先端に付けているのが印象的だった。




